24dB ◆ 宣誓
帰国からしばらくして、凪のSNSと事務所の公式HPで、後日記者会見を行うことが発表された。
タイトルは【XENO:沈黙の先にある音楽について】
その知らせは、凪の活動再開を待ち望んでいた世界中のファンとメディアを、一瞬で熱狂の渦に巻き込んだ。
《@sound_traveler:ついに来た……!おかえりXENO!》
《@xeno_love_forever:沈黙の先って何…?もしかして結婚報告とかだったらどうしよう…心臓もたない…》
《@music_critic_NY:一年半の沈黙。彼がその沈黙の意味を自ら語るという。これは歴史的な会見になるだろう》
《@xeno_is_my_life:お願いだから、引退とか言わないで……生きていけない……》
SNS上には期待と不安、そして無数の憶測が飛び交い、ハッシュタグ《#XENOおかえり》は、瞬く間に世界のトレンドを駆け上がった。
そして、会見当日。
都内の某ホールには、国内外から集まった数百人の記者が詰めかけ、無数のカメラのフラッシュが異様な熱気の中で明滅していた。
そんな中、壇上にひとりの男が現れる。黒のシャツに、グレーのジャケット。
前回の記者会見と同様、飾り気のない服装。
XENO──永倉凪は、深く一礼するとマイクの前に立った。
「本日は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。XENOです」
会場が静まる。
「今日は、俺の今後の音楽と生き方について、皆さんにお伝えしたいことがあります」
凪は会場全体を見渡した後、まっすぐに正面を見つめた。
「一年半前、俺は活動休止を発表しました。その理由について、今日、初めてお話しします。
きっかけとなったのは、今から約2年ほど前……人生で初めて、愛する人ができたことです」
ざわり、と空気が揺れる。
「彼女と出会い、俺は、自分の音楽の無力さを知りました。
俺の音が、どうしても届かない世界があることを、知りました。
……彼女は聴覚障害があり、生まれつき耳が聴こえません」
会場が、水を打ったように静まり返った。
「この一年半、俺は彼女と共に、アメリカで過ごしていました。
彼女が、脳幹インプラントという手術を受け、リハビリをするためです。
このことについては、彼女自身の許可を得て、今日お話ししています」
凪は隣の席に座る初老の男性に、そっと視線を送った。
「医療に関する誤解を招かないよう、今日は長年この分野を取材されている、医療ジャーナリストの宮田さんにも同席いただいています。
医学的な詳細については、後ほど宮田さんからご説明いただきます」
宮田が静かに頷くのを確認し、凪は再び前を向いた。
「俺が今日本当に伝えたいのは、そこではありません。
俺が伝えたいのは、彼女と出会って、俺の音楽が、俺の生き方が〝どう変わったか〟ということです」
凪の声に、熱がこもる。
「俺は活動を休止している間も、ずっと曲を作っていました。
彼女の〝音のない世界〟を知ることで、俺の内側では、かつてないほど豊かで、強い音が鳴り響いていたからです。
そして、一つの答えにたどり着きました」
凪は、息を吸った。
そして、世界に向けて宣言する。
「俺は、聴覚障害者のための音楽プロジェクト【0dB Music PROJECT】の発足を、ここに宣言します。
そして、その第一弾として、来年の夏、聴覚障害者のためだけのフルスペックライブ【SILENT BEAT】を開催します」
どよめきが、会場を支配する。
「このライブは、俺がこの一年半で作ってきた、新しいアルバムの曲だけで構成されます。
そしてそのアルバムは、彼女と出会い、彼女の傍で過ごした、俺たちの〝記録の音〟です。
俺は彼女に出会ってすぐに、このプロジェクトの構想を思いつきました。
そしてこの一年半、彼女のリハビリを支えながら、同時に世界中の専門家たちと、このライブの準備を進めてきました。
俺はもう迷いません。俺の音楽の新しい生き方が、ようやく見つかったから」
凪が話し終えると、一人の記者が手を挙げた。
「宮田さんにお伺いします。脳幹インプラントについて、具体的にご説明いただけますか。
また、彼女の現在の聴力は、どの程度なのでしょうか」
宮田はマイクを手に取り、静かに語り始めた。
「脳幹インプラントは、聴神経を持たない重度難聴者のための、最後の選択肢とも言える医療技術です。
耳からではなく、脳幹に直接電気信号を送ることで、音の〝感覚〟を伝えるものです。
私たちが聞いている自然な音とは異なり、最初はただのノイズにしか感じられません。
そこから、一つ一つの信号が何を意味するのかを脳に再教育していく、長く、過酷なリハビリが必要不可欠です」
宮田は、一度言葉を切った。
「彼女は、一年半に及ぶ壮絶なリハビリを経て、現在、非常に良好な結果を得ています。
静かな環境であれば、相手の唇の動きと、インプラントが拾う音の響きを組み合わせることで、短い日常会話が可能になるまで回復しました。
これは数多の症例の中でも、極めて稀な、奇跡的な成功例と言えるでしょう。
それは紛れもなく、彼女自身の強い意志と、隣で支え続けた彼の献身が生んだ結果です」
その言葉に、会場のあちこちから感嘆のため息が漏れた。
凪は静かにマイクを引き寄せ、最後の言葉を紡いだ。
「誰かを大切に思うことを、恥ずかしいことだとは思いません。
彼女と出会って、俺の音楽も、人生も変わった。それを隠す必要なんて、どこにもない」
彼は、そこで一度、息を吸う。
「そして今も、心の底から、俺は彼女を誇りに思っています」
その言葉のあと、凪は深く頭を下げた。
***
その会見の様子は、リアルタイムで世界中に配信されていた。
SNSは、祝福、感動、そして拒絶が入り混じった、巨大な感情の坩堝と化していた。
《@xeno_is_my_life:待って、涙腺が崩壊した。XENOが……ただ幸せなら、もうそれでいい……》
《@sound_traveler:一年半の沈黙の理由が、これかよ……スケールが違いすぎる。音楽で、一人の人間の世界を変えようとしてたのか……》
《@no_name_00:結局、女のために仕事放り出したってことだろ。プロ意識ねえな》
《@music_critic_NY:【SILENT BEAT】これは、もはやライブではない。音楽の歴史における「革命」だ。
彼は、健常者中心だった音楽産業の壁を、内側から破壊しようとしている》
《@anti_xeno_memo:障害者をネタに曲作るとか、不謹慎すぎる。金儲けの匂いしかしない》
《@anonymous_lily:正直、彼女のことは羨ましい。でも、ここまでされたら、もう誰も何も言えない。幸せになってくれ、頼むから》
《@mayu_mayu_fan:信じて待ってたのに、がっかりだわ…。純粋に音楽だけをやってほしかった》
テレビのワイドショーでも、コメンテーターたちが興奮気味に語っていた。
「いやぁ、参りましたね……。今回の会見の内容が、こんな壮大な話だったとは……」
「彼の言った『彼女を誇りに思う』という言葉の重みが、改めて胸に響きますね。
彼女の存在が、彼の音楽を、そして彼自身を、次のステージへと押し上げたわけですね」
「【SILENT BEAT】これは社会現象になりますよ。チケットは、間違いなく歴史的な争奪戦になるでしょうね…!」
***
その記者会見の様子を、佐々木家のリビングで、3人が固唾をのんで見守っていた。
画面の中で、凪がたった一人で世界と向き合っている。
詩音は祈るように、胸元でネックレスを握りしめていた。
涼は【SILENT BEAT】の開催が宣言された瞬間、声を上げて笑った。
「ははっ……あの人、まじでぶっ飛んでんな」
その声は呆れを通り越して、純粋な感嘆と尊敬に満ちていた。
詩音も涙を滲ませながら、でも誇らしそうに微笑む。
《……うん。ほんと、どこまでも凪くんらしい……》
母は、何も言わなかった。
ただ、画面の中で娘への想いを、自分の夢を、覚悟を、まっすぐに語る青年の姿を、涙で滲む瞳でじっと見つめていた。
その目元には、深い感謝と安堵の色が浮かんでいる。
同時刻、高知県・中土佐町。
永倉家のテレビにも、息子の晴れ姿が映し出されていた。
『……そして、今も、心の底から、俺は彼女を誇りに思っています』
その言葉を聞いて、凪の父はぐいっと盃をあおり、豪快に笑った。
「言うた通りやろ!あいつはただの漁師の息子やのうて、ちょっとデカい〝波〟に乗りよったわ!」
「もう、お父さんたら」
凪の母は呆れたように言いながらも、口元に笑みを浮かべている。
「この前『帰ってきた。今度詩音とそっちに帰る』って連絡きたばっかりやのに、
あの子ったらほんま、人を驚かせる天才やわ」
美優と真優は、興奮したように叫んだ。
「凪兄、なんか顔つき変わってる!男らしくなってる!」
「やばい、世界一かっこいいお兄ちゃんじゃん!」
日本中が、そして世界中が、その会見に揺れていた。
けれど、当の凪の想いは、たった一人にだけまっすぐに向けられていた。
(見てるか、詩音)
(俺が、お前の見てる世界の音を、創るから)




