『またね』
はじめまして、世満優愛と申します。
普段はpixivなどで二次小説を書いているのですが、ボイコネ大賞が気になってしまい、こちらで投稿させていただくことにいたしました。
いろんな方に読んでいただければ幸いです。
私は、生きている。
理由も分からず、ただ死ぬのは嫌で生きている。
文句を言いながら。
愚痴を溢しながら。
それでも、今日も…生きている。
蒼「はぁ…。碧、あんた、また来たの?」
碧「…昨日、来るって言ったよ、私」
蒼「あー、うん。言った。言ったね。で、私は来なくていいって言ったと思うんだけど」
うんざりした表情で、蒼は私を睨みつけた。
暗闇の中、それでもはっきりとその表情は見えた。
本気で呆れて、拒絶するような声色も静寂の中ではしっかり聴こえて。
親友のそんな声に、私は子供のように拗ねることで抵抗を示す。
碧「…でも、私に「またね」って言った」
蒼「それも、言った。…けど、昨日の今日だよ」
碧「別にいいじゃん、すぐ来たって」
蒼「そう言ってほぼ毎日来てんじゃん。良くないでしょ」
碧「なんで」
蒼「あんた、すぐそれ言う」
碧「蒼が甘やかすからだよ」
蒼「え、私のせいなの?」
碧「そうだよ」
売り言葉に買い言葉。
喧嘩ではない。
長年の付き合いである私たちにはこれが通常営業だ。
だから蒼は許してくれる。
今日も拗ねた態度を取る私のことを甘やかす。
私たちはいわゆる幼馴染というやつだ。
私と蒼と、もう一人いるけど…そいつはまぁ良いとして。
とにかく、蒼とは小中高一緒、大学も一緒、最後には就職先まで一緒と来た。
いっそ、一緒にいすぎて家族よりお互いのことを良く知っている。
さすがに大人になれば離れるかと思ったものの、そんなことは無くて。
今でもこうして、私を甘やかしてくれている。
蒼「はぁ…まぁ、いいや。で、今日は誰の愚痴を言いに来たの?」
碧「…なんで愚痴って決まってるわけ」
蒼「碧はいつも愚痴しか言ってないからでしょ。昨日は…えっと、課長だっけ?仕事押し付けて腹立つ〜って話で、一昨日は、部長が臭いって愚痴ってた」
碧「だって…しょうがないじゃん。蒼だってよく言ってたくせに」
蒼「まぁね。だからこうして、大人しくあんたの愚痴を聞いてあげてるんでしょ」
碧「愚痴を聞くのが親友の務めじゃん」
蒼「なにそれ。まぁ、いいけど」
まぁ、いいけど。
それが蒼の口癖で、私が蒼に弱音を吐ける理由だ。
だから、溢れてしまう。
昼間はずっと堪えていたものが…とめどなく。
碧「…また、仕事増えた」
蒼「え、なんで!あんたすでに手一杯じゃん」
碧「私も言ったよ。けど、辞めたやつの分は、みんなでやらなきゃいけないだろとか言って、押しつけられた」
蒼「………」
碧「あの人達はさ、何もやってないのに。みんなの中に、あいつら、入ってないのにさ、偉そうなこと言って、それで私より給料貰ってるとか、本当腹立つ」
蒼「…うん」
碧「辞める人がさ、なんで辞めるのか、考えもしない。誰かがいなくなったって、自分のせいだなんて思いもしないし、代わりがいくらでもいるって思ってる」
蒼「…そういう人が、上にいける時代になっちゃったからね。いつだって、損をするのは優しい人間なんだよ。…碧みたいに」
碧「私は別に優しくない」
蒼「優しいよ。自分が辞めたら、別の優しい人が傷つくんだって、損するんだってこと、ちゃんと分かってる。損するなら、自分も一緒にって思ってるじゃん」
碧「…自分がされたら嫌なことは、したくないだけ」
蒼「あはは。それが優しいんだよ」
いつのまにか震えていた私の声。
困ったように笑った蒼の声。
その二つが、どうしようもなく私の中に響く。
心が悲鳴をあげる。
碧「じゃぁ、蒼だって優しいよ!こんな…いっつもおんなじ内容の愚痴を、毎日馬鹿みたいに笑いながら聞いてくれる」
蒼「…それしか出来ないだけだよ」
碧「それが出来ない人が、この世にはいっぱいいるんじゃん…!!なんであいつら分かんないんだろ…!自分が楽してる分、誰かが頑張ってるって、なんで分かんないの…!あいつら、私よりずっと馬鹿なのに…っ、なんで上司なの…!」
蒼「…悔しいね、碧」
碧「……うん…、悔しい…、悔しいよ…蒼」
蒼「泣かないでよ。化粧、崩れるよ」
碧「どうせ、ろくな化粧してないから、いい」
蒼「……ちょっとはスッキリした?」
碧「…ちょっとは」
蒼「明日、まだ頑張れそう?」
碧「蒼が、明日も来ていいって言うなら」
私の言葉に、蒼はぴくりと肩を動かした。
迷っている。
…分かるけど、私も引けない。
だから、撤回することもなく…蒼を見上げる。
蒼「…ずるいなぁ、それは」
碧「約束、してくれないの」
蒼「…分かった、いいよ」
碧「…ありがと、蒼」
知ってたよ、そう言ってくれること。
確信があるから、言えたことなんだから。
そして、今日も伝える。
その言葉を。
碧「…じゃぁ、『またね』」
蒼「…うん、『またね』」
蒼は、やっぱり困ったように笑っていた。
京「…碧?」
碧「…京」
人がまばらになった駅前で、呼び止められて振り返る。
しまった、知らないフリをすれば良かった。
そんなことを考えたけれど、もう名前も呼んでしまったし今更だ。
でも、やっぱり『しまった』だ。
あぁ、ほら。
久しぶりに…確か一年ぶりくらいの幼馴染の顔が、戸惑いでいっぱいになっている。
京「あ、えっと、久しぶり」
碧「…うん、久しぶり」
京「……仕事帰り?」
碧「そう」
なるべく話を早く終わらせたい。
だって、眠いし、お腹は空いたし、まだやることがあるし、…何より、こいつはきっと次に余計なことを言う。
京「…良かったらさ、飯、食いに行かね?」
やっぱり。
そのチャラい見た目で、深夜も近い時間で、さらにこのセリフなら…ナンパを想定する人も多いだろうけど、違う意味だと分かるから厄介だ。
金髪にピアスもバチバチ、ヘラヘラ笑った口元…反して、下がった眉。
蒼と同じ…困ったような、笑顔。
…本当、似てるんだ。
でも、この男に甘えるわけにはいかない。
私が甘えて、縋るのは…ただ一人。
碧「…でも、まだ仕事、あるから」
幼馴染とは思えないほど冷たい声で拒絶する。
案の定、京は目を見開いた。
京「え…仕事帰り、なんだよな」
碧「うん。けど、終わんなかったから」
だから、話は終わり。
私は忙しいし、もう放っておいて。
イライラした態度で、突き放す。
なのに。
京「…じゃぁさ、お前んち、行ってもいい?なんか作るよ。久々だから、美味いもん作れるか分かんねーけど」
碧「独身女性の部屋に来んの?」
京「今更じゃん。何回も行ったし」
碧「うちに、蒼はいないよ」
京「…分かってんよ。別に何もしねーって!本当にご飯作りに行くだけ!蒼に誓う!」
碧「何かしたら、蒼に言いつけるからね」
京「好きにしろよ!」
…ここまで言ってダメなら、もうダメだ。
私は、諦めた。
蒼「え。京に会ったの?」
碧「うん。偶然だけど」
蒼「そっかぁ…」
いつもの暗闇の中。
でも、いつもとは少し違う話題に、蒼は少しだけ嬉しそうだった。
多分、京の話題だからだろう。
碧「別に、浮気とかしてないよ、あいつ」
蒼「そこは心配してないよ。あんなにチャラチャラしてんのに、一途だしね」
碧「愛されてる嫁は言うことが違うね」
蒼「本当のこと言っただけだよ」
碧「うわ」
とんだ惚気話に首を突っ込んでしまった。
…とは言え、ここまでがワンセット。
つまり、いつものことだ。
ただ今日は、いつもと違うこともある。
蒼「それに、浮気じゃない。もう、元嫁、だよ、私」
碧「…京は、そうは思ってないよ」
表情が無くなった。
一瞬そう思っていたら、今度は笑顔の仮面が貼り付けられる。
蒼「何でだろうね〜?あんなにこっぴどく振ってやったのにね!私、『あんたなんか私にとっては何の価値もない』『もういらない』まで言ったんだよ?」
碧「嘘だってバレてたんじゃないの」
蒼「嘘なんて言ってないもん。全部本心だった」
碧「京は、蒼のこと、蒼以上に分かってたよ」
蒼「…そうなのかもね。今なら、ちょっとは分かるよ」
碧「でも、京…笑ってたよ。元気そうだった」
蒼「…そっか」
ホッとしたように笑ったのを、私は見逃さない。
それが本心だってことも、私だけは知ってる。
だから、聞かずにはいられない。
碧「京には…会いにいかないの」
蒼「私はもう、必要ないでしょ、あいつには」
碧「そんなことないと思う」
蒼「即答だ。けど、多分、あいつは…もっと違う幸せを見つけられるよ」
碧「…京、優しいもんね」
蒼「うん、優しいよ」
碧「私のことも、ご飯に誘ってくれたけど…私、断ったんだよ、仕事があるって。そしたらさ、家まで来て、ご飯作るって言うの」
蒼「もちろん、断ったよね?」
碧「ううん、作ってもらった。嫉妬?」
蒼「じゃなくて。いくら幼馴染みって言っても、警戒心持たなきゃだよ、碧?」
碧「何かしたら、蒼に言いつけるって言ったもん」
蒼「いや、私の名前出したって、何の意味もないって」
碧「だから、京はそう思ってないってば」
お互い、あり得ないくらいお互いのことが好きなくせに、蒼はそんなことばかり言う。
さすがに、京がちょっとかわいそうだ。
碧「…それに、京が来てくれた意味くらい、蒼なら分かるでしょ」
蒼「…まぁね。私も、今の碧見たら、絶対ご飯誘うよ。…ねぇ、忙しいのは私も良く知ってるけどさ、ご飯は食べなきゃダメだよ、碧」
碧「…うん」
蒼「あと、ちゃんと、寝なきゃ。隈、ひどいよ」
碧「気をつける」
蒼「今日はもう、帰った方がいいよ」
碧「じゃぁ、また明日来る」
蒼「明日、土曜だよ。休日出勤?」
碧「そ。いつものことだよ」
蒼「…明日は、頑張れそう?」
碧「蒼がまたねって言ってくれるなら」
蒼「…またそれか」
碧「…またそれだよ。言ってくれないの?」
これを言うと、蒼は必ず困った顔をする。
でも。
蒼「…碧、またね」
碧「うん…またね、蒼」
その言葉は…きっと呪いだ。
私と蒼は、必ず、またね、と言って別れる。と言うより、私が必ず、またねと言って終わるようにしている。
蒼がそれに応えてくれなかったことはない。
碧とのこの関係が始まったのはいつからだっただろう。
仕事帰りに、何かあれば碧は『ここ』へ来て愚痴を言って帰る。
終電がとか、体に悪いとか、何を言っても碧は来た。
そして、またね、と言って帰る。
またね、と言わなければ、会えなくなるから
またね、と言わなければ、壊れてしまうから
これは、呪い
これは、約束
だから私たちは、今日も『またね』と告げる
繰り返して、繰り返して、空虚になるまで
続ける
蒼「…碧。仕事、辛けりゃやめていいんだよ?」
蒼の声に、私は伏せていた顔を上げた。
碧「…辞めない。絶対やめない」
蒼「けど、そうやって愚痴を言いながら生きていく人生なんて、しんどいだけでしょ?」
碧「しんどくない」
嘘だ。しんどい。
もう、やめたい。
何度もそう思って、でも、って。
その度に『ここ』へ来て、そしたら、明日も頑張るしかないんだって思えて。
だって、ここには…蒼がいる。
碧「蒼がこうやって、聞いてくれる」
それだけが、救い。
それだけが、私をこの世界に留めてる。
蒼も、それを分かってる。
蒼「…私だって、いつまでも聞いてあげられるわけじゃないよ」
分かってる、はずなのに。
碧「聞いてくれるよ!私が「またね」って言ったら、蒼は絶対「またね」って返してくれる。ちゃんと、約束してくれるじゃん」
蒼「約束は…絶対じゃない。…碧が一番、知ってるでしょ」
碧「それを…蒼が言うの」
蒼「碧…」
碧「もういい。今日は帰る」
蒼「…うん」
碧「蒼」
蒼「…なに」
碧「…またね」
蒼「……うん、また、ね」
歪な繋がりが、今、音を立てる。
京「…あ、碧」
碧「…またか」
京「またはひどくね?」
碧「だってストーカー並みに会うじゃん。待ち伏せてんの?」
京「そそ。久しぶりに会った幼馴染が酷い顔してっから。綺麗なお姉さん、俺とお茶しない?って言うために待ってんの」
…こいつ、本当に待ち伏せてたんだ。
こんな、時間まで。
もう、いい。
いいのに。
私は、…私は。
碧「酷い顔って言っておいて綺麗とか…矛盾してんだけど。てか、しないって言うの分かってんでしょ」
京「分かってる。だから今日も上がらせて?」
碧「…蒼に怒られるんだけど」
京「あいつは怒んないよ」
碧「怒られるんだよ。幼馴染だとしても警戒心なさすぎって」
苛立ちで早口になる。
余計なことまで言っちゃいそうだな。
京「え。俺、浮気すると思われてんのか」
碧「浮気じゃないんだって。もう嫁じゃないからってさ」
京「よーし。碧、俺の代わりに蒼の前で泣いといて〜」
碧「…自分でやりなよ」
言ってから、ハッとした。
だって、私は知ってる。
その言葉が、京を傷つけるって。
京「…俺はもう、アイツには会えないんだって、碧」
碧「………」
ほら。困った顔。
悲しそうな、顔。
京「だから、アイツが何を言ってても、どんな顔をしてても、何も出来ない。けど、お前になら出来る。出来るんなら、何かさせてくれよ」
碧「…私は蒼の代わりじゃない」
京「そんなつもりはねーよ。アイツはアイツだし、俺のたった一人の嫁だ。蒼がどう思っていようと、今でもな。で、お前はお前。そんな死にそうな顔してる幼馴染を放置は出来ねえよ」
本当は、蒼もそう思ってるよ。
放置出来ないとか、優しいね。
いくつもの言葉が、放たれることなく消えていく。
しばらく優しさに触れてなかったから、受け取り方を忘れたのかもしれない。
碧「…ありがと」
唯一出てきた無愛想なお礼にも、京は満面の笑みで応えてくれる。
京「おう!」
その笑顔は、蒼にとてもよく似ていた。
生きても、生きても、暗闇の中。
優しさに心が温かくなることなんて、もう無くて。
京が待っていると分かった後も、私の行動は変わらなかった。
蒼「…いい加減にしなよ、碧」
碧「…なにが」
蒼「今、何時だと思ってんの」
碧「……3時」
蒼「そうだよ。分かってんなら寝なよ!いくらなんでもこんな時間に!……本当に、体、壊すよ…」
珍しいな。
蒼がこんなに取り乱すなんて。
そんなことをぼんやりと思った。
寝不足とストレスで、頭が回らない。
虚な目には、光すら映らない。
蒼「…違った。…もう、壊れてんだ、アンタ」
碧「……なにそれ」
壊れてる?私が?
違う、私は壊れてなんかない。
だって、蒼がいる。
蒼「…いつか、ちゃんと言わなきゃと思ってた」
碧「聞きたくない」
蒼「聞け」
碧「聞かない!!」
蒼が、いてくれる。
だから、私が壊れるなんて、あり得ない。
だから、言わないで。
お願いだから、言わないで。
『本当のこと』をーー。
碧「帰る!」
蒼「あっ!碧…!」
碧「……またね!」
蒼「…………っ」
碧「蒼!」
蒼「…ま、たね」
私は走り出した。
逃げ出した。
その後ろで、蒼が何を言ってたかも知らないで。
蒼「逃げたって…次は、いつまでも続かないんだよ、碧」
蒼「…昨日、あんな別れ方したのに、のこのこ来たんだ?」
碧「…何の話」
蒼「あっそ。とぼけるつもりなんだ」
碧「知らない」
蒼「分かった。じゃぁ私も知らない」
ごめん、って言えばいいのか。
ありがとう、って言えばいいのか。
分からないまま、時間は過ぎていく。
私からはもう、何も出てこない。
蒼「で、今日はどうしたの?京と喧嘩でもした?」
碧「なんで、京」
蒼「最近、京がご飯作ってるって聞いたから」
碧「喧嘩とかしてない。…さすがに、今日は帰ってるんじゃない」
蒼「…そ」
碧「今日は怒んないの、こんな時間にって」
蒼「知らないんじゃなかったの」
碧「…知らないけど」
蒼「…怒んないよ、今日は」
碧「………」
蒼「心配はするけどね」
碧「……うん」
蒼「帰って、寝なよ」
碧「…蒼が、またね、って言ってくれるなら」
蒼「…また、それか」
碧「言ってくれないの」
蒼「………」
碧「………蒼?」
あれ?…あれ…?
なんか、いつもと違う。
だって、私が甘えたら、蒼はいつも甘やかしてくれて。
こんな、黙るなんて、なかったのに。
碧「あ、蒼?言ってよ、いつもみたいに、またね、って」
蒼「………」
碧「言ってよ!!」
蒼「…………っ」
碧「蒼!!」
お願い。
お願いだから。
またね、ってーー。
蒼「……もう、言わない」
碧「………は?」
蒼「…もう、やめよう、碧」
…一度だって、想像したことがなかった。
だって、蒼はずっと一緒で、これからも、ずっと…ずっと。
碧「…な、んで…」
蒼「…こんなことしても、碧は救われないって気づいたから」
違う、救われてた…!
蒼だけが、救いで、希望だった。
生きる理由だった。
なのに、どうして。
絶望する私を置き去りにして、蒼は私の後ろへと視線を向けた。
蒼「……そうなんだよね?京」
碧「…京、って」
回らない頭でも、それが誰のことかくらいは分かる。
私をストーカーするくらい優しい、幼馴染。
そして…蒼の旦那の、京。
京「……碧」
碧「……京が、なんで、ここに」
京「…そんなびっくりすることかよ?俺だって…会いにくるよ、嫁だぞ、アイツは…蒼は」
蒼「…京…、本当、馬鹿だね」
京はまた、困ったように笑って。
そしたら、蒼も困ったように笑った。
碧「…っ、そうじゃなくて!なんで、こんな時間に!こんなところに!」
京「それは俺のセリフ。俺言ったじゃん、待ち伏せてるって。なのに、昨日も、今日もいつまでも来ないからさ。…もしかしてって思って来たわけだけど…お前、ほんと、何してんの?」
碧「…なにって」
京「何してんだよ。…深夜の、『墓の前』でさ」
咎めるような声に、私は答えられない。
碧「……ここには来ないって言ってたのに」
京「来ないなんて言ってないだろ。…会えないって言ったんだ。…実際、俺には、『見えない』よ、蒼は」
蒼「…………」
碧「…なに、言ってんのか、わかんないよ」
蒼「…分かってる。碧は、ちゃんと」
碧「わかんないってば!」
わかんない!わかんない!!
だって、蒼はここにいて、ちゃんと、ここにーー。
蒼「…ごめん、京、…碧」
碧「謝んないでよ…、バカ…!」
ここに…いないんだ。
蒼は、本当はもう、いない。
そんなこと、…分かってる。
蒼は、死んだんだって、分かってる。
…それでも、縋りたかった。
残酷だ、私は。
蒼が死んでも、関係ないって。
私には蒼が必要だから、って。
一番の親友を、私が生きるために…利用した。
だから、謝るなら私。
蒼が謝ることなんて、ひとつもない。
望んで死んだわけじゃない蒼は、生きたがってた蒼は、…死にたがってる私に、謝っちゃいけない。
碧「…ごめん、…ごめん…っ、あお…」
何かが、音を立てて壊れた。
本当は、ずっと言いたくて、言えなくて。
言ったら消えてしまいそうな蒼が悪いって、言い訳ばっかりで。
なんか、もう、全部、ごめん。
本当に、ごめん。
親友なんて、嘘じゃん。
私、わたし、さいてい。
蒼「…ううん、私こそ…ごめんね、碧」
死んじゃって、ごめん。
置いていって、ごめん。
いつもはお墓の上にいる蒼が…そう言いながら、私を抱きしめた。
実体は、ない。
温度も、感じない。
なのに、温かい。
碧「あお…っ、蒼…!!」
触れられなくても、確かにいるんだ。
蒼は…いてくれたんだ、ずっと。
呆れても、心配して、守って、笑って、蒼は…そうやって、私を生かしてくれてた。
碧「…ごめん、私、最低で、ごめん…!蒼は、ずっと私のこと…っ」
蒼「だって…碧のこと心配だったから。だから…自己満足なんだよ、これは。本当は、…本当に碧のことを思ってるなら、離れるべきだったのに」
碧「違う、離れないでって願ったのは私!…私が、蒼を望んだんだよ…。望んで、呪って、縛りつけた」
蒼「あはは。呪われてなんか。言ったでしょ、これは約束なんだよ、碧」
碧「…やくそく」
私にとっては、呪いだと思ってたけど。
蒼は、約束だと、思ってくれてたのか。
そんな、可愛いものだと。
碧「…あはは、蒼って、やっぱすごいや」
蒼「そう?ありがと」
そんなすごい親友を利用していた自分は、まだ許せそうにない。
でも、蒼が…久しぶりに、ちゃんと、笑ったから。
私も、って…思っちゃうんだ。
私もって、思っちゃったんだ。
一年以上ぶりの表情筋は、うまく機能しなかったけれど。
普段使わない筋肉を使ったせいか、頬が痛い。
…あと、心も。
痛くて、涙が出る。
透けた手が、頭を撫でるから、余計に。
ボロボロと涙が溢れて、私はそれ以上、何も言えなかった。
そんな私の様子に蒼は、今度は京へと微笑みかける。
愛おしそうだった。
心底、大好きって顔をしてる。
蒼「…京。ごめんね、あんなこと言って」
いつか聞いた、蒼の嘘。
京に愛想を尽かしてもらうための、悲しい嘘。
京には見えてないし、聞こえてないって分かってるはずなのに、蒼は静かにつぶやいた。
私、泣いてる場合じゃないや。
碧「京、蒼が」
漏れる嗚咽に邪魔されて、うまく伝えられない。
なのに、京は笑った。
京「…謝んな、蒼。俺は、お前の嘘ごと、お前を愛してるから」
蒼と二人、目を見開く。
碧「京…聴こえてないんじゃ」
京「ん?聴こえてねーし、見えてねーよ?…けど、碧の反応でだいたいのことは分かるし。…そこにいる『蒼』が本当に幽霊ってやつでも、お前の妄想でも、蒼ならきっと謝ってるだろって思ってたしな」
蒼「……京には、なんでもお見通し、か」
蒼が切ない顔で笑った。
なんて言うか、本当に切ない顔だった。
嬉しい、みたいな、あぁ、そうか、これは。
…もっと生きていたかった、って顔だ。
大好きで、離れ難いって、顔なんだ。
京「…蒼がそこにいると思って、この際言うけど。謝んなよ、蒼。病気…なんてさ、お前にもどうしようもないことだったんだ。俺は最後までお前と一緒にいられてよかったし、あんな嘘で傷つくほど俺の愛は軽くねーよ」
蒼の大好きは、京のその言葉で溢れた。
涙になって、くしゃりって顔が歪んで。
泣いてたけど、嬉しそうだった。
蒼「…ねぇ、碧。私の旦那、最高にカッコいいね?」
碧「……うん。私も初めてそう思ったよ」
京「え、なになに?」
幸せになってほしかった。
本当は、生きて。
でも、叶わないならせめて、今だけでもそうやって笑っていてほしい。
私の、親友。
大好きな、親友。
蒼「…まだ、私の旦那だって、言っていいのかな」
碧「…いいも何も、そうなんじゃん。ね?京」
京「よく分かんねーけど、俺はお前を愛してる!」
蒼「あはは、そっか」
京が笑ったから、蒼も笑った。
もちろん、私も。
続けばいいのに。
続かないことも、知ってるけど。
蒼「…最後に、聞けて良かったな」
まだ、時間はあるって、思いたかったのに。
碧「…蒼!」
京「ど、どうした!?碧!」
碧「蒼が…っ、蒼が消えちゃう…!」
月明かりみたいな、淡い光。
蒼が放つ、光だった。
最後という言葉とその淡い光が、いやでもお別れを連想させる。
実際、そうなんだろう。
蒼がまた、困ったように笑ってるから。
蒼「碧、今日…何の日か分かる?」
碧「え、何、今それ必要なこと…!?」
蒼「最重要。答えて、碧。今日は何の日?」
碧「何の日、って」
分からない、何の日だっけ。
パニックと疲労で、考えられない。
京「何の日って…もしかして、今日のことか?」
碧「あ…うん、蒼が、今日何の日かって」
京「今日は…碧、お前の誕生日だろ」
碧「………え…」
蒼「うん。京、大正解」
たんじょうび。…誕生日?私の。
碧「…今日、か」
蒼「…そんなことも分かんないくらい、アンタ、必死だったもんね」
でも、それが何?なんで、今。
蒼「私、ずっと碧に言いたかったんだ。毎年ただ誕生日おめでとうって言うだけだったけどさ。自分が病気になって、…死んじゃって。あぁ、碧に伝えておけばよかったって、思うことができた」
碧「…蒼が私に、伝えたいこと」
蒼「そう。あのね」
生まれてきてくれて、ありがとう。
私と出会ってくれて、ありがとう。
今まで生きていてくれて、ありがとう。
碧「………っ」
そんなの、そんなのは。
碧「全部…私のセリフじゃん…っ」
こんな私のために、死んでも寄り添ってくれた人。
最後の言葉に、生きててくれてありがとうなんて、優しいことを言える人。
私の心が壊れないように、守ってくれた人。
碧「蒼!最後まで頑張ってくれてありがとう!!生まれてきてくれてありがとう…っ、ずっと、そばにいてくれて、ほんとに、ありがとう…っ!!私、蒼に救われてたよ!やり方は歪んでたかもしれないけど、確かに救われてたから…!」
蒼「じゃぁ、私が留まった意味があったのかなぁ。碧はさぁ、いつも頑張ってて…頑張り過ぎてて、まだちょっと心配。だから、これからはもっと周りを頼りなよ。碧には京もいるし、気にかけてくれる人、たくさんいるんだよ。…ここに来てくれる人たちが教えてくれるんだからね、碧のこと」
碧「…私のこと?」
蒼「同期の子とかが、さ。なんて声かけてあげればいいか分かんないって。頑張りすぎだって言いたいのに、どうしたらいいかなって相談されたよ。…見えないのにね」
碧「……わ、たし」
蒼「分かってる。碧はきっと自分のことでいっぱいいっぱいで、気付けないだけ。今だって、京はここにいてくれる。あんたのために。こんな時間でもね」
碧「…け、い」
そうだ。
私を救ってくれたのは、蒼だけじゃなかった。
なのに、私、突き放してばかりだった。
振り返った京は、きょとん、としてて。
京「ん?蒼が何か言ってる?あ、もしかして浮気とかまだ言ってる!?」
蒼「言ってない、言ってない。台無しだな、この男は」
碧「……ふふ」
京「…碧?」
碧「…あははっ、……っ、ばっか、じゃないの…」
京「…碧」
碧「…あんま、笑かさないでよ…っ、可笑しすぎて、…なみだ、出てくる…!」
蒼「…じゃぁ、もっと笑かさなきゃかなぁ」
京「泣くほど笑かすネタあったけなー」
碧「…ってか、京は蒼の声聞こえてないのに、なんで息ぴったりなわけ…?」
京「え、そりゃ、俺は蒼の旦那さんだし?」
蒼「コイツのこう言うところ、ほんとカッコいいよね」
碧「ちょっと、私を挟んで惚気ないでよ」
京「惚気てんの!?碧、通訳!」
蒼「あはは。京、私も今でも大好きだよ」
碧「…そういうところ、今でもカッコいいと思ってるし、大好きだって。ごちそうさま」
京「…そっか。俺も愛してるよ、蒼」
二人が、あまりにも大好きって顔で笑うから。
一瞬引っ込んでいた涙が、またボロボロと溢れる。
蒼「…あんまり泣くと、目腫れるよ」
碧「もう今更だし、いい!明日は、寝坊して、目を腫らして、会社に向かってやる!」
蒼「あはは!思い切ったなぁ」
碧「それで、…明日は私に話しかけてくれた人に笑って応える。多分、っていうか課長には絶対怒られるけど」
蒼「だろうね。…でも、頑張って、碧」
碧「うん!…頑張る。頑張れるよ、蒼。私…蒼がいなくても、頑張ってみるよ、だから」
蒼「…碧」
碧「だから、ずっと、…ずっと、本当にごめん、こんなところに縛り付けて、あんた、人一倍寂しがりなのに、一人で」
蒼「碧がほぼ毎日来てたし、他の人も来てくれてたから、寂しくはなかったよ。私だって、碧と『またね』って約束出来るの嬉しかったんだから」
碧「…もう言えないんだね、それ」
蒼「うん、もう言えない。…言わない」
碧「…私も、もう、言わない。京には?」
蒼「いらない、って私は思うけど」
京「もう、さっき聞いたし、俺の『お別れ』は一年前ちゃんと終わらせた!…だから、あとはお前らだよ」
碧「…うん、ありがと、京」
京「おう」
本当に、最後。
これで、最後。
蒼「碧、私本当に碧に会えて幸せだった。頑張り屋で、全部に一生懸命でみんなに優しい碧が、本当に大好きだった。本当に…ほんと、に…っ、ありがとう!」
碧「蒼、こちらこそ…っ、本当に、ありがとう!蒼がいてくれたから、私、頑張れたよ、頑張ろうと思えるよ…!!だから、」
碧「さよなら、蒼」
蒼「うん、さよなら、碧」
そう言って…笑って。
私たちは『お別れ』をした。
京「よ、碧!」
碧「京」
京「相変わらず酷い顔してんな〜。でもま、こんな昼間から墓参り出来てるだけ、前よりマシか」
碧「そそ。この日だけは有給くれなきゃ辞めます!って宣言したら、意外とあっさり有給取れちゃってさ。ま、有給取れなくても休んでやるつもりだったけど」
京「何か碧、強くなったな」
碧「…そう?」
京「おう」
碧「…じゃぁ、そうかもね。…蒼も、そう思う?」
そう問いかけたって、もう答えは返ってこないけど。
碧「ねぇ、蒼」
もう、姿も見えないけれど。
碧「昨日のこと、聞いてくれる?」
私はまた、蒼に語りかける。
笑って、怒って、それで。
京「お、そろそろこんな時間か」
碧「うわ、本当だ。喋りすぎた」
京「見事な愚痴の羅列だったな。蒼も爆笑してると思うぞ」
碧「蒼は優しいから、いつだって共感して慰めてくれてたもん」
今はもう、あの時とはちょっとだけ違うけど。
それでも…私はまた、この言葉で終わるようにしている。
碧「いっつも、聞いてくれてありがとね、蒼。今日は帰るけど…絶対また来るから」
だから。
碧「『またね』、蒼」
うん、またね。碧。
そんな声が、聞こえた気がした。
end