ツイ廃、説明会を開く
##エスリッジ家のグループチャット
@ロナン・エスリッジ
これから先、トワイラがもたらす時代についていけないと感じた叔父上には、私とトワイラを抹殺する、この他に選択肢がなかったのでしょう。……この平和の世で武功を求めた叔父上には、せめて戦場で最期を迎えたことが救いかと。
@ネモ・エスリッジ
報告ご苦労。ロナンには辛い役回りをさせた。
@ロナン・エスリッジ
エスリッジ家にとって必要なことをしたまで。
@ネモ・エスリッジ
この平和の世で、お家騒動を起こしたことにより、儂はヴァリア家から監督責任を問われるだろう。引退は免れぬ。……トワイラよ。
@トワイラ・エスリッジ
はい。
@ネモ・エスリッジ
ロナンを後継に据えれば、エスリッジ家は身内殺しを良しとするのかとの批判は避けられぬ。であれば、この騒動とは無関係な者を後継にするのが得策。わかるな。
@トワイラ・エスリッジ
はい……
@ロナン・エスリッジ
おそれながら父上。エスリッジ家は私に継がせていただきたく。
@トワイラ・エスリッジ
兄様?
@ロナン・エスリッジ
ジラッターへの書き込みを調査しておりますが、叔父上の行いに領民は普段から不満を溜めていた様子。叔父上の無謀な反逆を防いだ……という形で噂が広まっており、領民の今回の件に対する私への評価は高く、これを広めれば他の反発も避けられるものと考えます。
@ロナン・エスリッジ
それに、トワイラにはトワネットを広げるという使命もある。動くのならば、領主としてではなく、ダイモクジラを従える英雄としての方が身軽でしょう。
@ロナン・エスリッジ
──マツニオンは、どうやら我が妹には狭すぎる。そうは思いませんか、父上。
◇ ◇ ◇
@メリッサ・ヴァリア
#はじめてのツイート #ご挨拶 #ヴァリア家 #プリントTシャツ
[動画:トゥド城の中庭でメイドに撮影させた動画。以下内容
「ジラッターのみなさま! 初めまして、ヴァリア家のメリッサ・ヴァリアですわ」
撮影者に向かって、近くから手を振るリサ。
「わたくしの顔を初めて見た、という方も多いと思います。秘密にしていたわけではないんですよ。ただ、安全上の理由でなかなかみなさまの前に姿を出せないというだけで。でも! 今日からは違いますね! ジラッターがあるのですから!」
くるくると回ってポーズを取る。
「これでお城の中にいても、みなさまにわたくしを知ってもらうことができるし、みなさまのことを知ることもできる。例えば、いかがですかこの服は? マツニオン領で流行しているプリントTシャツというものですの! わたくし、こういうの大好きですわ!」
リサが言うと全身が映る。抱えあげられて胴体を伸ばした猫がプリントされたTシャツ。
「ジラッターを通じて、いろんなことを知れたらと思います。みなさま、ぜひ、いろんなことをツイートして、わたくしに教えてくださいまし!」
]
◇ ◇ ◇
「めちゃくちゃバズってるじゃん。さすが、ヴァリア家の姫様って感じか?」
「リサ様はかわいいですから」
トワは眼鏡の奥で目をつぶり、もさもさ頭を揺らして頷く。
「それに隠すつもりはないとはいえ、やはり貴族の顔を庶民がまじまじと見る機会はほとんどないのであります。あのかわいいリサ様が、かわいいところをしている動画なんて、人気があって当然であります」
トワは立場的に隠されてた方だと思うが……やはり、一領主の娘よりもヴァリア家の姫の方が元々のネームバリューが違うのだろう。ツイートの伸びも、フォロワー数の増加率も段違いだった。
「俺はかわいいと思うぞ?」
「そうでありましょう。……ん?」
「しかし、リサ姫がジラッターを激推ししてくれて助かったよな。すんなりトゥド城への基地局設置も認められてさ」
ヴァリア家の誰もがこの末の姫に甘いらしい。さっそくトゥド城内はトワネットに接続し、今は城下町に基地局を張り巡らせている段階だ。
「リサ様のおかげ、という一面も確かに大きいですが、やはりトワネットの新サービスに期待されているのではないでしょうか? こんなに人も集まりましたし」
トワが示した先。エスリッジ家の屋敷の庭には、たくさんの人々が集まっていた。多くはヴァリア家に勤める役人。あるいは商人の帳簿係など。椅子が足りなくて立ち見も出ている。
マツニオン領の動乱のあと。エスリッジ家はヴァリア家から指導を受け、当主のネモが領主の座から降り、ロナンが新しい領主となった。ゼインの一族はどうなるかと思ったが、ロナンに助命されたらしい。一族郎党……ってなんなくてよかったよ。異世界の血なまぐさいところを見せられて結構ショックだったんだが、そこだけはホッとした。
血なまぐさいといえば、ゼインの計画では後々トワも殺す予定だったらしい。……だがトワとしては、それでも親戚を失った悲しみの方が強いようだ。それを忘れるかのように、跡継ぎ問題から解放されたトワは事業に専念している。今日は、ここで新サービスの説明会を開くことになっていた。
「期待か……」
会場に集まった人間の半分以上は、上司に言われたからきました、みたいな顔をしている。薄給なのに余計な仕事を、なんて愚痴もジラッターで見た。まっ、その濁った目もすぐに変わるだろう。
「やあやあ、お集まりの皆さん。お待たせしたね」
膝まで適当に髪を伸ばした女が、壇上に立つ。
「今日はトワネットで提供する新しいサービスの説明会にようこそ。講師をする、開発を担当したミュー・ブロッケンだ。よろしくね」
声が遠くまでよく聞こえる。トワの師匠、ミュー曰く、トワネットによる心の声を併用した拡声器みたいな魔法らしい。器用だなあ。
「きっとこの場には、内容もよく分からずに来た人もいるんじゃないかと思う。そういう人の反応が楽しみだよ。なんせ、ここにいるみんなの仕事が楽になるはずだからね。ンフフ」
こらえきれずに笑いを漏らしつつも、ミューは咳払いをして先へ進める。
「さて、ここトゥド領にもつい先日、トワイラネットワークが敷設された。情報魔法が距離、そして対象の特定という制約から解き放たれた瞬間だ。これだけでも大事件だけど、トワネットの本質はジラッターを中心とした各種サービスにある」
ミューはスライドの映像を浮かべながら話す。以前までならこの規模の会場であんなことをしたら、後ろからは何も見えず聞こえずだっただろう。しかし、どこまでも届くようになった今は効果的だ。参加者たちは自然とスライドを注目して、話を聞く。
「これから説明する各サービスでもジラッターのアカウントで認証するよ。もちろん、ジラッターとは色々連携してる。これまで提供されているのは、画像を保存し、ジラッターに投稿できる『ジラフォト』。そしてその動画版の『ジラビデオ』」
今のところ画像や動画の共有は、ジラッターのみで行っている。そのうち専門サイトを作る予定だ。
「これだけでも皆さんには十分な驚きだと思うけど、一方で『だからどうした』という気持ちもあるかもしれない。ただのおもちゃじゃないか、とね。いや、使い方次第だと思うけどねえ。でも、やっぱり仕事に使える機能がメインのサービスの方が欲しいだろう? というわけで」
ミューは、パッとスライドを切り替える。俺には見慣れたUI。格子状に罫線の並ぶ画面。
「帳簿の書き込みや参照、大量のデータの計算。表計算サービスの『ジラシート』だ」
ミューが実際にデータを入力して操作してみせる。入力、整形、計算。便利な関数。……参加者たちの目の色が変わってくる。
「もしかしたら似たようなことをやっていた人もいるかもしれない。でも、私たちは情報を情報魔法で長時間保存できない。だから記録は紙に書き留めるしかなかったし、一度に実行できる計算量にも制限があった。けれど、ダイモクジラが提供する膨大な記憶領域が、そんな作業から解放し、より高度な処理をさせてくれる。そう、しかも……──」
ミューは表の並び替えを行いながら言う。
「使い手はこの表の並び方や関数の……厳密な計算方法を知らなくても、操作できるんだ」
ざわめきが起こる。
ジーラの方ですべて計算を行っているので、関数に引数を入力しさえすれば、結果が返ってくる。本来の情報魔法では計算方法を知らなければできなかったが……ソートの手法を知らなくたって、並び替えができるようになるのだ。
『いやー、ジーラって頭いいよな』
『そうか? ヤスキチに言われると照れるの~』
本人は情報収集で数式やアルゴリズムを保存しているから、それを書かれた通り実行するだけ、と言ってるが、一回は理解しないとダメなんだよな。頭いいと思うよ。そのうえ、計算能力がとんでもない……複数のサービスを並行して提供しているはずなのに、未だにその限界が見えないんだよな。
「表計算がジラシート上でできるなら、紙も少なくしたいね? 文書の作成に特化した『ジラドキュ』、ちょっとしたメモを取っておくための『ジラメモ』、なんてサービスも用意してある」
ドキュメント略してジラドキュ。いわゆるワードと付箋な。
「いずれ紙の書類は不要になり、ジラドキュで完結する時代も来るかもしれないよ。ンフフ」
俺の世界がペーパーレスになかなか移行しなかったのは、情報端末を扱えない人がいたり、共有方法や端末の仕様がバラバラだったり、紙に比べて端末が高価だったり、操作性の問題があったと思う。しかしこの世界では誰もがジラッターを経由してアクセスできるし、今ミューがデモしているように、実体の書類をめくるような感覚でも操作が可能だ。
上質な紙はまだまだ高いらしいし……案外、この世界の方がさくっとペーパーレス化しそうだな。
「公文書の公布や、行政からのお知らせを民衆に行き渡らせるのに苦労したことは? そんな時は『ジラサイト』だ。ジラッターでも告知は可能だけど、あれはタイムラインで古いツイートは流れてしまうからね。固定した情報を置いておくために活用してほしい」
Webサイトの作成機能だ。どうしても情報を『整理して蓄積』しようと思うとTwitterは向いてないからな。
「『ジラカレンダー』は予定の共有だ。時計によるリマインダー機能も付いているから、大事な約束を忘れることもない。個人的なカレンダーだけでなく、行政のカレンダーなんかを民衆に共有するのもいいんじゃない?」
これらのサービス、概念を説明して一緒に開発に取り組んだけど、ミューさんが本当に有能で困らない。今のところこの世界で一番のプログラマーだろう。次のサービスなんて、どう実現するか俺には思いつかなかったし。
「最後に、『ジラミート』。トワネットにより情報魔法の距離の制約はなくなったけど、逆に心の声で会話する時、相手の顔が見えないとやりづらいだろう? ジラミートはこうやって、鏡をつかってね……」
ミューは鏡を置いた机の前に座る。
「相手と顔を見せあって会話できるんだ。──やあ」
鏡の前に、細目の男の胸像──グゲン商会のハイラムが呼び出される。
「調子はどうだい?」
『ええ、上々です』
「おやおや、そこは会えなくて寂しいぐらい言ったら面白いのに」
『ははは……』
ハイラムは乾いた笑いをして、ミューはそれを面白そうに笑う。
これもこの世界の情報魔法の特性の一つだ。実は情報魔法で出した映像の後ろ側は、無意識に見えているらしい。なので鏡に映った自分の顔を相手に送り、鏡の前に相手の映像を置くことが可能になる……というわけだ。
いやー、現地人にしか分からない発想だよ。そんな仕様全然気づかないもん。そしてズルいよな、この機能があるから、歩きジラッターしてても危機が迫ってたら本能的に分かるらしい。
あ、ちなみに俺とジーラは例外的にその後ろ側が見えないらしい。物理的に見えないわけじゃなく、認識できないらしいんだが……謎だな。
「さて、以上が今日紹介するサービスのすべてだ。詳しい操作方法なんかは、これから一つずつ枠を取って解説するけど……今の時点で、何か聞いておきたいことはあるかい?」
ミューが問いかけると、手が──たくさん上がった。もう始まる前とは意気込みが全然違うな。
「では、そちらの君」
「このサービスの利用料はいくらですか?」
「無料だよ」
ざわめき。
「ジラッターは有料オプションがあるけど、基本的には無料で使えるだろう? これらのサービスも、無料だ。ぜひ、仕事に役立ててほしい……もちろん、仕事以外でもね」
趣味のデータ収集とか、楽しいもんな。
「いちおうこれらのサービスを利用したデータが信頼できるかどうか……本物の行政機関が作っているかどうかを保証するのは有料、っていうのはあるけど、それはジラッターの公認アカウントとして料金を支払っていればいいからね」
全サービスのハブがジラッターに集約されているので、製作者が公認されていれば問題ないわけだ。ちなみに組織アカウントとして公認するのは有料だけど、個人が実名アカウントを使うのは無料なので、個人でやる分にはやっぱり無料だ。サーバーたるジーラの維持コストが0だから実現できる話だな。
「さあ、他には?」
再び手が上がる。ミューが指名すると、顔をしかめたおっさんが立ち上がった。おっさんは、しばらくミューを見つめてから──低い声で言う。
「ミュー様は──我々から仕事を奪うおつもりか?」
あれぇ……?
明日は2話更新です。




