第三十六話 人生初体験
エミがタツヒコに振られてから一週間が経った。
今俺はシンジュクの街中を歩いている。
タツヒコが言うには貞郎は早くてあと3日で退院できるそうだ。
俺が知る限りではあるがあの一件以来、エミとタツヒコが会話しているところを一度も見ることはなかった。
エミは「もう気にしていない」と言っていたがそれが口先だけの言葉だとすぐにわかった。
そして俺はエミにタツヒコが十文字組の組長を道連れにして死ぬつもりだと未だに言えていなかった。
別に「エミには言うなよ」と言っていたタツヒコの言うことを聞いているわけではない。
エミがさらに傷つくと思い、言えることができなかったのだ。
エミとタツヒコには貞郎を助けてもらった借りがある。
だから俺はこの状況をどうにかして解決したいと考えていた。
一番手っ取り早いのは十文字組の組長を倒すことか……
って言ってもな〜正直そいつの強さは未知数だし、最悪の場合、十文字組全員と戦うことになるよな〜。
そうなったら俺1人じゃ100%勝てねぇよな〜。
「どうしたもんかね〜……あれ?」
俺はいつのまにか人通りの少ない道を歩いていた。
ここはシンジュクの裏道だろうか?
すると一軒の店が目に映った。
「ヌバラジュナ?変な名前の店だな…入ってみるか」
俺は店の中に入った。
店の中にはカウンター席だけがあった。
カウンターの前には店員と思わしき男がいて、その背後にはビンがずらりと並んでいた。
そう、この店はバーだったのだ。
おぉ、ここはバーだったのか……初めて入った。
客は……他にはいないな。まぁ、真昼間だしな。
でもなんか、緊張するな。
「いらっしゃいませ。お一人様でよろしいでしょうか?」
オールバックのかっこいい…あれ?
よく見たら女性の方じゃねぇか。
お胸が膨らんでいる。
いや、そんなことより早く答えなきゃ。
「あ、はい。1人です」
「お好きな席へどうぞ」
俺はお姉さんの目の前の席に座った。
まだ緊張しているのか身体が少し硬くなっているのを感じた。
そしてメニュー表を手に取る。
うん。どれも知らん。
あっ、でもソフトドリンクはわかるぞ。
でもせっかくのバーだしお酒飲みたいよな。
五郎たちと飲んだときは何を飲んでたっけ?
確か「エ」から始まる飲み物だったような……
ダメだ、思い出せん。
毎回五郎と健が一通り頼んできたやつを飲み食いしているだけだったからな。
よし。何も恥ずかしがることはない。
「あ、あの〜初めてなんですが何かおすすめのお酒とかあります?」
俺の発言を聞き、お姉さんは少し微笑み
「でしたらこちらをどうぞ」
お姉さんはそう言うとお酒をつくりだした。
お〜…なんかテレビとかでいつも見てたやつだ。
ほんとによくわからん容器をシャカシャカ振ってる。
するとお酒が完成したのだろうか。
お姉さんはシェーカーに入っているお酒をグラスに注ぎ、俺の方へと差し出した。
「ジントニックです」
なんか聞いたことあるぞ。
おそらくメジャーなやつなんだろう。
「あ、ありがとうございます」
俺はグラスを手に取り、一口飲んでみた。
酸味があって爽やかな味だった。
「なるほど。これがジントニックですか」
「はい。ですがこの世界にはジンもライムもないので本物ではございませんが、似た味を再現しています」
「へ〜」
お姉さんの話を聞いて感心していると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ。あら?紫ちゃんじゃない」
ゆかりちゃん?
はて?どっかで聞いたことある名だな。
俺はゆかりちゃんと呼ばれる人のの方をみた。
「ブフッー」
俺を驚きのあまり口に含んでいた酒を吹き出した。
驚くのも無理はない。
恐るべき人物がそこにはいたのだ。
黒髪のショートで目は前髪、口はマフラーで隠れている少女。
コロシアムの死神、西園寺紫が。
「お客様、大丈夫ですか?どうぞこちらを使って下さい」
お姉さんはおしぼりを俺に渡した。
「も、申し訳ないです。ありがとうございます」
俺はおしぼりを受け取った。
そして俺の隣に西園寺が座った。
え〜隣にくるの…怖いんだけど……
しかし、初めて至近距離で見たがだいぶ小さいな…
エミより小さいんじゃないか?
あれ?そう思うとなんだか怖く見えなくなってきたぞ。
「紫ちゃん、久しぶりじゃない」
お姉さんは西園寺と友達と話す感覚で接客している。
西園寺はこの店の常連さんなのかな?
「………」
しかし、西園寺は何も喋らない。
「いつものでいい?」
お姉さんの質問に西園寺は頷いて応えた。
するとお姉さんは少しだけ座り込んで立ち上がった。
手には牛乳パックみたいなものを持っていた。
そしてそのパックの中身をグラスに注ぎ西園寺に差し出した。
「ミルクです」
いや、本当に牛乳かよ!
西園寺はミルクを両手に取りチビチビと飲み始めた。
なんだか小動物みたいで可愛い。
お姉さんもそう思っているのだろう。
西園寺の方をみてニコニコしている。
「どう?美味しい?」
西園寺はまた頷いた。
「ふふ。ゆっくりしていってね」
お姉さんはそう言い俺の前に移動し
「お客様。紫ちゃんはコロシアム以外では普通の女の子なので安心して大丈夫ですよ」
と俺に耳打ちした。
西園寺はおそらくシンジュクでは有名人だろう。
そして、お姉さんは俺みたいに西園寺を見て驚いた人を何人も見てきたのだろうな。
「そ、そうですか」
その後お姉さんはカウンターの端の方へ移動し、何か作業し始めた。
沈黙が5分くらい続いた。
気まずいもう出ようかな。
そんなことを考えていると西園寺が俺の方を向き、口を開いた。
「…バットの人は元気?」
バットの人?
あぁ、貞郎か。
「い、一応。あんたが切った腕も無事くっついたしな」
「……そう」
西園寺は前を向きミルクを飲み始めた。
再び沈黙が流れた。
せっかく、西園寺から会話を振ってきたんだ。
俺も何か会話を…そうだ。
「ところで、なんで貞郎が死んでからの年数を聞いたんだ?」
西園寺が貞郎にとどめを刺す前に聞いてきたことだ。
結果、その答えが西園寺にとってとどめを刺すのをやめた理由になったみたいだが、思い返してみると非常に気になる。
「………短い年数で死んだら可哀想」
「おぉ、そうか」
長い年数でも殺されたら可哀想なんだが。
「………あなたは何年目?」
「4年目くらいかな」
「………そう」
「そういう西園寺は何年目なんだ?」
「…………」
西園寺は俺の質問を無視してじっと俺を見つめた。
もしかして、聞いちゃまずいことだったか?
「……私の苗字…なんで知っているの」
なんだそんなことかよ。
「コロシアムで紹介されてたじゃねぇか」
「…………そう………120」
「120って?」
「………私が死んでからの年数」
「マ、マジ?」
西園寺は頷いた。
こりゃ驚いた。
白火や咲夜の倍以上は生きているのか。
「そりゃ強いわけだ。貞郎が圧倒されたのも納得がいくよ」
「……貞郎?」
貞郎の名前は知らなかったのかな?
「バットの人の名前だよ」
「………そう。……あなたは?」
「ん?俺か?俺は内海永輔だ」
「………永輔」
西園寺は小さい声でつぶやいた。
覚えてもらえたかな?
「…やっぱり長い間、修行を重ねてきたら電撃とかも効かなくなるのか?」
西園寺は貞郎の電撃を喰らっても痺れている様子はなかった。
「………わからない」
「わからないって…もしかして生まれつき効かないとか?」
「……違う。…生前に電流を流し続けられてきたから耐性があるだけ」
西園寺の話を聞き、俺は耳を疑った。
「なんでそんなことを?」
「……わからない」
ここで俺はあることを思い出した。
西園寺の能力は銃の生成。
生前の日本では銃で殺されることなんて滅多にない。
一般人で射殺される人は珍しい。
要するに西園寺は一般人ではない可能性がある。
「もしかして、毒の耐性もあったりする?」
西園寺は頷く。
「目隠しの状態でも自由に動ける?」
西園寺は頷く。
「…銃を使いこなしていたけど、生前の時から使いこなせてた?」
西園寺は頷いた。
「ナイフも?」
西園寺は頷いた。
電気と毒に耐性がある。
おそらく、他にもあるのだろう。
視覚を奪われても大丈夫。
おそらく、五感どれかが無くなっても大丈夫だろう。
銃とナイフを使いこなせる。
おそらく、他の武器も使えるのだろう。
そのような人間を俺は生前、漫画で見たことがある。
「もしかして生前…殺し屋だったりする?」
西園寺は頷いた。




