表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/23

19dB ◆ 世界が震えた日

まだ夜の気配が色濃く残る、早朝の羽田空港。

国際線の出発ロビーは、人もまばらで静まり返っていた。

飛行機の窓から差し込む滑走路の誘導灯が、機内をぼんやりと照らしている。


凪は、隣で静かな寝息を立てる詩音の肩に、そっとブランケットをかけ直した。

早朝のフライトで、緊張と疲れからか、彼女は離陸を待たずに眠ってしまったようだ。

その無防備な寝顔を見つめながら、凪はスマホのロックを解除する。


画面には、書きかけのメッセージが表示されていた。

何度も言葉を選び、書き直し、そしてようやく完成させたファンへの手紙。

彼は詩音を起こさないように、静かな動作で自身の公式SNSアカウントにそれを投稿した。


  XENO@xeno_sound

  

  みんなへ。


  急なお知らせになりますが、今日からしばらくの間、音楽活動を休止します。

  期間は、一年半くらいを予定しています。


  理由については、今はまだ話せません。

  でも、決して音楽が嫌になったわけでも、何か問題があったわけでもないです。


  むしろ、もっと大きな音を、もっと深い音楽を、みんなに届けるために必要な時間だと、俺は信じています。


  必ず、戻ってきます。

  その時は、俺の人生で最高の音を、みんなに聴かせることを約束します。


  また、会おう。


  XENO


投稿ボタンを押すと同時に、飛行機がゆっくりと動き出す。

凪はスマホの電源を切り、窓の外に目を向けた。

遠ざかっていく東京の夜景が、宝石のようにきらめいている。

隣で眠る詩音の、穏やかな寝顔を見ながらそっと頬に唇を落とす。


(行くか)


新しい世界へ。二人で。


***


同時刻、凪の所属する芸能事務所の会議室には、マネージャーの久我と広報チーム、そして社長が集まり、異様な緊張感に包まれていた。


「……いいか、凪がSNSを投稿した瞬間に、こっちも公式HPのお知らせをアップするぞ!」


「WEBニュース各社へのリリース文、最終チェック!」


「海外メディア向けの英訳版は!?」


「スタンバイ済みです!」


久我が、腕を組んで唸る。


「ったく、あいつは……最後まで人騒がせなやつだ」


社長が、面白そうに笑った。


「いいじゃねえか。アーティストってのは、それくらいじゃなきゃ面白くねえ」


「社長はそうでしょうけどね!こっちの胃が持たないんですよ!」


「ははは。まあ、せいぜい頑張れや。

俺たちの〝宝物〟が、もっとデカい宝物を見つけに行くんだ。

最高の船出にしてやろうじゃねえか」


その言葉に、スタッフたちの顔が引き締まる。

そして、一人の広報担当が叫んだ。


「凪さん、投稿しました!」


「よし!こっちもアップしろ!」


久我の号令とともに、エンターキーが叩かれる。

その瞬間、世界中のXENOのファンサイトと、ニュースメディアのサーバーが、一斉に悲鳴を上げた。


***


凪の活動休止は、瞬く間に世界中を駆け巡った。


【WEBニュースの見出し】


『衝撃速報:日本を代表する世界的アーティストXENO、活動休止を電撃発表。「一年半後に会おう」』

『XENO's Hiatus Shocks the World: What's Next for the Music Icon?』

(XENOの活動休止が世界に衝撃:音楽のアイコンの次なる一手は?)

『ワイドショーデスク「理由は謎のまま…“大切な人”との関係は?憶測呼ぶ」』


テレビのワイドショーでは、コメンテーターたちが様々な憶測を繰り広げた。


「燃え尽き症候群でしょうか……」

「先日、会見で語っていた〝大切な人〟との時間が理由かもしれませんね」

「一年半という具体的な期間。これは、何か大きなプロジェクトが水面下で動いている可能性も……」


そして、SNSは、ファンの阿鼻叫喚で埋め尽くされた。


《@xeno_is_my_life:嘘でしょ……一年半もXENOのいない世界でどうやって生きていけばいいの……無理……》

《@sound_traveler:理由を言わないのが、逆にあいつらしい。信じて待つしかない》

《@xeno_love_forever:待って、涙が止まらない。でも、XENOくんが「最高の音を聴かせる」って約束してくれたから、信じる》

《@music_critic_NY:XENOの活動休止は、現代音楽シーンにおける計り知れない損失だ。

しかし、彼が戻ってきた時、我々が耳にするのは、もはや音楽の形をした「革命」そのものだろう》


ハッシュタグ《#XENO》と《#WeWillWaitForXeno》は、数時間で世界のトレンド1位を獲得した。


その波は、世界のトップアーティストたちにも届いていた。


  AViA@avia_sounds

  The world needs your silence to make your next sound louder. Waiting for you, XENO.

 (世界は、あなたの次の音をより大きくするために、あなたの沈黙を必要としている。待ってるわ、XENO。)


  NEXUS7 (official)@NEXUS7_ent

  XENO의 음악은 언제나 저희에게 큰 영감을 줍니다.

  국경을 넘어 울려 퍼지는 그 힘을 존경합니다.

  다시 무대에서 만날 날을 기다리겠습니다.

 (彼の音楽は、いつも僕たちに大きなインスピレーションを与えてくれます。

  国境を越えて響くその力を尊敬しています。またステージで会える日を待っています。)


  Liam Cross@liamcross

  A real artist marches to their own beat. Let the world wait—your masterpiece is coming, starlight.

 (本物のアーティストは、自分のリズムで進むんだ。世界は待ってくれる——お前の傑作が来るからな、スターライト。)


世界が、一人のアーティストの沈黙に息を呑んでいた。

その頃、当の本人は──。

太平洋の上空で、愛する人の寝顔を見つめながら……静かに、新しい音楽の始まりを感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ