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「煎じて飲みたいくらいなら、黒焼きにすりゃもっと利きますな。……そりゃお好み次第でな」

 と、ことばだけは冗談っぽく、そのくせ真顔で、額に陰気な(しわ)を刻む。すると旅人を食らう一つ家の鬼婆のように、太夫の姿が暗くなって、目だけが魚のそれのように(にご)って光る。

(うぐいす)の黒焼きかね――ふん、こりゃ利くか利かないかは別にして、大名が欲しがるような珍品だな、面白いや」

 また威張りくさった態度である。

「そうでございましょう、若旦那」

 と太夫は、声を抑えてしつこくからむように、

「飼い主が難行苦行をしてまで、普段からこの(えさ)で慣らした逸品……胸毛が(あか)(かす)んだのでございませんとな」

「もちろんそうやとも。つまらん鶯の黒焼きなら、寒雀(かんすずめ)のほうが暖まる。……餌やね、太夫、餌が大事や。なにかね、そこにその蛇を調合した餌というのがあるのかね」

「ございますとも」

「渡してくれなはれ、ここへちょっと渡しなはれ」

 と、ことばまであさましくなったのは、目の見えない哀しさ。気力もなさそうに手のひらをだらりと下げて出す。

「やっ、お()めなさるのか? どうなさる」

「問題なかろう。鳥がつつく果物ならすべて人間にだって食べられる。なかでも鶯が餌にするものや。あの声で鳴いてるのだから蜥蜴(とかげ)じゃなかろうが」

 そんなことを言うと、小女(こおんな)のほうに身を傾けて、今どき風の着物の(えり)もとの着崩れを直す。

 太夫は、蛇の肉を()ったせいで乳棒のように青白くなった、すりこぎ棒を持ったまま、長火鉢の近くに寄ると、盲人旦那と向かいあった。

「一服お吸いやす、お休みやす」

「ですがね、若旦那。実のところこの餌は、分量がその、秘伝なんでござりましてな。お前さんのような、美味いものを食いつけた舌先の鋭い方には、すぐにそれがばれてしまいます。……そうすりゃ早い話が、同じような鶯の名鳥が、ほかにも育てられてしまうだろうと、まあ、そういったところでしてな。……とはいっても私ももう年だ。打ち明けたところで、じきに死ぬのに強欲なことでございますが……ご相談によっては黒焼きになるのを承知で娘を差し上げます、とも考えておりますがね。そもそも、この、蝮の餌で育てた小鳥は、仲間の気に惹かれて、しきりに蛇に狙われます。それ、何匹も、(はり)や天井、籠の回りを伝いますが、それを追いはらう手間だけでも、並々ならぬ苦労でしてな。餌もただというわけでなし、ははははは」

 勢いなく無駄に笑って、

「いや、冗談ではないのでしてな。しかし、ほかならぬ若旦那の頼みでございますりゃ」

「買うよ。とにかく、めったにいない鶯やからね。もっとも値段とも相談やがね。太夫、いくらで譲る気かね」

「百両の価値はありましょう」

 と、幽霊屋敷に化けて出るお公家(くげ)といったふうに、背中を丸め、まだ手に持ったすりこぎ棒を(しゃく)のように構えて、上目づかいでじろりと(にら)む。

「こちらの望みを言えば七十両、それをまけて六十五両、ぎりぎり五十両、思い切って四十両、若旦那のことだから三十両、もしこれが高いと思われるなら心外でござります。失礼ながら親類づきあいでございますからな」

「わいも下川(しもかわ)の家のもんや。……そのへんは相談しよう。もっとも、以前に貸してある分を差し引いて払えばいいのなら、なんでもないがね」

「へい……」

 と、主人は気抜けした返事をする。

「しかし一両や二両なら、すぐにでも薬ひとつに使っていいが、三十両の黒焼きは、すぐにと言われると気が引ける。四、五年飼って、いつもの琴を弾くときの相手でもさせて鳴かせて楽しむか。そう考え直せば安いものや。……そうなると必要なのは(えさ)やね。念のためにもらっておくか」

「ここに用意しております……」

「なるほど」

 鶯が鳴いた。

 離れの座敷の格子窓(こうしまど)に人の気配がする。

 蝮の餌を飲みこんだ喉がぴくぴくと動いて、盲人は青い舌なめずりをしたのである。

 なにかに気づいた小女(こおんな)は、太い首を横に向けて、

「お掛けやす――」

 と言いかけたことばをぐっと飲みこむと、

「へい」

 と返事をした。

 離れの障子の内で、優しく手を叩く音がしている。


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