表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/33

28dB ◆ 0dBの告白

XENOのライブ【SILENT BEAT】の開催から、数週間。

世界は、まだその余韻に揺れていた。


【海外WEBニュースの見出し】


『The Guardian "XENO's SILENT BEAT: The Most Revolutionary Live Performance of the Decade"』

(ガーディアン紙「XENOのSILENT BEAT:この10年で最も革命的なライブパフォーマンス」)

『Rolling Stone "Is This the Future of Music? XENO Rewrites the Rules of Sound"』

(ローリングストーン誌「これは音楽の未来か?XENOが“音”のルールを書き換えた」)


日本だけでなく、海外の主要メディアもこぞって【SILENT BEAT】を称賛した。

それは、音楽業界における1つの事件であり、社会現象だった。

SNS上では、ライブに参加した、あるいはライブビューイングを目撃したファンたちの、熱狂的な感想が飛び交い続けていた。


《@sound_traveler:まだ身体が震えてる。あの振動と光の洪水は、音楽だった。間違いなく、俺が今まで体験した中で最高の音楽だった》

《@XENO_is_my_life:LV会場で聴いたXENOの歌声と、メイン会場の観客の皆さんの表情がシンクロしてて、涙が止まらなかった。

音って、本当に、耳だけで聴くものじゃないんだ》

《@music_critic_NY:彼は、音楽を「聴く」という行為から解放した。これは、ベートーヴェン以来の革命だ》


そして、その熱狂が最高潮に達したのが、数日前。

凪が、自身のSNSと事務所の公式HPで、結婚を公表した瞬間だった。


***


その日、凪は珍しく、テレビ局のスタジオにいた。

彼のために特別に組まれた、一時間におよぶ独占インタビュー番組。

ジャケットの下にはシンプルな黒いTシャツ。セットされた銀髪に、深く澄んだ瞳。

画面を通しても分かるほど、静かな、しかし張り詰めた空気が漂っている。


「XENOさん。まずは【SILENT BEAT】の大成功、そして、ご結婚おめでとうございます」


司会者である初老のジャーナリストが、穏やかに口火を切った。


「ありがとうございます」


「世界中から、称賛の声が届いています。今のお気持ちは?」


「……嬉しいです。でも、あのライブは、俺一人のものじゃない。

参加してくれたすべての人、そして、力を貸してくれた最高のチームがいたから、実現できたことです」


司会者は頷き、手元のタブレットに視線を落とした。


「ライブ後、ファンの方から特に多くの質問が寄せられた点が2つあります。

まず1つ目ですが……ライブ中、何度も耳元のアクセサリーに触れていましたね。

何か特別な意味があるのでしょうか?」


その質問に、凪の表情が、ほんの少しだけ和らいだ。

彼は、そっと自身の左耳に触れる。


「はい。これは……俺が初めて、妻と一緒に過ごした誕生日に、妻がプレゼントしてくれたものです」


「……ほう」


「このアクセサリーには『from 0dB to you』──0デシベルから君へ、と刻まれています。

0デシベルは、彼女が生きてきた、音のない世界のことです。

彼女は、その静寂の中から、俺に〝想い〟を贈ってくれた。

だから、これはただのアクセサリーじゃない。俺の音楽の、新しい〝原点〟なんです」


スタジオが、温かい空気に包まれる。


「そしてもう1点。ライブの最後に、マイクを通さず、客席に向かって、何かを伝えていましたね。

ファンの方々の間では、客席の奥様に対する『ありがとう』だったのか『愛してる』だったのか、様々な憶測が飛び交っていますが……」


凪は少しだけ照れたように、けれどはっきりと答えた。


「……両方です。そして、もっとたくさんのことを、伝えました」


そのあまりにも凪らしい答えに、司会者も思わず笑みをこぼした。


「そしてXENOさん……ご結婚を発表されました、奥様について。

改めてご自身の言葉で、お気持ちをお聞かせいただけますか」


しばらく、沈黙が流れた。

凪は目を伏せたまま、マイクを手に取り──静かに口を開いた。


「……俺の妻は、詩の音と書いて、詩音といいます。

俺は、ずっと音楽をやってきました。たくさんの人に聴かれる曲を作って、世界中でライブもしてきた」


一呼吸置く。その声は、絞り出すように、けれど真っ直ぐだった。


「でも……それって本当に〝届けてた〟のかなって、思うようになったんです。

〝世界に響く音〟じゃなくて〝たった一人に届く音〟

それを、俺はずっと……作りたかったんだと思います」


スタジオは、ひときわ深い静けさに包まれた。


「彼女といると、会話がうまくいかないことの方が多い。

声が届かない。言葉が通じない。感情も、すれ違います。

でもね……ふっと、目が合ったときだけ、全部が分かる瞬間があるんです。

……音楽も、きっとそういうものなんだと思う」


凪の目は、どこか遠くを見ていた。

でも、その奥にはたしかに──詩音がいた。


「俺が彼女を好きな理由は……〝耳が聴こえないから〟じゃない。

彼女が〝詩音〟だから。それ以上でも、それ以下でもないんです」


司会者は、深く頷いた。

そして、番組の最後にもう一つだけ、というように、最も核心に触れる質問を、静かに投げかけた。


「以前から、ネット上では心ない声……奥様への誹謗中傷や、XENOさんに対しては『障害者を利用している』といった否定的な意見もありました。

今回の会見後も、そういったコメントが散見されます。

XENOさん自身は、その声とどう向き合っていらっしゃいますか?」


スタジオの空気が、再び張り詰める。

凪は少しだけ目を伏せた後、穏やかな、凪いだ海のような声で答えた。


「……特に、何も言うことはありません」


「それは、無視する、ということですか?」


「いえ、違います」と、凪は静かに首を振った。


「以前、妻と話したんです。『どうして、ひどいことを言う人がいるんだろう』って。

そのとき、彼女が言いました。『その人たちにも、その人たちの〝音の世界〟があるんだよ』って」


凪は、そこでふっと微笑んだ。


「否定的な意見も、肯定的な意見も、その人の考えです。

それを、俺が変えようとすることの方が、傲慢なんだと思う。

俺にできるのは、ただ俺の音楽を、俺の生き方を、誠実に続けることだけ。

それを見て、誰かの考えがいつか自然に変わることがあるのなら……それは、とても嬉しいですけど」


***


その日のうちに、SNSのトレンドは一気に塗り替えられた。


#XENO結婚おめでとう

#0dBの告白

#静かな愛が一番強い

#音楽よりも響いた言葉

#XENOという生き方


裏側では、ファンたちの様々な声が溢れていた。


「変わらないXENOくんが好きだったけど、変わることを恐れず、誰かを愛したXENOくんが、もっと好きになった」

「昔のXENOは怪物のような〝天才〟だった。でも、今のXENOは〝人間〟でいてくれる」


《@haru_mama_22:弟が生まれつき耳が聴こえません。先日、弟と二人でSILENT BEATのライブに行きました。

振動と光に驚いて、泣いて、笑って。あんなに楽しそうな弟の顔、初めて見ました。

XENOさん、ありがとう。奥様と、お幸せに》

《@sora_no_oto:娘が難聴です。『どうして私だけ音が聴こえないの?』と泣かれた夜もありました。

でも、XENOさんの今日の会見を見て、娘が『わたしの〝静か〟も、歌になる?』って聞いてきました。

涙が止まりません》

《@sound_traveler:アンチへの「何も言うことはない」って回答、神対応すぎだろ……。

否定も肯定もしない、ただ受け止めて、自分の道を行く。これがXENO》

《@nagi_love_forever:『その人たちにも、その人たちの〝音の世界〟があるから』って……詩音さんの言葉、深すぎる…。

XENOくん、本当にすごい人を見つけたんだな…。泣いた》

《@skeptic_eye:感動ポルノじゃん。結局は同情と自己満足。音楽で向き合えよ》


それは、音が〝聴こえる/聴こえない〟の話ではなかった。

愛とは何か。音とは何か。


そして〝伝える〟ということの、本当の意味。

凪の静かな言葉が、その夜、世界でいちばん遠くまで届いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ