ツイ廃と姫と法学者
「わたくし、とっても感動いたしましたの!」
ナイアット一大きな城と称えられる、白き威容のトゥド城。
その広大な中庭に、甲高い声が響き渡った。声の主は、明るい茶髪を縦ロールなツインテールにした美少女。屈託のない明るい笑顔が、トワと俺とダイモクジラに向けられる。
──こんなの、予定になかった。
ここまでは、予定通りだった。事業の計画、ヴァリア家に要求する内容をまとめて提出。事前にヴァリア家の役人と調整をして褒賞の内容を確定。トゥド城でヴァリア家当主……正確には神守と呼ばれる役職の男に謁見してお褒めの言葉をいただき、台本通り既定の褒賞を辞退して、『情報魔法でナイアット全土で通信する時代』に向けての事業の許可、およびダイモクジラの保護を約束してもらった。
このあとはダイモクジラの危険性がないことを証明するため、トゥド領の港をダイモクジラの背中に乗って一巡り。それで終わるはず、すべては順調だった。
……この予定にない、突然のお茶会を除けば。
「家に居ながらにして、遠くの出来事を知り、風景を楽しめる未来!」
胸に手を当てて、うっとりとして言うこの縦ロールお嬢様の名は、メリッサ・ヴァリア。
トゥド領主ステイン・ヴァリアの末娘。ヴァリア家の姫だ。
「遠くの人と意見を交わし、その日の出来事を語り合える……なんてすばらしい!」
「姫様に共感いただき、嬉しく思います」
「まあ、トワイラ様、そんな他人行儀はやめてくださいまし!」
縦ロールお嬢様はトワの手を取って握りしめる。
「トワイラ様はエスリッジ家の姫でありながら、単身ダイモクジラの調伏に向かわれ、成し遂げた英雄! まるで物語の主人公ですわ! その功績に比べたら、ただ城で過ごしているだけのわたくしなど、端役もいいところ。ぜひ、こちらからお友達になってくださいとお願いする立場ですわ!」
「それは、光栄です。もちろん、姫様がお望みなら」
「まあ、本当ですの!? それではトワイラ様のことを、トワ様とお呼びしても? わたくしのこともリサと呼んでくださいまし!」
「わ、わかりました……リサ様」
「ええ、トワ様!」
外見的には同い年か、リサの方が年上に見えるんだが、リサは14歳らしい。発育がいいな。胸部格差を感じる。
『ヤスキチ、ヤスキチ!』
二人の姫の微笑ましいやりとりを見守っていると、俺の隣に座っている緑のニットワンピースを着た藍色の髪の少女──ダイモクジラが心で呼びかけてくる。大人しくしていてくれ、という言いつけをきちんと守っているようだ。
『わしも、アレがいいのじゃ!』
『アレってなんだよ?』
『わしのことを、もっと親しみを込めて呼ぶのじゃ!』
愛称が欲しいってことか。まあ、確かにいつまでもダイモクジラ、じゃあ長いよな。
『えーと、ダイモクジラだから……ダイ……いや、イモ……?』
『むう~……ヤスキチがそれがいいなら、かまわぬが……』
うっ、唇を尖らせて拗ねるのヤバ。
『冗談だよ。後ろから取るか。クジラ……ジーラでどうだ?』
『おお、よい感じなのじゃ! ではこれからジーラと呼ぶのじゃぞ!』
フフン、とダイモクジラ──ジーラは顎を上げる。……そっか、イモはダメかぁ。
「同年代のお友達ができるなんて、感激ですわ。お父様も世話係も、みな心配性なのですから」
そんなことをやっている間にも、リサはトワに話しかけていた。
「ですが、これからは変わるのですね。トワ様の事業により、遠く離れた人たちと、身分を越えて親しくなれる時代がくるのですから!」
「そうなるよう、全力を尽くします」
「事業の成功を心待ちにしていますわ! お父様にも、お城ですぐに使えるようにしてくださいとおねだりしておきます!」
わーお、プレッシャーだな。逆に考えれば国のトップが積極的になってくれるのはいいことだ。……役人や貴族たちは、俺たちの計画が上手くいくとは思っていないようだったが。
まあ、ちょっとキラキラしたプロモーションビデオを上映しちゃったからな。あなたの未来を変えます、みたいなキャッチコピーで。具体的な技術には触れずに、「情報魔法は次の時代へ」なんて。
一部はこの情報魔法で作ったPVの鮮明さに気づいて驚いてた貴族もいたが……だいたいは「子供だましの映像か」と鼻で笑っていた。まあ気づいた人間も、情報魔法の魔力量に驚いた程度かもしれない。
「それで、トワ様」
リサはこちらに目を向けてくる。来たか。
「こちらの方が、ダイモクジラの調伏をお手伝いした?」
「はい。私の客人で、異国から流れてこられましたツツブキ・ヤスキチ様といいます」
「まあ」
リサは口元に手を当てる。
「とっても素敵な──お召し物をされていますね!」
リサは俺──の服をほめる。……ん? 俺の服を?
「ぜひ、上着を脱いで詳しく見せていただいても?」
『え、いいのか、これ? 姫様、無防備すぎないか? 心配になるんだが』
『問題ないのであります。ヴァリア家の姫でありますよ? その気になれば魔法で一瞬のうちに打ち首であります』
そうだった。こんなかわいい成りをして、実態はヴァリア家──全ナイアットの頂点に立つ貴族家の娘。トワの兄ちゃんが熱線を出すなら、リサは極太のビームを出すに違いない。
『目の前で手袋を脱ぐ、などしなければ問題はありませんよ』
『そういうもんか』
あの例の黒手袋ね。リサのは細かい刺繍が入っててめちゃくちゃおしゃれだわ。
「それじゃあ……失礼して」
俺の今日の服装は、これまでの推しアイドルのデザインした意味不明なダサプリントTシャツではない。
ヴァリア家に謁見するにあたり、さすがに服装が問題になった。そこで試行錯誤したところ、俺が情報魔法を駆使することで、記憶にある自分の服を再現してお着がえできることが分かった。いやあ、これまでは現地の服を模倣しようとして上手くいかなかったんだが、こういう方向ならいけるんだなあ。
ちなみに黒手袋の再現はできない。俺の記憶にないからね。そもそも貴族のふりをすると面倒なことになるし、ダイモクジラの調伏はトワがメインでやったことになっているからいいんだ。
とにかく、今。
俺はヘルメットをかぶった猫のプリントTシャツを着ている。
……いや、再現できる中で、これが一番無難だったからさ……。
「まあ、かわいらしい猫ちゃん!」
「背中側にも描いてありますよ」
「きゃあ、かわいい!」
『どうしよう、脱いでよこせとか言わないかな?』
『似たようなものが欲しい、とは言うかもしれませんが……作れますか?』
『プリントTシャツの原理自体は簡単なんだ。多少頑張れば再現できると思う』
『では先手を打つといたしましょう』
「この異国の服ですが、我が領で再現できないかと試しています。似たようなものが作れましたら、リサ様に献上させていただいても?」
「まあ、本当ですの!? ぜひ!」
俺とトワは心の中でハイラムにエールを送った。
「あっ……失礼しました。元に」
さすがにはしゃぎすぎたのに気づいたのだろう、リサは頬を染めながら咳払いして静かに言う。俺はジャケットを羽織りなおして座った。めり込まないで座るのにも慣れたもんだぜ。飲食できない不自然さは残るが、幸いリサは気づかないようだ。
「そしてこちらが……ダイモクジラさんが人間と話すために作った映像」
「ジーラと呼んでよいぞ!」
ダイモクジラ──ジーラは得意げに言う。それを見て、「まあ」とリサは目を輝かせた。
「ジーラさん。こんなにかわいらしい方が、内海を恐れさせていたなんて、信じられませんわ」
「かわいいじゃろ? この姿は、ヤスキチの好みなのじゃ」
「まあ」
……俺の尊厳が傷ついてる気がするが、余計なことは言うまい。実際、どストライクだし。
しばらく雑談に興じる。調伏の時の様子がメインだ。基本はトワに話してもらう。いやあ、心の声で相談できるから話があわせやすいわ。
「……もっとお話ししたいところですが、時間のようですわ」
しばらくして、リサはちらりと、離れて見守っている騎士を見て言う。情報魔法で刻限を知らされたようだ。ずいぶん無理矢理ねじ込んだ会談だったらしい。
「名残惜しいですが、ここまでですわ。でも、お披露目は城の窓から見守っていますから」
「リサ様が見えるよう、大きな水柱を立てて御覧に入れます」
「おう、任せるのじゃ」
「楽しみです」
リサは、目を輝かせて笑う。
「いつか、城にいながらにしてこのような行事が間近に見れる日が来るかもしれないのですよね。わたくし、本当に心待ちにしていますわ!」
◇ ◇ ◇
「なるほど、衣服への印刷ですか」
細目の商人──ハイラムが扇子を広げて口元を隠す。
「しかし新品の衣服は高級品ですよ?」
「あー、そっか、まだ手縫いとかか。でもさ、ほら、印刷するってところがミソでさ?」
「なるほど。古着に付加価値を? フフ、いやあ、木綿の衣服も普及しきったところ、衣服関連で新しいものは早々出てこないと思っていましたが、ヤスキチ様からはいくらでも商売のネタがでてきますなあ」
「今回が特別だぞ。Twitterを作るのが最優先なんだからな」
「もちろん、わかってますよ」
ハイラムは目だけで笑う。
トゥドの港をダイモクジラで一巡りするのは、思った以上に盛り上がった。沿岸は見物客で一杯で、なんなら屋根の上にも人が乗るほどだった。あれは危なかったな……ダイモクジラが水柱を打ち上げて虹を作るパフォーマンスをしたんだが、あれで何人か驚いて落ちてたし。
とにかく、ダイモクジラがトワのコントロール下にあることは世に示された。貴族向けには「人間に危害を加えない」という契約もアピールしたので、マツニオン領の軍事力として恐れられることもないだろう。
結果は上々。ようやくもろもろから解放されて、エスリッジ家の屋敷まで戻ってきたところだ。
「本当に本当だぞ? そもそもな、Twitterを作ったほうが絶対儲かるからな? 眼鏡とかプリントTシャツがなんだったんだ、ってぐらい稼がせてやるぞ?」
「ええ、もちろん期待してます」
目は笑ってるんだよなあ、目は。
「そのツイッターを作るのに必要ということで、法学者のセンセイをお呼びしてます。紹介しても?」
「来たか、待ってたよ」
「もちろん、お願いするのであります」
「では」
ハイラムが扇子をパチンと畳むと、部屋の扉が開いて男が入ってきた。目つきの悪い若白髪の男。
「某はダラス・ローウェルと申します。故あって仕官する家はございません」
すこししわがれた声で名乗る。迫力あるわぁ……怖ぁ。
『貴族ではあるのかな? 黒手袋してるし』
『であります。領主に仕えることのできない貴族も増えておりまして』
野良貴族……?
『魔力量の多い騎士級から貴族として扱われるのですが、もはや戦乱の世ではなくなってしまいましたので、軍事力としての騎士を抱えられる領主も減ってきたのであります。とはいえ、雇わないからといって魔力が減るわけではありませんので……今、ナイアットにはダラス殿のような、領主や代官に仕官できない貴族が増えているのでありますよ』
貴族っていうからみんな税金で暮らしてるかと思ったけど、こうやって職についてる人もいるわけか。……いや、大学教授やってるミューも貴族だったな。
「いやあ、ダラス様にはうちの商会もお世話になっていまして。商売をしているといろんなやっかみもあるものですが、これを見事に整理して、裁判を勝ってくださる」
「こちらに非がないときに勝てるのは当然のことでございます。逆も然り」
「こりゃ手厳しい。ま、こちらが悪い場合でも、被害額を少しでも減らしてくれるいいセンセイです」
ダラスはハイラムから顔をそらして、トワの方を向く。
「これからトワイラ様が始める事業について、法律面からの助言が欲しいと伺いましたが、どのようなことでございましょう」
「気を楽にして話してくれていいのであります。あと、実際の話はこちらのツツブキ・ヤスキチ殿から」
ダラスは俺を見て眉をひそめる。
「ヤスキチ様、そして隣にいるのはダイモクジラ。噂には聞いていましたが」
「わしらも有名になったもんじゃの、ヤスキチ!」
「そうだな。あー、とりあえず、商売の概要を見てくれないか? ジーラ、頼む」
「よいじゃろ!」
ジーラが情報魔法で保存した映像を再生する。と、明るい女性の声が響き渡る。ヴァリア家の当主にも見せたPVだ。
『情報魔法は次の時代へ! これまでの常識を、トワイラ・エスリッジの研究が塗り替えます。いつでもどこでも、相手の場所が分からなくても情報魔法で呼びかける。距離も時間も関係のない時代が来るのです。常に、誰とでも、身分の差なくつながる。遠くの出来事を瞬時に、見たままに共有する。情報魔法が仕事とコミュニケーションの新しい仕組みを作り出します。あなたの未来はきっと変わる!』
──そんな音声と共に、遠隔地で映像を通して会話していたり、山道で撮影した映像をTwitterに投稿していたり、それを別の人間が見たり、いくつもの表を浮かべて計算していたりする人々の様子が映し出されるPV。いやあ、キラキラしてるな。ロレッタも声優お疲れさん。
「どう思う?」
「情報魔法でこれが実現するとは思えませぬ」
ダラスはきっぱりと言う。やっぱり普通の人間の感覚はそんな感じか。
「トワイラ様の研究で実現するとのことですが、どのように? これまでも怪しげな手法で情報魔法の距離を伸ばせるだの、情報保存ができるだのと言った詐欺師たちがありました。彼らが売るのは怪しげな食品であったり、何の意味もない壺であったり、装着具であったり、訓練法であったり。ですから、にわかには信じがたい話でございます」
思ったより詐欺が発生してた。しかし逆に言うと、それだけ需要があるってことだな。
「しかし……エスリッジ家、それにナイム商会が本気であるということは、何か根拠があるのでしょう。わざわざヴァリア家に、『ナイアット全土での通信事業』についての許しももらっている……」
おお、鋭い。そして眼光が怖い。
「某に求める助言とは?」
「事業を始めるにあたって、法的に問題ないようにしておきたいんだよ。横槍を入れられないように」
これからこの世界にインターネットをもたらし、Twitterを授ける。その変革についていけないような人間から、どうしたって攻撃は受けるだろう。だから、先手を取る。
「こっちの世界の法律には詳しくないんだけど……全国的に通用する法律とかってあるの?」
「ナイアットをヴァリア家が統一してから、新たな法律が作られました。この法律がすべての基本であり、領主であっても覆すことはできませぬ」
ヴァリア家、めっちゃ権力を掌握してるな。頼もしいけど怖いわ。
「それって、修正とか追加はされてるの?」
「もちろん、時代に応じて。そのための我ら法学者でございます」
「じゃあ、こういう法律ってあるかな? 誰かが包丁を使って殺人をしたとしてさ。包丁の販売を差し止めたり、包丁を作った人を罰するような法律。もしくは広場で誰かが喧嘩した時、その広場を作った人を罰したり、広場をつぶさないといけないような」
「ありませぬ。それは行為に至った本人を罰するべき」
何を当然、みたいな顔をされる。常識がありそうで良かったよ。
「うんうん、道具に罪はないよな。で、それって法律で明文化されてる?」
「そのようなこと、記載するまでもない常識的なこと」
「なるほどね。じゃあ、ダラスさんにまずお願いしたいのはさ」
ダラスは眉をひそめっぱなしだが、これが一番大事なことなんだよ。
「道具を作って提供した側には罪がない、ってことを、できるだけ拡大解釈できるように法律に盛り込めないかな?」
今日は間違えて2話更新していました。




