三
三
公園のこの入り口は、昔は藩主の庭前の馬場であったという。そこに六、七軒一列に、蓮池だの坂だのを間にはさんで、離ればなれに並んでいるこうした茶店では、どこも柳団子という草色と白の、鳩の卵ほどの菓子を木皿に載せて供している。けれども怪しいことに、太夫が焙っているのは、持病の薬だといって赤蛙か蝸牛でも食うつもりなのか、蛭をぶつ切りにしたような形の肉で、けっして新粉をこねた団子ではない。
「近頃ではな、不景気だとか言いながら、ここにはなんでもございますな。一重桜が散りかかって、ほら、お庭の曲水も八ッ橋も岸から見えて、山も、水も、町も、湖もと、世界中が見わたせるような具合。毎年ちょうど、あの富士見桜が花盛りに咲きます――ちょうど今が真っ盛りでな――今頃になると、さっぱり人出がなくなって、この通りひっそりとしたものでしてな。……そのくせ、光るような霞がいっぱいにたちこめて、空も水も桜色という陽気なのにです。
まずまあ、たとえて申せば、朝が過ぎて真っ昼間になって……やがて昼の二時になろうという、ちょっと眠気が差したという頃合い。酒ならほろ酔いが過ぎて、これから我を忘れようという境目、ちょっと魔が差したというふうに、人間の世の天地がひっくり返る……凄いほどにのどかな、とろとろとした、こんなときは、鶯の声も嘴から紅色の陽炎になって、柳の葉のなかを伝わっていきます……」
鶯が鳴く。
「それお聞きなさい」
と言う。
軒の籠の底をかすめて、串焼きからかすかに黄色い煙が泳ぐ。
「お掛けやす、お休みやす、一服お吸いやす、お休みやす」
「余計なことやね。鳴く声さえよければいい。色なんぞ……」
と、盲人は苦い顔をして、
「わいは匂いの方がいい。太夫、見えないからと負け惜しみを言うのではない……実際のところ花からして、咲かなくともよい。なんの、実だけ生ればいい、それが口に入ればいいんや、ふん」
体裁を繕って取り澄ましていたのが、急に飢えた獣のような浅ましい顔つきになって、
「いい匂いやね、太夫、なにを焼くのかね」
「鳥の餌に入れますよ」
「上新粉に黄粉、糠に青菜というのがお決まりだが、はあ、鮠を焼くのかね」
「素人ですな、若旦那、鮠なんぞ、お前さん」
「それじゃ?……」
と鎌をかけて見たが、相手が答えるつもりもなさそうなのを口惜しそうに、
「秘伝とみえるね、太夫」
「なに、お前さん。秘伝というほどのことでもありませんよ。声をよくするためには誰でもやってます。とはいえ分量は難しゅうござりますがね。鶯を強くするには、これを薬にするのに限るので。人間にだって利きましょう、それ」
「はあ」
とうろたえるほどに急いで聞きたそうに、上目をじろじろと向ける。
「蝮の肉でござりますな」
「ううむ、なるほど。ああ、そうそう、それに限るんだったよね」
と顔を上に向けて、偉ぶって膝を叩いて言う。
その知ったかぶりがいかにも浅ましいと、太夫は蔑んだ顔をしたが、
「しかしね、使いようによりますよ。ご存じのことでしょうが、最初から蝮なんぞ食べさせてごらんなさい。羽から煙が出て死んでしまいます。だましだまし、始めのうちは蛇の肉を少しずつ……」
「そうそう、蛇の肉を少しずつ」
太夫は苦笑いをした。
「だが、他言は無用でお願いしますよ」
「やっぱり秘伝かいね、はは、ははは」
「なに、そういうことではありませぬが、言うならば手前どもは客商売というもののなかでも食べ物を扱っています。蝮と同じ火で茶を煮たり、蛇を扱った手で団子をこねるなどと噂されれば一大事。こうやって、ほら、別の火鉢で、遠ざけて焼くくらいでござりますからな」
「構うもんかね。わいなんぞは、家じゃあ毎日、蝮酒を飲んでるわ」
とはいえ太夫は、盲人に気を遣ってそんな言い訳をしたわけではなさそうだった。