ツイ廃を消す方法(検索)
「異世界だと信じることにした」
「まだ信じていなかったのでありますか……」
トワは寝室に運び込まれた朝食を食べながら、感心したような目を俺に向ける。
「………」
ちなみに目つきの怖いお団子頭のメイド。背の高い彼女、ロレッタは、怒りをたたえた目で俺を見ている。
「まあ……うん」
だって、ここまで異世界っぽいところなかったもん。でもさ、見ちゃったんだよ。
「魔法を見たからな」
どこで見たと思う? トイレでだよ。
トワがロレッタに事情を説明し、なんとか俺の存在が認められた後。トワがトイレに行こうとして発覚した仕様。
俺氏、トワと一定距離以上離れられない。約1.5メートルぐらいまでしか離れられなくて、それ以上になるとトワの方に引っ張られる。
いや1.5メートルぐらいならトイレの外で待てるじゃん? って思うじゃん? それがね、広いのよトイレ。金持ちだね。しゃーないからロレッタが間に立って用足ししてもらったワケ。以降、ロレッタからの好感度は最底辺。
トワもさすがに「恥ずかしいでありますな」とか言ってたんだが、トイレに使う魔法なんかをノリノリで説明してくれた。……照れ隠しという面もあると思うが、女の子がどうなの? とも思う。
ちなみに異世界のトイレは汲み取り式で、ケツを水魔法で洗い流すスタイル。
そう、手から魔法で水が出るのよ。ウォシュレットよ。すごいよね、超つぶやきたい。手洗いも水魔法で完璧だったので、わりと衛生面はよさそうな異世界だな。
……というわけで、俺という不審人物を連れて城の中を動き回るわけにもいかない。そこで、トワは寝室で食事をとることになったわけだ。
いや、実のところここは寝室と言うか、トワの私室らしい。しかもトワは私室からめったに外に出ない引きこもりらしいので、すぐに怪しまれることはないだろうとのことだ。
「ヤス殿の世界には魔法はないのでありますか?」
「ないね。っていうか、この世界に魔法があることさえ正直ありえないと思ってる」
「ありえない?」
「質量保存の法則に反してる。あんな大量の水が生成できるわけがない」
水蒸気を水にしたとしても、体積的におかしい。トイレの中の水素と酸素を全部使っても無理だろう。つまり魔法で無から水を生み出したわけで……そうなるともうフィクションの世界だ。
「いくら異世界と言っても、人間がこうして生きている以上、物理法則は俺の世界と変わらないはずだ」
水のちょっとした性質が違うだけで生物は存在しないだろうし、物理法則の違う異世界なんて信じられない。
「だから、魔法はありえない……と思っている。まあ、この世界にある以上はあるんだろうが、理性が受け入れがたいと言っている」
「そういうものでありますか。しかし、ヤス殿は魔法で成り立っている存在ですよ?」
「情報魔法とやらだよな」
アニメやマンガであまり聞かない魔法だ。Information Magic? Information Technologyならなじみ深いんですがねえ?
「詳しく聞いてなかったが、どういう魔法なんだ?」
「おっ。自分の専攻の魔法であります! なんでも聞いてください!」
トワはパッと顔を輝かせる。これは、アレだな。自分の得意分野を話したいオタクの顔だ。
「そうですねえ。例えば……自分とヤス殿が会話できているのも、情報魔法のおかげであります」
「ん? ああ、そうか。異世界だもんな。言葉が違って当然か……それが、情報魔法のおかげで翻訳されている?」
「その通り! 話された言葉の意図を知ることができるのであります」
ん? 話された?
「逆は? 相手に自分の言葉の意図を伝えることは?」
「できないのであります」
「でも俺はトワの言葉が分かるぞ」
「それはもちろん、ヤス殿も情報魔法を使っているからでは?」
俺が、魔法を? マジ? 知らない間に魔法使いになっていた件。つぶやきてえな!?
「このレベルの情報魔法なら、人間は誰でも使えますので」
「ああ、そう……」
誰でも使えるんかい。
ていうか俺はこの世界の人間じゃないけど……まあ、異世界ルールが俺に適用されたってことかな? よくわからん。
「じゃあ、ここでは赤ちゃんでも言葉が理解できるのか」
「や、意志を表す言葉や文字をきちんと発話する側が学んでいないと、言葉に情報が乗らないので、情報魔法は機能しないのです。ですから赤ちゃんや動物とは話せないのですよ」
ふーむ。便利は便利だが、相互に言語の習得自体は必要なのか。俺は日本語を習得してるから、話した言葉に情報とやらが乗って、トワが情報魔法で翻訳できている。逆も然り、というわけ?
『そしてこうして、心に直接語り掛けることもできますよ!』
トワが口の中に食べ物をほおばったまま伝えてくる。ふむ……。
『ファミチキください』
『なんでありますかそれは?』
あ、俺もできたわ。なるほどね、使ってるみたいだな、情報魔法。でも存在しない固有名詞は翻訳されないっぽいな。
「テレパシーってわけか。便利だな。電話いらずじゃん」
「電話……?」
「遠くの人と意思疎通できるってこと」
「あ、や、この方法で会話できるのは、せいぜい普通に声が届く範囲なのであります」
えぇ……?
「なんだそりゃ。それじゃ、魔法使う意味は?」
「……内緒話ができるとか……あとはうるさい場所では話しやすいかと」
「内緒話ねえ……」
俺はちらりと、メイド──ロレッタに目を向ける。
『つまり、この会話はロレッタには聞こえない?』
『そうですね。聞かせることもできますが』
なるほど、ちょっと便利だな。
『ちなみに、さっきからずっとロレッタが小言を言ってきているのであります』
『……そうか』
大変だな。いやマジですまんな。邪魔だよな俺って。本題に移るか。
「俺が情報魔法で作られた存在だって言ったけど、情報魔法ってそんなのも作れるのか?」
「いえ……そうですね。まずは基礎をあらためてご紹介しましょう」
トワは眉を寄せて念じる。と、宙に林檎の映像が浮かんだ。
「情報魔法では、物をしっかりとイメージすることで、見せたい相手に映像を見せられるのであります」
「おー、すごいな」
「さらにこれを写し取って……増やすことも」
同じ姿形をした林檎が5個に増えた。
「コピーか。写真みたいなこともできそうだな」
「できますよ! ヤス殿を写し取ってみましょうか」
むんっ、とトワが念じると、林檎が消えてそこに俺が映し出された。黒いぼさぼさの髪。不健康そうな目。くたびれたジャケットに、推しアイドルがデザインしたダサいプリントTシャツと、ポケットに穴の空きかけたズボン。
あーあー、確かにこんな格好してたわ。というか毎日コレですわ。日によって変わるのはTシャツ程度ですわ。
「俺を見ても楽しくないな。外の様子とかは?」
「うーん、できますが……」
俺が消えて、なんだかぼんやりとした景色の映像が浮かび上がってきた。
「記憶があやふやだと……補完も上手く働かずにこんな感じで……」
「へー。見た景色を保存とかしておけないの?」
「短時間ならできなくはありませんが、複雑なものは難しいのであります。その都度映像を作る方が理にかなっておりますね」
専門家だというトワが難しいというなら、かなり高難易度なんだろうな。しかし。
「俺が見る限りでは、この俺自身はかなり鮮明な映像だと思うんだが?」
「それが不思議なのであります。いくらなんでも徐々に劣化していくはず。それに──」
トワは眉を八の字にする。
「昨日、自分はヤス殿の危機を見て、ヤス殿の全てを写し取ろうとしたのであります。普通、そんなことは成功しません。姿形は写し取れても、その精神や記憶は写し取れないのであります」
「相手の記憶を覗いたりはできないんだ?」
「できませんね」
だが俺は記憶を持っている。子供の頃の記憶までさかのぼることができる。トワが俺の頭の中まで覗いて、再現して生み出したとでも言われた方が理解できた。
「それにその……ヤス殿が勝手に動いたり喋ったりするのも、普通はありえないことです」
「そうなのか?」
「高度な情報魔法では、ある程度条件付けした動きはできるのでありますが……」
そう言って、トワは再び林檎を映し出す。そしてそれに指で触れる──と、林檎が真っ二つに割れた。
「これぐらいの仕組みがせいぜい。ヤス殿のように言葉の受け答えなど、とてもとても」
なるほど。俺はかなりイレギュラーな存在のようだな。
「……ですが、ヤス殿は特別でありますからね……」
「というと?」
「異世界の存在を写し取ったのは初めてなのであります」
なるほど。異世界を対象にした場合は別の働きをするかもしれないか? ……あ、そういえば!
「あの異世界を見る魔法!」
「おお、そう、それでヤス殿を見ていて──」
「アレがあればTwitterが半分できるじゃないか!」
「つ、ついったー?」
情報魔法による翻訳を通してもTwitterという固有名詞は通じても概念は通じない。悲しい。
「Twitterの画面を見れば、TLが見れるじゃないか! 頼む、俺にTwitterを見せてくれ!」
「え、ええ? えっと、実はその、あの魔法はどういうわけか、ヤス殿の周辺にしか通じなくて」
「なおさら好都合だ! 俺のスマホを映してくれればいい!」
もしかしたら救急車で運ばれて入院中かもしれないが、俺ならすでにTwitterをしていると確信できる。
「スマホ──あのよく手に持っている小さな板でありますか?」
「そうそう!」
「そんなことでよければ」
トワは昨日の板を取り出して、むんっ、と念じ始める。俺はソワソワしながら待った。……が。
「あ、あれ……?」
「どうした!?」
「成功しない……全然つながる気配がないのであります」
「ええぇ!?」
俺が絶望に悲鳴を上げる。同じようにトワも顔を青ざめさせていた。
「ちょ、調子が悪いからとかか?」
「いえ、結構体調がアレな日でもつながってましたので……」
「じゃあどうして!」
「……推測でありますが」
トワは眉をしょんぼりさせながら言う。
「そもそも、魔法は寝てしまったら維持できないのと……起きていても長時間の維持には多量の魔力が必要なのであります。ヤス殿のような存在を維持するなら、それこそ莫大な」
おそらく、とトワは続ける。
「ヤス殿が自分と離れられない以上、ヤス殿と自分にはつながりがあるのであります。信じられない話ではありますが、自分は無意識にヤス殿を維持しているようです。つまり……それに魔力の大半が割かれている。だから大きな魔力が必要になる魔法は……」
「異世界を見る魔法は、使えない……?」
トワが、こくりと頷く。
……そうか。そうかあ。ダメかあ。Twitterできないのかぁ。
「そう、か……。まあ、できないものは仕方ない。それに、吹っ切るにはよかったよ」
「吹っ切る……?」
Twitterが見れない人生に用はない。
「俺がずっと存在しても邪魔だろ? なんとかして俺を消す方法を考えよう」
「えっ……で、でも!」
「いや、マジで生活に支障があるだろ。トイレとか。風呂とかさ」
反対側向いてるから見えないよ、なんて言ったって、納得できないだろう。一応トワは女の子なわけだし。
「それに、トワって姫様なんだろ? ってことはなおさら、俺みたいのが横にいたらマズいだろ。俺のこと、他の人にも見えちゃうんだろ?」
「おそらく……」
トワは自信なさげに言う。
「普通、情報魔法の映像は他人には見えないのであります。意図して見せようとして、はじめて見えるようになる。ところがヤス殿はロレッタに見えていて……自分がいくら不可視にしようとしても、できない……」
何度か実験してみたが、全く成果はなかった。
「しかも、情報魔法で作った映像はそれとわかるはずなのに、何故かヤス殿は本物の人間だと認識されている……謎なのであります」
「つまりこのままじゃトワは部屋の外にも出れないわけだろ? 知らない人間を常に連れている状態じゃさ」
「自分は別に……」
「確かにその通りです」
急に、それまで黙って俺を睨みつけていたメイドのロレッタが口を挟む。
「姫様は貴族としての立場のあるお方。得体のしれない男を横に置くわけにはいきません。ましてや、それを他人に見られるなど」
「そ、それは……」
「まあ、すぐにとは言わないけどさ」
渋るトワの気持ちもわかる。どうもこういうオタク話をする相手に飢えていたようだし。けど、それをずっと続けてもトワのためにならないみたいだからな。
「今後は俺を消す方法を調べる、って方向で動いていこうぜ」
俺を消す方法。うわー、つぶやきたい。ツイッター大喜利の始まりじゃんか! クソ!
「……わかりました」
トワは渋々といった感じで頷く。
そして、俺とトワの引きこもり生活が始まりを告げた。
しかし──問題と言うのはすぐにやってくる。
──翌日。
「トワ」
俺は朝食を食べるトワに向かって、ため込んでいた一言を発した。
「──ごめん。やっぱつれぇわ」
今日はここまでで、明日も3話更新します。