ツイ廃のつくりしもの
「情報魔法では、情報処理の自動化ができる。簡単な計算から、条件分岐の処理まで」
つまり、情報魔法ではプログラミングができる。プログラミングできるってことは、ソフトウェアの開発ができる。
いやあ……こっちも理屈がよくわかんないな! なんだよ魔法でプログラミングできるって……誰がマシン語に翻訳してるんだよ……いやそもそもどういう原理で動いてるんだよ……わからん……知らん……でも動くからええやろ、ボタンポチー!
「だけど、これまで複雑な情報処理をする魔法は開発されてこなかった。それは、情報保存の問題だ」
どんな優れたプログラマーだって、作ったソフトウェアのコードを1から10までそらんじられない。だから情報魔法の研究をしているミューも、基本的な表計算までしか実現できなかった。
「だが今日からは違う。魔獣という人の域を外れた、無尽蔵の魔力を持つ眠らない存在が、この事情を一変する。インターネットにつなぐことで──ダイモクジラというクラウドサーバーの無限のストレージを使うことができるようになるからだ」
たぶん、無限だ。プログラミングでゴミデータを無限に生成するコードを実行しても、余裕そうだったから。
「そこで俺たちは、ジーラの中にTwitterを作り上げた」
トワの私室に引きこもって、プログラミングしてた。ずっと。
プログラミングなんて簡単なスクリプトぐらいしか触れたことがなかったんだが、この情報魔法を使ったプログラミングは自然言語でやっていいし、基礎的なライブラリから開発する必要もない。たぶん俺の世界のプログラマーが泣いて喜ぶと思う。いや逆に発狂するかもしれないが……動くからヨシ!
もちろん俺はTwitterなんて作ったことないんだけど、息をするように接してきたTwitterだから、その挙動は知り尽くしている。それをなんとか再現してみたってところだ。
「というわけで、ここからは実演してみせよう。ロレッタ、フリード、協力してくれ」
「はい」
「わかりました」
ロレッタとフリードが進み出る。……こうして協力してくれるぐらいには、最近のロレッタからの当たりはあまり強くない。
「幻惑石の基地局の網内で、インターネット──いや」
インターネットとは『複数のネットワークを相互接続したネットワーク』を語源に持つが、この世界では違う。幻惑石のネットワークは単一で、末端に至るまで境界はない。だからインターネットと呼ぶのはふさわしくない。
トワの事業で敷設される、ナイアット全土に伸びていくこのネットワークの名は、こうなることが決まっている。
「トワイラネットワーク──略してトワネットの有効範囲内で」
弱小プロバイダ名みたいだな? でもいいじゃないか、世界を変える偉人の名前を使ったって。
「その意図をもって念じれば、ジーラの中のプログラムに接続することができる。──『ジラッター』」
最後までTwitterにするか別の言葉を使うか悩んだ。しかし、今後のことを考えればジーラの名を冠したほうがいい。だからジラッターとした。……「ッター」って何? って聞かれたけど、そこは郷愁の念ということで許して欲しい。
とにかく俺たち3人が「ジラッター」と発言すると、顔の前に縦長のUIが現れた。
……ああ、Twitterだ。懐かしい。体感100年ぐらい触れていなかった気がする。デバッグで散々触ったけど。
これはジーラから投影されている画面になる。完全クラウド型のソフトウェアって感じだな。最初は操作性のためスマホサイズの『板』を物理的に用意してその上に表示することも考えたんだが、個人が『端末』を用意する手間は普及の邪魔になる。
そもそも基地局のおかげで個々で幻惑石を持たなくてもいいんだ。何の機能もない板なんて必要ない。ていうか全人類情報魔法を使えるんだから、人間自体が端末、クライアントソフトウェアだったんだよ! なっ、なんだってー!?
──ということで、宙にあって指で操作しなくても情報魔法による指示……意志の力で動く、そんなUIを作った。ハンズフリーでTwi……ジラッター! 最高だな?
「このジラッターには、140文字以内の短文を投稿できる。念じて文字を入力して、確定して投稿。すると……」
@ブッキー
うんこ
「俺の書き込んだ内容が、俺のアカウントをフォローしている二人の画面でも見える」
「……いつも思うのですが、なぜ排泄物の名を書き込むのです?」
「ヤスキチはうんこが好きじゃの~」
ロレッタから冷たい目線、ジーラから諦めの目線が飛んでくる。うっさいわ。うんこと書くだけお上品なんだぞ。
「もちろん、二人の投稿も同じだ」
@いちメイド
書き込みました
@風除けマン
よろしくお願いします
うん、読めるな。印刷と違って情報魔法で書かれた文字には情報魔法が働く。これもちょっとよくわからんなあ……読めるからヨシ!
「タイムラインに表示されない、フォローしていない相手の投稿も、検索すれば見ることができる。ツイートは基本的に全世界に公開だ。へへへ、グローバルタイムラインも実装してやったぜ……」
「全世界相手に、なぜあんな……」
ちなみにサービス名以外の用語は、本家Twitterのものを流用することにした。別のいい名前も思い浮かばないし、俺が混乱するだけだからな。異世界だしTwitter社も文句つけに来れないだろ。
「ごほん。で、ジラッターには、このような短文ツイートの他に、今見ている映像を投稿することができる」
@ブッキー
[画像:こちらを見ているトワ]
「すべての情報はジーラの中に保存されているから、いつまでも劣化することはない。どうだ?」
「これは……」
ハイラムが扇子で口元を隠し、商売人の目をする。
「……画家が要らなくなりますなあ」
「ああ、映像を絵にする商売は廃れていくかもしれないな」
この世界で絵といえば、映像を描き写すことがメインらしい。しかしもう映像は劣化せずに保存される。
「その代わり写真家って職業が生まれると思うし、絵描きは絵描きで新しい仕事を見つけると思うぞ。ジラッターによって産まれる商売はたくさんあるはずだ」
「ネタがあるなら先に教えてくれると嬉しいですなあ」
「まあ、最初はアイコン用画像の仕事とか?」
俺はアイコン画像を変更する。
「こんな風にアイコン画像は変えられるから」
「ほう」
「ぴゃっ、や、ヤス殿、それは!?」
「トワの描いた俺の似顔絵だけど?」
「や、やめてください、恥ずかしい!」
「味があっていいと思うぞ?」
写実主義が幅を利かせているナイアットの中で、トワみたいな子供っぽい絵柄はとても癒される。絶妙に似てないし。たぶん、しおれた茄子のゆるキャラかな。
「うう……何のために似顔絵をお願いされたのかと思っていましたが……」
もちろんアイコンのためだ。長い1カ月の間にはそんな日もあった。
「基本的に、最初に作るアカウントは匿名だから、顔写真じゃないアイコンを描くのはいい仕事だと思うぞ。動物とかオススメ」
「参考にしましょ。しかし、匿名……ジラッターへの投稿は身分を隠して行うということですか? なぜ?」
「急に人類にSNSを与えたら炎上しちゃうだろ。失敗してもやり直しできるようにだよ」
人間は失敗するものだからな。いきなり実名でやらかして再起不能になったらかわいそうだ。なので、最初は匿名アカウントしか使えないようにしている。複数アカウントも可。
「もちろん、実名を使いたいとか、『本物』だと認められたいというケースも今後出てくるだろう。しばらく実名アカウントは申請式にして、『本物』認定は申請の上料金を払ってもらう。これがジラッターの収入のひとつだな」
「『本物』……とは? 例えば匿名をいいことにトワイラ様の偽物が出てくると? そんなもの、すぐに偽物とバレるのでは?」
「こっちの世界ではそういう認識なんだろうなあ」
なぜなら、情報魔法があるから。
俺がトワに心の声で話しかける時、対象をトワだと思って指定している。トワイラ・エスリッジという本名ではなく、愛称のトワだけしか知らなくても、それで会話できる。つまり情報魔法に名前は関係ない。
相手を知り特定できる情報を得ていれば、後は情報魔法が間違えずに本人に連絡してくれる。それは逆に、トワのそっくりさんを連れてきても、トワに心の声で話しかけようとした時点で通じずにバレてしまうんだな。
情報魔法の謎の認識補正力。それがあるからトワネットでは本人確認不要で強固なセキュリティを実現できている。便利なんだが、匿名アカウントには中途半端にしか効かないんだなあ。
「匿名アカウントでも、情報魔法の認識補正は働いて、たとえ同名のアカウントがあっても正しく相手に連絡できる。が、匿名アカウントっていうのはな、人間じゃない場合もあるんだ」
「人間ではない……? 魔獣……?」
「いや。架空のキャラクターだったり、店舗や組織としてのアカウントだよ」
いわゆる企業公式アカウントとか。
「例えばハイラムのグゲン商会が、商会の商品を広報するためにジラッターにアカウントを作って投稿するとするだろ? そのグゲン商会ってアカウントは確かに特定できるんだが、偽物が名乗るグゲン商会ってアカウントも、グゲン商会って認識されるんだよな」
区別はつくんだ。情報魔法の認識補正で、どっちがどっちかは分かる。
だが、その中身が本物なのかどうかは、分からない。
「だから『本物』認定が必要になる。そう思うだろ?」
「……ええ。そのグゲン商会のアカウント、とやらも必要そうですなあ。そう、むしろ店舗ごとに欲しい。担当者を決めて広告を投稿するのに使えそうです」
「ああ、そういう複数人で管理できる『組織アカウント』も有料にするつもりだ」
さすが商売人だけあって、Twi……ジラッターの重要性に早くも気づき始めたようだ。
「月額課金で、価格は……昼飯一回分ぐらいって考えてるんだけど、よく分からん。詳しい価格は任せるから、グゲン商会で窓口をやってくれないか?」
「それは……よろしいので?」
ハイラムはますます扇子の奥に隠れる。
「こちらの取り分はいただきますよ?」
「ああ、むしろ俺とジーラへの報酬は少しでいいよ。ほとんどグゲン商会で取ってくれ」
「……それでよろしいので?」
「俺はTwitterがしたいだけだし、実体がないから飲食も不要だ。ジーラは、ジーラに蓄積される情報こそが報酬になる」
「情報がわしの栄養源じゃな!」
さすが魔獣だけあって、普通の生態はしていないらしい。人を襲っても食べたりはしてなかったらしいしな。
「自分は……ト、トワネットの敷設事業のみに専念するのであります。幸い、褒賞金はまだ残っていますし」
「いずれ自分の所に基地局を置いてくれ、という誘致の依頼が来るだろうから、それでしばらく必要な資金は賄えると思うぞ」
トワはトワネットを敷設する。そしてをそれを利用したサービスを他の誰かが提供する。グゲン商会にはそのサービスの一つ、俺が運営するジラッターの集金窓口業務を委託する。そういう分担にしたい。
「とりあえず、トワネットとジラッターについてはこんな感じだ。何か質問は?」
「……では、某からひとつ」
ダラスが険しい顔をして手を挙げる。
「ジラッターには、トワネットの有効範囲内で接続できる……とのことですが、その本体はダイモクジラなのですよね? ダイモクジラが範囲外に出てしまったら?」
「もちろん、ジラッターには接続できなくなる」
「では……ダイモクジラが停泊している港には、すでに基地局が?」
「いや、基地局はまだ設置していない」
「ならばなぜ使用できるのです?」
「フフン」
ダラスが眉を顰めると、俺の隣でジーラが胸を張った。
「わしはここにおるじゃろ?」
「その体は情報魔法の映像だと聞いています」
「ただの映像ではないのじゃ。魂を覆う殻として固定した映像じゃぞ」
「あー……ジーラはダイモクジラの魂なんだ。ジラッターとかのデータは、たぶんこっちのジーラの中に入ってる」
俺からするとダイモクジラの脳にこそデータが入ってないとおかしい気がするんだが、どうも情報魔法的には事情が違うらしい。よくよく考えれば、実体のない俺が記憶を保持できているんだから、魂に情報が保存されている……ということなんじゃないかと思う。魂の正体は情報の塊、とは何かで聞いたような気はするが、うーむ。
「ヤスキチ様からはダイモクジラの保護も、法として制定する働きかけを依頼されていますが……」
「今後もしジラッター反対派が生まれたら、ジーラの本体を攻撃しようとか言い始めるかもしれないだろ? そのためだよ」
「ヤスキチとの契約がなければ、軽く返り討ちにするんじゃがの~」
ジーラはシャドーボクシングをする。
「どんなに離れていても、肉体と魂の結びつきは強固で不可分なのじゃ。ここからでも実体を動かして逃げることぐらいはできるが、頻繁に攻撃されては面倒じゃ」
「なるほど……そのための保護法」
ダラスは頷く。
「ヤスキチ様に依頼されていたその他の法案がどれほど重要なのかも、実物を見てはっきり理解しました」
「ああ、それだ」
最後になったが、重要な仕事を確認しないといけない。
「ジラッターは今後も機能拡張を行っていくが、ひとまずはこれでリリースする。しかし、なんたってこっちの人類が初めて触れるインターネットとSNSだ。混乱もあるだろうと思う。そこで、先手を打って法整備をダラスさんに依頼してたんだが……首尾はどうなんだ?」
「法というのは一朝一夕では決まりませぬ」
ダラスは渋い顔をする。うーん、そりゃそうか。
「最重要と言われた、広場を守る法。あれに関してはちょうど類似する事件が起きましたので、裁判を経て法案をヴァリア家に上申し、採用していただきました」
わーお、ナイスタイミング?
「自分の指を切った包丁を作った職人の首をはねろ、などと飛躍したことを言う頭のおかしな原告でしてね。裁判官も二度と同じ苦労をしたくなかったようでございます。まあ、他の法学者からは、そんなことも明記しないとわからないのか、某に法学者の誇りはないのかなどと言われましたが」
ダラスは肩をすくめる。いやー、手段を選ばないし評判も気にしない、この人も敵に回したくないわあ。
ま、おかげさまでつぶやきを発信する場としてのジラッターは、そのものを対象として罪には問えなくなったはずだ。
『話を聞いていると、ジラッターとは恐ろしいものではないか? という気がするのであります』
『人間を信用してないだけだよ。いい使い方をする奴もいれば、その逆もいる』
念のため念のため。な?
「その他にいただいた法案は進めてはおりますが、しばらくお待ちください。著作権、特許法は概念も分かりやすいのですが、プロバイダー責任法……とやらには法学者の資格化も必要ですし、表現と言論の自由については理解を求めるのが難しい。……ヴァリア家や神子様を批判しても許せとは、なかなか」
権力がヴァリア家や領主に集中してるからなあ。でも200年も平和を続けてきた社会なら、Twitterにごちゃごちゃ書かれた程度では揺るがないと思うんだよな。お上には度量を見せてほしい。
「引き続き進めてほしい。しばらくはマツニオン領内での普及に努めるから、エスリッジ家の胸先一つでなんとかなるし」
「かしこまりました」
ダラスが頭を下げる。……他には誰も質問がなさそうだな。よし。
「それじゃあ、長くなったけど話は以上だ。トワの叔父様からは許可も出たことだし、さっそく、最初の基地局をこの城の天守の屋根に設置しよう。さあ──インターネット……いや、トワネット時代の幕開けだ!」
明日も更新します。




