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22dB ◆ 始まる夢と、音のない約束

日本に帰国して、数日後の午後。

凪と詩音は、都内某所の音楽スタジオのエントランスをくぐった。

1年半ぶりに訪れたそこは、変わらないようでいて、どこか新しい空気が流れている。


リビングルームの扉を開けると、中にいたスタッフたちが一斉に振り返り、その顔を綻ばせた。


「うわっ、凪!詩音ちゃん!おかえり!」


「二人とも、元気そうじゃん!」


マネージャーの久我をはじめ、エンジニアの工藤さん、スタイリストの庄司さん、そして社長まで。

凪を支えてきたスタッフと主要メンバーが、この日のために集まってくれていた。


女性スタッフの一人が、ぱっと詩音のそばに駆け寄る。


「詩音ちゃん、おかえりなさい!長旅、疲れたでしょ?こっちに座ってて!」


そう言って、以前使っていた音声認識モニターの前に、詩音を優しくエスコートしてくれた。

詩音は久しぶりに会うスタッフたちの温かい歓迎に、少し照れながらも、嬉しそうに何度も頭を下げた。


モニターの向こうで、女性スタッフたちが詩音を囲んで、わいわいと会話を始める。


《アメリカの生活、どうでした?》


《肌、めっちゃ綺麗になってません!?何使ってるんですか!?》


《凪くん、ちゃんとご飯作ってくれました?》


その、騒がしくも温かいやり取りを横目に見ながら、凪は久我たちと向き直った。


「今日は、皆さんに挨拶とお礼を言いたくて。

……詩音を連れてきました」


凪の言葉に、久我が深く頷く。


「ああ。……それで、今後のことだ。もう決めてるんだろ?」


そこから、帰国後の記者会見についての、具体的な打ち合わせが始まった。


「会見では、休止期間中に何をしていたのか、そして詩音の今の状況について、俺の口からちゃんと話すつもりです」


凪の言葉に、広報担当が少しだけ顔を曇らせる。


「……彼女の病状について、どこまで話すつもりだ?デリケートな問題だぞ」


「はい。だから、このことは詩音からも許可をもらっています。

それに、誤解を招かないように、専門家の方に同席をお願いしようと思ってます」


凪は、医療コーディネーターから紹介されたという、医療ジャーナリストの名前を挙げた。


「その方なら、脳幹インプラントについて、医学的な観点から正確な情報を客観的に説明してくださるはずです。

手配は、俺の方で進めます」


その周到な準備と真摯な態度に、スタッフたちはもう何も言わなかった。


「……で、今後の音楽活動についてだ」


本題に入るといった口調で、にやりと笑みを浮かべた社長が言った。


「お前、なんかデカいこと考えてんだろ」


「はい。記者会見で、発表します」


「……何をだ?」


「聴覚障害者のための、フルスペックライブです。

タイトルは──【SILENT BEAT】」


その言葉に、凪を囲むスタッフの空気が、一瞬静まり返った。

そして、次の瞬間どよめきに変わる。


「マジかよ、お前……!」


「そんなライブ、前代未聞だぞ…!」


凪は詩音の方をちらりと見た。

彼女は女性スタッフたちと、まだ楽しそうにスマホで会話を続けている。

凪たちが話している深刻な内容には、気づいていない。

凪は、スタッフたちに「しーっ」と人差し指を立ててみせた。


「……このことは、詩音にはまだ、内緒なんです」


彼のその悪戯っぽい笑顔に、久我が呆れたように、でもどこか嬉しそうに、深いため息をついた。


***


スタジオからの帰り道。

夕暮れの街を、凪と詩音は並んで歩いていた。


《スタッフの皆さん、相変わらずすごく優しかったです。

凪くんが、みんなに愛されてるのが伝わりました》


詩音がスマホの画面を見せてくる。


「そうかな」


凪は照れくさそうに笑った。


《うん。凪くんと話してる時、みんな、すごく優しい顔してたから》


その言葉に、胸の奥が温かくなる。

一年半、止まっていた時間。でも、失ったものは何もなかった。

帰る場所があって、待っててくれる人たちがいる。

そして、隣には──。


詩音の横顔をそっと見つめた。

今日の挨拶も、これからの記者会見も、すべては彼女のためだ。

そして、その先にある【SILENT BEAT】も。


(まだ、言えないけど)


凪は心の中で呟いた。


(俺が作る、誰にも真似できない、世界で初めてのライブだ。

それは、詩音がくれた〝0dB〟の世界から生まれた、詩音のためだけの音楽。

詩音が〝音楽って楽しい〟って、心の底から笑ってくれるような、最高のライブを──必ず用意するから)


夕陽が二人の影を、長く、長く伸ばしていた。

その影は、いつの間にか一つに重なっている。

凪は、詩音の手を強く握りしめて、優しく微笑んだ。

その笑顔に、詩音も世界で一番幸せそうに、笑い返してくれた。


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