ツイ廃と動乱
「米じゃん?」
「え?」
叔父様──ゼイン・エスリッジの追及をかわしてから一週間。
今のところ、ジラッターでの炎上騒ぎは収まりつつあった。ゼインが新たに書き込むのをやめたことで燃料を失ったか、拷問を受けた男の話が広まったか……ともかく、今までのような書き込みは集中的に行われなくなった。
あれからゼインがトワを呼び出すことはなかった。遠征に行っていたトワの兄、ロナンが城に戻ってきたのと入れ替わるように、騎士を連れて遠征に出発したからだ。ちなみに遠征とは領内での戦闘訓練のことらしく、騎士たちは大変だなあと思う。きっとストレスをぶつけられているんだろう。
そんなわけで平穏が戻ってきて、トワネットの敷設事業にも専念できるようになり、ついに今日、あの教会のオッサンに依頼されていた農村まで基地局の敷設が終わった。それで完了報告でグループチャットに写真が投稿されたんだが……。
##トワネット工事関係者
@ジョージ
教会への設置完了しました!
[画像:建物の屋根の上に立つ職人風の男、その後ろに基地局、さらにその後ろに広がる水田]
「いや、ここに映ってるのがさ……米じゃん?」
「ああ、水田でありますね」
水田だった。畦で区切られて、水をたたえて、緑の葉が揺れている。それがずっと広がっていた。
「いや、米があるなら言ってくれよ。毎日パンばっか食べてるから米がない世界かと思ってたぞ。いや別にトワがパン派でも別にいいけどさ、白米のご飯があるならちょっと見てみたいっていう日本人の気持ちが」
「ああ、ヤス殿のアニメで良く出てくる、お椀に盛った白い食べ物でありますか。あれが米というのですね」
「そうだよ、あの水田に生えてるやつ」
「あれは麦でありますよ?」
……麦?
「……麦ってどうやって育てて食べるんだ?」
「そうですね、まず秋の終わりごろに乾かした田んぼに種を撒いて」
麦だな。麦は秋撒きだから。
「春になったら、水田にああやって水を入れるのであります」
あ、米かもしれん。乾田直播っていう似たような方法で育てる場合もあるって聞いたぞ。
「秋になったら水を抜いて乾かして収穫して」
ほら米だよ。麦って確か夏頃収穫だし。
「そしてほら、写真にも写っている水車を使って粉にするのであります」
「……そのまま煮たり炊いたりして食わないの?」
「貧しいところではそんなやり方をすることもあるようですが……煮てもおいしくありませんよ? パサパサしてますし、味気ないし」
うーん、それじゃあ麦か。米だったら煮ただけでもうまいもんな。炊いたらなおよし。
「あの田んぼひとつでどれぐらい収穫できるもんなの?」
「詳しくは知りませんが、1家族の1年分以上になると聞いたことはあります」
やっぱ米じゃね? 麦ってあんまり収穫量なかったらしいし。
「麦は他にも酒の材料につかいますね」
米だよ。酒米ってあるじゃん。いや麦も大麦はビールに使うけど!
「でもやっぱり大抵の使い道は、粉にしてパンとか、焼き菓子とか、麺とかでありますねえ」
あ、じゃあ麦かなあ……パンに向いてる米もあるらしいけど……何より、俺がトワの言葉を聞いて麦だって翻訳されている以上、どちらかというと麦に近いんだろう。
「久しぶりに異世界って不思議だなと思ったよ。米のような麦……そういう植物もあるんだな」
「自分は、ジラッターの良さを改めて認識しました。城の中にいても、領地の様子がこうしてよく見える」
トワはタイムラインを更新しながら微笑む。
「今年はきっと豊作であります」
「だといいな」
「これを早く、リサ様にも体験してもらいたいです」
リサ。ヴァリア家のお姫様、メリッサはトワネットのPVにずいぶん理解を示していた。
「俺もジラッターを楽しんでもらうのを楽しみにしてるよ。もうすぐだろ、街道の整備」
「で、ありますね」
マツニオン領とトゥド領までの街道、その基地局の整備がもうすぐ完了する。
「トゥドの、まずはエスリッジ家の屋敷まで。その後はヴァリア家にご挨拶であります」
「やっぱ、あの城の天守に置くのが目立っていいよな。トゥド領で一番高い建物らしいし」
許可を貰わないといけない。そのためには、これまでの事業の成果などを示す必要がある。と、いうわけでまたトゥド領まで行かなければいけないわけだ。
「近いし、陸路で行くのか?」
「ええ~、わしの背中でいいじゃろ?」
ジーラが不満そうに言う。
「どっちの方が早くつくんだ?」
「わしじゃろ~?」
「ジーラ殿に頼むにも、港までは陸路なので……うーん、ややジーラ殿が早いでしょうね。しかし、ジーラ殿というかつての脅威をあまり見せびらかすのは、悪印象かもしれませんので……」
「ええ~! わしはヤスキチを乗せたいぞ! いやじゃいやじゃ、ヤスキチはわしに乗るんじゃ!」
じたばたと手足を振り回して抗議する。子供か。……そういや何歳なんだろう。聞くの怖いわぁ。
「あ、ダメだ。俺を乗せるとジーラの本体と魂が、そろってトワネットの範囲外に出るだろ? そしたらジラッターがサービスダウンするぞ」
「なんじゃと? ……た、確かにそうじゃの……」
ジーラはしょんぼりと肩をすくめる。
「残念じゃが、ジラッターを止めるわけにはいかんのう……」
「そうだな。ジラッターに繋がらないとか災害に等しい」
「そういうものなのでありますか……?」
というわけで、陸路で行く。そういう話でまとまったのだが──
「海路で行け」
トワがそれをロナンに報告したところ、ひっくり返された。
「えっ。しかし兄様、ジラッターを維持するには……」
「ダイモクジラを使うなら、海上にいるのはせいぜい数時間といったところだろう。その程度、我慢させればよい」
マジ? その我慢って領民の皆さんに言ってる? 一番我慢するのは俺なんだけど?
「我慢すればよい」
はい。
「港までは同行してやろう」
「兄様が守ってくれるなら心強いのであります」
そこまでされると断るのも難しくなり。結局、初めてジラッターサービスメンテナンスの告知を流して、海路でトゥド領に向かうことになるのだった。
いやーシスコンすごいわ。たったこれだけの距離を送るだけなのに、武装した部隊を引き連れていくんだもん。どんだけだよ。
「トゥドについてすぐ工事……ってわけにはいかないよな?」
「そうでありますねえ」
「しょうがない。メンテ時間、多めに告知しておくか……」
◇ ◇ ◇
トゥドの港にジーラの本体が姿を現すと、またもや港には見物客が溢れかえった。ジーラが潮を吹くと大歓声が上がるあたり、トゥドの領民はお祭り好きなのかもしれない。
「よくぞ無事に到着した」
トゥド領内のエスリッジ家の屋敷。相変わらず安楽椅子に身を預けたトワの父、ネモ・エスリッジが、到着の挨拶をしたトワをねぎらう。
「はい。父様も調子がよろしいようで」
「すまぬが、話は後だ。ここがトワネットに繋がるまでに基地局があと4つ、だったか? さっそく基地局の設置をしてもらおう。土地の使用許可は取ってある」
「えっ。ええと、はい、ではすぐにでも」
ジーラに乗って移動したのはトワだけではなく、基地局の資材や設置する職人も含まれている。
「いや、すでにトワネットには繋がるのか? 確か設置の精度はあまり重要でないと聞いたが」
「混乱を防ぐため、移動時は封魔液を塗った布をかぶせております。設置場所に持って行って、布を取れば繋がると思いますが」
「では、布を外して作業するように伝えてくれ」
「分かりました」
指示を飛ばしてしばらくして、ジーラがぴくりと動く。
「つながったのじゃ」
「では……『ジラッター』」
ネモは唱えて、しばらく宙に目をやる。チュートリアル動画を見ているのだろう。
「……なるほど。報告を受けていた通り。ゼインに対する告発が至る所で見つかるな」
ネモはこめかみを揉む。
「そして、あの方の読み通りか。さすが千年以上ナイアットを支配してきた家系だけある」
「父様……?」
「……始まっていたか。これを見るがいい」
ネモが映像を表示する。これは……ジラッターのツイート。
@中通りの男
おっ、復旧しましたね。いや~、長かった。おかえりなさい、ジラッター。
@種まきのボブ
やっとつながった! 見てくれ、このオラの田んぼ。このご時世にどこと戦をするって言うんだ? 助けてくれ!
[動画:水を抜かれた田んぼ。麦を踏みつぶして陣を張る騎士たちの遠景]
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@中通りの男
えっ、これはゼイン様の部隊では? こんな時期に一体何を……
@畦直しのプラム
港町から来る部隊を叩くって騎士様から聞いたけど、どこと戦うにしても迷惑だよ。朝から騎士様の食事ばかり作らされて腕が痛いね。
@傘職人一年目
は? 海から敵が来るの? どこの領?
@木陰太郎
ジラッター復旧したと思ったら、何が起きてるんだ。戦とか勘弁してほしい
@種まきのボブ
村の倉庫も空っぽだ。全部騎士様に提供したけど、補填はないらしい。村は終わりだ
[画像:空になった食糧庫]
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@中通りの男
このツイート大丈夫ですか。相手方に気づかれてないですか?
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@種まきのボブ
あの田んぼまでは、トワネットはまだ届いてねえんだ。でもそうだな、気を付ける。
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@咎人
ジラッター禁止令出てるから気づいてないと思う。
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@咎人
もしかしたら気づいてる騎士はいるかもしれないけど、そんなこと言えないだろうし。
「港町から来る部隊を、叔父様が叩く……?」
「港町から敵が来るってことか?」
「こんな平和な世の中に、そんなこと。それに自分たちが港に行ったとき、そんな集団は影も形も……」
トワは、ハッと息をのむ。
「……まさか、兄様を!?」
――港町まで俺たちに同行したロナンの部隊は、城へ引き返していく。
「であろうな」
「な、なぜでありますか!? 叔父様は兄様を領主にしようとしているのに、それを襲ってどうするというのですか!?」
「お主はそう考えていたか……いや、娘が冷徹なものの考えを身につけていなかったことを喜ぶべきか」
ネモは力なく笑い、表情を消す。
「ゼインはな、自分が領主になりたいのだ。あるいは実質的な支配者になりたい。ロナンがゼインの言うことを聞くようであればよかったのだが、あれは嫁よりも妹の方が大事だからな」
シスコンすぎて傀儡にならない……ってことか。
「ゆえにゼインはずっと、ロナンをどうにかする機会をうかがっておった。ロナンが儂の後を継げなければ、ゼインの家系が領主となるはずだったからだ。だが……ここにきて、トワ、お主が大手柄をあげた。領主を継いでもおかしくないほどのな」
「し、しかし自分は魔力量が……」
「養子を取るという手もある。英雄の子になれるのであればどこも喜んで手を挙げるだろう。……少なくとも、ゼインには見逃せない可能性となったわけだ」
困惑するトワに、ネモは続ける。
「そのうえトワネットとジラッター。これからはどんな離れた土地の情報も即座に全世界に伝わる時代になる。妙な動きをすればすぐに伝わる。……だから、これが最後の機会とみたのだろうな。ジラッターが停止するという時間を」
「まさか、兄様は」
「港町までトワを送り、ジラッターを止めたのはゼインへの罠よ。しばらく前にここにロナンが来て、直接説明された」
ネモは深く息を吐く。
「マツニオンの未来のため、後顧の憂いを断つと。……危険な賭けだ。何より身内同士の争いなど見たくない。計画を止めるように言ったが、ロナンの意志は固かった。……ゼインが軽挙を慎み、何事も起きないことを祈っておったが」
@種まきのボブ
出発してった
[動画:田んぼを後にする騎士たち]
@麦刈りマスターのカール
[動画:ゼインが騎士たちに何か演説している遠景]
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@中通りの男
やばいですよ
「……そうはならなかったか」
「父様……」
「……ゼインへの心の声が通じぬな。無視、されておるか? であれば……ヤスキチ殿。ジラッターの本人アカウントを発行していただけるか?」
「あ、ああ。いいよ」
「発行したのじゃ!」
ネモはジラッターを操作する。
@ネモ・エスリッジ
マツニオン領主、ネモ・エスリッジである。トゥドで体を壊してから療養が続き、領民の前に姿を見せられていなかったこと、心苦しく思っていた。
@ネモ・エスリッジ
今日、トゥドのエスリッジ家の屋敷までトワネットが開通した。これによりトゥドに居ながらにして、マツニオンに声を届けることができ、マツニオンのことを知ることもできる。
@ネモ・エスリッジ
であれば、もはや領地の運営に代行者の必要もなし。今この時をもって、ゼイン・エスリッジの領主代行の任を解き、ネモ・エスリッジが直接、マツニオンの運営を行おう。
@ネモ・エスリッジ
To: @ゼイン・エスリッジ
先ほどの告知の通り、貴殿の領主代行の任を解く。長い間ご苦労だった。
──リモート領主じゃん。って、のんきに考えてる場合でもないか。
「……兄様はトワネットの敷設された街道沿いを移動しているはずです。叔父様もトワネットの範囲内に入れば、事態を知って……そうしたら二人とも、手を止めて……」
「儂がゼインならば……仕掛ける前に、基地局に封魔液を塗る」
「ッ……」
トワがすがるように俺を見てくる。……しかし。
「……街道の基地局は、まだ最低限しか設置してない。そのうち一つでも潰されたら、トワネットは分断される」
設置が簡単だから障害に強いのがトワネットの特徴──だがそれは十分に普及してからの話だ。
「に、兄様に知らせなければ! もしくは叔父様に、思いとどまるよう進言を。トワネットなら直接声を届けることが──」
「ヤスキチの言った通りじゃの。港町方面からの書き込みがぱったり途絶えたのじゃ」
ジーラが言い、トワが青ざめる。ネモが、深く息を吐いて背もたれに沈んだ。
「ジラッターの儂のツイートを見て、手を止めてくれればと思ったが……ゼインよ……」
明日も更新します。




