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ツイ廃対シスコン

「貴様が我が妹を汚した男かァッ!」



 死。



 ゴウ、という燃焼音と共に目の前が閃光でいっぱいになり、思い浮かんだのはその一文字だった。


 人間の、指先から、熱線が出ている。俺の目玉を貫いている。うおっ、まぶしっ。


 ……だんだん余裕が出てきたな。まぶしいだけで痛くもかゆくもないし。


「……チッ」


 熱線が止む。パッと手を振って、俺を焼き殺そうとしていた男は舌打ちしながら離れていった。


 ──トワが呼び出しを受けて、大急ぎで身支度を整えて、初めて見るような仕立てのいい服を着て向かった城の謁見の間。扉を開けて入るなり、そこにいた男に挨拶もなしに熱線を撃ち込まれたというわけだ。


 ……っていうか、俺を貫通してたけど後ろはどうなってんのかな? うわぁ……壁すごい焦げてるぅ……。


『誰、これ』

『ロナン・エスリッジ。自分の兄であります』


 あ、やっぱりそうなんだ。茶髪だしイケメンだし似てないなと思ったけど。


『……兄様が急に、その、申し訳ないのであります』

『何もなかったからいいよ』


 実体がないから無敵だね。セーフセーフ。ていうか、妹のトイレに毎度同席してる男とか俺だってヤッちゃうかもしれないし、お互い様?


「報告通り、本当に情報魔法の映像か……」


 イケメン──ロナンが目を向けた先には、昨日同行してくれた騎士のフリードがいた。気まずそうにこちらを見ている。


 そうか、フリードから漏れたか。そういえばすっかり存在を忘れていたけど、ハイラムとの会談にも同席してたし、その後特に口止めしてなかったよな……まあ、トワの専属の騎士というわけでもないらしいし、上司に報告を上げるのは当然か。


「兄様」

「トワイラ。今すぐこのふざけた映像を消せ」

「消せないのです。眠りに落ちても維持されています」

「馬鹿な。そんな魔法などあるはずがない」


 ロナンは鼻で笑い……トワがそれ以上語らずにいるのを見て、腕を組んで指でリズムを取る。


「……外部からの干渉という線はないのか。何者かがお前の側にソレを発生させている」

「それはありえないかと存じます」

「……ツ」


 ロナンはドンッ、と床を踏みにじる。


「エスリッジ家の者として……貴族の務めは分かっているだろう?」

「はい……」

「では、早急にソレを消すことだ」


 ロナンはそう言って、謁見の間から出て行く。


「……叔父上にはしばらく黙っておいてやる」


 それだけ言い残して。



 ◇ ◇ ◇



「事情って聞いてもいい感じ?」


 城の中を、人目を避けるようにしてトワの私室まで戻ってきて。ようやく俺は声を出せるようになった。いや、めっちゃ緊張したからさ。身体的な危険はないと分かってても、それを忘れさせる迫力があった。


「ヤス殿は自分の側にいるわけですから、事情が分からないと気持ち悪いでしょう。面白い話ではないですが、お話しいたします」

「姫様……」

「これはヤス殿への誠意であります。いくら体は傷つかないとはいえ、気持ちのいい扱いではなかったでしょうし」


 止めようとしたロレッタは頭を下げると、朝食の準備をし始めた。


 んー、まあちょっと怒ったけど、Twitterで炎上させるの100回ぐらいシミュレートしたら収まってきたからへーきへーき。


「さて、何から話したものでしょうか」

「トワの兄さんが使ったのって火魔法?」


 トワが眉を寄せて悩む様子を見せるので、俺から質問をすることにした。


「そうであります。兄様は火魔法の名手でして」

「なんか、トワが使ってる火魔法とは全然違ったけど」


 トワもランプの明かりを灯すのに使っているが、火を出すというよりは火種に火花を放つという感じだった。それがあの熱線だ。レベルが違いすぎる。


「そうですね……人間はだれしも情報魔法と水魔法が使えるのですが、その他は才能が必要なのです。火魔法が使えると、かまどに火を点けたり、火種を売って生活できるようになりますね。薪に直接火を点けられるような魔力量なら、生活は安泰といいます」


 そういう商売が成り立つぐらいに文化に根付いているということか。


「そしてより魔力量が多い人は、ああいう火線を放ったり、爆発を引き起こしたりできるのであります」

「爆発もするのか。こわぁ」

「そこまで魔力量が多い人は、貴族にしかいないからご安心ください」


 肩を抱いて震えて見せると、トワはクスッと笑った。


「……というか、魔力量が多いから貴族……貴族だからこそ、魔力量が多い、と言うべきでしょうね」

「ん?」

「魔力量は基本的に、親から子に引き継がれるのであります。ですので魔力量の多い者同士で婚姻を結び、魔力を高め、家と領地を繁栄させていくのが貴族の務め」


 なるほど。あんな魔法が使えるなら戦争でも有利そうだしな。


「ですが……自分の魔力量は平民並なのであります」


 ……おっと?


「両親の魔力量に問題はなく、自分だけが低い。例外というわけです。そのうえ得意な魔法もたいして役に立たない情報魔法。貴族としては役立たずの出来損ない、お家の恥というわけで」


 トワは苦笑する。


「こうして部屋に引きこもって情報魔法を研究していられるのも、自分のような出来損ないを表舞台に出せないという事情があるからであります」


 違和感はあったんだよな。貴族のお姫様が部屋に引きこもってて何も言われない。普通なら見舞いのひとつやふたつはあるだろう。


「……情報魔法だって、面白い魔法じゃないか」

「でありますよね? いやあ、ヤス殿は話が分かりますね。皆が認識を改めてくれればよいのですが!」


 トワは空元気で笑う。


「まあ、そういうわけで自分はエスリッジ家のお荷物なのであります。今はトゥドで療養している父様の代わりに、叔父様が領主代行をしているのでありますが、叔父様は特に自分の処遇に頭を悩ませておりまして……。しかし誰に嫁がせるにしても、自分がこのような状態では無理でしょうし」


 結婚相手の隣に常に男がいるとか、嫌すぎるだろうな。だってナニもできないじゃん。


 部屋の中に沈黙が落ちる。意外と詰んでる境遇のトワは、力なく笑った。


「なんとか、叔父様にバレる前に事態を解決したいところでありますね~」



 ◇ ◇ ◇



 フラグなんだよな~。


「なるほど、報告通りだな」


 朝に引き続き、夕方の謁見の間。今回俺たちの前に立っているのは、強面のおっさんだった。めちゃくちゃガタイがいい。腕とか首ぐらいの太さがありそう。


 報告をしたのは……今回も同席しているフリードかな? それともおっさんの横に控えている別の騎士だろうか。


 ちなみに、名乗ってくれない。まあ、俺はトワにくっついてる謎の存在で、消したいわけなのだから敬意を払う必要もないよな。


『これ、叔父様?』

『はい。ゼイン・エスリッジ叔父様です』


 なのでトワに心で直接聞く。情報魔法ってやっぱ便利だわ。


「おい、よこせ」

「はッ」


 叔父様──ゼインが顎をしゃくると、横に控えていた騎士が黒い壺をゼインに差し出す。するとゼインは壺を抱えて蓋を開け、その中に手を突っ込むと──


「フンッ」

「うわっ!?」


 中身を俺に向かって振りまいた。なんだこれ? 紫色の粉末?


『何これ?』


 トワに呼びかける──が返事がない。


 そして不思議なことが起こった。いや、これが本来の状態と言えばそうなんだろうが──


 ゼインとトワが話している言葉が、分からない。


 何か言い合っているようだが……いやなんか視界もおかしいな。俺の顔とか手とかがいろんなところに見えるし、なんならいろんな方向に視点が飛んでる。ぐわんぐわん音がする。何これ気持ち悪。実体があったら吐いてるかも。


 しばらくして視界がはっきりしてくると、ゼインは別の大きな壺を手にしてトワに近づいていた。


「目を閉じろ」


 そして壺をトワの頭の上で傾けて、ドロッとした黒い液体をぶっかけ始めた。えぇ……?


『トワ、大丈夫なのかそれ?』


 黒いドロドロで、もさもさヘアが水をかけられた犬の毛のようにしぼんでいく。仕立てのいい服もドロドロになり、全身黒くなりながらも、トワは身動きしなかった。


「……いかがでしょうか、叔父様」


 ゼインが液体をかけ終わり、壺を騎士に渡したタイミングでトワが問う。


「消えんな。まったく忌々しい」

「そうですか……」

「別の手を考えておく。下がれ」

「はい」


 トワが礼をして下がると、控えていたロレッタが大きな布でトワを包む。


「ロレッタ」

「急ぎましょう」


 真剣な声でロレッタが言い、トワを抱えて走り出すのだった。



 ◇ ◇ ◇



「ふい~。生き返るのであります」


 場所は変わって、風呂。ロレッタに髪を洗われながら、トワがのほほんと呟いた。


「大丈夫なのか?」

「ええ。あれは人体には無害でありますから」

「無害なものですか。乾いたら固まって洗い流せないのですよ。皮膚についたものはナイフで剥ぐことになりますし、髪は切ることになります」


 ロレッタが強い口調で言う。……髪を切る羽目になるのは辛いな。いやナイフで剥ぐのも怖いな?


「あれって何なの?」


 トワに背を向けて問う。いやさすがに衝立が間に置かれるようになったんだけど、だからってそっちを向くのもアレじゃん?


「黒い液体の方は封魔液であります。これに覆われた部位からは魔法が発せなくなるのですよ」


 なるほど。トワの魔法を封じるために頭からぶっかけたと。


「犯罪者の手にはこれを塗って魔法の使用を封じるのです。多くの魔法は手から発しますので」


 なにそれ。犯罪者と同じ扱い、っていうかそれ以上の扱いをしたわけ? 引くわ、あの叔父様。


「大学の実験で、封魔液を塗った箱に入ったことはあったのですが、失念しておりました。もちろん情報魔法も阻害するのですが……ヤス殿には効果がなかったようですね」


 トワが封魔液まみれになっても、俺は消えなかった。


 ……ってことはつまり、トワの魔法で存在してるわけじゃないのか? わからん。


「……あの紫色の粉の方は?」

「あれは幻惑石という結晶の粉末であります。幻惑石というのは厄介な結晶でして」


 ざばざば、と湯を鳴らしながらトワは続ける。


「あれが近くにあると、情報魔法が正常に働かないのです。心で話したい相手に通じなかったり、聞こえるはずのない声が聞こえたり。特に鉱山では鉱夫たちが情報魔法でやり取りをしていますから、幻惑石はすべて取り除かないと危険なのですよ」


 伝えたと思ったのが伝わってなかった、なんて事故の原因でしかないな。


「粉になるまで砕いてもそういった特性が残るので、(いくさ)では風魔法使いが粉をまき散らして情報魔法を封じる、といった使い方もされておりますよ」

「粉を撒けば、俺と言う情報魔法が正常に働かなくなって消えるかも、って感じか」


 考えとしては悪くないな。


「一応、あの行動にも理屈は通ってたんだな。やり方はどうかと思うけど」

「強引なのが叔父様のよくないところであります。ですが、知恵者であるのは確かです」


 確かに。専門家であるトワが思いつかなかったアイディアをふたつも持ってきたんだもんな。犯罪者対策と、戦で使う道具……というのは、あのマッチョにとって身近だったかもしれないが。


「しかし、叔父様にばれちまったな?」

「時間の問題でした。ですが、他に手がないか探ってくれるようですので一安心であります」


 トワは少しホッとしたような声で言う。


「最悪、島流しになるかと思っていましたから。はっはっは」

「今時島流しはないだろ~……ないよな?」

「いやあ、それこそお家の恥でありますよ」


 はっはっは、と。


 俺たちは気を緩めて笑い──



 ◇ ◇ ◇



「船に乗れ」


 翌日、ゼインからそう告げられるのだった。やっぱフラグじゃねえか!?

今日は2話更新です。

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