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勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました  作者: まりあんぬさま
追憶編

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絢爛たる貴族の夜会

 会食の時刻となり、メイドに案内され、バニッシュは静かな足取りで長い回廊を歩く。

 王城の空気は、ただ歩くだけで背筋が伸びる。

 そして、会食会場の入口へ辿り着いた。


「……お、バニッシュ。来たか」


 派手な正装を実に堂々と着こなしたカイル既に入口で待っていた。

 深紅と白銀を基調とした礼服。

 肩と胸元には金の装飾、まるで王子様のような威厳が滲み、絵画から抜け出した勇者のようにだった。

 バニッシュは思わず目を丸くし、呆れ半分、感嘆半分で言った。


「……お前、よくこんな派手な服を着こなせるな」


「そうか?」


 カイルは一度、自分の正装に視線を落として軽く袖を払う。

 すでに着慣れているかのような自然な動き。

 場慣れしている風格すら漂わせていた。


 そして、カイルはわずかに口元を緩め、バニッシュの全身をじろりと眺め――目を見開いた。


「お前の方こそ似合ってるじゃないか」


「は?」


 普段のぼさぼさ髪と無精ヒゲのイメージが強いバニッシュだが、今目の前にいるのは、背筋の通った大人の男。

 深紺の礼服は落ち着いた気品を放ち、整った髪と剃りあげた顎は端正で、まるで長年連れ添った頼れる従者のようにも見える。

 照れくさそうにバニッシュは、耳の後ろを掻きながら視線を逸らした。


「俺は、こういうのは性に合わないよ」


「はは」


 二人の間に、どこか穏やかな空気が流れる。


「お待たせしました」


 背後からそっと落ちてきた声に、バニッシュとカイルは反射的に振り返った。


 ――その瞬間、二人は息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、いつもとはまるで違う気品をまとった二人の少女だった。


 白を基調に、淡い青のグラデーションが流れるように広がるドレス。

 光を受けた布地はまるで聖女の祈りが形になったように静かで美しい。

 セリナは、控えめながらも凛とした微笑を浮かべていた。


 そして――


 セリナに手を引かれながら、真紅のドレスに黒の装飾を施した衣装を纏うミレイユ。

 普段は控えめで柔らかな印象の少女が、今はまるで薔薇のように鮮やかで、胸元や腰のラインを彩るデザインが彼女の可憐さを引き立てていた。

 ミレイユ本人は真っ赤な顔で、ドレスの裾をぎゅっと握りしめて俯いている。


 二人の姿に、バニッシュもカイルも一瞬言葉を失うほど見惚れてしまった。

 だが、誰よりも早く言葉を紡いだのはカイルだった。


「……とても綺麗だよ」


 柔らかく、しかし確信に満ちた声音。

 その言葉にセリナはふわりと微笑む。


「ありがとうございます」


 そしてセリナはミレイユの背にそっと手を添え、少しだけ前へ押し出した。


「ほら、ミレイユも」


「ひゃっ……! せ、セリナ……っ」


 ミレイユは顔を真っ赤にして俯き、それでも勇気を振り絞るように、上目遣いでカイルを見上げた。


「ど、どう……ですか……?」


 小さく震える声。

 その一言に、カイルの表情はさらに優しい笑みに変わる。


「ミレイユも綺麗だよ。すごく似合ってる」


「っ……!」


 ミレイユの顔はさらに真っ赤になり、今にも蒸気が出そうなほどだった。

 そんな中、セリナが今度はバニッシュに視線を向ける。


「バニッシュさんも……どうですか?」


「お、おう……綺麗だぞ」


 バニッシュは少し照れながらも、親指をぐっと立てて答える。

 セリナは胸に手を当て、ふふっと嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔は、豪奢な王城の光景すら霞むほど、温かく柔らかい輝きを放っていた。


 会場の扉が静かに開かれると、そこには眩いほど華やかな世界が広がっていた。

 黄金のシャンデリアが幾重にも光を落とし、壁には繊細な装飾のタペストリー。

 立食パーティーとはいえ、そこにいるのはほぼ全員が一目で貴族と分かる豪奢な衣装の者ばかり。


 バニッシュ、カイル、ミレイユ、セリナの四人は、入り口でメイドから乾杯用のワインを手渡され、緊張した面持ちで会場を見渡した。


 貴族たちの談笑する声、甲高く響く笑い、宝石が揺れるたびに光を放つ音すら聞こえてきそうだった。


「……すごいな。これが王城の会食ってやつか」


 バニッシュが思わず呟く。

 

 と、その時。


 周囲の貴族たちと笑顔で談笑していた大臣が、カイルたちの入場に気づき、目を輝かせてこちらへ向かってきた。


「お待ちしておりました!」


 にこやかな笑みを浮かべながら、大臣は三人――カイル、ミレイユ、セリナ――の前に立つ。


「さあ、こちらへ」


 その声は明らかに三人だけを呼んでいた。

 大臣は当たり前のような自然な動きで、カイル、ミレイユ、セリナだけを誘導し、壇上へと向かわせる。

 バニッシュの方へは……まるで視線すら向けられなかった。


 バニッシュは少し離れた場所で、三人が壇上に上がっていくのを眺める。


 そんなバニッシュの姿を、セリナはちらりと横目でバニッシュを見た。

 大臣に連れられて歩き出しながら、その瞳には、言葉にならない何か――伝えたい何かが宿っていた。


 セリナはバニッシュの姿が遠ざかっていくのを見つめ、やがてそっと視線を伏せた。


(……ごめんなさい、バニッシュ)


 そう言いたげな、寂しげで、胸の奥で小さく哀しむような表情を残して――彼女は壇上へと導かれていった。


 大臣の張りのある声が、煌びやかな会場の空気を一瞬でまとめ上げた。


「それでは――お集まりの皆様がた。こちらにご注目ください」


 その言葉に、これまで談笑していた貴族たちが、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように一斉に動きを止め、壇上へと優雅に視線を向ける。


 静寂――しかし空気は高揚していた。

 大臣は壇上中央に立ち、こほん、と喉を整えてから、満場の貴族たちに向けて声を響かせる。


「こちらの御三方――カイル殿、ミレイユ殿、そして聖女となられたセリナ殿は!」


 彼の声が高らかに響くたび、カイルたち三人にスポットライトのように視線が集中する。


「先日、ロウメリアにて起こった呪鍾騒ぎ……街一つを脅かした前代未聞の事件において、まさしく命を賭して活躍された方々であります!」


 大臣は両腕を大げさなまでに広げ、語気を強めながら続ける。


「その騒ぎでは、我が国の王族、並びに多くの貴族の方々が呪いの影響を受け、甚大な被害が出ました。――しかし!」


 会場の空気がピンと張り詰める。


「この三名の勇気ある行動が、被害を最小限にとどめ、多くの尊き命を救ったのです!」


 カイルの表情は晴れやかで、ミレイユは緊張で肩を寄せ、セリナは静かに微笑んでいる。


 バニッシュはひっそりとした壁際に立ち、こっそりとため息を吐いていた。


(街の人たちだって……大勢苦しんだんだがな)


 バニッシュは手元のワインを揺らしながら内心で小さく愚痴る。

 そんな彼の思いを知る者は、広い会場の中でも――たった一人。

 セリナが、一瞬だけ視線を下げて心配するような眼差しをバニッシュへ向けたが、すぐに大臣の声にかき消された。


「つきましては明日の式典にて、陛下自らが褒賞をお与えになります! 皆様――盛大なる拍手を!」


 大臣の手が高く振り上げられた瞬間、会場は一気に沸き立った。


 ぱちぱちぱちぱち――!


 煌びやかな貴族たちによる拍手が波のように押し寄せ、高い天井へと音が反射する。

 カイルたち三人はその中心で光を浴び、さらに誇らしく見える。


 大臣の紹介が終わるや否や、壇上を降りたカイルたちは、まるで磁石のように貴族たちに取り囲まれた。


「まぁ、なんて勇敢な……! あなたのような方がこの国にいることを誇りに思いますわ!」


「カイル殿、ぜひ我が家にも――」


 カイルの周囲には次々と上品な香水の香りが押し寄せ、笑顔を貼りつけた婦人たちが言葉を競い合う。

 カイルは嫌な顔ひとつせず、丁寧な物腰で応じていた。


(……ほんと、手慣れてやがるな)


 遠巻きに眺めながらバニッシュは小さくため息をつく。


 一方、ミレイユとセリナの周りにも同じように貴族たちが群がっていた。


「ミレイユ殿、貴方のご活躍も聞いておりますぞ」


「セリナ殿……あなたのお力はまさしく我が国の宝ですな」


 ミレイユは肩をすぼめ、男たちの熱い視線に押されて小動物のようにぺこぺこと頭を下げている。

 セリナはというと、柔らかい微笑みで丁寧に応対しているが、どこか張り詰めた表情が見えた。


 貴族らの視線の奥底で計算高い光がチラつくのが、バニッシュの目にも明らかだった。

 バニッシュは、ワイングラスを置いて、そっと会場の端――バルコニーへと歩き去った。




 夜風が吹き抜ける。


 バルコニーは、煌びやかな会場とは違い、ほの暗く静かだった。

 バニッシュは襟元を指で緩め、息苦しさから解放されるように肩を回す。


「……はぁ、一息つける」


 手すりに両肘を乗せ、もたれかかるように空を見上げた。

 王城の高みから見える夜空は、街の賑わいを忘れさせるほど澄んでいる。

 星が瞬き、月の光が青白く石畳を照らす。

 喧騒の中でひたすら小さくなっていた心が、ようやく解き放たれるような気がした。


(……ああいう場は、どうにも苦手だ)


 バニッシュはひとりごとのように呟く。




 夜風が正装の裾を揺らしながら

 彼の頬を撫でていく。

 そんな中、バニッシュは静かに月を見上げ続けていた。

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