ツイ廃、決意する
「それにしても耳が速いな、ハイラムよ」
「いえいえ」
男は、パチンと扇子を畳む。エスリッジ家の御用商人、ナイム商会のハイラム。
「トワイラ様なら、すぐにヴァリア家に呼び出されると考えまして」
挨拶が終わり、案内してきた騎士を下がらせて、ネモは無礼講の話し合いを切り出した。そこでハイラムは、いつもの調子で話し始める。
「マツニオン領の者がダイモクジラを調伏した、なんて特報が手旗信号で送られてきた日には、トゥドへの出発の準備をいたしました。ヴァリア家の御前に立つのなら、ドレスを新調する必要があるでしょう」
「……おお、思い至らなかったのであります」
ポン、とトワが手を叩く。あまり服に頓着してないこの姫は、偉い人の前に出る時以外、男か女か分からない古着を着てるんだよな。
「トワイラ様にはこれからも御贔屓にしていただきたく」
ハイラムは頭を下げる。……その目線は、俺に向けられていた。
「さて、ドレスの他に何かご入用の品は? なんでもご用意させていただきましょ」
「頼もしいが、実はお主をここに呼んだのはヤスキチ殿の希望なのだ」
「ほう、それは」
ハイラムは視線を隠さずに俺と相対した。
「ネモ様から信頼を置かれるとは、やはりヤスキチ様は何か持ってますなあ」
「ああ。ハイラムさんが欲しい商売のタネはいろいろ持ってるよ」
異世界から来たという人間に商人が期待することはそれだろう。
「たとえば」
俺は情報魔法で映像を呼び出す。2枚のレンズ、鼻当てのついたフレーム。
「こういう形の眼鏡とか、どうだ?」
「あっ、これ、自分が欲しかったやつであります!」
この世界にも眼鏡はある。が、俺の世界でもずいぶん後になるまで発明されなかったのと同様、耳にかけて固定するタイプはまだ生まれてなかった。
「なるほど、これは……いいので?」
「ここにいるやつらは全員知ってるからな」
アニメに眼鏡っ娘はつきものだから。
「こんなこと大したことじゃないし、タダで教えるよ。こっちの取り分も主張しない」
「それはそれは……怖いですなあ」
ハイラムは扇子で口元を隠す。
「いったい、代わりに何を要求されるんでしょ?」
「その話はいったん後に置いておこう。まず、方針を決めないといけない」
やるか、やらないか。すべては。
「トワ」
この小さな娘次第だ。……いや、17歳だけど。
「お前に決めてほしいことがある」
「自分に……でありますか?」
「ああ。俺を消す方向で行くか、それとも別の道を行くか」
トワが目を丸くする。
「この世界に来てからこれまで、いろんな土地を転々として、いろいろ見てきたけどさ……やっぱり、退屈は埋まりそうにない。そりゃ初めて見るものは物珍しいけど、歴史の教科書で見たようなものばっかりだし、ナイアットではそんなにバリエーションなさそうだしな」
街だって狭い。トゥドはそれなりに広かったが、現代日本と違って立ち並ぶ建物の大半が住居だ。物珍しい店が並んでいるわけじゃない。
「夜も眠らない、世界中に繋がっていた世界と比べたら……この世界は退屈だ」
「それはまた、あんまりな言いぐさですなあ」
ハイラムが口を挟む。だが事実だ。
「本が欲しいって言った時、学術書か物語かのどっちかしか訊かなかったろ。こっちじゃ物語だって何百というジャンルや属性があって、それが溢れかえっていたんだ。物量が違うんだよ」
一生かかっても消費しきれない情報量。それと比べてこの世界はどうしたって退屈だ。
「何より、Twitterがないのが一番耐えられない。一週間もツイ禁してるなんて気が狂いそうだ」
俺がダイモクジラに同情的なのは、そういう事情もある。
「そんなわけで、俺を消すことについては反対しない。トワには迷惑をかけているし、な」
風呂はともかく、トイレに同行っていうのが一番ヤバいと思う。城ではでかい板を立てて遮るようにしたけど、旅行中は……トワはよく耐えてるよ、うん。
「……ですが、ヤス殿が消えてしまったら、ダイモクジラのことはどうなるのでありますか?」
「そ、そうじゃぞ、ヤスキチ! わしはヤスキチと一緒じゃぞ! ヤスキチの情報を見せてもらうって約束したんじゃぞ!」
「それについてはまあ……しばらくは心配しなくていい。そうだな」
俺は軽く記憶を振り返る。……うん、1歳ぐらいからでいいだろう。
「消える前に俺のこれまでの人生の、26年分の記憶をダイモクジラに一気に情報保存してもらう。見て楽しむのにはリアルタイムが必要だろうから、26年は大人しくしてくれるだろう」
情報保存することと見聞きすることは別、というのであれば可能だろう。
「26年後は……さすがになんとかしてくれ」
その間にダイモクジラを討伐する訓練をするなり、何らかの解決策を考えてほしい。……ひとつ手は考えてあるんだが、上手くいくかわからないし。
「……べ……」
トワは……伏せていた顔を上げて、口を開く。
「別の道……ヤスキチ殿を消さない、別の道とは?」
「俺を消さないっていうんなら」
望むことはただ一つ。
「退屈をしないためにも、俺は、Twitterをこの世界に作りたい。その協力をしてもらう」
◇ ◇ ◇
「トワは何度か言ってたよな」
ツイッター? と首を傾げる面々を置いて、俺はトワに話しかける。
「情報魔法の使い手の地位向上をしたいって」
「はい……」
「もしかしてなんだけどさ。いや、これは外れてたらちょっと恥ずかしいんだけど」
この世界の仕組み、それも魔法には詳しくないから完全に予想なんだが。
「もしかして魔力量っていうのは、属性……っていうか、ジャンル? ごとに違う感じなのか? でもって、トワって情報魔法の魔力量に関しては、一般人よりある……貴族並なんじゃないか?」
トワとその師匠、ミューは顔を見合わせて、頷く。
「そうでありますね。魔法には火魔法、水魔法、風魔法、身体魔法、治癒魔法、そして情報魔法の6種類があり、それぞれに魔力量に違いがあるのです」
「正確には保有する魔力を魔法として使う際の変換効率ってところだね! その系統は、基本的に親から子に伝わるんだよ。でもごく稀に系統が変わることがあるんだ」
つまりトワは全体総量としての魔力量は貴族並なんだろう。けれど。
「トワ君は確かに情報魔法に魔力を大量に使うことができる。量だけで言えば貴族並にね。でも、情報魔法は貴族の魔法とは認められていないんだよねえ」
誰でも使える、特にそんなに便利でもない魔法、というのが今の人々の認識らしいからな。文化に根付くほど使っているくせに──いや、誰でもある程度使えるからこそ、か。
「つまりトワは、情報魔法に適性を持っているのに不当に評価されている人たちを助けたいのか?」
「そういう気持ちもなくはないですが……純粋に、情報魔法は面白いと思っているのであります。師匠の研究もそうですし、なんとか活用できないかと」
「わかった。そういうことなら、安心していい」
俺は大きく頷く。
「俺がTwitterを作ったら、情報魔法が魔法の中で一番価値のある魔法になるぞ」
「へっ? そ、そうなのでありますか?」
「ああ。それどころか社会に様々な混乱をもたらし、権力構造の変化を起こすだろう」
室内に動揺が走る。
「もちろん……それ以上に面白いものが見れる。様々な文化が花開き、豊かな社会が訪れる。俺はそう信じている。だがそれなりの混乱は引き起こすし、ついてこれないやつもいるかもしれない道だ」
だから、選んでほしい。
「Twitterを作る以外に、俺が退屈を忘れる方法はない。どちらを選んでも、力の限り協力すると約束する。俺をこの世から消して退屈から解放するか、俺とTwitterを作って退屈を忘れるか──どちらにするか、選んでくれないか」
トワは……床を向く。
「……ツイッターを作ったら……ヤス殿は退屈しない?」
「ああ」
「情報魔法の価値が、見直される?」
「もちろん」
「ダイモクジラは……?」
「これから作る新たな世界の無限の情報量が、ダイモクジラが生き続ける限り退屈させないだろう」
「ヤス殿は……消えない?」
「Twitterができるなら、消えたくないな」
別に積極的に死にたいわけじゃないんだ。でも俺の本体は元の世界で生きてるし、退屈で気が狂うぐらいだったら一思いに消えていいと思う。
「……それなら、答えは決まっているのであります」
トワは顔を上げ、俺の目を見る。
「ヤス殿を消したところで、待っているのはこれまでと変わらない未来。ダイモクジラを調伏したところで、貴族の家に生まれたのに魔力量の低い自分は厄介者なのであります。過分な褒賞を得ても後々の火種にしかなりません。ならば」
ぎゅう、と小さな手を握りしめる。
「ヤス殿が作る新しい世界とやらを、一緒に見たいのであります!」
そうか。そっちを選ぶか。
「いいのか。そうなったらこれからずっと俺が隣にいることになるぞ」
「何をいまさらでありますよ。むしろ望むところであります!」
そうか……トイレに同行しすぎて感覚がマヒしてるとかじゃないよな? いいんだな?
「もちろんわしもそう思うのじゃ、ヤスキチ! 無限の情報量とか、心が弾む言葉なのじゃ~!」
うんまあ、お前はそうだろうな。
「──わかった。それなら、俺はTwitterをこの世界に作ろう」
うん。
よし。
テンション上がってきたぞ!
「しかしヤス殿。以前、ツイッターを作るにはこの世界の技術力が足りないとか言っておりましたが……」
「ああ。Twitterを完全再現しようと思ったら、技術力は100年単位で足りない」
電話もねえ。電気もねえ。馬車も一台も走ってねえ。──こんな世界で全住民にスマホを持たせるのにかかる時間は計り知れない。
「だが、そんな正攻法を取る必要はない。要は、Twitterができればいいんだ」
使えるものを使えばいい。
「インターネットもTwitterも!」
それこそ俺の信条だ。
「魔法で楽してズルして作ってやんよ!」
「お、おお~……?」
トワが顔に疑問符を浮かべながらも拍手をする。
「はっはっは。心配するな。可能性はある程度見えている」
「初めてヤス殿が笑ったところを見たのであります。この土壇場なのが不安ですが」
「そういうわけで、ネモ……様」
「無礼講の場だ、呼びやすいように呼んでよい」
「じゃあ、ネモさん。俺は娘さんと一緒に新しい商売を始める。世界を変えるような商売を」
ネモは口を堅く結ぶ。
「マツニオン領主として……エスリッジ家当主として、それを許さない……ということはあるか?」
「さて……その詳細を知らなければなんとも言えない、と普通なら言うところだが」
ネモは──穏やかな笑みを浮かべた。
「これまで何についても自分の立場を理解して我慢してきた娘の、初めてのわがままだ。それに……儂にはどうしても、トワに明るい未来を用意してやる案が浮かばぬ。これまで諦めて生きてきたが、可能性があるのなら協力しよう。どうせ、老い先短い身だ」
「父様……」
いやー、話せる領主様だな。どんどん協力してもらおう。俺は実体がないから打ち首にされる心配もないしな! ……いや、トワに被害が行かないようには立ち回るよ? 自重するって、うん。
「そういうことなら、ヴァリア家には褒賞の代わりとして要求したいものがある。ダイモクジラの保護と、これから始める事業の認可。そしてマツニオン領は全面的にトワの事業に協力する……これなら英雄に対する褒美にふさわしくないか?」
「ふむ。事業内容を詳しく詰める必要はあるが……ヴァリア家もナイアットの発展のためであれば許可を出すだろう。……金をやるより小娘の思い付きを許す方が財政に負担がないと考えるかもしれぬな」
ネモは苦笑する。しばらくは油断しておいてほしいし、そう思われた方が都合がいいな。よし、大言壮語で攻めていこう。少女の夢物語だと誤解させるように。
「なるほど、それで」
パチン、とハイラムが扇子を閉じる。
「ナイム商会も、その商売に噛ませていただけるというわけですな」
「おう。なんなら、ハイラムも自分の商会を立ち上げたらどうだ? 跡取り候補なんつっても、上の世代が死ぬまでは好き勝手できないだろ?」
「それは……詳細を聞いてからですなあ」
ハイラムは目を細める。
「ヤスキチ様が商会に求めるのは、どのような品でしょう? それとも人足の手配……?」
「そうだな。じゃあまず、Twitterを作るための最初に必要なもの」
俺はその細い目を見て言った。
「……弁護士を用意してくんない?」
明日も更新します。




