ジラ廃の答え
異世界との──向こうの世界の俺との繋がりが切れたのが、感覚で分かる。
もう二度と繋がらない。世界を超える繋がりは、向こうの俺を見て認識してしまったことでなくなってしまった。
俺は俺だ。あいつ……ツイ廃はツイ廃だ。もはや別々の存在だ。
ていうか、ホント、マジで──
「………」
「………」
──爆弾を投げ込んできやがってさあ!? なんなの? デリカシーの欠片もないの? ないな、俺に対して遠慮なんてしないわ、チクショウ!
ほーら、トワも困ってるじゃん、顔を赤くしてさあ、眼鏡の奥でちらちらこっち見てさあ、モサモサの髪を撫でつけたりして……う、ぐ、ぐ。
「……あー」
「あのッ」
とにかく何か言わないと……と口を開いたところで、トワと発言がかぶる。いつもの私室のベッドの上に腰かけ、上目遣いに見てくるトワに、俺は思わず固まった。
「その……以前、自分の結婚相手について話したことを覚えているでしょうか?」
「あ、ああ……ゼインがお相手を探してたっけ」
「であります。以前の自分は、エスリッジ家に生まれながら魔力量が平民並。それでありながらこの歳まで生きながらえてしまった、家にとってお荷物で厄介ものでした」
子供の魔力量は、両親の魔力量の平均から少し上下するぐらいらしい。トワを嫁に取るということは、確実に自分の家の格を落とすということだった。
「ですが、今はふたつの視点から、自分の立場が変わっています。ひとつは、トワネットの発展により、情報魔法の魔力量も重視されるようになったこと」
トワネットが届かない範囲の写真や映像を持ち帰るには巨大な情報魔法の魔力が必要で、そのレベルの使い手は活躍の場を増やしている。また、情報魔法を用いたソフトウェアの開発は全てジーラのストレージ上で行えるとはいえ、デバッグには自前の記憶領域を使った方が手っ取り早いこともある。
「もうひとつは、この間も言ったとおり……トワネットを管理する、ヴァリア家、神子様に次ぐ第三勢力とみなされていること。特に、帝国という存在が明らかになった今、そこに伸びていくトワネットはとても重要です。なので、その……」
トワは眉をハの字にして笑う。
「実は、縁談の申し込みが結構来ているのであります」
「え、マジで?」
「マジであります。知られたくなかったので、秘密にしていました」
「ど、どんな」
「ヴァリア家の分家のご当主の方とか……神子様の一族の方とか……実は、最近は帝国の選帝侯という、皇帝に選ばれる可能性のある家の方からも」
お、おお……帝国からもか。すげえな、帝国、侮れない。
「ですが、どこに嫁いだとしても……嫁ぎ先にトワネットという力を与えることになってしまう」
それは……そうだろう。たとえトワが、そして俺とジーラが否定しても、人はそう見る。
「しかしトワネットは……特定の勢力下になく……自由であるべき、というのが、ヤス殿の信条ですよね?」
「あ……ああ。そうだな。トワネットやジラッターは、あくまで場所なんだ。誰でも使えるものじゃなくちゃいけない。どこかの誰かの理由で制限をかけるようなものじゃない」
「自分も、そう思うのであります」
トワはジラッターを宙に表示する。そのタイムラインに流れるのは、ナイアットの民、そして帝国の民たちのツイート。それらが今や区別なく交流していた。立場が違えどジラッターでは似たような悩みを話し合い、猫動画に癒され、大喜利に笑っている。行き違いはある、喧嘩もある、けれど誰もがここにいる。
「この場所はとても尊いものです。自分は……自分も、これを守りたい」
トワは、胸の前で手を組む。
「ですから、ヤス殿。いえ、ツツブキ・ヤスキチ様。私と……」
「待った待った待った!」
目を丸くするトワ。だけどさあ、これをトワに言わせたらダメだろ。なあ童貞。
「トワ!」
「は、はひ」
「確かに、トワを取り巻く社会情勢は複雑になった。トワネットの、ジラッターの中立を守るためには、確かに無関係な第三者……それもダイモクジラというトワネットを支える魔獣と契約している者と結婚するのが一番丸く収まるかもしれない」
でもそんなのは後付けだ。
「だけど、俺はそんな理由がなくたって、トワが……好きだ!」
「ほひ」
「子供っぽい顔つきも、控えめな胸部とちょっとふくよかな体型も、眼鏡も、モサモサした髪も好きだ。オタク気質でオタクにグッとくる喋り方をしてるところも好きだ。知恵も回るし俺の知らないことを教えてくれるのも尊敬してる。家のために自分を犠牲にしていたところなんて、そんなの助けてやりたいと思う。好きなことをして幸せになってほしいし、俺がそうしたいと思う」
「ふぇ」
ウオアァァァ、実体があったら絶対39度超えてるわ。でも言ったわ。言ってやるわ。見てろよ童貞!
「俺と結婚してくれ、トワ」
ウオオオオオー!
「──……できるのかわからんけど」
「は、はい……え? あ、はい?」
「いや俺ってこの世界に戸籍ないし、結婚ってできるのかな?」
ご家族と顔合わせを……って言っても、映像を出すぐらいしかできないぞ。お住まいはどこ? って言われるともう詰んじゃう。
「それは……まあ、なんとでもなると思うのであります。ヤス殿の世界のように厳密な戸籍もないので、家族や周囲が納得すれば……」
「……兄ちゃん、納得してくれるかな?」
「せっかくヤス殿がその気になってくれたのですから! 納得させますとも!」
「ネモさんは?」
「父様は死ぬ前に自分の花嫁姿が見たいと言っていましたよ」
「なんか、最近だいぶ健康になったよな」
「ええ、レイネの温泉での湯治が効いていると──もう!」
トワが頬を膨らませる。悪い悪い。返事を貰えたら急に余裕が出て来てさ。
「あッ!」
「え、何!? やっぱ無理そう?」
「いえ、それより大事なことを忘れていまして」
トワはそっと横に視線をやる。俺もそれにつられて横を向く。そこには……──
「ん? なんじゃ?」
ジラッターを眺めていたジーラがいた。
「いえその、ジーラ殿の意見も聞かなければと……結婚、となると、制度的にできるのは一人だけですので……」
「ああ、わしがヤスキチと結婚したいんじゃないか、ということじゃな? なら、安心せい!」
ジーラはギザギザの歯を見せて笑う。
「わしは、ヤスキチのモノじゃからの。ヤスキチの好きにすればよい」
「そっ……そうでありますか」
「えっと、俺、前からちょっと疑問だったんだけどさ」
すり寄ってくるジーラをちょっと引きはがして、黄色い瞳を見る。
「俺、ジーラとそんな契約したっけ? ジーラは人を襲わない、俺は記憶を見せて共に海を行く……って感じだったと思うんだが」
「そうじゃな。じゃがヤスキチ、分かっておらんのう」
ジーラは……歯をぺろりと蠱惑的に舐めて言う。
「男と女のことに、契約なぞ関係ないじゃろう? わしがヤスキチに惚れて、ヤスキチのモノになることに決めた。それだけのことじゃ」
「うっ……」
何それ、強ぉ……。
「これは……負けていられないのであります」
「わしは気にせんが、どうしてもというなら受けて立つのじゃ」
トワとジーラが視線をぶつけ合う。えぇ……どうしたらいいの。助けてフォロワー!
「それでは、ヤスキチもその気になったことだし。さっそく例の魔法を使って、どちらがヤスキチを満足させられるか競ってみようかの」
「望むところであります。……ん? な、何の魔法でありますか?」
「そりゃの、もちろん」
ジーラは黄色い瞳をキラリとさせる。
「トワの作った、ヤスキチに触ってもらう魔法しかないじゃろ?」
◇ ◇ ◇
@サカマキ・ケン
アリアトゥス大陸までの海底ケーブル、設置完了しました! アリアトゥス大陸第一号の基地局! #トワネット #海底ケーブル敷設事業 #アリアトゥス大陸
[基地局を前に並ぶ人々]
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@ダビっち
おおー! ついにアリアトゥスにまでトワネットが!
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@豆腐屋の息子
長い航海、お疲れ様でした!
@トワネット監視員
本日、アリアトゥス大陸の東、ナブリスの街に基地局が設置されました。これで人類が発見し居住している大陸のすべてがトワネットに接続されたことになります。今後は南下して氷に閉ざされた極地、イクトラーナを目指すものと思われます。 #トワネット
@アテナ
今日の猫ちゃん #猫
[画像:よくわからない姿勢で寝ている猫]
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@腰ブレイカー
かわいい
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@引きこもって三年
生きる気力がわいてきた
@板金
昨日の準々決勝はアツかったな #トワネットボールワールドカップ
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@ミハエル
今ジラビデオでアーカイブ見て思わず声でちゃった。なんで起きて見なかったんだ
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@麺打ち名人リス
アゴーラ代表も実力をつけてきたよね。こりゃ来年は楽に勝てないぞ
@ミラ
子供が寝ない……眠いよ……気づいたらあんなところまで移動してる……
[画像:遠くで転がっている赤ん坊]
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@中通りの男
お疲れ様です。赤ちゃんかわいいですよね。ジラホロキャストで育児交流会やってますよ、よかったら気晴らしにどうでしょう?
@名もなき弁護士
ジラビデオアーカイブのおかげで仕事がやりやすくて助かる。言った言わないとか、なくなったもんなあ。後からでも記憶の中の映像を確認できるってことは、全部記録してるんだろうけど……その気持ち悪さを置いておけば、お金払う価値はある
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@ホット冷や麦
うちの国も早くジラビデオに法的証拠能力を認めて欲しいですなあ。トワネット先進国がうらやましい
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@名もなき弁護士
結局視界内に証拠が映ってないといけないので、証人探しとかは必要なんですけどね。
@ムームー
むくり
@オーマン
研修でジラシミュレータ使ってみたんだけどなかなかリアルな内臓のさわり心地だった。身体魔法をリンクさせるとこんな使い方もできるんだね。
@イモ七号
やっほー、イモだぞ! 今日はな~、21時から雑談配信をするぞ! 来てくれよな! #イモ七号
[緑の髪に藍色のワンピースを着たギザ歯少女のサムズアップの写真]
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@イモファン
やったー!
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@ルーパート
なんてこった。時差の関係でアーカイブだ。やはりナイアットに移住するしかない……トワネットを、イモ七号ちゃんを生んだ神秘の国、ナイアットに……
@夜型のヒト
仕様変更何度目だよあのクソ上司……
@スー
ナイアットのお城のお堀で泳いでるハナオビゴイ、尻尾が花みたいですごくきれいね。いつか実物を見て見たいわあ #ハナオビゴイ
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@魚大好き
きれいですよね。アレ、幼体だと池の中の地面を歩いてるんですよ。かわいくないですか?
[画像:直立して二足歩行する鯉のような魚]
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@スー
知りたくなかった……怖い……顔が怖い……
@南の島のヤン
情報魔法があるから言葉の勉強なんていらない、って思ってたけど、こうしていろんな国の人と交流すると、情報魔法でも翻訳できない言葉が結構あって面白いですよね。ペンポッティとか
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@ホン・ホゴ
ペンポッティの概念は衝撃だったね。言語学の重要さを思い知ったよ
@ミーナ・ミーナ
ナイアットの人たちって、みんなアバターを着て生活してるって本当?
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@ウミガメ三郎
本当だよ。みんなジラARを使ってるから、服とかもう着てないよ
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@屋根の上
そんなわけあるか
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@第二関節大回転
えっ?
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@屋根の上
えっ……?
@若様の仲良し
お子様が成人されました
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@中通りの男
え、おめでとうございます。……前々から気になってたんですが、若様っておいくつなんです?
@ナブリス一号
トワネット決済って何……?
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@キイロコウモリ
ようこそジラッターへ。各種サービスに使える決済は、そちらに銀行の支店ができてからですねー、気長にお待ちください。
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@ナブリス一号
ズルくない?
@ナイアット風レストラン「アサガオ」公式
このツイートを提示していただけるとパンがもう一つついてきます! ぜひフォローしてご来店ください! #アサガオ #来店キャンペーン
[ディナーメニューの写真]
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@咎人
[先のツイートを100枚ぐらいコピペした写真]
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@ナイアット風レストラン「アサガオ」公式
そういう意味じゃないです
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トワイラネットワークは眠らない。
ナイアットから伸びた幻惑石による海底ケーブルはいくつもの大陸の間をつなぎ、トワネットをもたらす。今やトワネットは……ジラッターは文字通り日の沈まない場所だ。
いやあ、ここまで長かったな。いろいろ障害もあったりしたけど、なんとか乗り越えた。冗長化問題も俺が引き受けることで一応解決したしな。ほら、俺は無限に増える数式を実行できるじゃん? ってことは俺の記憶容量も実は無限だったんだよ。……一部の数式が理解できないからシステムの稼働は止まるんだけど、ジーラが戻れば復旧は可能ってことで、最悪は免れたかな。
まだまだ改良の余地はあるけど、とりあえず一区切り。ここまでだって長かったし、一息ついてもいいだろう。隣で眠るトワのように休むことはできないけど──
「……おはようございます」
「うおっ」
ちょうど起きたところかよ。びっくりした。
「そんなに見つめてどうしたのでありますか?」
トワはクスクスと笑いながら身を起こす。その体は……。
「いや、サイズは変わらないけど少し艶っぽくなったなと思って」
「むう」
トワは唇を尖らせる。
「多少は成長したと思うのでありますが……まあでも? ヤス殿はこういうのが好みでありますから?」
「うっ」
「わしはどうじゃ~ヤスキチ? ん?」
隣でジラッターを見ていたジーラが寄りかかってくる。ううう。
「……変わらない良さもあるよな」
「そうじゃろ~? 永遠のピチピチじゃぞ~?」
「ふふん、なんの。変化を楽しめるのもまた魅力なのであります」
トワは胸に手を当てて言う。
「それに……いつかは同じ立場になる予定でありますから。ジーラ殿と同じ方法を使って!」
ダイモクジラのジーラは、自らの肉体と魂を切り離し、情報魔法で魂を覆う殻を作って飛び出し、俺の魂と結びついた。
それができるんなら、トワにだってできるはずだ――というのが、俺たちの見解だった。なんたって、俺の魂を異世界から引っ張ってくるぐらいの魔法の使い手なのだから。
だからいずれ……おそらく死ぬことのない俺とジーラと同じように、トワも不滅の存在となる。
「うむうむ。そのためにも、わしと仲良くせんとの?」
「戦友、という感じで絆をはぐくんでいると思っておりますよ?」
だがちょっとした懸念はある。俺はトワに結びつき、ジーラは俺に結びついている。ではトワは? 俺に結びついたら何かこう……バランスおかしくね?
ってことで話し合った結果、トワがジーラと結びつくと三角関係になって強固な魔法になるんじゃないか……という結論になった。いずれジーラの実体を中心に活動することになるわけだ。
で、二人はそのために絆をはぐくんでいる。仲良く協力して。そうなるといろんな矛先は俺を向くわけで……フォロワー知ってるか、惚れた男の立場は弱い。
「確かに最近はいい感じに息が合ってきたと思うのじゃが、まだまだヤスキチの弱点の把握が甘いのじゃ。この調子じゃ、わしとヤスキチの子ができる方が先かの~?」
「むう。いえ、肉体と魂が分離していない状態でも、魂を混ぜ合わせることは可能だと思うのであります。もう少し経験と研究を重ねれば……──」
ヤダヤダ、生々しい話ヤダヤダ! 恥ずかしい、聞きたくないよお!
――こういう時どうするのかって?
決まってるじゃん。ジラッターで現実逃避だよ。
@ブッキー
うんこ
――よしっ、今日も世界は平和だな! ジラッターすっぞ!!!
ご愛読ありがとうございました。
ツイ廃、もといジラ廃の物語はここまでになります。
応援ありがとうございました。また別の作品が書けましたら活動報告でお知らせします。




