ツイ廃、Twitterをあきらめ、る?
「断ってよかったのでありますか?」
私室の小さな机の上で夕食をとりながら、トワが問いかけてくる。
「ハイラムの話か?」
「そうであります。ハイラム殿は、ナイアットでも名の聞こえた大商会のひとつ、ナイム商会の跡取り候補であります。その力をもってすれば、ヤス殿が欲しているツイッターとやらが作れるのでは?」
「どのレベルで作るの? インターネットから?」
「え?」
「無理だよ」
俺は小さくため息を吐く。
「街の様子を見て、だいたいの技術レベルは察した。たぶん電話ぐらいならすぐ作れる。遠方の相場をすぐに知りたい、って目的ならそれで達成できるだろうな」
電話の作り方に詳しいわけじゃないが、この時代にだって発明家はいるはずだ。基本的な原理を伝えて研究を進めれば、数年かからずにできるだろう。だが。
「だけど、Twitterは数年や数十年じゃ作れない」
ないなら作ればいいじゃない、とは考えた。
ナイアットの全国民がスマホをもってインターネットに接続できるようになるには、何が必要か? 考えるだけでめまいがする。半導体、トランジスタ、ICチップ……それらを製造できる工場、それを支えるインフラ、食糧事情。農業、産業、医療、運輸、様々な分野で革命を起こして社会に余裕を持たせて、新技術の基礎研究や開発に注げるリソースを確保しなければいけない。
長い長い道のり。今が16か18世紀ぐらいの技術力だとして、順当に進めば300年後?
「俺は別に、異世界に来たからってしたいことがあるわけじゃない。向こうの世界の技術を再現してこの世界をよくしていくことにも興味がない」
そんなことより。
「俺は! 今! Twitterがしたいんだよ! 世界に向かってくだらないことをつぶやいて、たくさんのくだらないつぶやきを見ていたいんだ! ──今!」
これだけおいしい状況にあるのに、どうしてつぶやかしてくれないんだよ……! プロフを編集して、場所に「異世界」って表示したい……!
Twitterなんかより人と話せばいいんじゃないかって? リア充乙。TwitterにはTwitterの良さがあるんだ。会話では得られないものがたくさん。時と場所を選ばず、不特定多数と同時にエゴをぶつけあえる空間には。
「……というわけで、ハイラムには協力しない。めんどくさいだけで、俺の欲しいものは手に入らないから」
「それにしては軽率でしたね」
冷たい声で、トワの後ろに控えているロレッタが言う。
「ハイラム様は、諦めていないかもしれませんよ」
「ろくに使えない印刷技術に、概要さえ語らなかった通信技術。使えないヤツって思われたんじゃないか?」
実際、俺なんてちょっとネットに詳しいだけのサポートセンターのお兄さんだからな。
「異世界の技術で儲かる可能性があるなら、確かめようとはするかもしれません。例えば、姫様を人質に取って」
「いやいや……御用商人が? 雇い主の身内の姫を? ありえないだろ、力関係的に」
………。
「え?」
ロレッタが目をそらす。
え、マジ? ハイラムの方が権力ある感じなの?
「まあまあ、ハイラム殿はあれで慎重なところがありますから」
苦笑してトワが言う。
「実力行使にはでないと思われますよ。何度かはそれとなく探ってくるかもしれませんが、この調子でとぼけてしまえばよいでしょう。それに、どうやっても実体のないヤス殿には傷をつけられませんから」
「……すまん」
「いえいえ」
俺は無事でも、トワが無事じゃすまない可能性がある。
「こうなると、やっぱり俺はさっさと消えたほうがよさそうだな」
「……そうでありますね」
「その通りですとも」
ロレッタが力強く頷く。
「昨日は魔力切れを試したが、今日は何かアイディアがあるか?」
「ええと、いくつかは。ですが、あまり有望ではありません」
トワはもさもさ頭を掻く。
「師匠ならこの現象も何か分かるかもしれませんが……」
「師匠がいるのか」
「ええ。ササ領のハイジェンス大学に通っていたころに師事していた、情報魔法の専門家が」
……大学?
「聞き間違いかな。大学?」
「大学ですが」
「え、何歳で入学したの?」
「事情がありまして、8歳の頃に」
え、天才? っていうか。
「今何歳なの?」
「17歳であります」
「うそぉ」
んふっ、とトワは胸を張る。
「10歳ぐらいかと思った」
「うぐっ……」
トワは急にしぼんだ。いや俺もショックだよ。子供だと思ってたから……JKのトイレと風呂に同居してるとかド変態すぎる。そりゃロレッタも怒るわ。
「……あー、大学という言葉にちょっと違和感があります。ヤス殿の世界では、どのような教育体制に?」
「ええと、まず幼稚園と保育園というのがあって……」
一通り説明すると、トワは頷いた。
「こちらでは子供は6から7歳ぐらいには教会で読み書きを習うのであります。情報魔法の補助がありますので、3年程度で修了ですね。それから貴族、騎士の子供、商人や文官を目指すものはより高度な読み書きと計算を習う領校へ3年。その後さらに専門的な研究をする人は、私塾や大学に行くのであります」
「情報魔法すげえ」
……ただそれだけ低年齢で教育が終わるということは、子供も労働力に換算されてるわけだよな。この辺はまだまだ未成熟な文明と言えそうだ。
「とにかく、その大学の師匠か。俺を消すヒントを持ってそうなのは。そのハイジェンス大学まで行けば会えるのか?」
「まだ在籍しているはずですが……今行くのは難しいであります。おそらく急いでも20日程度の旅程になるかと」
「なっが」
いやマジで長いな。どうもこの世界の移動手段は徒歩が主流らしいし、20日も歩いてたら足がどうにかなりそう。途中の宿代もかなりかかるだろうし。
「よく……8歳の頃に行けたな?」
「当時は海路が使えたのであります。港まで1日、船で2日の旅程でした」
「すっげえ短くなった」
7分の1じゃん。海路ってすごい。
「え、じゃあ船で行けばいいんじゃないのか?」
「ハイジェンス大学は内海を挟んで西側のササ領にあるのでありますが……今、内海を横断するような船は出せないのであります」
「なんでだ? 季節的な問題?」
トワは首を振る。そして、声を低くして言った。
「内海には、2年ほど前から──おそろしい魔獣が棲みついているのであります」
◇ ◇ ◇
ファンタジーじゃん、と思った瞬間だった。
「え?」
ガタガタ、と部屋の中が揺れる。
「魔獣!?」
「あ、いや、ただの地震であります」
「あ、そうなの」
タイミング良すぎるから襲撃フラグかと思った。俺は地面に接触してないから揺れがよく分からないんだが、震度3ぐらいか?
「ここは地震がよくあるのか?」
「これぐらいの地震なら年に数度はあるのであります。自分が産まれるより前に、ニイゴ領で多くの家屋が倒れる大地震があったと聞いたことはありますが」
地震が多いと聞くだけで、ちょっとこの異世界に親近感が沸くな。……いや魔獣はいないわ。
「えーと、で、魔獣だっけか。ファンタジーしてきたな。魔獣と戦って生計を立てる冒険者ギルドとかあったりするのか?」
「退治して生計が立つほど魔獣は見つかりませんね。討伐するとなったらその領の騎士団の仕事であります」
「ないのか、冒険者ギルド」
「なんでありますか、それは?」
「いや、ないならいいんだ」
別にモンスターと戦ってランクを上げる、とかしたいわけじゃないし。
「ヤス殿の世界には魔獣はいないのでありますか?」
「物語の中にならいたけどな。こっちの魔獣はどういう存在なんだ?」
「神から強大な力を与えられながらも、理性を失い暴走してしまった獣であります。個体によって姿形は様々ですが、強力で常識外れの魔法を使うことは共通していますね。通常は人里に下りてくることなく、その領域に踏み込まなければ襲ってくることはないので、わざわざ討伐しに行くことはありません」
触らぬ神に祟りなし、みたいな?
「例えばどんなのがいるの」
「そうでありますね。その昔、ヨラント領で大火を引き起こした、燃える竜巻を生み出す大猿、サケアビザルとか……今も存在が知られているのは、ノガ領の山脈に住まうアシナガシロジカですね。ものすごく足が長くて、山を一跨ぎにするそうであります。あと、魔法で雷を落とすとか」
ネーミングセンスがおかしいのか、俺の翻訳具合のせいなのか。
「雷魔法なんてのもあるのか」
「いえ、ありませんね。人間は使えません。しかしアシナガシロジカは使える。そういう人の埒外にあるのが魔獣なのであります」
「ふーん。……え、なら魔法で地震を起こす魔獣とかもいるんじゃないの?」
「ナイアットの地下には巨大な魔獣が住んでいて、その姿は巨大なモグラだとか亀だとかいう伝説もありますが……誰も見たことがありませんから、なんとも。大学でもまだまだ研究中とのことでした」
この世界でも大陸プレートが原因なのかね? どうやって調べるのか知らんけど。
「ふーん。それじゃ、内海に棲みついた魔獣はどんなやつなんだ?」
「全身が緑の藻に覆われた、巨大なクジラの姿が報告されているのであります。目撃者によると、こんな感じの姿をしているとか」
トワは映像を出す。海を割って現れる……なんかもこもこした緑のクジラ……?
「……本当にこんな感じなのか?」
「じ、自分が覚えている範囲の再現なので……忘れてしまった部分も多く。そもそもの映像も人づてですし、あやふやな部分は許して欲しいであります」
「そういやそう言ってたな。で、このクジラが何してるんだ?」
「内海を航行する船を襲っているのであります。水魔法を使うようですが詳細は明らかでなく……しかしその巨体でぶつかられるだけでひとたまりもありません。これまでいくつもの船と人が犠牲になってきました」
トワは手を組んで静かに言う。
「この魔獣のせいで内海での漁も運輸も滞っています。特に海を横断するような航海は、2年前からずっと止まっています。内海の西で目撃された翌日には、東の沿岸で船を襲ったという記録もあるので、おそらく深海をすさまじい速度で移動しているものかと」
「厄介だな。騎士団は討伐しないのか?」
「討伐して欲しい、とナイアットすべての民が考えているとは思いますが、難しいのであります」
内海という場所が問題なのだという。
「内海を移動しているため、どこの領地の騎士団が担当するのかという問題があります。ヴァリア家は、討伐した領に報奨金を出すことにしていますが……海の中にいる相手に対する有効な攻撃がないのでありますよ」
「銛を投げるとか、網を仕掛けるとかは?」
「相手には網を避ける知性があり、銛も矢も海に潜られると届かないのであります」
それぐらいは考えつくか。うーん、厄介だな。じゃあ魚雷を使おうぜ、というわけにもいかないし。
「なので今は、商人が使っている手旗信号の通信を使って目撃情報を共有し、魔獣の隙をついて、あまり沖に出ずに漁をするのが精いっぱいであります」
ハイラムの作った通信網はそういうところでも役に立っているわけか。
「ですがその程度では経済が回らず……ここでも街での仕事を失って農村で下働きに行ったり、吟遊詩人に身をやつす者が多いのです」
「ああ。街の規模のわりにあまり活気がないと思ったんだが、そういうことだったのか」
っていうか吟遊詩人ってそういう扱いなのな。花形の職業かと思ってた。
「そうなると、航路が使えるようになるのはずいぶん先ってことか」
「そうでありますね。魔獣が内海から出て行ってくれれば……というところですが」
2年も居座っているなら、出て行くってことはなさそうだな。
「その師匠を頼るってことは難しそうだな」
「一応、手紙を出しておこうと思うのであります。往復の時間を考えると、返事は2か月後ぐらいになりそうですが……」
インターネットがあれば一瞬なのにな。
「その間、できることをやりましょう。さ、ヤス殿、今日も実験してみましょうか!」
◇ ◇ ◇
「妄想」
実験で夜更かしして寝落ちしたトワをベッドに運び、布団をかけたロレッタがそう呟いた。
「何か言ったか?」
「あなたが姫様の妄想だったらいいと思います」
そりゃずいぶん嫌われたものだな。まあ気持ちは分かるけど。
「せめて無視したいと思っても、どういうわけか視界から消すことができないのも癪に障ります。そんな情報魔法、聞いたこともない」
情報魔法、無視できるらしいんだよな。まあできなきゃ見たくもない映像を見せ続けられる嫌がらせとかされそうだし……あ、俺か。ははは……はあ。
「……姫様に異世界が見える、と何も映ってない宙を見せられた時、もっと本気にしておけばよかった」
え、なにそれこわい。そりゃ妄想だと思うわ。
「その異世界の知識とやらで、魔獣の問題を解決してくれるならまだしも……」
「なんとかできそうな技術は知ってるが、この世界の技術レベル的に無理だろうな」
ロレッタは冷たい目でこちらを見てくる。
「……せめて、これ以上問題を起こさないようお願いします」
「ああ、部屋の中でじっとしてるよ」
出て行こうにもトワから離れられないしな。
「………」
ロレッタは小さくため息を吐くと、扉を開けて外に出て、トワに向かって一礼をしてから扉を閉めた。
……また長い夜が始まる。
スマホも、Twitterもない、暗闇だけの時間が。
「むにゃ……」
時折聞こえるのは、ベッドで眠るトワの寝息ぐらいだ。
「……諦めるしか、ないんだよな」
この文明レベルでTwitterを作る……スマホを全世界に普及させるなんて無謀すぎる。いくつもの技術的なハードルがあるし、それを乗り越えるためには様々な困難があるし、数年で何とかなるものじゃない。
俺がTwitterをしたい、というだけで、この小さな少女……いや17歳らしいけど……とにかく、トワを巻き込むのはエゴがすぎるだろう。真面目に命の危険さえある。
俺の命とトワの命を天秤にかけたら、どっちに傾くかなんて答えは簡単だ。別世界のコピーでしかない俺は、とにかくすみやかに消えるように努力するべきだろう。それまではとにかく、大人しくしているべきだ。
「寝顔見守り耐久なう」
俺は心の中のTwitterに向かって呟いて、何か楽しそうな夢でも見ているのであろうトワの顔を見つめながら夜を耐えるのだった。
◇ ◇ ◇
「姫様、朝から申し訳ありません。至急ご支度を……ロナン様のお呼び出しです」
俺は大人しくしてたよ?
明日も更新します。明日は2話更新です。