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ツイ廃、街に出る

『……つらい、とは?』


 トワは口の中に物を入れたまま固まり、目を丸くして心で問いかけてきた。


「つらいんだよ」


 俺は大きく息を吐き、ぐっと拳を握って言った。


「──退屈でつらくてつらくて仕方ない!」

「むぉ……」


 トワは目をぱちくりとする。と──その背後、トワの後ろに控えるメイド、ロレッタが鼻で笑う音が聞こえた。


「ああっ、お前、お前笑ったな! 大したことないとか軟弱とか思っただろ!」

「ええ。それが何か?」

「ふざけんなよ! あのな、俺は寝れないの!」


 寝れなかった。トワの情報魔法で作られた俺は幽霊みたいなもので、何に触ることもできない。飲食の必要がないからそこは平気なんだが、寝る必要もないというのが問題だった。必要がないどころか、寝れないのだ。意識を手放すことができない。


「この世界にはまだ電気がないから、日が落ちたらみんな寝るようなペースみたいだけどな? こちらとら現代っ子よ。Twitter民よ。毎日午前様で寝落ちするまでTwitterよ。それが、日が落ちたら活動終了、なんて退屈が過ぎる!」


 裕福で油を贅沢に使える──ランプを愛用するトワは割と夜更かしする方らしいんだが、それでも俺に比べたら全然だ。


 それに。昨日は「魔力切れになったら俺が消えるんじゃないか」という仮定に基づき実験を行った。魔法を使いまくり無事魔力切れになったトワは、情報魔法による翻訳効果も失い俺の言葉が分からなくなって……コミュニケーションが取れなくなり、疲労もあってさっさと寝てしまった。


 で、結局消えることのなかった俺はトワが起きるまで、部屋の中で何もせずに待機。部屋の中には本もあるんだが、ページがめくれないので読むこともできない。結果、10時間の虚無。気が狂いそうだった。


「異世界転生の主人公ってスゲェよ……メンタル強靭すぎるだろ。俺、もう1秒たりともスマホが触れないのに耐えられない。いや、確かスマホを異世界に持ち込む作品もあったと思うんだけどそうじゃない。俺はスマホが使いたいわけじゃなくて、インターネットが、Twitterがしたいんだ。でもここにはTwitterがない!」


 俺だけがスマホを使えても意味がない。全世界がインターネットを使い、多種多様な人間がつぶやいてくれなければ、Twitterは意味をなさないのだ。


「またあの夜が来ると思うと、とっとと消えてしまいたい……」

「ぜひ、消えてください」

「消えられるものならな」

「申し訳ありません。自分のせいで……」


 冷たく言うロレッタに威嚇するよう応じると、トワがシュンとなってうつむいた。……いかん。子供を責めてどうする。


「……いや、悪い、言いすぎた」


 食卓に沈黙が降りる。空気を悪くしてしまった。これだからクソリプを投げ合うことしかできない人間は。


「あっ、そうだ!」


 ポンッ、と。その空気を打ち破るかのように、トワが手を打ち合わせる。


「つまり、ヤス殿は退屈がつらいのでありますな!」

「……まあ、似たようなものかな」


 TwitterのTL(タイムライン)を流れる情報の洪水を浴びたい。でなければせめて、気を紛らわせる何かが欲しい。


「それでは、こういうのはいかがでしょう?」


 トワはニコッと笑って言う。


「城下町へお忍びで遊びに出かけるというのは!?」



 ◇ ◇ ◇



「お待たせしました」


 反対するロレッタを、トワが泣き落としで押し切り、お忍びでのお出かけが決まった。異世界に来たとは言っても、一人の女の子の私室……とトイレと風呂ぐらいしか見てこなかった俺にとって、初めて見る異世界の外の景色に多少心が躍る。


 いや、トワの部屋に窓はあったんだけど……窓の外は山しか見えなかったんだよな……うん。山は普通の山だったよ。


 どうやらトワの城は2メートルほどの高さの城壁で囲まれているらしい。使用人用の出口から城の外に出て、城壁の内側で待っていると、庶民っぽい? 服に着替えたロレッタがやってきた。


 ちなみにトワも似たような服を着ているんだが……部屋の中で着ている服も同じような感じなので違いが分からん。


「まずはご挨拶を。フリード様。こちらは姫様のお客人で、異国から来られたツツブキ・ヤスキチ様です」

「フリード・フロウと申します」


 背の高いロレッタの後ろにいた細い男。庶民っぽい服を着ているが、ベルトには剣を下げているフリードが、膝をついて頭を下げた。


「姫様の護衛を務めさせていただきます」

「ああ、うん……よろしくおね……よろしく」


 俺の役どころは、トワを尋ねてきた異国の貴族、というところらしい。貴族なんて、と思ったのだが、身分が低い者がトワと行動を共にする方が不自然とのこと。口調もそんなにへりくだらないように、とのことだが、めちゃくちゃドキドキするな。


「あー、お忍びということで、それらしい服にしたんだけど、どうかな?」

「あ……はい。問題ないかと」


 気弱そうな顔が頷く。……微妙そうだが、大丈夫かな。


 東京では没個性的な推しアイドルのダサいプリントTシャツも、この異世界ではレアな一品だ。なんとか隠せないかとトワがあれこれやったんだが、どうやっても俺の衣装チェンジはできなかった。


 ……何か突っ込まれたら、異国では流行ってますよ、で押し通すか。うん。


「さあ、それではヤス殿! 参りましょう!」


 トワ、ロレッタ、フリードの3人でお忍びで出歩くことはよくやっているらしい。そのためそれ以上何を確認することもなく、フリードの手引きにより、俺は小さな門から異世界の街に繰り出すのだった。



 ◇ ◇ ◇



 街中を歩き始めてすぐ。


「いかがですか、ヤス殿、自分の()()は!」


 トワが目を輝かせて訊いてきた。早すぎる。


「ええと、そうだな」


 行き交う人々に目を向ける。シャツにズボン、ブーツ。よくある中世ヨーロッパ風って感じだが……。


「髪の色は、黒とか茶色……栗毛が多いんだな。金髪っていないの?」

「見たことはありませんが、ナイアットより遥か西の海の向こうにあるといわれる大陸には、そんな髪色の人もいるらしいですね。伝説の存在ではありますが」

「ナイアット?」

「この大陸全土を指す言葉であります」

「ナイアット大陸、ってことか」


 まあ金髪って俺の世界でも人口比的には珍しいらしいから、そんなものか。


「あとは……道が広くて人通りも多いな。舗装はされてないけど……側溝があるんだな」

「あそこから汚れた水を川に流すのであります」

「ふうん。下水道ね。じゃあ飲み水とかは? 上水道が整備されてる? それとも井戸?」

「イド?」

「え、井戸ないの? じゃあどこの水飲んでるワケ?」

「水なら、水魔法で出せますよ?」


 そういやそうだった。トイレでも水魔法使ってるんだよな。


「えっと、それで足りるのか?」

「どんなに魔力の少ない人間でも、飲み水に困ることはありません。水の神様のご加護です」


 え、すごいな。自給自足じゃん。それじゃ砂漠とかでも普通に生きていけそうだし、生活圏広そうだな。


「ただ、そのままでは味気ないので……ほら、あの屋台のように」


 トワが指した先では、コップと果物を載せた屋台が呼び込みをしていた。


「ああやって果実の汁と水を混ぜて売る商売もあるのです」


 なるほど。そういえばトワも食事の時、水差しからコップに水を注いでいたな。あれも味をつけているのかな?


 よく通りを見て見ると、道端で指をくわえて喉を鳴らしている子供も見かけた。あれは水魔法で水を飲んでいるわけだな? ……トワが急に指をしゃぶり始めても平然としないといけないな。うん。


「冬には、湯を沸かしてお茶を売っているところを見たこともあります」

「水魔法でお湯は出ないのか? 火魔法と組み合わせてとか」

「出ませんね。水魔法で出るのは周囲の気温と同じ水温でありますし、水はすぐに熱くなるようなものでもありません。そういえば極寒の地では、出したそばから水が凍るそうです。ぜひ見てみたいものであります!」


 そりゃ、冬のトイレは辛そうだな。


「あとはそうだな……建物の背が低くて平べったいな」


 2階建てがぼちぼちあるけど、だいたい1階建て、ってところだろうか。建材は木材と漆喰の土壁かな? レンガじゃないんだな。


「ああ、ヤス殿の世界と比べると、確かに背の低い街並みでありますね」

「……そういえば俺の世界を魔法で見ていたんだったな」

「はい! それはもう、面白かったので、ずっと! 寝る間も惜しんで……──」


 そこまで言って、トワはハッと両手で口をふさぐ。


「い、いえ! その、細部はそこまで詳細に見れませんので、詳しくはないのですが!」


 ──……ずっと、寝る間も惜しんで、俺の世界を……()()()()()()()()()


「……いつから?」

「そ、その、一か月前ぐらい?」

「……画面」

「な、なんでありますか?」

「い、いや」


 やめておこう。確認するのが怖い。基本的に()()()()は深夜にしかしてなかったはずだし、大丈夫だよな? うん、大丈夫ってことにしておこう、な!? そうだよなフォロワー!?


「たっ、立ち止まっているのもなんですし、歩きましょうか」

「そ、そうだな……」


 ちょっと気まずい沈黙をたたえて、街を歩いていく。


「……道路、デコボコしてね?」

「先日雨が降りましたので、そのせいでしょう。ヤス殿は道路や街並みに興味が?」

「インフラ関係の仕事だったから、まあ少しは……」


 電柱があればいろいろチェックしてみたかったけど、そんなものは当然なかった。ガス灯なんかもなし。電気、ガス、水道もない。いや水道は水魔法があるから不要なんだろうが。


「工場地帯とかはある?」

「生産職人が集うような場所ならありますよ」


 産業革命も起きてなさそう。人通りは多いし、生活には余裕がありそうだが……アニメとかで見る硬派なファンタジー世界って感じだなあ。


「お、デカい建物だな」

「教会でありますね」


 背の高い建物を見つけた、と思ったら宗教施設だった。やだなあ、近づきたくないな……なんて思っていたら、急にその教会から小さな子供たちがはしゃぎながら飛び出してきて──


「吟遊詩人だ、やったー! ──あいてっ!」

「うわっ!」


 フリードにぶつかって転がった。


「いたた……」

「大丈夫かい?」


 転がる子供たちを、フリードが手を取って立たせる。


「うん、大丈夫……」

「あっ」


 ひとりの子供が、フリードの腰に下げている剣を指す。と、子供たちに緊張が走った。


「まずいよ、騎士様だよ……!」

「っ! ご、ごめんなさい!」


 泣きそうになりながら揃って頭を下げる。


『お、おお……騎士ってそんなに偉いの?』

『そうですね。極端な話ですが、庶民とのいざこざであれば裁判を飛ばして罰を与えても、問題に問われない場合も』


 そりゃ、子供たちもこんな顔するわ。


「いいんだよ。次から気を付けて、前を見て走りなさい」

「っ、あ、ありがとうございます!」


 それを笑って許すフリードは、騎士としては優しい部類なのかな。それとも教会との軋轢を避けたとか? ……なんてことを考えている間に、子供たちはまた駆けていった。


「元気なこった。あ、そういえば吟遊詩人って言ってたけど、そういうのいるの?」

「曲を弾き語りしたり、情報魔法を活用して映像を見せたりしてくれる人たちでありますな。──ちょうどあそこにいますので、寄ってみましょう」


 平屋の屋根の下で、弦楽器を構えた吟遊詩人が曲を奏でていた。それに近づいていくと、情報魔法による映像が見えてきた。母犬と子犬が並んで歩いているところだろう、かわいいと子供たちにウケていた。……犬がじゃれあうシーンで一塊の毛玉みたいになったのは、映像の精度が悪いってやつかな。


「ああやって娯楽を提供するほかに、他の土地の事柄や出来事を伝えてくれてることもあるのです」

「なるほど。……情報魔法で紙芝居みたいなことをやってるところもあるな」


 だがあまり儲かってはいなさそうだ。投げ銭は全然行われていないようだし、吟遊詩人たちもみすぼらしく痩せこけている者が多い。


「あの紙芝居も、実際の出来事か?」

「あれは……おお、赤騎士の冒険譚でありますか。いや、あれは有名な物語であります。吟遊詩人によっていろいろ味付けがされておりますが……」


 トワはちらりと見て首を振る。


「内容もうろ覚え、情報魔法による映像の精度もいまいち。あれでしたら原作の本を読んだ方が面白いと思うのであります」

「そういや本はあるんだったな」


 トワの部屋にもいくつかあった。学術書みたいだったけど。


「やや、本に興味がおありで?」

「たぶん、この世界で一番情報密度が濃い媒体だろうからな。暇つぶしになるんじゃないかと思う」


 俺には実体がないから、本をめくるのは誰かに頼まないといけないが……。


「そういうことでしたら、ヤス殿が暇をつぶせるような本を買いましょうか。書店がどこかにあったはず」


 トワが眉を寄せて念じると、地図らしき映像が宙に浮かぶ。


「おお、Google Mapか? 便利だな」

「いえ、自分の覚えている街の地図であります。覚えきれていないところもあるので……ほら、いろいろ抜けているでしょう」


 確かに。城の周りや今まで歩いてきた道はともかく、他はぼやぼやしているな。俺も近所の地図を描けって言われたらこうなりそう。


「このあたりの抜けている場所に書店があるはずなので、とりあえず行って……」

「トワ様」


 急に、それまで後ろに控えていたメイドのロレッタが声をかけてくる。


「店舗に立ち寄るのはおやめくださいと言ったはずです。さすがにこの男の存在を隠しとおせません」

「うう、しかしロレッタ。自分はヤス殿の心をどうにか安らかにしたくて……」


 トワは上目遣いにロレッタを見る。ロレッタはしばらく無言で視線を受け止めていたが、しばらくして深くため息を吐いた。


「……それでしたら、ナイム商会のハイラム様に会いに行きましょう。あの方でしたら口も堅い」

「おっ。ボクのコト呼ばれました?」


 ぱちん、と。紙を打ち合わせるような音がする。


 振り返るとそこには、仕立てのいい服を着た長髪の男が、糸のように目を細め──


「扇子じゃん」


 扇子で口元を隠しながら笑顔を浮かべていた。

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