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ツイ廃と商人の要求

「改めまして、どーも。ボクはナイム商会のハイラム言います」


 パチン、と扇子を畳んで鳴らして、商人の男──ハイラムは細い目で笑う。


 シンプルな調度品の並んだ応接室。大きな机を挟んで、トワと俺がハイラムに対して座る。ロレッタとフリードの二人は後ろで立たされていた。……立ち話もなんですし、と連れ込まれたにしては……まあ、使用人と護衛じゃ仕方ないのかな。


「エスリッジ家にはお世話になってます。ま、いわゆる御用商人というやつです」

『エスリッジ?』

『あ、自分の家名であります』

「なるほど」


 心の声で便利にカンニングして頷く。


「ハイラム殿。こちらはツツブキ・ヤスキチ殿。異国から来た自分のお客人であります」

「へえ、異国から」


 ハイラムは扇子を開いたり閉じたりしながら、俺をじろじろと見る。


「それは面白い話が聞けそうですなあ。まあ、まずはお茶をどうぞ」


 商会の使用人がやってきて、お茶を三人分配膳して下がっていく。ティーカップに入ってるけど、これ緑茶か。


「レントーカで今月収穫したばかりの新茶です」

「レントーカの! 茶葉の一大産地でありますな! では……あち、あちち……ふぅふぅ」

「ハハハ。火傷しないよう気を付けて。いかがです?」

「香りがいいであります!」

「でしょ」


 ハイラムは目を細めて笑い──


「どうぞ、ヤスキチ様も」

「あー……」


 勧めてきた。


 まいったなコレ。どうかわしたらいい? だって俺、茶飲めないよ? それどころかカップも掴めない。

 トワが飲んでる以上、毒を疑ってるってのはないだろうしなあ。うーん。


「ダメだわ」

「ヤス殿?」

「いやこれ完全に疑ってかかってきてるじゃん。ごまかすのは無理だよ」


 ロレッタの辺りで足音がしたけど、事前の準備もなしに煙にまける相手じゃなさそうだしさ。正直「どの国から来たの?」と訊かれるだけで詰みだと思う。


「口の堅い人なんだろ? 力関係もエスリッジ家の方が上だろうし、正直に言った方が話が早くないか?」

「んん……そうでありますね」


 カップを置いて、トワはこちらを見てくる。


「……ヤス殿、めり込んでますし、ごまかしは効かないでしょうね~」


 俺の体は机と長椅子に一部食い込んでいた。うまく座ったように見せかけたつもりなんだが、ダメだったな。当たり判定がないと厳しいよ。


「商人ってことはいろいろ物知りだろうし、率直に話したほうが有益だと思う」

「そうですね。自分もハイラム殿は信用していますし、話していいと思います」

「もちろん、秘密は守らせていただきますよ」


 パッと、扇子を開いてハイラムがにこやかに言う。トワもニコッと笑って言った。


「実は、ヤス殿は異世界から来たのであります!」



 ◇ ◇ ◇



「ヤスキチ様が、情報魔法で成り立っている存在だというのは納得できましたが……異世界ねえ」


 トワの説明を一通り聞いて、ハイラムは首を傾げる。


「率直なところ、トワイラ様の妄想だと思った方が納得できますなあ」

「トワイラ?」

「あ、自分の名前であります。トワイラ・エスリッジ」


 縮めてトワね。なるほど。


「しかし、妄想はひどいのであります」

「証拠がありませんからねえ」

「うう……それはそうでありますが」

「ああ、俺も妄想っていうのはアリだと思うな」

「ヤス殿!?」

「そもそも、この世界が俺にとっては妄想みたいなもんだよ。魔法とかいう非常識なものはあるし」


 ランプへの着火とか、火魔法でやってるんだぜ。古代から火起こしには困らなかったらしい。


「情報魔法だけはギリでアリだけど、それも妄想だと思うんだよな」

「どどど、どういうことでありますか?」

「情報ってのはエネルギーを使うんだよ」


 1ビットの情報を知るのにもエネルギーは消費される。本当にお互いの間で言葉や映像をやりとりしているなら、それこそエネルギーが必要だ。魔力、というものがその対価らしいが、正直魔力が他の『四つの力』と同居しているのが理解できない。


 だが、すべて妄想だと考えれば問題は解決する。


「トワが俺に向かって『右』って心で話しかけた『つもり』になる。そして俺はちょうどタイミングよく、トワに『右』って言われたように『思う』。こういう単なる偶然を魔法だと思っているなら、情報魔法は存在する」


 映像もお互いに『見たつもり』で、なんとなく話が合えばいいだけの話だ。情報魔法なら、現実世界に『あってもいい』。


「ハハハ。なかなか面白い発想をされる方ですなあ」


 トワがうろたえる中、扇子を広げてハイラムが笑う。


「俺の生い立ち的に、情報魔法の方が、他の魔法に比べて受け入れやすいって話だよ」

「そ、そうでありますか」


 俺が肩をすくめて言うと、トワはホッと息を吐いた。


「ま、信じて損する話ではなし、ヤスキチ様が異世界から来たと仮定して話しましょ。残念ながら、似たような話は聞いたこともないですし、ヤスキチ様を消す方法についてはさっぱりひらめきませんが」


 情報魔法の専門家であるトワでさえ分からないんだから、そういうものだろう。


「他のことでなら役に立てるかもしれません。ちょうど、ボクに何か御用だったようですけど?」

「そうでした」


 トワは咳払いをして姿勢を正した。


「本を探しているのであります。異世界育ちのヤス殿を満足させるような本を!」

「本ですか。……勉強のため?」

「暇つぶしが主目的だな。文量がある方がいい」

「なるほど。それでは物語を見繕いましょ」

「おお、いいですね! ヤス殿はさっき、赤騎士の冒険譚をやっている吟遊詩人を見かけて興味を持たれていたのであります」

「なるほど」


 ハイラムが頷いたところで、応接室の扉がノックされる。ハイラムが入室を促すと、何冊か本を抱えてきた使用人が、机の上にそれを並べて出て行った。


「え、早すぎるだろ。いつから準備してたんだ?」

「ヤス殿、情報魔法でありますよ。相手と位置が分かっていれば、壁越しでも心で会話できるのであります」


 なるほど。話しながら部下に指示を出していたのか。上客向けのサービスだろうけど、魔法が活用されている現場を見ると感心する。


「どうぞご覧ください。他にもこちらで何か見繕っておきましょ」


 机に並んだ本の装丁はなかなか立派なもんだ。紙は植物紙かな。


「ほら、こちらが赤騎士の冒険譚であります」

「へえ」


 トワが本を開くと、その文字が『なんて書いてあるのか分かる』。情報魔法ってすごいな。


「いやー、懐かしいのであります。昔は持っていたのでありますが、読み終わったので売ってしまいまして」

「売った? なんでだ?」

「他の物を買うためであります。本は高いので。いつまでも持っていても仕方なくありませんか?」

「紙が高いのか? それとも印刷代?」

「こういう上等な紙はそこそこの値段がするのであります。それに写本する手間賃も。本は芸術品ですから、きれいな字で書かないと価値がないのです」

「市井では、粗雑な紙にヘタクソな字で写本された粗悪本も出回っておりますが、さすがにトワイラ様にはお出しできませんなあ」


 パッ、と扇子を開いて──顔の半分を隠してハイラムが言う。


「ところでインサツとは?」

「同じ文章を大量に刷る方法だよ。この世界にはハンコとかないの?」

「ありませんねえ」

「要するに文字を木とかに反転して彫ってさ。それにインクを塗って紙に押し付けるの。そうしたら文字が写るだろ? そういうのを文字ごとに用意して並べればいいわけ」

「ああ……なるほど」


 ハイラムは残念そうに眉を下げる。


「ヤスキチ様の世界ではそういう方法で上手くいくかもしれませんが、こちらではダメですなあ」


 ん……?


「なんでだ?」

「実演してみましょ」


 また扉がノックされて、使用人が紙と筆、木の板と墨とナイフを持ってくる。ハイラムはまず、紙に文字を書いた。


「これは読めます?」

「魚」


 ハイラムは頷いて、次に木の板をナイフで彫り、墨を塗って、紙を押し付けて転写した。


「では、こちらは?」

「……読めないな」


 よく分からん文字としか分からない。


「実は先ほどと同じ文字なんです」


 本当だ、同じ形をしてる。でも鉛筆で書いた方しか『魚』と読めない。……いや、彫られた反転した文字も認識はできるな?


「どういう仕組みなんだ?」

「それはですね、ヤス殿! 人が手ずから書いた文字には情報が宿るのです!」


 トワが目を輝かせて言う。


「逆にああいう風に写し取られた文字には情報が宿らず、情報魔法が働かないのですよ。なので、写本は人の手で行わないといけないのです」

「マジか……」


 情報が乗る、ね。文字も声と同じってことか。


「……それでも印刷したほうが楽じゃね?」

「確かに大量に作る分には楽になりそうですが、庶民には情報魔法の助けなしに文字を読むのは難しいのであります。それに情報魔法があれば一つの言葉で書いても万人に伝わりますから」

「あぁ……言語の違いだけじゃなく、字体とか方言とかそういう地域による些細な違いも処理される?」

「そういうことであります」


 なるほど。逆にヘタクソな文字で書いても通じるからこそ、粗悪本とやらも広まっているのか。翻訳も不要となれば、印刷は逆に不便かもしれないな。


「しかしヤスキチ様の世界では印刷が主流と言うことは、多くの人に相当の知識があり、そして本が溢れかえっているのでしょうねえ。こちらとはまた違う技術が発展しているのでは?」

「別に、本の印刷なんて大したことじゃない」


 すでに廃れつつある文化だと言ってもいい。


「俺のいた世界では、書き込んだことが一瞬で世界中から読めるようになってる」


 そう、Twitterならね。


「一瞬で……世界中から?」


 ハイラムは苦笑する。信じられないと言いたげな表情だ。


「情報が一瞬で世界を飛び交うと? それは羨ましい話ですなあ。ゼンカの相場を瞬時に知ることができれば、今頃ナイアットの全土をナイム商会が牛耳れるでしょう」

「ゼンカって?」

「西の大領地、商いの中心であります。移動しようとしたら半月はかかりますね」


 遠いのかどうかいまいちわかんないな。


「確かに、半月遅れの相場じゃ役に立ちそうにないな」

「いえいえ」


 ハイラムはパチン、と扇子を畳んでニヤリとする。


「6時間遅れですよ」

「一気に縮まったな。馬でも使ってるのか?」

「そんな速さで走る馬なんていませんよ。いえ、単純な話です。ゼンカからここまで、(やぐら)をいくつも立てて、その上で旗を振って情報をやり取りしているのです。ナイム商会がここまで大きくなったのは、この通信あってこそ」


 へえ。手旗信号のリレーか。光通信じゃん。


「ハイラム殿が中心になって作られたのですよ。すばらしい発明であります!」


 マジかよ。やっぱ糸目キャラは強キャラだな。


「相場を半月も先取りできるなら、確かに儲けられそうだな」

「儲けたんですよ。ですが、これがねえ。すぐに仕組みが他の商会にバレてしまいまして」


 通信経路が保護されてないもんな。横から盗聴し放題だ。


「仕方ないので、維持費をいろんなところに出してもらう代わりに情報を提供する形で儲けを出していますがね」


 転んでもただでは起きないというわけだ。やるな。


「もし──」


 ハイラムが扇子を広げて口元を隠す。


「ヤスキチ様の世界で使われている、情報が世界中に、瞬時に伝わる方法があるのであれば……ぜひ、知りたいところです」


 商売人の目だ。利益になるならやると、そう言っている。


 さっきから俺から情報を引き出そうとしていたようだが、今回は露骨だ。意図を知られてもいい……儲けを分け合ってもいいということだろう。なかなかいい性格をしている。嫌いじゃない。


 なので、俺は心配そうに見てくるトワを見て頷いてから、こう言った。


「ヤダよ、実現しないもん」

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