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16dB ◆ 箱の中に詰めた愛

窓から差し込む朝の光が、カーテン越しにやわらかく揺れていた。

その光の中で、凪は静かに呼吸を整える。

テーブルの上には、丁寧に並べられた3つの箱。

どれも時間をかけて、選び抜いたものだった。


(……よし)


声には出さず小さくうなずいて、箱のリボンを最後に結び直す。

この日を迎えるまでに、何度も迷って、考えて、それでも1つに絞りきれなかった。

だから、思いきって3つ渡すことにしたのだ。


(今年だけは、許してほしい)


詩音の誕生日を直接祝えるのは、これが初めてなのだから。


***


インターホンを押すと、扉のすき間から笑顔の詩音がひょこっと顔を出す。

その愛らしい姿に、凪の目元が自然と和らいだ。


「誕生日おめでとう、詩音」


開口一番。いつものようにまっすぐで、優しい声。

花が咲くように詩音が笑って頷くと、凪は軽く手を差し出し、ごく自然な仕草で彼女の手を取った。

エスコートするように車まで導き、助手席のドアを開ける。

その様子を見守っていた詩音の母に、軽く会釈しながら言った。


「夕方には、きちんと送り届けます」


母もにこやかに頷き、そっと彼女を送り出した。

詩音は車に乗る直前にもう一度振り返って、母に小さく手を振った。


走り出した車の中。

運転中の凪は集中して口を開かないが、信号で止まるたびに、詩音の耳元にそっと触れたり、頬に指を沿わせたり、髪を優しく撫でたりしてくる。

言葉はない。けれど、その指先から「愛おしくてたまらない」という想いが、痛いほど伝わってきた。

詩音は窓の外に広がる街を見つめながら、ちらちらと視線を横に送る。

凪の指先も、まるで音楽のリズムのように、自然に、優しく動いていた。


やがて車は、凪のマンションに到着する。

玄関からソファまでの、わずかな距離。

凪は無言のまま、すっと彼女を横抱きにした。

まるで宝物を抱きしめるように、彼女を自分の膝の上に抱き込み、ソファへ腰を下ろす。

目の前のテーブルには、大きな袋と小ぶりな袋が2つ。

リボンがかけられたそれらは、どれも彼が悩みに悩んで選んだものだった。


《……本当は、1つに絞るつもりだったんだけどさ》


スマホに表示された文字は、どこか照れくさそうだ。


《無理だった。だから、今年は3つとももらってほしい》


詩音は目を見開き、それからふわりと笑って、小さく頷いた。


凪がまず差し出したのは、銀色のネックレス。

中央には、波のように緩やかにうねるラインが刻まれている。


《これは、詩音の心音なんだ。

前に病院で検査してもらったとき、本来は心電図だけの記録なんだけど、お願いして心音も録らせてもらった。

そのときの鼓動の波形を、そのままペンダントに刻み込んである。

……中には共振デバイスが仕込んであって、スイッチを入れると詩音の鼓動と同じリズムで、プレートが震える》


凪がネックレスを首にかけながらスイッチを入れると、プレートがかすかに震え始めた。

詩音はそれを首元につけたまま、目を伏せて静かに息を吸う。

胸に、ほんのわずかに伝わる自分の鼓動。

音のない世界に確かに宿った「生きている音」が、彼女を優しく包み込んでいた。


裏面にはこう刻まれている。


“Your heartbeat fills my every day.”

──君の生きる音が、俺の毎日を満たしている。


次に差し出したのは、小さな箱に収められた片耳用のイヤーフック。


《……詩音からもらったアクセと合わせたくて、似たようなデザインにしてみた》


その言葉に、詩音の瞳が一瞬だけ大きく見開かれた。


箱の中で静かに佇むその形は、波紋のように柔らかく丸みを帯びていた。

手に取ると、程よい重みが指先に伝わってくる。

まるで音のない世界に、存在感を宿すかのようだった。


凪が詩音の耳にフックをはめると、光沢を抑えたプラチナの金属が、詩音の色白の肌に優しく映える。

耳たぶが当たる部分には小さく一粒のダイヤが埋め込まれ、角度によってさりげなく光を放っていた。


刻まれた文字は、もうひとつの小さな秘密。


“Your silence is my sound.”

──君の静寂は、俺の音。


詩音は首元のネックレスにそっと指先を添えた。

プレートの微かな振動を手で感じ、目を伏せる。

耳のアクセサリーにも触れ、ひんやりとした金属と耳たぶの小さなダイヤを指先で確かめる。


《うれしいです。一生大切にします》


ほくほくと笑みを浮かべたままスマホに文字を打ち込むと、最後に差し出されたのは大きめの袋。


《喜んでくれてよかった。これが最後のプレゼントなんだけど……》


中から現れたのは、真っ白な毛並みのテディベア。

手に取ると、ふわふわで弾むような、もにゅっとした感触が返ってくる。

胸に抱えると、小さな赤ちゃんのように手のひらに収まった。


瞳は深海のようなブルーで、ビー玉のようにきゅるんと輝いている。

首元にはちょうちょ結びで同じ色のリボンが巻かれ、クマの愛らしさをより引き立てていた。


詩音はそっと両手で抱きしめると、目を細めて微笑む。

指先で瞳やリボンに触れるたび、柔らかい抱き心地が手のひらに伝わってきた。


《詩音の出生体重と同じ重さで作った、しおくまちゃんです。

海外にはウェイトベアってものがあって、生まれたときの体重と同じ重さでぬいぐるみを作ったりするんだ。

ちょっと子供っぽすぎるかとも思ったんだけど、どうしても詩音にプレゼントしたくて……》


凪は視線を逸らし、頬を赤らめながら抱かれたくまを指先でつついた。


《あと……胸ポケットに、手紙と鍵、入れてある……》


詩音が胸ポケットに手を入れると、中には小さく折り畳まれた手紙と、カードキー。


《そのカードは俺の家の鍵。無理して使ってほしいとは言わないけど、渡しておきたかった》


スマホの画面に映されたその文字に、詩音は小さく頷き、嬉しそうに微笑んだ。

腕の中のクマを大切そうに抱えなおすと、首元のリボンがきれいに写るように角度を調整する。

ぱしゃりとシャッターを切り、今度はイヤーフックとネックレスが見えるように抱き方を変えて、またシャッターを切る。

何度も姿勢を変えながら写真を撮っては、そのたびに嬉しそうに笑みをこぼした。


そんな彼女の姿を、凪は愛しさに目を細めながら、今度は自分のスマホで撮影する。


そのとき、詩音がふと動きを止めた。

クマを抱きしめたまま視線を少し落とし、何か言いたげに凪を見上げる。


「……どうした?」


詩音は抱えたクマで顔を半分隠すようにしながら、そっとスマホを掲げた。


《なぎくまさんも、ほしいです。しおくまちゃんと、並べて置きたいから……》


その仕草に、凪の理性はあっけなく崩れた。

思わず両手で顔を覆い、熱を帯びた頬を隠す。


「……詩音、それはずるい」


呟いた次の瞬間、凪は詩音をプレゼントごと抱き上げると、そのままベッドルームへと歩き出した──。


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