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4.山間の一戦

4.山間の一戦


ベマの大山脈はその名が示す通り連なる山々の総称だが、その実、王都への分かれ道の前後で様相は大きく異なる。


港町サモンと王都デリアを結ぶ区間は曲りなりにも交易路であるから、今は手入れされていないとはいえ、人が通れるようにはなっている。

だが王都への分かれ道より先、すなわちジャブナ大森林へと続く西側は、人の踏み入ったことなどほとんどない、まさしく未踏の山脈である。


その先、ベマの大山脈を越えジャブナ大森林を越えた者には、死者と語らう資格が与えられるという。

本当か嘘かは知らない。

グレス大陸のお伽噺である。


シロムとユイエルは、まさしくその王都への分かれ道に辿り着いていた。

「王都デリア」と古びた立て札が示す先には下山道があって、それを下れば王都デリアへと続く街道、通称デリア街道に行き当たる。


道中何度かの朝夜を迎え、魔物との戦闘も少なくなくあったが、それらはオオムカデやワーウルフ、いいところベマベア(ベマ山脈に生息する熊の魔獣だよ)といった程度で、いかに駆け出し勇者のシロムと言えども、負けるはずのない魔物たちだった。



「ここがベマの分岐路か」

港町サモンの民特有の呼び方でその場所を呼んで、シロムは振り返った。

「俺は王都へ行くんだが、ジャックはどうする?」


ジャックことユイエルは、尻尾を振ってそれに答えた。

彼女の種族がオルカジャックだからだろう、シロムは彼女をそう呼び始めた。

もっともユイエルと呼ばれるはずもないから、名前なんて何でも良いのである。


「まあ、いいか。離れたくなったら勝手にどこかへ行くだろう」

意図は伝わらなかったらしく、シロムはそう独りごちた。

まったく、鈍感な男である。


それにしても、何故シロムは山道を選んだのだろう?

今更ながらに、ユイエルにはそれが不思議だった。

港町サモンから王都デリアに行くには、徒歩では確かにベマ山脈を越えるしかない。

だが運河を渡る連絡船に乗れば、労せず王都へは着けるのだ。

アラデ・ミフの大運河はベマの大山脈にトンネルを掘って、そこに人工の川を流したものだ。

つまりは山越えよりもよほど最短距離である。


魔物の身で船に乗れないユイエルはともかく、シロムにはそれを使わない理由が無い。

といっても、ユイエルにそれを問う手段は無い。

だから訝しりながらも、シロムについて王都への道を下って行った。



ベマの分岐路から王都まではなだらかな下り坂で、険しい場所はもうほとんど無い。

そんなわけだから、ユイエルにも油断があった。

がさりと枝が動く気配に気付く頃にはもう、鼻先に刃が閃いていた。


刃が触れて皮膚が切れる。

ひりひりした痛みに視界が眩む。

慌てて飛び退くと、眼前にひらりと剣士がひとり、舞い降りた。


そこにシロムが斬りかかった。

剣と剣の打ち合う音がけたたましく響く。

だがそれも一度きりで、剣士は「助けてください!」と言うなり、ぱっと手を上にあげた。


その声が存外に高かったので、ユイエルは距離を保ったまま、剣士の顔を見る。

年頃は自分らと同じくらいの、女性の剣士である。


赤と金を組み合わせた独特の軽鎧は、セレ・マトス皇国のものではなかったか。

雪のように白い肌と金髪のショートカットも、かの皇国の民を思わせた。

もっともセレ・マトス皇国はグレス大陸のはるか北の国で、こんなところに居るというのも不思議な話であるが。


「あなた、剣士ですよね?」

女剣士はメリス・メルフィと名乗ってから、切羽詰まった様子で言った。

「私の姉が魔物にさらわれてしまって、手を貸してくださいませんか?」

「魔物は俺の敵だ。人に害なす輩ならなおさら」

低い声でシロムが応じる。

それからちらりとユイエルを見た。


行こうよ、というつもりで頷いて、自身はその場を離れる。

「逃がしましたね」

と彼女の声が追いかけて来るのを、見えないくらいに遠ざかってから、耳をそばだてた。

「魔物ってのはオルカジャックなのか?」

「違います。けど、ああいう強い魔物は、脅威には違いないですから」

「至言だな。さっきは斬りかかってすまなかった。

突然のことだったから」


「いえ」と言葉を切って、女剣士、メリスは照れたように言った。

「こちらこそ。すみませんでした」


ちり、と胸のどこかに痛みが走る。

姿は見えずシロムやメリスがどんな表情をしているかは分からなかったが、彼らは当たり前に言葉を交わし、笑い合う。

魔物には交わせない言葉。見せられない笑顔。


ユイエルは自らの手のひらをじっと見つめてみた。

なめし皮のようなヒレ、あるいは肉球の付いた獣の手のひら。

もうきっと、人間でない自分。


「行きましょう」というメリスの声を合図に、ユイエルは思考を中断した。

なるべく姿勢を低くして、音を頼りに2人を追う。

まとまらない頭の中身に引きずられてか、体はどうにも重かった。




実際のところ、王都への道のりを陸路にしたのは、あのオルカジャックを探すためだった。

メリスという剣士の背中を追いながら、シロムはぼんやりと考えていた。


彼女の、ユイエルの変わり果てた体のそばに。

魔物の死体は無かった。


あの魔物は生きているのだろうか――

「出陣式」の間もポートレア家の葬儀の間もそのことばかりを考えていて、正直言って、その間に自分が何を言って周りに何を言われたか、まるで覚えていないのだった。

ただ彼女を失った絶望感や無力さといった類の感情全てが、魔物への憎しみで塗り潰されていくのを、静かに受け入れていた。


だからこうして、魔物を殺す機会を得られるのは嬉しい。

特に人助けになるとなれば、なおさら。

今の自分はそうすることで、ようやく人間の形を保っているようなものだ。


本当は山じゅう巡って魔物を皆殺しにしてやろうと思っていたし、実際、旅立った直後まではそのつもりだった。

ただジャック――あの魔物と会った辺りから風向きが変わって、とにかくまあ王都へ行ってみるか、という気持ちになったのだった。




「居ました」

メリスが囁いて、腰を落とす。

並んで前を見やると、なるほど、牛頭の魔物が1体そこに居た。

またぞろ群れの魔物だと思っていたから、単騎であったのは意外だった。


手には大きな槌を持ち、人間の倍はあろうかという背丈を、窮屈そうに丸めている。

ミノタウロスである。

オルカジャックと同様、この辺りでは見ない魔物だ。


ミノタウロスはひと際大きな木の傍に立って、その木の向こう側にもたれるような恰好で、白い洋服の裾がわずかに見えている。

とすればあれがメリスの姉なる人物なのだろう。



「強敵です。気を付けて」

メリスはそう言葉を残して、剣を抜いた。

刃先が赤い。魔剣である。

北の文化圏では珍しい武器ではないが、シロムは見るのは初めてだった。


魔剣の剣撃が風を切る。

絶好の奇襲であったが、ミノタウロスは手元の槌を咄嗟に振り上げて、それを防いだ。

普通の剣とは違う、真っ赤な火花が辺りに散った。


シロムはそれにタイミングを合わせて突っ込んだ。

機会は多くはなかったが、これでもギルドの剣士である。

剣士同士の合わせ方は分かっている。

すなわち、1人が斬り合って隙を作ったならば、別方向の剣をそこに見舞ってやれば良い。


自分で言うのも何だが、流れは完璧だった。

槌を持って逃げ場の無くなった魔物の右腕に、シロムの剣は叩き込まれた。

目一杯に力を込めたから、腕ごと切り落とせても不思議ではなかった。


だが結果として、魔物の腕は繋がっていた。

どころか、鋼のように鍛え上げられたそれは傷ひとつ負うことなく、強い衝撃をシロムの剣に押し戻した。


ミノタウロスの瞳がぎらっと光ってこちらを向く。

ぞわり、と背中が粟立った。

立ち向かってはいけない。そう思った。

剣士としての、あるいは人間としての本能が、これを危険だと告げていた。


咄嗟に魔物の脛を思い切り蹴って、その反動で飛び退さる。

その隣にメリスも戻って来た。

空気の抵抗を感じさせない、舞うような動きのまま、魔剣を構えた。


「強いな」

思わず声に出た。

「ええ……王都の周りは、比較的安全と聞いていたのですが」

「俺もこんな奴は初めて見た。変な感じだ」


ベマ山脈に生息する魔物の種類くらいなら頭に入っているが、ミノタウロスなど聞いたこともない。

オルカジャックだってそうだ。

この世界に、何が起きているのだろう。

まあもっとも、魔王の動きも活発になっている中で、何が起きていても不思議ではないのだが。


「その魔剣の魔法で仕掛けられないか?」

思い付いて、シロムは言ってみた。

「刃の効かない魔物には魔法が有効、ってのはよくある話だろう」

「そうですね……やってみます」


メリスが跳ぶ。

空を蹴るかのような軌道を描いて人間が跳んで行くのは、中々の壮観である。


さて、魔剣とは、読んで字の如く魔力を封じ込めた剣である。

剣によって込められた魔力の強さや属性はまちまちだが、持ち主の魔力量や魔法技術に関わらず魔法を放てる武器として知られている。

メリスの剣はオーソドックスな炎の剣であるらしく、鞘から抜き放たれるや否や、その刃は炎影のようにゆらめいた。


ミノタウロスは槌を目の前に叩きつけて、ぐいと前に踏み込んでくる。

その懐にメリスは飛び込んだ。

炎の刃をミノタウロスの胸元くらいに打ち込むと、ぼうと火の手が上がって、かの魔物の上半身くらいを赤い炎で包み込んだ。


一瞬、ミノタウロスは顔をしかめた。

表情などあってないような牛の顔だが、その目が確かに一瞬、苦痛に歪んだ。


好機。

そう思った。

だからシロムも飛び込んだ。

メリスのように軽やかな動きとは行かないが、精一杯不格好に、ともかく剣を届かせようと斬り込んだ。


だが剣の届くより早く、ミノタウロスは槌を振りかぶった。

槌の一閃が炎を払い、カウンターでその重たい鈍器の先端を剣士ふたつの体にまとめて突き入れた。

たまらずメリスは身を引いた。

シロムは飛び込んだのが遅かった分で反応もやや遅れて、わき腹にその一撃をもらって吹っ飛んだ。ぐらり、と脳が揺れて、視界が揺れる。


倒れては駄目だ。


ただそのことだけが頭にあって、どうにか体勢を保っていた。

思い出すのは、崖上でのオルカジャックとの一戦である。


俺の弱さが、彼女を殺した一戦だ。


考えてはいけないこと、が脳裏を掠めて、詰るような罵声が微かに聞こえた気がした。


シロムは攻めあぐねた。

だが、手を止めるわけには行かなかった。


どこかに隙はあるはずだ。

そこを狙うしかない。

先程の一撃で焦点はまだ怪しいが、シロムは注意深く魔物を見ていた。



「次が来ます、気を付けて!」

メリスに言われるまでもなく、ミノタウロスが槌を握り直した。

それだけで牛一頭の体重ほどはありそうな大きな得物だが、軽々と振ってこちらに殺意を投げて来る。



瞬間。

戦場で鳴る管楽器のような、甲高く力強い鳴き声が辺り一杯に響き渡った。

声は音波となってミノタウロスに襲い掛かった。


魔物が辺りを見回す。

果たして、その姿を見つけるのが先だったのか。

オルカジャック――ユイエルがその瞬発力を存分に生かして、一気に戦闘に突っ込んできた。

そうしてそのまま、ミノタウロスに激突した。


だがミノタウロスは両の足を大地に踏ん張って、それを受け止めた。


ワーウルフのようには上手く行かない。

ユイエルは歯噛みした。

相手も大型の魔物であるし、背丈は大きく負けている。

向こうの重心が高い分、体重の掛け合いになれば、不利になるのは明白だった。


ただ、引くわけには行かない。

飛び込んできたからには、覚悟の上での戦闘である。

戦うこともそうだし、何より戦意の籠ったメリスの視線が、背中に刺さって仕方なかった。

下手に引けば、自分が彼女の標的に成りかねない。


だが剣士ふたりに決定打が無いのは明らかだった。

だから自分が突破口を開く。決めていた。



ふと、ひとつのイメージが、ユイエルの中にひらめいた。

彼女の眼前には、ミノタウロスの、原生のオレンジのようなごつごつとして、それでいて滑らかな肌が見えていた。


そうだ。硬い果実を剥くように、切れ込みを入れてみてはどうだろう?

傷をつけて、そこからナイフで切り開くように、魔物の皮膚を裂いてやるのだ。


それに非常に都合の良いものが、ユイエルには備わっていた。

すなわち、水棲肉食獣特有の、ずらりと並んだ牙である。


状況として、自らの4本の前足と相手の両腕が組み合って押し合いへし合いしているものだから、動きの自由は限られている。

オルカジャックの寸胴な頭部では、急所を選んではいられまい。

とにかくどこでも良い。仕掛けるしかない。


ぐいと体重を押し込んで、ユイエルはミノタウロスの肩口に噛み付いた。

生易しい噛み方では駄目だと思ったから、続けざまに体重を掛けながら、深く、深く牙を潜らせていく。


幸いその噛み方に、この牙は向いていた。

ゴムを噛むような弾力があって、それから、それを切り開く感覚があった。

そして口の中にぬるりと生温かい感触が広がった。

だがこれも都合の良いことに、何の味もしなかった。

考えてみれば不要なもので、食事の要らないこの体には、味覚もまた存在しないらしい。

ミノタウロスの血液だか体液だか、とにかくそんなものの味を知らずに済んだことは幸運である。


轟音が耳をつんざいた。


それがミノタウロスの声――悲鳴だと気付くのに、しばしの時間を要した。

そしてその時間の間が丸々隙になって、ミノタウロスの蹴り上げた膝が、ユイエルの顎を打ち抜いた。


思わず牙を抜いて、ユイエルは数歩下がった。

ミノタウロスと距離を取る。


半開きになったユイエルの口の間からぼたりと、魔力の粒が零れ落ちた。

これもミノタウロスのものだろう。

味覚が無いことを、その一瞬、残念に思った。

魔力の味なんて、そうそう知れるものじゃないからね。


蹴られた顎は痛んだが、怪我を負う程ではなかった。

なるほど、丈夫な体である。



「ありがとう、ジャック」

思いがけず素直な言葉が背後に聞こえた。

振り返るまでもなく、シロムがユイエルの背中にぽんと手を置いて、過ぎ去り様に剣を引き抜いた。


偶然か、必然か。

シロムはユイエルの意図に気付いたらしかった。

あるいは剣士の本能がそうさせたか。

ともかくもシロムはその剣を、ミノタウロスの肩の傷にめり込ませた。


ミノタウロスの腕の、無事な方の迎撃を喰らいながらの捨て身の一撃ではあったが、効果は絶大であった。

肩の傷は見る見るうちに広がって、腕を切り落とさんばかりに剣創が伸びて行く。


魔物が膝をつく。

見るや、メリスも跳んだ。

再び魔剣が閃いて、炎がミノタウロスを舐めた。


「閃け、<可燃性の魔力粒(インフレイム・マナ)>」


メリスの呟きを合図に、火の手はミノタウロスの傷口から吹き上がった。

魔力粒を燃料に、魔物の体内に炎が入り込んで、どんどんと燃え広がって行く。

こうなるともう、皮膚の強さなど何の意味も成さなかった。


最期に大きな轟を残して、ミノタウロスは動かなくなった。

あとには物言わぬ肉塊が残された。

そしてそれもそのうちにしぼんで、大地には何も残らない。


魔物の死とはそういうものである。




息を一つ吐いて、メリスが振り返る。

ユイエルは静かに、メリスと対峙した。

彼女は魔剣を収めることなく、強い瞳でこちらを見ていた。


「ごめん、メリス」

シロムは寸時悩んで、ユイエルのそばに立った。

「こいつのことは、殺さないでやってくれないか」

「……何故です?」

メリスの声に震えが混ざる。

「魔物ですよ。生かす意味なんて無い。例外なんて無い。

あなただって、そう思っているんでしょう」


彼女もまた、魔物に対して何か抱えるものがあるのだろうか。

他人事のように、ユイエルは彼女を見ていた。


「もちろん」とシロムは頷く。

「俺は魔物を殺す。そう決めた。けど、こいつには『殺さない』って言っちまったんだ。

それは、矛盾することかな」

「矛盾しますよ」

メリスは譲らない。

「あなたは殺さないのかも知れない。けど私には関係の無い決め事です。

止める権利は無いはずですよ」


彼女が魔剣を降ろさないので、ユイエルはついと一歩踏み出した。

「ジャック」とシロムが制止するのに構わずメリスの前まで行くと、頭をわずかに上げて、その首筋を魔剣の前にさらけ出した。


「ジャック……!」

とまた、シロムが叫ぶように呼びかけた。


ごめんね。

牙を見せぬよう口を閉じたまま、ユイエルは横目にシロムを見た。

泣きそうな顔をしている。

ああもう、そんな顔をさせたくて、ここに居るんじゃないのにな。


メリスは黙ったまま、やはり魔剣は降ろさずに、じっとユイエルを見ていた。

ただ隠せない動揺が、その瞳を揺らしていた。


何だろう、()()は。

メリスは戸惑った。


全てを受け入れるかのように穏やかに。それでいて諦めることのない力強さで。

大地に立つこのバケモノを、誰が魔物と呼び始めたのだろう。



その時、ううん、という呻き声が微かに聞こえた。

メリスが弾かれたように顔を上げる。

「お姉さま!」と叫んで踵を返すと、木の足元に倒れている人物に駆け寄った。


いや正確に言えば、件の彼女はもう身を起こして、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。

「ご無事ですか! 怪我は……?」

「平気よ。メリス。ありがとう」


メリスの姉というからには、てっきり彼女もまた剣士だと思っていた。

だがどうしたことだろう、助け起こされた女性はどこぞの王族と見まがうほど上等な絹服を身にまとって、またこの上なく上品な仕草でシロムに笑いかけた。

「そちらの剣士さんも。ありがとうございました」


シロムは居心地の悪さに強張りながら、

「いえ。通りがかったので」

ともごもごと返した。

彼女の透き通るような肌も、長く曇りの無い金髪も。

今までシロムの世界には無いものだったから。


戦闘を終えた安堵感や、人を助けた満足感とは別の、えも言われない浮足立った感情が、穏やかに胸に広がっていく。

それが何なのか、残念ながら、シロムには思い当たらなかったけれど。

綺麗だな、と。

それだけを思った。



ただユイエルにとっては、とても居られたものではなかった。

一歩、また一歩とじりじり下がって、やがて身を翻して、山道を登って行った。


気が付いたシロムが「ジャック」と呼ぶが、ユイエルは振り返らなかった。


登りながら、ここ数日の、ワーウルフやミノタウロスや、それらの魔物の最期を思い返していた。

魔物がどういう存在であるのか、知らないわけではなかった。

だが実感するのはキツイものがある。


この身は、唾棄すべき獣でしかない。


ならばあの綺麗な姉妹に嫉妬する資格さえ、今の自分にはきっと無いのだろう。


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