ツイ廃、いろいろ気づく
@帝国派遣員マイ
ジラッターの皆さん、帝国とトワネットが接続しましたよ! これよりジラビデオで生放送を開始します! #帝国 #初上陸
「お、接続できたか」
「ケーブルに問題がなかった証拠でありますね」
ナイアットは夜。エスリッジ家の屋敷のトワの部屋、ベッドの上でトワがホッと息を吐く。
「どうじゃヤスキチ。やってのけたのじゃ!」
「お疲れさん、がんばったな」
胸を張るジーラの頭を撫でる。
いやあ、本当にジーラは頑張ったよ。工房をフル稼働して帝国までの海底ケーブルを用意した工員たちも偉いが、実際に引っ張って海底に敷設したのはジーラ本体、ダイモクジラだからなあ。
「生放送が始まりましたよ」
「おう、見る見る」
部屋いっぱいに中継映像を映す。帝国に派遣された人員が挨拶し、設置された基地局帝国第一号の範囲で帝国の観光を実況し始めた。
@白雪
帝国って本当にあったんだ #帝国
@中通りの男
ナイアットとは雰囲気が違うなあ #帝国
@雪かき名人
なんで道に柱を立ててるんだろう。邪魔じゃない? #帝国
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@道端の石
あれで電気っていうのを流してるらしいよ
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@雪かき名人
なんだよ電気って……
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@猫三匹の母
電気ってビリビリするって聞いたけど、鳥が止まってるけど平気なのかしら
@咎人
料理を映して欲しい #帝国
トワネットを通じて、ナイアットの人々がその様子を興味深く見守り、実況する。時差のせいで帝国が昼なのに驚く声や、建築物などを見て技術力の差を実感する声もある。今日一番の視聴率の生放送だろうな。
『帝国とナイアットの間には蒸気船で1カ月という距離がありますが、トワイラネットワークはその距離をゼロにしてくれます。トワイラ・エスリッジ様の偉大な発明には感謝しかありませんね!』
「お、トワが褒められてるぞ」
「うう。自分が作ったわけではないのですが」
「代表者ってのはそんなもんだよ。おかげで話が簡単になって助かってる」
俺の話とか混ざると説明が難しいもんな。矢面に立たせて申し訳ない気持ちはあるが、訂正はちょっと。
『では帝国の街並みをご紹介しましょう……──』
生放送は続く。俺たち三人は、それを静かに鑑賞した。
@飛脚のジョン
馬車? 馬に車を引かせるのか? #帝国
@石の下の虫
普通の道に石が敷かれてるのすごいな…… #帝国
@林継ぎし者
あの鉄の塊が動く!? すげえ……かっこいいな! #帝国
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@大工の息子ジーク
汽車、乗ってみたい!!
いやあ、ジラッターも盛り上がっている。ジラッターや各種サービスも、ナイアットの住民への限定をやめたし、今後は帝国の利用者も増えてくるだろう。っていうか、すでに船団の船員がヘビーに利用してる。船の上って退屈だからな。
@帝国船乗りさん
帝国にも基地局を設置してくれるの、本当に助かる! これでジラッターを続けられるぞ!
@海の男ケリガン
さっそくこっちの仲間にジラッターを布教中。一カ月前の俺らを見てるみたいでクソおもしれえ
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@デッキブラシ三号
衝撃だったもんなあ
@ウエイトレスさん
何これ
@クレイバス
これがすべて情報魔法で……ナイアットで作られたものだと……?
@アーマン・ゼリー
交換手も不要、電話代もかからない。電話なんていらないじゃないか……
@ドン・ダン
歓迎会の時の微妙な表情の理由はこれか……情報魔法でこれほどきらびやかな舞台が実現できているなら、確かに我々の催しは退屈だったかもしれないな……
@シェフ・タイロン
ナイアットへの定期便はまだか!? 試食した食材を直に確かめたいのだが!?
@赤のシェリー
誰だい辺境の小島とか言ってたのは……書類も帳簿の管理も絶対コレの方が便利じゃないか……え、しかも無料なの……?
@荷運びスミス
ここから先の映像は有料……だと……
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@海の男ケリガン
ナイアットで口座を開設して金を預けてきた俺、勝ち組
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@デッキブラシ三号
早くお金返してくれる?
帝国とはいい具合に時差もあるし、もうジラッターは眠らない。永遠にTLを眺めて情報の海に溺れる毎日が過ごせるようになるわけだ。勝ったな! わはは。
「しかし、こうして色付きで見ると、帝国の技術力を思い知るのであります」
「ん?」
生放送を見てしばらくして、トワがふと呟いた。
「戦争になったら負けていたかもしれませんね。いえ、きっとそうだったのでしょう。それだけの技術力の差を感じるのであります」
「あ~……こんな端っこの港町でさえ電柱あるし、道路は舗装されてるもんな。電話とかも普及してるみたいだし、通信技術も高いよな」
「通信技術はさすがに、トワネットの方が便利じゃないかと思いますが」
「まあ、現段階ではそうだけどさ」
情報魔法で構築されたトワネットは、通信や情報の取り扱いでは俺の世界のインターネットを凌ぐ性能を見せている。どうやら通信速度は光より早いらしく、生放送でのコメントとのタイムラグが見当たらないし。……けれど。
「科学による通信技術だって、そのうちトワネットに追いつくよ……ある程度は」
コンピューターが開発され、インターネットが普及し、光ケーブルが敷設されれば……。
「追いつくでしょうか?」
「……追いつかないかもしれん」
トワネットがあるから、コンピューターとかインターネットを開発する動機が弱すぎる。表計算したければすでにジラシートがあるし……印刷だってジラARで表示すればいい話だし。
「……いや、機械の制御にはどうしたってコンピューターが必要だ。さすがに開発されないということはないだろう」
情報魔法の入出力装置は、人間に限られている。工場の機械の制御なんかは情報魔法にはできない。だからいずれ必要になって開発される。
「本当にそうでしょうか?」
「……たぶん」
……たぶん……。
「……もし……幻惑石みたいに、情報魔法を拡張する物質があれば、話は変わってくる」
情報魔法をリレーする幻惑石。実は、これが機械の制御に応用できないか、というのはミューに研究してもらっていた。幻惑石が情報魔法を受け取った時に、何か物理的な変化……温度でも電気でもなんでもいいが、そういうものが発生しているのであれば……それを読み取る機械さえ用意すれば、情報魔法と科学が連携できるようになる。
が、今のところその兆しは全く見えない。幻惑石はなんら物理的な変化を起こしていない、というのが今のところの結論だ。
しかし幻惑石、そして封魔液という前例がある。情報魔法を受けて何らかの反応をする物質が、この世にはあるかもしれない。あるいは、より微細な反応を確認できる機械なら、幻惑石の反応を暴けるかもしれない。
「そういうものがあれば……情報魔法と科学が融合した、新しい技術が生まれるかもしれない、が……」
いやでもなあ。
「俺はたぶん、ないと思うんだよなあ」
「なぜでありますか?」
「例えば情報魔法に反応して動くモノとかがあれば分かりやすいんだけどさ。そんなのあったら永久機関ができちまうよ。魔法のある世界で何言ってんだとは思うけど、やっぱなんか違う」
そういえば、この世界で人類が魔法で出した水はこれまでで総計何億リットルになるのだろうか? 地球サイズの海だとして、海面上昇とかしてないわけ?
「火、水、風の魔法とか、身体魔法とか治癒魔法は……なんか、分かりやすくトンデモなんだよ。物理法則に反していても仕方ないな、って感じ。でも、情報魔法だけは性質が違ってさ。実際、情報魔法だけだったら、存在していてもおかしくないなって思う」
全人類が集団で妄想しているだけ、という解釈で成り立つからな。妄想で相手の声を聞いた気になって、偶然それが合ってるとか……妄想で出した計算の答えが偶然に合ってるとか……そういう異常な確率さえ無視すれば、存在していておかしくない。情報の入出力が人間に限られていて、物質に何の影響も及ぼしていないからこそ、情報魔法の存在は許容できる。なんなら俺の世界に存在していてもいい。
「だからこそ、情報魔法で物質に影響があるとおかしいっていうか、成り立たないっていうか……そういう感覚だよ」
「情報魔法で物理的な現象が起きたらおかしい、と」
「魔法だし、可能性はゼロじゃないけどさ、そう思うわけ」
感覚の話だけどさ。
「だから情報魔法は情報魔法で、科学は科学で別々に発展していくんじゃないかなと思う。ただ情報技術の発展は、俺の世界よりも遅くなるかもしれないけど……」
似たような働きをするものを苦労して作るぐらいなら、既存のものを使うしなあ。
「うーん、自分としては情報魔法で動く何かが見つかる方がありそうであります」
「もちろんその可能性もあるし、もしかしたら幻惑石が何か反応してる可能性もあるよ。ただ、まだこっちの世界の科学技術って未熟だからなあ」
例えば素粒子が発生してます、とか言われてもこの世界じゃ知ることはできない。
「俺の世界の技術でなら、また何か分かることもあるかもしれないけどな。科学者に聞いたらまた何か違う発見もあるかもしれないし」
アドバイスだけでもあればな。
「でも連絡を取る手段なんてないしなあ」
「そうでありますねえ」
俺とトワはため息を吐く。
「あれからずっと、ヤス殿の世界を見ることは叶わないですし」
「懐かしいな~、始まりはそうだったな」
トワが俺のことを覗き見ていたのがすべての始まりだ。トワはそれで俺のことを知って、穴に落ちそうな俺を助けようと思って、脳内に直接語り掛けて……──
脳内に……直接……心の声……──
──情報魔法で……!?
「待て……待て待て。えっ……? それってつまり?」
「ヤス殿?」
「どうしたんじゃ、ヤスキチ?」
いやいやおかしくね? 魔法だぞ? ファンタジーだぞ、だって。だって──
「……トワ」
「な、なんでしょう」
「どうやって、俺に呼びかけたんだ? 俺の世界の俺に」
「あ、う、それは」
トワは目をキョロキョロさせて……なぜか顔を赤くして咳払いをする。
「……そ、そうですね。ヤス殿にはお話ししましょう……いえ、知ってもらいたい」
すうはあ、とトワは深呼吸をして話し始めた。
「以前、知らない土地のことを見たくて全魔力を消費したら、ヤス殿の世界が見えるようになった……とお話ししたと思うのですが、実はその、それはウソなのであります」
トワはもじもじと手を組んで指をすり合わせる。
「あの頃……自分は精神的にかなり参っていまして。魔力を増やすために大学で訓練に励んでも、一向に成果が出ず……やがて母は死に……マツニオンに戻っても何の役目もなく……いずれ誰かに押し付けるように嫁に出されるだけ。正直人生というやつに絶望していたのであります。だから……」
トワは、俺に向かってそっと手を伸ばす。
「助けて」
真に迫った言葉。
「誰か助けて欲しい。助けてくれる人を見つけたい。そういう気持ちで遠見の要領で魔力を注ぎ込んだところ……見たこともない光景の中にいる男の人……ヤス殿を見つけたのであります」
トワの助けに応じたのが、俺?
「最初は訳がわかりませんでした。妄想でも見ているのかと思いました。でも、現実逃避するように見ているうちに……ヤス殿の人となりが……人を助ける仕事をしているところが、分かって……」
トワは、ほう……と息を吐く。
「この人に助けてもらえたらと、叶わぬ思いで見続けていて……そして、ついにこの世界に写し取ってしまった。いえ、今でもなぜ転写できたのかは分からないのですが」
ともかく、とトワは先を続ける。
「それからの毎日はまるで、今でさえ夢のようであります。ヤス殿は未来のない自分を助けてくれた。ジーラ殿と契約してマツニオンを……ナイアットを救い、トワイラネットワークを敷設してナイアットを発展させ、ジラッターで情報魔法の価値を一変させた。今や自分は、ヴァリア家や教会に次ぐ、第三勢力とさえみなされています」
トワは俺の目を見る。
「もう未来のない小娘じゃない。自分で未来を選べる力をいただいている。だから……」
じっと、真っすぐに。
「だから、そのですね……おっ、恩返しというかなんというか、いえッ、自分の望みとしてですね! 自分はヤス殿のものに──」
「──なるほど! もしかしてそのせいじゃないか、俺の世界が見えなくなったの」
「ほひぇ?」
トワが変な声を出すが、そんなことより聞いてくれ。
「トワは別に俺を探していたわけじゃなく、助けてくれる誰かを探して、情報魔法で見ていたんだ。だから向こうの世界の俺が見えなくなった」
「えっと……?」
「転写された俺がトワの隣に来たから──いや。実際は転写じゃないんだ。俺の魂がこっちにきた。だから向こうの世界の俺は見えなくなったんだよ」
そうに違いない。だって。
「向こうの世界の俺はトワを助けられないが……こっちの世界の俺なら、トワを助けられるだろ? だからさ」
「ヤス殿が自分を助けてくれるから……もう一人のヤス殿は見えなくなった?」
向こうの世界の俺と、こっちの世界の俺。どっちがトワとの結びつきが強いかなんて分かり切ってる。
「つまり、トワが異世界を見ていた魔法は、結びつきが強い相手と繋がる魔法っていうのが正確なところなんじゃないか?」
「そ、それはその……そ、そうかもしれませんね!?」
「そういうことなら」
トワの魔法と、ジーラの言葉を信じるなら。
「できるかもしれないぞ!」
明日も更新します。




