四
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樋を伝った水は、糸のようにすらすらと落ちては流れを分けて、その下へと潜りこんでいく。店から歩み板の橋を渡して、飛び石を三つ、四つ配した中庭を、ちょっと隔てたところに、縁側の付いた一棟の茶座敷のような離亭がある。
通りに向いたほうの障子は閉まっているが、沓脱石の上に一足、白木で台に畳を張った、都会風の駒下駄が脱いであって、そばには薄色の涼傘が、菖蒲が一本咲いたように立てかけられて、蓮池に影を落としている。
静かな面影亭には、つがいを求める鹿よりも、待ち人の訪れを告げる水鶏が恋い焦がれそうなこの駒下駄の持ち主のほうが一足先に訪れた客で、茶屋のほうに向いた障子は、もともと開いていたのだが、この中山高帽の盲人が、胸を反らせた前のめりで店に入ってきたとき、桜がちらちらと散りこむように、美しい袖口がちらりと動いて、内から閉めたことを言っておきたい。
周囲に縁側を廻らせたその茶室の丸窓と、母屋の裏の鶯籠とは、手狭な庭を隔てたつい先であるから、太夫が桜でかすんだ日盛りに、しきりに鶯の声を褒めたのも、たんに盲人にばかり聞かせたのではなさそうな。と同時に、蝮の餌を食わせることの言い訳は、その女客に聞かせようとしたらしい。
それでも盲人は一向に気がつかない。……衣にたきこめた香木の香りもするだろう。だがその間には水の流れがあって……地下にさえも潜って、茶店と茶室を隔てている。女性にとっては鎌鼬のような、この盲人の鼻の働きを遮っていたのである。
水は清いものである。
それがなければ盲目の旦那、忠雄の鼻は、女客を嗅ぎつけたであろう。この男は墓場や卵塔場を漁って、土葬に付された女の年齢を――とりわけ若い女を嗅ぎわけるほどである。
「ここに埋まってるのは仰向けだ。横に寝ている。立て膝だ。色が白い、髪が長い」
などと、その姿までも嗅ぎ分けるのだという。
「蝮を食わせりゃ利くだろうねえ。効果てきめんやろうね。太夫なども経験豊富な強者やから、雑兵どものなかを往き来してたころには、さかんに用いたやろうがね。現に、一矢にして五人を射貫く……坂上田村麻呂将軍ではないけれど、忠雄大将桜狩りじゃぞ」
などと威張りくさってみせながら、色褪せた鼻を上に向けて、海鼠のような舌を突き出した。
「へへっ、酒で蝮の精気を吸ってさえそんな具合やもの、肉そのものをつき混ぜて与えたら、そりゃ鶯には利くやろうね」
「すごいものでござります。……一度餌にして与えますと、すぐさまにですね、鶯の、あの綺麗な咽喉からすんなりとした胸毛にかけて、赤い霞のようなものがボッと走ります。蛇の生き血の輝きが現れ出るんですな。この声を聞いて、その姿を見るんですから、お前さん、メスは何羽となく、翼をちぢめて、ぽたぽたと籠の周りに落ちてまいります。まるで乙女椿が重なって落ちるようにですな」
と、仰向いて籠を見ながら串の蝮を裏返す。
盲人の旦那は、摺り膝で身を寄せてきて、斜めにぐっと突き出した肩先をぷるぷると震わせていたかと思うと、目鼻も眉も、顔を一気にほころばせた。
「まさか、そんなことが、太夫」
「冗談を言ってわけじゃないですよ、若旦那。目の見えないお前さんにこんな話をするのも気の毒だが……ごめんなさいよ、ほかに言いようもないから……そりゃ、お目にかけたいもんでござりますな。メスのほうは色恋に迷うわけだが、さらに恐ろしいことには、勢いと力に負けるんでしょうな、オスの鳥がこいつの姿を見ると、身をすくませて落ちてきますぞな」
「メスは当然、そりゃわかるがね、オスの鳥さえすくんで落ちるかね。へへっ、負け惜しみは言いたくないが、あやかりたいね。わいもちと煎じて飲みたいね」
とニヤリとした。しかし表情は寂しげである。
「お休みやす、お掛けやす」
あの駒下駄のそばで、ひら……ひら……と蝶が舞う。




