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コメディ系短編小説

通行人ファイナンス

作者: 有嶋俊成

  ーーとある路上で起きた話…なのだが…



 とある住宅街の路上でみずぼらしい恰好の男が折り畳み式の椅子に座っていた。そこへ一人のスーツを着たサラリーマンが通りかかる。

「あーちょっとごめんなさい。」

 男がサラリーマンの前に立つ。

「な、なんですか?」

 急に立ちふさがってきたボロボロの上着を来た男に困惑するサラリーマン。

「通行料ください。」

 手の平を出す男。

「は? 通行料掛かるんですかここ?」

 目を見開くサラリーマン。

「はいそうです。」

「車じゃなくても?」

「はい。」

「え? 歩行者に掛かるんですか?」

「はい。千円です。」

「千円? 東名高速なら東京から厚木くらいまで行けますよ?」

「はい。千円です。」

「はぁ…?」

 困惑しながらも革財布から千円札を一枚取り出すサラリーマン。

「ありがとうございまーす!」

「変な街に出張来ちゃったよ。」

 そう呟きながらサラリーマンは路上を去って行った。

「あ、すいませーん。」

 男は次に買い物袋を提げた主婦らしき女性の前に立つ。

「五百円ね。」

 女性はすんなりと男に五百円玉を渡す。

「ありがとうございます! どうぞ!」

 男は端により女性を通した。

「ふぅー。今日もいろんな人が通るなー。」

 男は電柱の横に置かれた折り畳み式の椅子に再び腰かける。

(なんなんだアイツは…)

 一人の警官が曲がり角の影からのんきに椅子でくつろぐ男を見つめていた。

(これいった方がいいよな…)

 警官は曲がり角から体を出し、男に近づく。

「あのーちょっと…」

「ああー! どうも!」

 男は警官の姿を見ると、目を見開いて急いで立ち上がる。

「さっきからずっと見てたんだけど…」

「はい! 通行料を取ってます!」

「隠す気はないのね。」

 男は警官に後ろめたさを見せることもなく、すんなりとやっていたことを白状した。

「えぇ、これは包み隠さずやらせて頂いてますので。」

「えっと…どっかの会社の方ですか?」

「いえ、個人でやってます。」

「どっかの許可を得て?」

「勝手にやってます。」

「何をよくも堂々と。」

「ふぅー」

 男は静かに椅子に腰かける。

「終わってないよまだ。」

 警官は座った男に言う。

「あ、もしかしてここ通ります?」

 男が警官の顔を見上げる。

「その予定だけど。」

「千円です。」

「ふざけんじゃないよ。」澄ました顔の男の要求をもちろん突っぱねる。「大体、君のやってることは詐欺だからね。できれば警察署に来てほしいんだけど…」

「えーっ! だってさっきからみんなすんなり払ってたじゃないですかー!」

「清々しいほどの開き直りだな。」

 そこへ一人の主婦が通りかかる。

「あら金さんこんにちは。」

「あぁ~村井さんどうも!」

 主婦を見た男は立ち上がる。

「それじゃこれ。」

 主婦は既に拳の中に握っていた五百円玉を男に差し出す。

「どうもありがとうございまーす!」

「ちょっと待って!ちょっと待って!」

 礼を言って五百円玉を受け取ろうとする男を制止する警官。

「なんですんなり渡してるんですか!?」

 警官は主婦に聞く。

「だって金さん不動産会社の社長さんでしょ?」

「君嘘だろ?」

 ボロボロの服の男を見まわす警官。

「いやー今月も儲かっちゃって!」

「もー金さんたらー」

「それじゃ通行料いただきます!」

「それじゃぁねー。」

 主婦が去って行く。

「え!? 待って待って待って!」

「ちょーっとお巡りさんも待って待って待って!」

 もみあいになる警官と男。

「君、本格的にヤバいな。」

「一応、道という不動産に関わってます。」

「ふざけるんじゃないよ! もういよいよ卑劣な詐欺だよこれは。」

 警官の顔が険しくなる。

「まあまあまあ愛すべき詐欺師という事で。」

「どこがだよ!」

 すると今度は三人組のランドセルを背負った小学生が通りかかる。

「あー金さーん。」

 小学生が男のもとに駆け寄る。

「ねぇ、いつものやってー。」

 小学生たちが金さんを囲ってん何かをねだる。

「おう! いくぞ! 馬、玉、借金!人生戦隊ギャンブラー!」

 男が身も心も凍るセリフを決めると、小学生たちが大喜びする。

「わーい!」「金さんかっけー!」「おもしろーい!」

「どこがだよ。」

 喜ぶ小学生たちを目の前に真顔で言う警官。

「えーおもしろいじゃーん。」

「だいたい君たち馬、玉、借金てなんなのかわかる?」

「競馬!」「パチンコ!」「消費者金融!」

「それをどこで知った?」

「「「金さんに教えてもらったー!」」」

「何をしてんだお前は。」

 男に冷たい目を向ける警官。

「人生はな、常にギャンブルの連続。それをいかに乗り越えるかを追求するのが男のロマンさ。」

「うおー! 金さんかっけー!」

「騙されるなぁ!」

 警官が声を上げる。

「それじゃぁ金さん、見物料!」

 三人の小学生たちはそれぞれ十円玉を男に差し出す。

「はいよー! 三人合わせて三十円!」

「子供からも取ってるのかよ!」

 驚愕する警官。

「じゃぁねー金さーん。」

「おーうじゃぁなー。」

「ちょっとぼくたち! ちょっとおーい!」

 警官は小学生たちを呼び止めようとするも結局小学生たちは走って行ってしまった。

「君、本当に何やってるんだ!」

「何って、路上パフォーマンスです。」

「あーあー、パフォーマンス級の詐欺だよ!」警官は声を荒げる。「大体、あんな小さな子供から金取るって、プライドはどこに捨てたんだ!」

「お巡りさんね、こういうことしてる時点で、もうプライドなんて皆無なんですよ…」

「……うん。」

 確かにそうだった。

「おう、何やってんだ?」

 二人の目の前に警官でも身を引くような妙にガタイの良い長身の男が現れる。

「はい、どうも。」金さんと呼ばれる男はガタイの良い男の目の前に立つ。「私はここで、通行料を皆様から徴収しています。」

 その言葉を聞いたガタイの良い男が眉間を歪ませる。

「ほーう、通行料。どこの会社だ?」

「個人経営です。」

「個人? 一人でやってるのか?」

「はい。一人です。」

「で、会社名は?」

「会社名はありません。」

「は?」

「勝手にやっております。」

 その言葉を聞いた巨体の目が上目遣いに金さんを見つめる。

「てことは…詐欺ってことだな…」

「どうぞ!お通りください!」

 金さんは軍隊並みに整った気を付けの姿勢で巨体に道を開けた。

「おう。優しいな、あんちゃん。じゃあな。」

 巨体はのっしのっしと去って行った。

「さっきまでの勢いはどこに行ったんだ…」

 巨体に尻込みしていた警官が口を開く。

「ちょっと! まだいるから!」

 金さんが警官の口を塞ぐ。巨体が角を曲がり、姿が見えなくなったのを見計らって口から手を離した。

「チキンなんですよ僕。」

「『人生戦隊ギャンブラー』とか言ってたヤツが、この程度のリスクも取れないのか。」

 呆れ顔の警官。そんな警官を前に金さんは再び椅子に腰かける。

「あなた…金さんでしたっけ? 大体なんでこんなところで金取るようになったんですか?」

 警官の問いに金さんはゆっくりと話し始める。

「料金所を始めたのは、半年ほど前。」

 金さんは話始める。半年間もよくバレなかったものだと警官はなぜか感心が湧く。

「あの時の私は本当に弱かった。不幸に打ちのめされ、辛酸を舐めさせられ、もう本当にダメだと思ってた。」

 金さんの悲し気な話し方と表情に同情しそうになることはない警官。

「そんな時に駐車場の前を通りかかりました。時間貸駐車場の出入口には、バーを上げ下げするだけでお金を入れてもらえる機械があります。車が来なければただそこに居座っていればいい。そこで僕はハッとしたんです……コレ楽だな!って!」

「お前マジで来いや。」

 警官が金さんの腕を引っ張る。

「ちょっと待って!ちょっと待って!急すぎる!」

「当たり前だろ。滅茶苦茶楽して稼ごうとしてんじゃねぇか! こっちは毎日体張って稼いでんだよぉぉぉ!」

 警官が叫ぶ。

「あああ!ごめんなさい!ごめんなさい! でもこうなったのには深刻な理由がございまして!」

 金さんが膝をついて警官の顔を見上げる。

「まあ、聞くだけ聞いてやろう。」

「ギャンブルでメッチャ借金あるんです!」

「来い来い来い来い来い」

 警官が金さんの襟首をつかんで引きずる。

「あー!ちょっと!待って待って待って!」

「うるせぇ!人生戦隊ギャンブラー!」

「あー!だからここで得たのも借金だから!ちゃんと返す予定だから!」

「世界で一番気持ちの悪い多重債務だな!」金さんを振り落とす警官。「大体、二度と通らない人だっているかもしれないんだぞ?」

 近隣住民ならまだしも、一時的にこの地域に来た人には返せる可能性が低い。

「それは……募金ということで。」

「はーい、クズの権化。」

 クズの権化…自分の欲望のために作った借金のために見ず知らずの人や子供、優しき人たちを欺き、汚い手段で金を巻き上げ続け、挙句の果てに全てを投げ出した男に送る最上級の軽蔑だった。

「行くぞ。どう足掻こうと、結末は一緒だ。」

 警官に諭されると、金さんは立ち上がる。

「わかりました。では最後に、一つだけお願いが。」

 警官は金さんへの同情は全くないが、ようやく腹を括った様子を見て最後くらい聞くだけ聞いてやろうとする。

「何だ?」

「お巡りさん、長いことここにいましたよね? チャージ料お願いします。」

 警官は黙って“クズの権化”の襟首をつかんで引っ張っていく。

「ああ、ごめんなさいごめんなさい、マジですいません。ごめんなさい。ちょ、許して。」

 “クズの権化”の声は最早警官の耳には届かず、虚しく夕日が照らす町中で導かれていくのだった。



  ーー終わり

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