ツイ廃はステマに対しては人一倍に敏感であった
【マツニオン領トナミナウの街、大通り、グゲン商会系列、プリントTシャツ店前の様子】
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。トナミナウ発の新しいファッション、プリントTシャツはいかが? 裁縫や染めとは一味違う、パリッと輝く絵柄は目立つこと間違いなし。土産に、普段着に!」
城下街の大通りで、真新しい看板を掲げた店舗が複数の吟遊詩人を雇い、声で、情報魔法の映像で客の呼び込みをする。
「例えばこんな面白い絵柄を着こめば、笑いが取れること間違いなし!」
商人が間抜けな絵柄のTシャツを掲げると、吟遊詩人がそれを拡大して上空に映す。
「家族や仕事仲間に、そしてジラッターで自慢しよう!」
「ちょっと話を聞かせてくれないか」
口上を述べる商人に、旅装の男が近づいて声をかける。
「はい、なんでしょう?」
「いや、俺ぁ今日こっちに来たばかりなんだけど、ここの店の映像は通りの向こう側っからもよく見えた。あんな遠くから見えるなんて、どんな魔法なんだ?」
「なるほど、兄さん、トナミナウは初めてで? ではお城の天守を御覧なさい。屋根に変なものがついているでしょう。あの基地局ってやつのおかげで、トナミナウでは距離を気にせず情報魔法が使えるのでさ」
「そんなことが? 信じがたいが……」
「それなら『ジラッター』と唱えてみたらいい。ジラッターは誰でも使える、様々な情報の集まる場所。あの基地局があるところなら、どこでも使えるのさ。さあさあ、みんなご注目! 兄さんが初めてジラッターに接続するよ!」
通りや店舗の前にいた人々が旅装の男に注目する。男は照れて頭を掻いた。
「こんなに注目を集めたのは、頭をぶつけて謝った相手がただの木だった時以来だ。乗せられよう、なんて言うんだって?」
「ただ一言、ジラッターと」
「そうかい。それじゃ……ジラッター」
男が言うと、その眼前に大写しに映像が展開される。出現したのは縦長のUIと、そして──藍色の髪をツインテールにした少女。
『ようこそ、ジラッターへ! わしはジラッターの案内人、ダイモクジラのジーラじゃ!』
ジーラが己を親指で指して名乗る。
『ジラッターは身分に関係なく誰もが己の呟きを自由に投稿でき、またそんな他人の投稿を見ることができる場じゃ。お主の書いたことが世界中で見れるようになるわけじゃぞ? 面白いじゃろ!』
ジーラはトコトコと歩き、手を振りながら語る。
『お主の思ったこと、お主が見たもの、思うがままに投稿するがよい! さあ、始めるのじゃ。まずは投稿の際に使う名前が必要じゃの。本名でなくてよいぞ。名乗りたい名を名乗るがよい!』
「えーっと、どうしたらいいのかな」
「後から変えられるから、適当に……旅人さん、でどうだい?」
「じゃあ、そうしよう」
男が頷く。
『ようし、名前が決まったの。ま、匿名じゃから安心して使うがよい。節度は必要じゃがの。おっと、それじゃまずは他の人間がどんな呟きをしているか見てみるかの? 今日のおすすめアカウントはこれじゃ!』
ジーラが腕を振ると、いくつかのジラッターアカウントがピックアップされて宙に表示される。
『選んでフォローすると、その者の呟きがお主のタイムラインに表示されるようになるのじゃ。わしのおすすめは、@トワネットサポート公式、それから@ジラッターサポート公式じゃ。困ったときは尋ねるとよいぞ』
「兄さん、ぜひうちの店舗アカウントもフォローしてくださいよ。今ならフォローしてくれた人に、Tシャツ1枚3割引きのキャンペーン中でさあ」
「商売がうまいねえ。これでフォロー? できたかな?」
男はUIを操作してアカウントをフォローする。
『ようし、あとは思うがままに呟くがよいのじゃ。何を呟いたらよいかわからぬなら、問うてやろう。「いまどうしてる?」とな! では楽しむのじゃ!』
ジーラが手を振って、映像が消える。
「なるほどねえ。さてなんて呟くか」
「兄さん、ぜひTシャツを着て、その姿を投稿したらいかがでしょう?」
店員は店頭に置かれた大きな姿見を指す。鏡の周りには、『Tシャツを着て、ハッシュタグ #プリントTシャツ をつけて画像と一緒に呟いたら2割引き!』のポップ。
「合わせて半額か。商売上手だねえ。けどさすがに新品は無理だよ」
「もちろん、古着を加工したものもありますよ。なんなら兄さんの服を預かってプリントするサービスもある」
「へえ、そりゃいいね。でもトナミナウにはあまり滞在していられないから……それじゃ、その猫の柄のやつを一着もらおうかな」
「毎度! さあどうぞ、着替えのスペースがありますよ」
「いやいや、こちとら男だ、上着ぐらいここで着替えちまうさ。へえ、こりゃ服としてもゆったりしていいね。夏にはピッタリだ」
「いいデザインでしょ? おかげで人に合わせて調節する必要もないんでさ。さあさあ、兄さん、せっかく着たなら鏡の前に立った立った」
「はいよ。これで撮影すればいいのかな? おおっ、なるほど、画像が残るとはすごい情報魔法だな。これをジラッターで呟けばいいんだな」
「#初めてのツイート、ってハッシュタグもおすすめですよ、兄さんに興味を持った人がフォローするかも」
「はっはっは。物好きしかフォローしてくれなさそうだな。ようし」
@旅人さん
トナミナウの街で新しい服を買ったぞ #初めてのツイート #プリントTシャツ
[画像:呆然とした顔の猫のプリントTシャツを着た男性]
◇ ◇ ◇
「ステマじゃねーか」
「どうかされましたか、ヤス殿?」
マツニオン領、トナミナウの城、トワの私室。そこでタイムラインを眺めながら独り言を言ったら、トワに突っ込まれた。
「いや、ハイラムが上手くジラッターを活用してるって話だよ」
あの商売人、本当にセンスあるわ。扇子持ってるだけに。
「だがステマはいかんな、ステマは……まあ今はジラッターを活用して儲かってもらわんと困るからいいけど、後々ダラスには広告に関する規制の法律も作ってもらわないとな……」
トナミナウの街に数か所基地局を設置して、数日。トワネットを経由してのジラッター利用者数は順調に増えていた。まだまだおっかなびっくり、よほどのことがないと書き込まない……という感じだが、なあに、そのうちツイ廃……ジラ廃が生まれて永遠に呟き続けるようになる。そうしたらタイムラインを見る楽しみも増えるということだ。
そんなジラッターの成長の様子を、俺たちは引きこもって見ている。……いや、基本的に俺たちが外に出る必要ないから……基地局の製造も設置も、他の職人がやってるし。それに俺には他のサービスの開発の他に、@トワネットサポート公式、@ジラッターサポート公式としてユーザーサポートをするという仕事もあるからな。
結局こっちでもサポセンお兄さんだよ。でも仕方ないじゃん、俺しかTwitter分かんないんだし。
「難しい話をしとるのう」
隣に座っていたジーラが、ぐいーっと体重をかけて寄りかかってくる。重い。
「しかし、それがヤスキチのすごいところじゃな! この一日に流れ込んでくる新鮮な情報量! これがこれからもっともっと増えるんじゃろ? ヤスキチは天才じゃな!」
ジラッターの利用者は増えている。俺が望んだとおりに、様々なツイートがされはじめてきている。喜ばしいことだが……なんか、ちょっと物足りない気もする。俺が毎日見てたTwitterと何か違うような。
それに――
「昼のツイートは結構あるけど、夜はみんな寝てしまうから、タイムラインが静かだってのが問題だよなあ」
全世界に普及させれば、時差の関係で常にタイムラインが更新されるようになるが……いつになることやら。いや、そもそもナイアット以外に人類って存在するのか?
とにかく、今のジラッターはまだまだ未成熟すぎて、俺の世界のTwitter仕込みの火力で行くと燃えそうだから気軽にクソリプが送れない。早くみんな慣れていってほしいもんだ。
「夜なら、ヤスキチがいろいろ見せてくれるから退屈しないのじゃ」
いやー、まとまったコンテンツとして出せるのには限りがあるからなあ。アニメって1期まるごと見ても5時間半とかなわけでさ……感想とか話して時間を稼いでも、一晩で1クール終わっちゃうんだよな。早くジラッターに情報が溢れてくれないと困る。
ん……コンテンツ? そうか、それか? Twitterって単なるつぶやきだけってわけじゃなくて、もっとこう……。
「仲がいいようで、羨ましいのであります」
「おう、羨ましいじゃろ~?」
トワがボソッと言うと、ジーラが首に抱き着いてくる。
「ヤスキチと触れ合えるのは、同じ魂の存在であるわしだけじゃからの~!」
同じ、らしい。
俺はどうやらトワによって作られた映像ではなく……ジーラと同様、魂を情報魔法の殻で覆っている状態で……ジーラによると、俺とジーラの魂を結びつけることで、この状態を維持しているのだそうだ。
となると──
「ヤス殿の魂と結びついているのは、自分も同じであります」
俺の魂は、どうやらトワの魂に結びついているらしい……という仮説が立っている。
「そうじゃの。でも触れ合えるのはわしだけなのじゃなあ」
「あー、そういえば、ハイラムは吟遊詩人を使ってうまく宣伝をしているみたいだが」
話題を変える。俺にだって危険感知ぐらいはできるんだ。
それはともかく、吟遊詩人だ。店の前で映像を映しての宣伝もしているし、旅人を装ってはTシャツとジラッターの宣伝……やらせ、ステマをしている。あの兄さんアカウント作るの何度目だよって話だ。
「便利だよな、情報魔法での広告。通りに映像を投影したり、広く呼び掛けたりさ。なんで吟遊詩人ってそんなに地位が低いんだ? 下賤な職業、みたいな感じにみんな言うけどさ」
「あー……これまでも広告としての映像を魔法で出す仕事はあったのでありますが、距離が短かったのであまり効果がないのと……あと……その、ふつう吟遊詩人の主な稼ぎというと」
トワはもにょもにょと口を動かす。
「えっと……若者にですね……こう、夜にしか知りえない……その……女の人の体の映像を」
「話は変わるんだが」
はいはいエロ画像ねなるほどね河原に捨ててあるエロ本の代わりに路地裏で吟遊詩人渾身の再現映像を見せてくれるというねはいはい地雷トークテーマじゃねーかクソッ!
「やっぱりジラッターの発展のためには、インフルエンサーが必要だと思うんだよな」
「影響力の高い者……?」
「ジラッター上の有名人な。みんながフォローしたがるような人だ」
今のところ、現実上の関係をそのまま引き継いでるようなフォローフォロワー関係なんだよな、みんな。
「そのために、トワには実名アカウントを開設してほしい」
「実名アカウント……ヤス殿が扱いが難しい、と言っていたものですね。しかしなぜ、自分が?」
「結局さ、トワって姫様で貴族様なわけだろ? 庶民と砕けて話したこともない」
「あー……そうでありますね。ロレッタや師匠、ハイラム殿以外には……やはり、エスリッジ家の者としての姿を見せないと」
「それってもったいないよ」
事情は分かる。でもTwitterが──ジラッターが持つ力があれば、この引きこもり姫ももっと自分を出していけるはずだ。
「今のジラッターは、まだまだお堅いんだよ。もっとさ、身分なんて関係なく平等に楽しめる場っていうのをみんなに分かってもらいたい。そのために──トワの飾らない姿を見せて欲しいんだ」
「それは、その……」
「ダイモクジラを調伏した英雄で、貴族のお姫様。それが親しみやすい人物だって分かったら、みんな嬉しいと思うぞ」
「……変、ではありませんか?」
トワは顔を伏せ、上目遣いにこちらを見てくる。
「こんな貴族らしくない喋り方で……服だって庶民のようなもので」
「トワにはそれが自然なんだろ? 俺も気が楽だし、いいと思うけど」
ハイラムから献上されたプリントTシャツ、着たそうにしてるけどなんでか我慢してるんだよな。着ればいいのに。
「トワには見本になってほしいんだよ。貴族のジラッターの使い方ってやつのさ。なーに、炎上しそうなツイートだったら、事前に止めるよ。ずっと側にいるんだし」
「そ……そうでありますね。ヤス殿はずっと側にいるわけですし!」
トワはやる気になって顔を上げる。
「分かりました。そういうことなら、張り切ってやるのであります!」
◇ ◇ ◇
@トワイラ・エスリッジ
みなさん、こんにちは! マツニオン領のエスリッジ家が長女、トワイラ・エスリッジであります! 今日からジラッターを始めるので、よろしくお願いするであります! #初めてのツイート
@トワイラ・エスリッジ
ジラッターのみんなと気軽に交流できると嬉しいのであります。いえ~い! #ブリントTシャツ #眼鏡 #PR
[画像:三枚おろしにされた魚の絵がプリントされたTシャルを着てピースする、メガネをかけたトワ]
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@ブッキー
ダッッッッッッッッ!
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@トワイラ・エスリッジ
なんでありますか!?!?
いや、別に俺の着てるのがダサTばかりだからって、ハイラムもそういうセンスの絵師を探さなくてもよかったんだけどなあ……。
明日も更新します。




