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勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました  作者: まりあんぬさま
追憶編

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105/110

約束を乗せて、馬車は王都へ

 街は祝福の喧騒に満ちていた。

 日が暮れかけた空の下、通りには露店の灯りがふたたび灯り、人々は祭りの中止を英雄たちのお祝いの宴へと作り変えていた。


 中央では――カイル、ミレイユ、セリナの三人が囲まれ、感謝の言葉と握手を求められていた。

 子供から大人まで、次々に三人へ駆け寄り、言葉をかけていく。


「ありがとうございました!」


「あなたたちのおかげです!」


「ごの御恩一生忘れません!」


 三人は誇らしげに、そして少し照れながら笑顔で応えていた。


 一方――喧騒の外れ、露店の片隅でバニッシュは一人、串焼きを齧りながら静かに人々の笑い声を眺めていた。

 その時――


「あら、こんな所にいたねぇ」


 聞き覚えのある、柔らかく年季の入った声がした。


 バニッシュが振り返ると――そこには、白髪をまとめ、皺だらけの顔いっぱいに笑みを浮かべたコニーおばあさんが立っていた。


「あ、あなたは……コニーおばあさん。体は、大丈夫なんですか?」


「おかげさまでねぇ。ほら、こんなに元気よ」


 腕を軽く広げて見せるおばあさん。

 その仕草に、バニッシュも思わず口元をゆるめる。


「それで、何か用が……?」


「ふふ、助けていただいたお礼を言いに来たのよ」


 おばあさんは、まっすぐバニッシュを見つめて言った。


「いや、俺は大したことは――。それに街を救ったのはカイルたちで……」


 だが、コニーおばあさんは優しく首を振った。


「いいえ、私はね、あの教会にいたのよ。女神様の光が届く前……あなたが、必死に何かをしている姿、見ていたの」


「……!」


「何をしていたのか、詳しいことはわからないわ。おばあさんだもの、むずかしいことはちっともねぇ。でもね――」


 おばあさんは、ふっと微笑み、そっとバニッシュの手を取った。


「私たちのために、あの時、あなたは戦ってくれていた」


 その言葉は、静かに、しかし確かにバニッシュの胸に染みこんでいく。


「……ありがとう、あなたのおかげで、私はこうしてまた今日を迎えられたわ」


 バニッシュは、一瞬言葉を失い――そして、照れくさそうに目をそらした。


「……ああ、無事で何よりだよ。おばあさん」


「ええ、あなたもねぇ」


 コニーおばあさんはにこにこと笑い、そっと手を離した。


 ――その瞬間、遠くでまた歓声が上がる。

 カイルたちは光の中心におり、その影で、小さな「ありがとう」を拾い集める男がいる。

 コニーおばあさんは一度だけ振り返り、優しい光を宿した目でバニッシュを見つめた。


「あなたも、立派な英雄さんよ」


 そう言い残し、ゆっくりと人混みの中へ消えていった。

 バニッシュは、しばらくその背中を見送り――


「……ははっ」


 そう笑って、手に残った温もりをそっと握りしめたのだった。




 夜の静けさが落ち着きを取り戻す宿の一室。

 バニッシュは椅子に腰を掛け、テーブルの上に広げた巻物を眉間に皺を寄せながら覗き込んでいた。


「う~ん……まったく、読めん」


 呟いたその時、ギィ、と扉が開く。


「た、ただいま戻りましたぁ……」


 ふらふらとした足取りでミレイユが部屋に入り、続いてカイルが疲れを隠すように無表情で入ってくる。


「お、お疲れさん」


 バニッシュは顔を上げて苦笑しながら声をかけた。


「うう……疲れました……」


 ミレイユはそのまま椅子に座り込むようにして項垂れた。


「ああ、先に戻ってたのか」


 カイルは肩の埃を払いながら部屋に入る。

 その顔には明らかに疲労の色があったが、本人は平然としたふりをしていた。


「お前ら、人気者だったからなあ」


 からかうように笑うバニッシュ。


「は、初めてです……あんなに人に囲まれたの……」


 ミレイユはまだ耳まで赤くなっている。


「まあ、今回のは街どころか王族や貴族まで巻き込む騒ぎだったしな」


 カイルは軽く肩を回しながら言う。

 ふと、カイルの視線がテーブルに留まった。


「……で、お前は、何見てるんだ?」


「ああ、これか」


 バニッシュは苦笑しつつ巻物をくるくると丸め直した。


「例のエルフからもらったモンだよ。なんか勉強しろみたいなこと言われて渡されたんだが……」


 巻物を軽く持ち上げ、表面の見慣れぬ文字を指でトントンと叩く。


「さっぱり読めなくてな。文字なのか模様なのかすらわからない」


 カイルは身を屈めて覗き込むが――


「ふーん……」


 心底どうでもよさそうな声でそう言っただけだった。


「おい、もうちょい興味持てよ……」


「いや、だって……俺にはただの古臭い模様にしか見えんしな」


「ミ、ミレイユさんはどう思う?」


「えっ……? あ、あの……わ、私も……よ、読めません……」


 ミレイユは申し訳なさそうに首を横に振る。


「だろうな……」


 バニッシュはため息をつき、巻物を丁寧にしまい込む。


「ったく、あのエルフ……素質がないなんて言いやがる癖に、こんなモン押しつけていきやがって……」


 ぼやきつつも、その口調にはどこか楽しげな色が混ざっていた。

 巻物をしまい込みながらバニッシュが椅子にもたれていると、カイルがふいに姿勢を正した。


「まあ、いい。それより――明日、王都に向かうことになった」


「明日か。ずいぶん急だな」


 バニッシュは椅子の背に腕を乗せながら片眉を上げる。


「今回の件で、正式に褒賞を与えるそうだ」


「なるほどねぇ……まあ大事件だったしな」


 バニッシュが感心した風に頷く。

 しかし次の瞬間、バニッシュの表情が曇った。


「……いや待て。王都までの金がないぞ。そもそも依頼だった祭りの警備も、結局うやむやで終わったし」


「それについては大丈夫だ」


 カイルは短く息をつき、肩の力を抜いた。


「騒ぎの主犯がギルド長だったこと、そしてその収束に俺たちが関わったことで――ギルド側から金が支払われることになった。それに、王都までは馬車を手配してくれるそうだ」


「おお……なるほどね」


 バニッシュは納得したように腕を組む。


「それと――」


 カイルは一度ミレイユを横目で見てから、真剣な瞳で続けた。


「今回、聖女としての力が目覚めたセリナさんを……俺たちの仲間として迎えることにした」


 バニッシュは目を丸くした。


「それはいいが……何でまた?」


 素朴な疑問を投げかけるように首を傾げる。


「理由は簡単だ」


 カイルは低く、力を込めて言った。


「あれだけの力だ。いつ、どんな奴に狙われるかわからない。なら、今回成果を挙げた俺たちが――責任を持って彼女を守る」


 カイルは覚悟と責任を宿した目でいう。


「これはタリズさんとも話し合って決めたことだ。セリナさん自身も、迷った末に……俺たちと行くことを決めてくれた」


「……そっか」


 バニッシュはゆっくりと息を吐き、微笑んだ。





 翌朝、澄んだ空気の中、まだ祭りの名残をわずかに残した街道を、四人は荷物を抱えて歩いていた。

 街の入口には、王都から手配された立派な馬車が停まっていた。

 御者台には王都兵、そしてその横には――セリナと、彼女を見送るタリズの姿があった。


「みなさん、よろしくお願いします」


 セリナはぺこりと深々、お辞儀をする。


「よろしく。歓迎するよ」


 カイルはいつもより柔らかく、慈しむような表情で言った。

 セリナはタリズの前に向き直り――


「タリズさん……今まで、本当にお世話になりました。行ってきます」


 タリズは母のような優しい目でセリナの頬に触れた。


「ええ。身体に気をつけてね。――この方たちなら、きっと貴方を守ってくれます」


 セリナは唇を噛んで頷き、涙をこらえる。


 その時――


「セリナ姉ちゃーーん!!」


 街の奥から、弾丸のような足音で駆けてくる小さな影――教会の子供たちだ。


「みんな……!」


 セリナが振り返った瞬間、子供たちは勢いよく飛びつき、セリナの身体にしがみつく。


「元気でねぇぇ!」


「また絶対会おうね!!」


「姉ちゃんの歌、また聴きたいよぉ!」


 ぽろぽろと泣きながらしゃべる子供たちに、セリナの目もすぐに潤んだ。


「うん……ありがとう……! また絶対、会いに来るから……!」


 小さな背中を一人ずつ抱き寄せながら、セリナもそっと涙を落とす。

 その間に、カイルとミレイユ、そしてバニッシュは荷物を馬車に積み込んでいった。


「じゃあ、行こうか」


 カイルが馬車に乗り込み、ミレイユも隣に続く。

 セリナは名残惜しそうに子供たちと手を離し、馬車へと乗り込んだ。

 そして最後にバニッシュが乗ろうとした、その時だった。


「――おっさん!!」


 子供たちが一斉に叫ぶ。


「セリナ姉ちゃんをちゃんと守れよ!!」


「泣かせたら承知しないからな!!」


 まだ涙の跡が残る顔で、それでも必死に強がって叫ぶ子供たち。

 バニッシュは一瞬きょとんとした後――ふっと優しく笑い、親指を立てて応えた。


「任せとけ」


 その言葉は、決して大げさな英雄の約束ではなく。

 静かで、どこまでもまっすぐで――子供たちの心にまっすぐ届くものだった。

 馬車がゆっくり動き出す。

 手を振る子供たち、タリズも新たな旅立ちに出る四人に祈りを捧げるように見送る。


 ――新たな仲間、聖女セリナ。

 王都での褒賞と、それをそれぞれ胸に抱えながら、四人は王都に向かうのだった。

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