ツイ廃は「うんこ」とつぶやける世界を望む
「仕事を奪う、とは穏やかじゃないね。どうしてそう思ったのかな?」
ミューが首を傾げて髪の隙間から質問者を見る。顔をしかめているおっさんは、ゆっくりと話し出した。
「確かにどれも便利なサービスだが、それゆえ誰もが同じ仕事ができるようになってしまう。我々のように数式を身につけ、工夫し、そうすることで得てきた今の立場を捨てさせる気か?」
ここに集まった人間たちの大半に、魔力量が少ないという特徴がある。貴族として最低限の魔法しか使えない者、魔法の才能に恵まれなかった者。彼らはそのハンデを乗り越えるために勉強し、人より抜きんでた情報処理を魔法で実現し、業務をこなしてきたはずだ。
それが素人でも同じことができるようになります……と言われては、こんな反応にもなるか。
「だいたい、ジラッターというものがけしからん」
なんだとぉ……。
「ちょっと検索してみれば、誹謗中傷や風説、喧嘩や脅迫なども見て取れる。おそらく詐欺にも今後使われていくだろう。それに一番度し難いのが、画像や動画で裸を晒す、吟遊詩人や娼婦まがいのことをしている者たちだ。汚らわしい」
「なるほど。そういう話だったら」
ミューは少し背伸びをして、会場の後ろの方にいる俺を見る。
「トワ君とヤスキチ君にちょっと回答してもらおうかな」
『大丈夫でありますか?』
『いいよ、いずれそういう話も出ると思ってた』
『一発かましてやるのじゃ、ヤスキチ!』
トワがミューの元に向かい、俺とジーラも同行する。会場のたくさんの目がトワを向く──が、話すのは俺だ。
「まず、認識を正したい」
俺が口を開くと、虚を突かれたおっさんがこちらを意外そうな目で見てくる。
「ジラッターは、けしからんとも!」
「……は?」
ぽかん、とされた。
「いいところついてるよ。ジラッターは別に高尚でもなんでもない。ありとあらゆる人間のつぶやきが集まる場所なんだ。その内容は誰にも制御できないし、しない。くだらない話、役に立つ話、意見表明、討論、晩飯の話、愚痴、弱音、欲望、虚、実、猫、すべてが同列に存在できる、ただの場所だ」
「……では、貴殿はこのような無法な状態を許すと?」
「ジラッターは許そう」
ジラッターは全てを許す──その個人の責任の元において。
「だが政府はどうかな?」
「何……?」
「あんたさ、ジラッターの書き込みがけしからんって言うなら、どんな書き込みなら存在してもいいと思う?」
「ん? うむ。それは……」
おっさんは顎に手をやって考える。
「……学術的な交流の場としてなら価値があるのでは? 数式の解法の相談などできれば、より役立つ──」
「は? 数式? ふざけんなよオイ!」
「っ!?」
俺の出した大声に、おっさんがびくっと震える。
「知識自慢かよ、頭がよくないやつはジラッターに参加するなって? ひどい差別だな! そんな書き込みを見て傷つく誰かがいるんじゃないかって、ちょっとでも想像しなかったのか? 数学にトラウマがある人間だっている、そんなことにも気が回らないんですか? 少しでも他人を思いやる気持ちがあったらそんなこと言わないと思いませんかァ!?」
「なっ、何を馬鹿な──」
「まあ、今のは馬鹿の一例だが」
スンッ、と俺は記憶の中の頭おかしいツイート、サポセンに怒鳴り込むクレーマーを引っ込める。いやあ……まあ、これでも優しい方だよな。ああいう人たちになりきるのは難しいわ。
誰も傷つかない表現なんてない、というのは真実じゃない。誰にも攻撃されない表現などないだけで、それを受け入れるのは間違いだ。
「俺が不快だ……という理由だけで書き込み内容を制限しようとしたら、それはすぐに際限がなくなっていく。なぜなら人によって許容できるものは異なるからだ。裸の画像がダメか? じゃあ禁止しよう。ところで下着姿もダメじゃね? 一部でも肌が見えてるのも良くないよな? いや女の写真ってのが良くない。待てよ男の写真もダメだな。動物だって写真を撮る必要性はないよな。風景? おいおい、そこに嫌な思い出があるやつだっているかもしれないだろ? ……なんて」
何かの規制を受け入れた時点で、規制を進める側はどんどん踏み込んでくる。やがて自分たちの首さえ絞めていくことにも気づかずに。
「ジラッターは発言を制限しない。けれど、政府や権力者達は違う。ヴァリア家の役人からは、とっくに裸の画像の問題を指摘されているよ」
よく調べてるよ。リサ姫のわがままで何もチェックせず導入、というわけじゃなかった。
「ナイアットにジラッターを普及させるにあたって、何も俺たちは政府と衝突したいわけじゃない。サービスを提供する地域の法には、できるかぎり従うつもりだ。でも、だからといって、安易な表現規制は受け入れられない」
規制を受け入れれば待っているのは不自由なジラッターだ。
「自由な発言の場を守るための戦いはすでに始まっている。けしからん、なんて言って自分の首を絞めている場合じゃないね」
「し、しかし、現に、ヴァリア家から指摘があったのだろう?」
「そうだな。だから、ジラッターは独自にガイドラインを設けて、住み分けを推奨する」
法律ではなく、ジラッターのジラッターによるジラッターのためのガイドライン。
「センシティブ──扱いに注意を要する書き込み内容や画像については、それと分かるフラグを投稿時に設定できるようにしている。それを見ることに同意した場合だけ表示できるようにだ」
よくある『センシティブな内容を表示する』ってやつだ。
……指摘しないけどさ、おっさんもそれに同意したから裸の画像見えてるわけよ? 指摘しないけど。
「子供については親がその設定の権限を持っているから、成人するまでは勝手に見ることもできない」
ペアレンタルコントロールも実装した。情報魔法の謎の認識力で親子関係が把握できるので、ジラッター上に抜け道はない。かわいそうに。……見たかったら、誰かに情報魔法で映像を再現してもらうんだな! お兄さんから教えてもらったってのは内緒だぞ!
「そもそも、ジラッターには『ミュート』『ブロック』の機能もある。見たくないようなことをしているアカウントはミュートすればいいし、度が過ぎているならブロックすればいい。一生そいつとは無縁になる」
ブロックしたら全アカウントに影響与えられるからな。ま、ブロックされるような人間は、それを許容する人間同士でコミュニティを作るだろう。今は非公開アカウント機能も解放したし、過激なことはそっちでやるという方法もある。
「詐欺や犯罪を扇動する書き込み内容? それならツイートに対して『注釈』をつけてやってくれ」
俺の世界でもSNSを通じた詐欺やデマは盛んにおこなわれていた。それに対抗する手段として試験的に組み込んだ機能だ。
「これは間違っている、正しくない……そんな注釈が大量につけば、ジラッター側で警告を表示する。騙される人も減るだろう。リプライやリツイートを使ってもいい」
「……逆もあるのではないか? 正しい情報に、誤った注釈を大量につけられたら?」
「そういう場合に備えて、アカウントに対して『評価』できるようにしている」
アカウントに対して設定できるフラグ。
「使用者が高評価しているアカウントの注釈は、評価値を高くしてる。世間の評価はこうだけど、あなたが信頼している誰かは違うと言っている……となれば、考えの一助になるだろう」
どれもこれもアカウントの本人確認ができるこの世界ならではの仕様だな。俺の世界じゃ導入しようとしても超えなきゃいけないハードルが無数にあるだろう。
「住み分けのための道具は用意してある。政府に法的に規制される前に、それをうまく使って欲しいと思ってるし、そういう啓蒙活動も定期的に@ジラッターサポート公式でやってるよ。おっさんも、わずかでもジラッターに価値があると思うなら、他人を制限するなんて考えないで、けしからんものには近寄らないようにして、自分好みのアカウントをフォローして、理想のタイムラインを作り上げてほしい」
ジラッターは自由に楽しくやるもの。
誰もが自分の発言に責任を持ちながら、うんこと呟いてほしい。それが俺の望むジラッターだ。
「……さて、話がちょっと横にずれたから、話を元に戻そう」
本題は表現規制の話じゃなかった。
「元々の質問はジラッターの関連サービスで、あんたたちの仕事がなくなるんじゃないか? ってことだったよな」
何でそんな質問が出てきたかって? この人たちは単純に怖いんだよ。これからどうなるか分からなくて。
だったら──真実を教えてやらないとな。
「仕事がなくなるなんてとんでもない。それどころかもっと忙しくなるに決まってる!」
「なに?」
「今までは、あんたたちにしかできないから、それだけの仕事しか発生しなかったんだ。でも、これからは違う。こういったツールを使って誰もができるようになれば、それを活用した仕事がもっと増えてくる。あれもやりたい、これもやりたいと頼まれることになるに決まってる」
絶対そう。この世界でできることはたくさんある。
「おほん。例として、我がマツニオン領では領の公式サイトの運営だけでなく、新たに住民台帳の作成を進めています。正確な人口の把握が税の徴収や、領地の開発に役立つと考えていて、そのための人員は増員中です」
トワが注釈を入れると、「おお」と聴衆から感嘆の声が上がる。
「そういう現場で活躍するのは誰だ? 先行して経験を積んでるあんたたちじゃないか。原理が分からない人間には、それ相応の仕事しかできない。原理を理解しているからこそ、同じ道具を使っても効率よく仕事ができると思わないか?」
あとな、おっさんたちは「できて当たり前」って思ってること、できる人間って結構少ないと思うぞ。
「それから、今は俺たちが開発したサービスしか使えないけど、そのうち絶対に汎用的なサービスでは解決できない、個別の、局所的なサービスが欲しいというケースが出てくるはずだ。専用のシステムが欲しいって言いだしてくる。そうなったら、それこそあんたたちの出番だ」
「我々の……?」
「そう。作るんだよ。あんたたちが、新しいサービスを。そのためのツールやAPIやリファレンスは準備してる」
なぜなら、そんなのいちいち引き受けるなんてめんどくさいからな! 今は他に誰もいないから俺も開発してるけど、本職はサポセンのお兄さんだし、趣味はTwitterだから!
とにかくトワネットのすべての中心はジラッターだ。アカウント認証とかコメント投稿とかはジラッターを経由することは外せないが、それ以外の独自システムは、自分たちで作ってもらっていい。ジーラの計算資源の底はまったく見えないからな。
「情報魔法使いが、この世界を変えていく時代が来るんだよ」
トワと約束した。情報魔法の価値を高めてみせると。
だがそれは俺一人では成しえない。情報魔法の使い手が、自ら切り拓いていかないといけないんだ。
「仕事、どんどん作っていこうぜ!」
◇ ◇ ◇
「いやあ、いい演説だったよ」
説明会が終わって会場から人がいなくなると、ミューがニヤニヤしながら近づいてきた。
「ヤスキチ君の話を聞いて、みんな目の色が変わったよね。ンフフ」
「やる気になってくれたんならよかったよ」
いやあ、仕事本当に増えるかな? 理解のある領主なら問題なさそうだけど……まあ、ダメなところの心配をしてたら先に進めないよな。少なくともトゥドは、リサがジラッター推しだし大丈夫だろうと思うけど。
「そしたらみんながどんどん新しいサービスを作ってくれて、俺がサボれるようになるからな」
「ンフフ。いやあ、開発、お疲れ様」
「それはこっちの台詞だよ。ミューさんこそお疲れ様」
今回発表したサービスのほとんどミューたち研究所の人間が作ったからな。俺は概念とか機能を伝えて、ちょっと手伝ったぐらい。
「こっちから希望したことではあるけど……マジで、無料サービスにしてよかったのか? 有料にしたらかなり稼げると思うんだけど」
「私たちは商人というより、研究者だからねえ。これまでの研究の成果がうまく活用されることの方が嬉しいよ」
ミューは髪の奥で笑う。
「領地持ちではないから、生計を立てる必要はあるけどね。とりあえず君たちからは開発費という名目でお金は貰えるし──」
さすがに無償で働かせるのはブラックすぎて耐えられなかったので、ジラッターの儲けから少し払っている。
「ハイラム君にはいろいろやりたいことがあるみたいで、なかなか私から離れてくれないんだ。給料ももらってるし、当面は心配ないね……ンフフ」
仲がよさそうで何よりだよ。
「ヤスキチ君が暇になる日も、まだまだ先だと思うよ?」
「意外と早い……といいなあ……と思うんだが」
ジーラを使ったプログラミングは、ちょっとスクリプトをかじったことがある俺でもできるぐらい簡単だ。とはいえ、バグは出る。出るが……ジーラの性能が良すぎて致命的なことは起きない。
例えば無限ループするとか、無限にメモリを食いつぶすとか、そういうプログラムをコンピューターで実行したらすぐに停止する。ところがジーラは「これ無限ループしとるぞ」とか「さっきの処理でゴミデータが無限にできとるが、無視していいかの?」と平気な顔だ。非効率なデータ構造でもリソースが食いつぶされる心配はない。
あとたぶん、ジーラの性能が良すぎるから、非同期処理を考える必要がない……のも一因だろうか? これについてはまだよくわからないんだよな。あえて待ち時間設定しないと何をしても一瞬で処理が終わるし。それから情報魔法の『速度』が、果たして光速並なのか、それともそれ以上なのかも気になるところだが……まあ動いてるからヨシ!
「そうだ、ミューさんから見て見込みのありそうなやつがいたらスカウトしておいてくれないか? そのうちもっと人手が必要になるかもしれないし」
「へえ、何か考えがあるのかい?」
「漠然とだからなんとも」
いずれ必要になるんじゃないか、とは思うんだが……まだその時じゃない、かな?
「変な単純作業からは解放したい、って考えてるんだけど……どうかなあ」
今日は2話更新です。




