ツイ廃と不審者
「叔父様がプチ炎上しとる」
「プチでありますか」
「この程度はプチだろ」
それはトワが叔父様ことゼイン・エスリッジをフォローした夜のことだった。女性蔑視というか魔力差別みたいな印象を受ける一連のゼインのツイートがジラッター民の反感を買い、うっかり引用リツイートで批判してしまった人が発端となって、炎上している。
この世界に来て一番長い夜だったかもしれない。炎上のパワーってすごいわ。みんな夜中も起きていられるもんなんだな。
「トワの方が次期領主にふさわしい、とかそういう流れになってるぞ」
「それは……困ったのであります。寝直して夢だったことにしたいぐらいであります」
トワは眠い目をこすりながら、ベッドから身を起こす。
「とりあえず、その気はないという手紙をしたためましょう。あとはジラッターでもそういう発言を……」
「それも必要かもしれないけど、今回のターゲットはトワじゃない」
叔父様が目の敵にするもの、それは──
「ジラッターを攻撃してくるはずだ」
「ジラッターを……?」
「匿名アカウントが、結構言いたい放題に批判してたからな」
匿名のパワーに民衆が気づいてしまったのか、だんだん大胆な意見や批判が出るようになっていた。いくら名を名乗れと言われたところで、素直に身分を明かす必要はないし。世が世ならゼイン様チャレンジが始まってたな。
「だから、ジラッターを潰しに来るはずだ」
「なるほど……ジラッターがなければ、似たようなことはもう起きない……確かにそう考えるかもしれません」
トワは頷く。
「であれば、ダラス殿の出番であります。連絡は?」
「それが、トゥド領に出張してるところでさ」
法学者のダラスの主戦場はマツニオン領ではない。法令がトゥド領のヴァリア家から発せられる以上、法案を通すため戦うにはトゥド領内で動く必要があった。
「ハイラムさんに頼んでトゥドまでの速達郵便を送ったんだが、ダラスさんがこっちに来るまで急いでも1日かかる」
まだマツニオン領とトゥド領間の基地局設置は終わってないから、ジラッターで連絡はできない。
「というわけでさ……せめて明日まで叔父様と面会しないようにできないか?」
「それは……難しいですね」
「トワが体調不良とか言ってさ」
「それを聞く叔父様と思いますか?」
「思わな~い」
トワがマジで重病でも騎士たちに引きずり出させそう。
「困ったな。何か方法はないか?」
「わしがガツンと言ってやろうかの?」
ジーラが胸を張って言う。……いやあ、その姿じゃビビらないだろうしなあ。
「うーん。叔父様より立場が上の……例えばヴァリア家からのお呼び出しでもあれば、大義名分は立ちますが」
「じゃあ呼び出されたことにして」
「いやあ、ヴァリア家の名を騙った、なんてなれば重罪であります」
ですよね。
「困ったな」
「困ったのであります」
「人間は大変じゃの~」
俺とトワが首をひねり、ジーラが呆れたように言う。そんな時間に──
「失礼します、トワイラ様」
ノックをして、返事も待たず扉を開けるメイドのロレッタ。
「急ぎ、お耳に入れたいお話が」
「叔父様から呼び出しでしょうか?」
「いえ」
ロレッタは首を振り、真剣な目で答えた。
「──教会関係者が、ジラッターについて話を聞きたいと城に来ております」
ヤダー! 宗教コワーイ!
◇ ◇ ◇
「俺、この世界の教会というか、宗教とか全然分かんないんだけど」
慌ただしく準備するトワとロレッタ。俺とジーラは何も手出しできない……ので、知識面の準備をする。
いやあ、政治、宗教。いやだいやだ。こんな可燃性の高そうな相手を対処しないといけないだなんて。
「叔父様より偉いんだ? 教会って」
「もちろん程度によるのであります」
トワは着替えに手を通しながら答える。
教会関係者は、身分に関係なく敬うべき存在らしい。とはいえ実際のところは大きな権力があるわけではなく、街の司祭程度なら領主が下手に出る必要はないとのこと。もちろん、無法をすれば全国の教会関係者が黙っていないそうだが。
「教会のトップは、西の都、ヤコクにお住まいになられる神子様であります。ナイアット一の魔力を持つ、いにしえから代々続いている家系。かつての戦乱の時代……よりも前の時代では、神子様がその魔力をもってナイアットを治めていたのであります」
ナイアット一の魔法使い一族か。
「神子様に代わって、神守としてナイアットを統治するようお言葉を賜ったのが、戦乱の世を統一したヴァリア家。ですので、ナイアットで一番偉いのは神子様なのであります……建前上は」
「武力的、実質的にはヴァリア家が一番ってこと?」
「であります。神子様がいくら魔力に優れていても、数には勝てませんので」
一人の人間にできることには限りがあるってことか。
「ですが今でも神子様の人気は絶大で、ひと目でいいからご尊顔を拝見したい、というのは貴族でも庶民でも同じであります。今の代の神子様はお年を召されていて、もうずいぶん長い間神殿から出られていないそうですが……」
「ふーん……トワは?」
「神子様を尊敬はしていますが……自分は、あまり神様を好きではないので、なかなか」
トワは苦笑する。
「神様への信心が強ければ、魔力を得られる……それが事実であれば、どうして自分の魔力量は芽吹かなかったのでしょうね。大学では、あんなにも、必死になって祈ったのに」
手のひらをじっと見つめるトワの表情は──今まで見たことがないほど寂しげだった。
「あー……大学って、教会が運営してたりするのか?」
「ハイジェンス大学はそうであります」
通りで宗教色の強いデザインの建物だと思った。
「えっと、タブーとかあったりする? 神様を批判すると打ち首とか?」
「そんな心の狭い神様がいたら怖いのであります」
トワはクスッと笑う。
「世界を作られた主神はすでにこの世を去り、人間に後を任せています。だから人間がいくら悪口を言ったところで、主神には届かず、気にもされないのであります。ましてや人間が罰するなど、神になったつもりかと言われてしまいますよ」
「へえ、意外とゆるめなんだな」
「魔法を授ける火の神、水の神、風の神も、どんなに人間が文句を言ったところで気にすることはありません。──祈りを聞き届けないのと同様に」
超常の存在は人間のことなど気にしない、か。……ジーラもそんなところがあるな。人間の書き込みを見るのは好きでも、肩入れはしていない。
「もちろん神々も怒るときは怒りますが、それは神の都合で神のみぞ知ること。人間の悪口程度では何も起きやしません。教会に対しても、魔法と神様、そして神子様に敬意をもって接すれば問題は起きませんよ。ヤス殿なら大丈夫」
「本当に大丈夫か? 特別な挨拶とかあったりしない?」
「教会関係者との挨拶の時は、お尻を出す必要があるのであります! ──なんてイタズラを仕掛けないぐらいの気構えがあれば大丈夫であります」
一瞬考えちゃったよ。
「半ケツ挨拶じゃなくてよかったよ。それで、これから会う人はどれぐらい偉いんだ?」
「それが、よく分からないのでありますよ」
トワが首を傾げると、ロレッタが説明する。
「西の方から旅をされてきた教会関係者ですが、名前や身分は明かせず、できるだけ内密に会いたいとのことで……」
「何それ、怪しくないか?」
「城下の教会の司祭から、身元を保証する旨の手紙を預かっています」
なるほど……なるほどね?
「逆に嫌な予感しない?」
「気が合うでありますね。はっはっは」
◇ ◇ ◇
『あやし~い!』
問題の人物と対面して、俺は思わずトワにそう呼びかけた。
@ブッキー
やべーやつと顔合わせなう
ジラッターにも呟いた。
城内の客室で待っていたのは──顔の前に変な模様の布を垂らしたオッサンだった。なんでオッサンと分かるかというと、髭の生えた顎だけがチラッと見えるから。
「やっ」
そんでもって、手を挙げてめっちゃ軽く挨拶してくる。側に控えている数名の護衛が、何か諦めた顔をした。
「突然お邪魔して悪いね~。オジサン、どうしてもトワチャンとお話ししたくってさ」
良い声してるけどめっちゃ軽薄だな。
「あ、ええ、ええと、トワイラ・エスリッジと申します」
「礼儀正しいんだね。でもコレ、非公式の場だからかしこまらなくて大丈夫だよ。ね?」
「ハイッ!」
オッサンが背後に控えている、栗毛の髪をボリュームたっぷりに伸ばした女騎士に問うと、彼女は背筋を伸ばし虚空を見て返事をした。
「エリカはここで若様など見ておりませんッ!」
それを聞いて、オッサンの他の連れが「あちゃ~」みたいな空気を出す。
『大丈夫かこの人。今の一言でいろいろ察せる気がするんだが』
『……神子の一族に仕えるラプラス家に、エリカという名の女騎士がいると聞いたことがあるのであります。ふもとを荒らす大熊を、身体魔法による腕力強化を用い、巨大な剣一本で切り裂いた豪傑とか』
パワー型すぎる。ほっそりしててとてもそうは見えないけど……いや鎧の下の胸はすごい盛り上がってるが。魔法ってすげえ。
『えーと、てことはこのオジサマは神子の家系なわけ? 若様って年でもなさそうだけど。……情報魔法で正体分かったりしないの?』
『以前お会いしていれば区別はつきますが、初見ではどうしようもありません。失礼のないように接するしかありませんね』
怖いなー。
「……わかりました。私の隣にいるのは、ツツブキ・ヤスキチ様。異国から来られたお客人です」
「お、じゃあキミがプリントTシャツの考案者かな? 街で同じの売ってるの見たよ。ね?」
「ハイッ! エリカは5着買いました!」
「それは、どうも」
グゲン商会が繁盛しているようで何よりだよ。あとエリカはTシャツ着たら柄が歪みそう。
「んじゃ、ヤスチャンの隣にいるのが……」
「はい。ダイモクジラの映像であります」
「ジーラと呼んでよいぞ!」
ジーラは腰に手を当てて胸を張る。
「知ってるよ。いやあ、会えてオジサン嬉しいな」
オッサンはそう言って……笑ってるんだろうか。布の後ろでよく分からないな。
「そちらはどのようにお呼びすればよいでしょうか」
「オジサンは、オジサンで構わないよ?」
「さすがにそれは……」
「なんじゃ、名前で呼べばよかろう?」
トワが口ごもると、ひょいとジーラが横から首を突っ込み──
「こやつの名前は、ひげマスクマンじゃろ?」
とんでもないことを言った。
『いやいやいやいや! どう見てもひげだしマスクのマンだけど、さすがにそれはまずいだろ! ほらオッサンたちも固まってる!』
『なんでじゃ? こやつが自ら名乗っておるんじゃぞ?』
『いやそんな名乗りは一度も──』
──自ら。
「……ジラッターのアカウント名か?」
「じゃぞ?」
ジーラが肯定する。と、オッサンの付き人たちが一斉にハッとなって空中に視線を飛ばし始めた。あれは……ジラッターを操作してるな?
「あちゃー、内緒にしてたんだけどな。ジーラチャンには筒抜けか、まいっちゃったね」
オッサンは頭に手をやりながら笑う。
「なんじゃ、内緒じゃったのか? それは悪かったの」
「いやあ、いいんだよ。アカウントは消してまた作り直すからさ」
「あぁぁ……」
付き人たちから小さな悲鳴が漏れる。今まさにアカウントを消したっぽいな。
「ええと……それでは、オジサマ。今回のご来訪の目的はなんでしょうか?」
「ん? ああ、そうだねえ」
オッサンは顎を撫でる。
「──時代が変わる瞬間を見に来た」
「へっ?」
「いやあ、マツニオンまで来る予定はなかったんだけどさ。トゥドで噂を聞いて、つい足を延ばすことにしたんだよ。オジサン、どうしても気になっちゃって。トワネットと、ジラッターが、さ」
付き人たちの表情を見ると、疲れた感じがしている。予定外の遠出というのは本当そうだ。……エリカだけは変わらず虚空を見つめているが。なんか怖い。
「特にジラッターはすごいね。ちょっとフォローしてタイムラインを眺めていた程度だけど、可能性は十分に感じたよ。誰もが身分を気にせず意見を言える場所……これはきっと、時代を変える」
オッサン、なかなか分かってるじゃん。
いやー、ジラッターとかけしからん! って言われるんじゃないかと思ってたんだけど、なんか風向きが違うな?
「だから、オジサン個人としてはもっとトワネットを広めてほしいんだよ。それこそ、農村にも。基地局の設置場所なら、教会を使えるように手配するから、お願いできないかな?」
「それは……こちらとしても、ありがたい申し出ではありますが」
トワは身構える。
「材料費はともかく、基地局の製作には炉や人手などお金がかかります。であれば、利用者の多いところを優先するという事情もご理解いただきたく」
「うーん、わかる。わかるけど、オジサンなんとかして欲しいな。農村の人たちにも、ジラッターの素晴らしさを知ってほしいんだよね」
『このオッサンいいヤツだな』
『ヤス殿はチョロすぎであります』
そうかな。
「近く、基地局の設計図は公開予定です。教会の方で普及してくださると、早くナイアット全土にトワネットが広がるかと思いますが」
「それじゃ、1カ所だけ、モデルケースとして設置をしてもらえないかな? マツニオン領内に、こういうことに興味のある教会がひとつあってね。もちろん、タダとは言わないよ。オジサン、いいこと考えてるんだよ」
オッサンはスッ……と、指をジーラに向ける。
「ジーラチャンのために」
「わしにか?」
「そうそう。ジーラチャン……ダイモクジラはこれまで、内海でいくつもの船を、何人もの人々を沈めてきた。今はトワチャンが調伏した、っていう英雄的な話が盛り上がってるから、ダイモクジラをトワチャンが管理することに大きな反発はない。けど……」
オッサンは、少し声を低くする。
「ダイモクジラに大切な人を奪われた遺族は、その怒りを忘れていない」
それは、そうだろう。そのことを忘れたことはない。……俺は。
ジーラ、人を超越した魔獣には、今でも人の命を奪ったことに対する負い目や反省はない。存在のスケールが違いすぎるからだろう。
それは、構わないと思う。俺だけはジーラの気持ちもわかる。もしTwitterのない眠れぬ夜が続くようだったら、気が狂っていただろう。そして実行できる力があるなら、似たようなことだってしたかもしれない。
だが被害に遭った人たちにとって、ジーラは仇であり続ける。
「……ヴァリア家には、ダイモクジラに手出し不要との触れを出してもらっています」
「貴族は従うだろうね。今更ジーラチャンを討伐したって、何のお金にもならないからさ。でも、金なんて関係ない、恨みで動く人間には効果がないでしょ?」
ダイモクジラ保護のためヴァリア家の出したお触れは、これ以上ダイモクジラに手出しをしなくていいよ、という内容。実のところ討伐してしまっても、お咎めはない。
「なんじゃ? わしが人間ごときにやられるとでも?」
「や、オジサンはそうは思わないな。でもジーラチャンの代わりに、トワネットとジラッターに標的が向くかもしれないよ? 怨敵ダイモクジラの魔術に取り込まれるな、なんて言ってさ」
……ありえるな。幻惑石の特性的に多少基地局を壊されてもネットワークは止まらないんだが、壊される数が増えれば不通になる場所も出てくる。いずれサービスダウンが致命的になった時にやられた日にはたまらない。
「そこでさ、提案なんだけど」
オッサンは、ぐっと身を乗り出す。
「教会がジーラチャンのこと、魔獣じゃなくて神の力を授かった獣──神獣だって認定するのはどうだい?」
神獣……。
『って何が違うんだ?』
『神獣とは神が人間に遣わせた獣であります。魔獣と違って、人の役に立つため、神の使命を持った存在、というところですね』
『そんなのいるんだ』
『まさか、伝説の中の存在でありますよ。あまりに手に負えない魔獣を、一定の縄張りに閉じ込めて霊獣として祀ることは今でもありますが……例えばノガ領のアシナガシロジカは、霊獣として有名ですね』
魔獣や霊獣は熊みたいなもの、神獣は話の分かる犬みたいなものか?
「教会の影響力だって捨てたものじゃないよ? 神獣ともなればジーラチャンを守ろうって人間も出てくるだろうし。すぐに、ってワケにはいかないけど、どうかな?」
批判の矛先も分散されそうだな。これを持ち出すということは、このオッサンにはそれができる見込みがあるんだろう。
そしてその代わり、村にトワネットを引いてほしい、と。……なるほど。
『トワ。受けていいと思う。後々、指摘されたような問題が起きるとは考えてた。そのためにジラッターで稼いだ金で遺族年金用の基金を作る、ってことも計画してたし、そこからちょっと切り崩そう』
『……わかったのであります』
トワは頷く。
「そういうことであれば、依頼をお受けするのであります」
「そう? いやよかった、オジサンも嬉しいよ」
オッサンは布の後ろで安堵の声を出す。
「いやあ、無理を言って悪かったね。オジサンにもうちょっと自由があれば、ちゃんとした報酬も出せるんだけどさ。今のオジサンにできるお礼は少なくてねえ」
おっ。もうちょっと要求していい感じ? なら。
「じゃあさ、オッサンにちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「おっ、なんだいヤスチャン?」
いや本当に、簡単な話なんだよ。
「もうちょっと話してかない? ……夜ぐらいまで」
たぶん、そのぐらいにはダラスさんも到着すると思うからさ……。
明日も更新します。




