五
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「煎じて飲みたいくらいなら、黒焼きにすりゃもっと利きますな。……そりゃお好み次第でな」
と、ことばだけは冗談っぽく、そのくせ真顔で、額に陰気な皺を刻む。すると旅人を食らう一つ家の鬼婆のように、太夫の姿が暗くなって、目だけが魚のそれのように濁って光る。
「鶯の黒焼きかね――ふん、こりゃ利くか利かないかは別にして、大名が欲しがるような珍品だな、面白いや」
また威張りくさった態度である。
「そうでございましょう、若旦那」
と太夫は、声を抑えてしつこくからむように、
「飼い主が難行苦行をしてまで、普段からこの餌で慣らした逸品……胸毛が紅く霞んだのでございませんとな」
「もちろんそうやとも。つまらん鶯の黒焼きなら、寒雀のほうが暖まる。……餌やね、太夫、餌が大事や。なにかね、そこにその蛇を調合した餌というのがあるのかね」
「ございますとも」
「渡してくれなはれ、ここへちょっと渡しなはれ」
と、ことばまであさましくなったのは、目の見えない哀しさ。気力もなさそうに手のひらをだらりと下げて出す。
「やっ、お舐めなさるのか? どうなさる」
「問題なかろう。鳥がつつく果物ならすべて人間にだって食べられる。なかでも鶯が餌にするものや。あの声で鳴いてるのだから蜥蜴じゃなかろうが」
そんなことを言うと、小女のほうに身を傾けて、今どき風の着物の襟もとの着崩れを直す。
太夫は、蛇の肉を摺ったせいで乳棒のように青白くなった、すりこぎ棒を持ったまま、長火鉢の近くに寄ると、盲人旦那と向かいあった。
「一服お吸いやす、お休みやす」
「ですがね、若旦那。実のところこの餌は、分量がその、秘伝なんでござりましてな。お前さんのような、美味いものを食いつけた舌先の鋭い方には、すぐにそれがばれてしまいます。……そうすりゃ早い話が、同じような鶯の名鳥が、ほかにも育てられてしまうだろうと、まあ、そういったところでしてな。……とはいっても私ももう年だ。打ち明けたところで、じきに死ぬのに強欲なことでございますが……ご相談によっては黒焼きになるのを承知で娘を差し上げます、とも考えておりますがね。そもそも、この、蝮の餌で育てた小鳥は、仲間の気に惹かれて、しきりに蛇に狙われます。それ、何匹も、梁や天井、籠の回りを伝いますが、それを追いはらう手間だけでも、並々ならぬ苦労でしてな。餌もただというわけでなし、ははははは」
勢いなく無駄に笑って、
「いや、冗談ではないのでしてな。しかし、ほかならぬ若旦那の頼みでございますりゃ」
「買うよ。とにかく、めったにいない鶯やからね。もっとも値段とも相談やがね。太夫、いくらで譲る気かね」
「百両の価値はありましょう」
と、幽霊屋敷に化けて出るお公家といったふうに、背中を丸め、まだ手に持ったすりこぎ棒を笏のように構えて、上目づかいでじろりと睨む。
「こちらの望みを言えば七十両、それをまけて六十五両、ぎりぎり五十両、思い切って四十両、若旦那のことだから三十両、もしこれが高いと思われるなら心外でござります。失礼ながら親類づきあいでございますからな」
「わいも下川の家のもんや。……そのへんは相談しよう。もっとも、以前に貸してある分を差し引いて払えばいいのなら、なんでもないがね」
「へい……」
と、主人は気抜けした返事をする。
「しかし一両や二両なら、すぐにでも薬ひとつに使っていいが、三十両の黒焼きは、すぐにと言われると気が引ける。四、五年飼って、いつもの琴を弾くときの相手でもさせて鳴かせて楽しむか。そう考え直せば安いものや。……そうなると必要なのは餌やね。念のためにもらっておくか」
「ここに用意しております……」
「なるほど」
鶯が鳴いた。
離れの座敷の格子窓に人の気配がする。
蝮の餌を飲みこんだ喉がぴくぴくと動いて、盲人は青い舌なめずりをしたのである。
なにかに気づいた小女は、太い首を横に向けて、
「お掛けやす――」
と言いかけたことばをぐっと飲みこむと、
「へい」
と返事をした。
離れの障子の内で、優しく手を叩く音がしている。