ツイ廃……消えるのか?
「俺が誰なのかは、きっちり思い出したんだが──」
歩いていたのは雨の降る暗い道。ところが今いるのは、ランプ型の照明にろうそくの火という貧乏くさいスタイルの寝室。
「最後の記憶と、今ここにいる状況が繋がらない。それに」
もさもさした髪で背が低い、ちょっと太めの──小学生高学年ぐらい? の子供の手の上で映る映像。
「なんで、俺がそこの映像に映ってるのかもわからない」
タブレットとかじゃない。ホログラムのように、手の上で映像が流れていた。
「やや、これはですね!」
子供はパッと顔を輝かせる。
「自分の発明した新しい魔法なのであります!」
「魔法とか言い出した」
ヤバいヤツだ。今すぐTwitterに草を生やしながら書き込みたい。スマホどこなの本当に。
「ほ、本当なのであります! これは異世界を見る魔法でして!」
「……異世界?」
「はい! つまり、これに映っているのは異世界なのであります!」
目を閉じてぐったりと座っている俺が映っているのが、異世界。
「え。っていうことは何? ここは異世界なの? 俺、異世界転生しちゃったってこと?」
「ツツブキヤスキチ殿にとっては、ここが異世界でありますね」
何それすごい。つぶやかなきゃ。バズってクソリプを愛でなきゃ。スマホどこ!?
「ただ、転生、ではないと思われますが……」
「ああ、そうか」
じっと手を見る。俺の手だ。服も見覚えのあるものを着てる。生まれ変わったわけじゃなさそうだ。
「じゃあ、異世界転移か」
ただ単に異世界に移動したというケースを異世界転移というらしい。
「や、転移も違いますね。ツツブキヤスキチ殿は、まだそこにいますので」
「は?」
子供が映像を指す。映像の中の俺を。
「……これ録画じゃないのか?」
「過去ではなく今の映像であります」
「俺はここにいるけど?」
「えっと、結論から言うとですね」
子供は──申し訳なさそうな顔をする。
「こちらのツツブキヤスキチ殿は──自分が魔法で作り出した存在なのであります」
◇ ◇ ◇
「順を追って説明しますと」
頭の中と態度に疑問符を浮かべまくっていると、子供は短い腕を振りながら説明を始めた。
「自分が魔法を使って異世界のツツブキヤスキチ殿を観察していたところ、その道の先に水を飲みこむ穴が開いているのに気づいたのです」
道路に穴? ……もしかしてマンホールか? なんで開いてたんだ。工事か? 夜に?
「そこで何とか危機を伝えようと、魔法で呼びかけてみたのでありますが、聞こえなかったようで……」
いやバッチリ聞こえてたな。あまりにミームな出だしだったから幻聴だと思い込んでたけど。
「それで穴に落ちてしまったので、とっさに、助けようと……魔法を使って……」
「……助かった、のか?」
俺はここにいる。しかし、マンホールの底にもいる。
「うっ、ぐすっ」
「えっ」
首をひねっていると、子供が涙ぐみ始めた。ヤバい。どうしたらいい? 助けてくれフォロワー、こんなの初めてなの!
「申し訳ありませんッ」
「えっ」
俺が架空のTLに助けを求めていると、子供は勢いよく頭を下げた。
「助かっては……いないのです。あちらのツツブキヤスキチ殿は穴に落ちてし、死んで……こちらのツツブキヤスキチ殿は、自分が魔法で作り出した幻影なのですッ!」
「は? 死……? 幻影って……」
俺のこの身体が、幻影……? めっちゃリアルだけど?
「しょ、証拠を」
鼻をすすりながら、子供がベッドに向かう。そして枕を持ち上げると、「えいっ」とこちらに投げてきた。あわてて受け止めようとして──
ぽすっ、と背後で枕が落ちる音がする。……俺を突き抜けて、枕が落ちた。
「実体が、ない……?」
「はい」
俺はそろそろと、近くにあった木製の机に手を伸ばして──腕が貫通するのを確認する。
ヤバい。
実はここまで異世界とか冗談だと思っていたんだが、一気に現実味が増してきた。何らかのトリックとか、実はVRだとかいう可能性も捨てきれないが、実体がないという方がしっくりくる。
「俺が、お前に作りだされた幻影……って、どういうことなんだ?」
「自分は、情報魔法を研究していまして」
子供は目をこすりながら説明する。
「この魔法の中には、現実のものを映像として写し取るものがありまして……例えば」
子供は明かりの揺れるロウソクを指す。するといつの間にか、そこにそっくり同じロウソクが現れた。そして宙に浮かぶロウソクの火に手を突っ込む……が平気そうだ。つまり、ただの映像……。
「このように。それでとっさに応用して、ツツブキヤスキチ殿を魔法でこちらの世界に写し取ったのです」
「俺という存在を、コピーした……?」
「はい……こんなに上手くいくとは思ってもいなかったのですが……」
魔法なんて信じられない。だが、子供の手は火傷していないし、俺の手は何に触れようとしても貫通する。残された可能性は夢ぐらいしかなさそうだが、こんなハッキリした夢なんてないだろう。
「で、ですから……自分は、ツツブキヤスキチ殿を助けられてはいないのです」
コピー元の俺は、死んでいる。助けたことにはならない、か。
そう思って、あらためて子供の手の上の映像を見たところ──
「ん?」
ぐったりした俺だけが映っていた画面に変化があった。作業服を着た男が上から降りてきて、俺に呼びかけている。……どうやら、行方不明の死体にはならずに済んだらしい──
「──んん?」
男に頬を叩かれた俺が──ゆっくりと目を開ける。
「……生きてる?」
「へ?」
作業服の男は、俺に縄をかけて引き上げる準備をする。俺は意識がはっきりしだしたようで……引き上げが始まると、穴の下に向かって手を伸ばしてジタバタしはじめた。うん、あれはスマホを取ろうとしているな? あーあー、男の人がめんどくさそうに拾ってくれてるよ。
「なんだ、めっちゃ元気そうじゃん」
「あれ……? えっ……? い、生きて!?」
子供が身を乗り出して映像を覗き込む。と──
「あッ!? あ、あっ……!?」
俺が無事マンホールの外に引き上げられ、救急車に乗せられたところでフッと映像が消えた。
「な、なんで消え……?」
「いや、ひと安心だな。意識もしっかりしてたし、骨折もなさそうだったし、救急車も来てたから助かるだろう」
マンホールに落ちて無事とか運が良すぎるな? これはもうつぶやかねば。向こうの俺もそう思ってスマホに手を伸ばしたのだろう。俺もスマホが欲しい。
「まあ、なんだ。助けてくれようとした気持ちは嬉しいよ」
この子供のしたことは無駄だったわけだが、気持ちはありがたい。なんなら笑い話になるしバズりそうでおいしい。そう思ったのだが──
「もっ……申し訳ありませんッ!」
子供は、ふたたび頭を下げた。
「自分は……自分は、なんて余計なことを!」
◇ ◇ ◇
「え? いや別に助かったわけだし、別に謝られることなんか──」
「向こうのツツブキヤスキチ殿については、そうですが……」
子供は、涙ぐんだ目で見てくる。
「こちらのツツブキヤスキチ殿のことです」
「……俺?」
そういえば、俺はどうなるんだ? コピーされた俺は? 実体がないとか生活に不便すぎるよな?
「あなたは、自分の魔法によって維持されている存在なのであります」
ぐすぐすと、鼻をすすりながら、ゆっくりと。子供は言う。
「なので、自分が寝てしまったら……魔法が維持できず……消えてしまうことにッ」
そして、しゃくりあげながら泣き始めた。俺はと言えば、それをぼうっと見ているしかない。
悲報。俺氏、死なずに済んだと思ったらこっちでは消滅する件。
「……いや、いったん消えても……魔法をかけなおしたらまた出てくるとか?」
「維持しなければ、情報の……保存は……できないので……ヒック……新しく魔法をかけても……ヒック……それは、その時のツツブキヤスキチ殿でしかなく……」
つまり、魔法をかけなおしたとしても、その時点での向こうの俺のコピーでしかない。今の記憶を持った俺は消えたまま、ということか?
消滅──すなわち死。
……なぜこいつが泣いているのかといえば、自分の余計な手出しのせいで、俺が必要のない死を体験することになるからだろう。
やるせない気持ちはある。余計なことを、という気持ちもある。
「……まあ、泣くなよ」
だが、この子に悪意はなかったのだ。あったのは純粋に助けようとする善意だけ。
「じ、自分が、寝なければ……ズッ……これからずっと自分が寝なければ。魔力の消耗を避けて、維持して……」
「無茶するなって。気にするなよ」
異世界人とはいえ、人間と変わりはないだろう。寝ずにいたらそれこそ死んでしまう。
ただのコピーである俺を、数日存在し続けさせたところで意味もない。
「しっかり寝たほうがいい。寝て、忘れてしまえばいいさ。悪い夢だと思って」
頭を撫でる──ふりをする。貫通しないように慎重に。
「な。もう寝ちまいな」
子供はそれでもしばらく泣き続けたが、やがてその嗚咽も鎮まり、涙をぬぐってうなずいた。
「本当に……申し訳ありません」
明かりを消し、ベッドの中で、子供は何度も謝る。泣き疲れたのだろう、眠そうな声で。
「いいって。仕事がつらくて死にたいなって思ったことぐらい何度もあるし、それが一回タダで体験できるだけだろ? えっと……あー、そうだ」
話題をそらそうと思って、そういえば聞いていなかったなと気づく。
「お前の名前はなんて言うんだ?」
「これは、名乗らずに失礼しました。自分は──トワとお呼びください」
「トワか。俺のことはブッキーでもヤスでもいいぞ」
「では、ヤス殿で……」
眠りの淵の声。
「それじゃ……さよなら、トワ」
「はい……さようなら、ヤス殿……」
あまり話しても未練が残る。別れの挨拶をして、俺たちは口をつぐんだ。
……いや、しかし、異世界か。
この場合、なんて呼ぶのかね? 俺は転生したわけでもないし、転移したわけでもない。コピーされて実体は元の世界にあるわけだから……転写? 異世界転写か。新ジャンルじゃね? つぶやきてぇ~! スマホ欲しい~!
せっかく異世界に来たんなら、つぶやくネタには事欠かなかっただろうに。惜しいよなあ。異世界って言っても、この部屋──トワの寝室しか見てないから全然実感わかないんだけど。やっぱ一日ぐらい徹夜してもらって、観光してから消えたほうが良かったかな?
……いや、でもな。観光したところでなんもつぶやけないんじゃなあ。Twitterできないんじゃ意味ないんだよなあ。フォロワーに自慢してバズってクソリプがつかなきゃやってらんない。
ああ、そう考えたらこういう終わりでいいだろう。Twitterができないなんて生きてないも同然だ。つぶやきのネタばっかり思い浮かんでツイートできないなんて拷問でしかない。
あーあ、いいなあー元の世界の俺は。今頃Twitterで「マンホールに落ちたったwwwwww」とかつぶやいてるんだろうなあ。いや、「脳内に語りかけられていたら穴に落ちた件」とか……?
………。
そろそろかな? 寝たか? 俺、消えるのか?
寝息立ててる気はするんだけど、暗いから分からんな。
なかなか寝付けないのかもしれないが、もう覚悟完了してることだし、早く寝てくれないかな。さすがにそろそろ退屈なんだけど……。
◇ ◇ ◇
「消えねーじゃねーか!?」
「ふわあ!?」
ふわあ、じゃねーんですわ!?
「見ろよ! 窓! もう朝日が差し込んでるの! 朝だよ朝! そんでもってお前はグースカ寝てるくせに俺は消えないし!? なんか俺は眠くないし!? 退屈に耐えて待ってたけど消えないし!」
「あ、う、あれぇ……ヤス殿……?」
トワがベッドの中で起き上がって目をこする。
「えっ、消えてない? ど、どうなっているのでありますか!? 寝てても維持できる魔法なんてありませんが!?」
「俺が訊きたいんだけど!?」
魔法のことなんか知らないし!
「え、ええ~!? あ、う~、えぇ!?」
頭を抱えてトワは叫んだり唸ったりする。と──
「姫様? いかがなさいましたか?」
部屋のドアの向こうから、女性の声。俺はギクりと固まる。
姫? 姫っつった?
「え……お前、女なの?」
「おっ、分からなかったでありますか?」
んふっ、とトワは胸を張る。……膨らんで……い……う~ん?
「いや、それよりヤバいだろ」
姫って言ったぞ。どうやらトワは身分の高い女らしい。その寝室にいる、見知らぬ男。100%ヤバいヤツじゃん。
「ああ、ご安心ください。情報魔法で作ったものは、意図的に共有しないと他者には見えませんので」
声を潜めてトワが言う。なるほど? つまり、俺はトワ以外には見えないってことか?
「なんでもありません。入ってください、ロレッタ」
「……失礼します」
トワが呼びかけて、扉が開く。すると、髪をお団子にまとめたメイドの女性が入ってきて──
「なッ!? 何者ですか、その男は!?」
叫んだ。
ふう。やれやれ。なるほどね。
「……見えてるじゃねーかッ!?」
「あ、あれ~!?」
※異世界転写、というキーワードはすでに使われているので、新ジャンルではないですよ、ブッキー。