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ツイ廃、初めて触れ合う

「ご用命にあずかり参上しました。マツニオンの領主ネモ・エスリッジの娘、トワイラ・エスリッジと申します」


 仕立てのいい服を着たトワが優雅に腰を折って挨拶する。


 呼び出されたのは城でも屋敷でもなく、港に近い広場だった。お付きの騎士が数名護衛しているが、中心にいるのは俺とトワと、そして二人の男。


「隣に立つのはダイモクジラ調伏に協力していただいた私の客人で、ツツブキ・ヤスキチ様と申します」


 俺は黙ってうなずく。……めっちゃ不審な目で見られてるけど、下手なこと言うのもなんだしなあ。


「ササの領主、トール・マウロである」


 不審な目を向けて来ていた男ふたりのうち、最初に口を開いたのは、屈強な体をした中年男性だった。そしてもうひとり、少しでっぷりした腹を抱えたおじさん。


「ゼンカ領名代タタ家に仕える騎士、ホートン・ポートと申します」


 どちらも腰に剣を下げているが、ホートンの方は似合わないにもほどがあるな。


 道すがらトワに聞いたところによるとゼンカ領は複雑な土地柄で、直接的な支配者がおらず、トゥド領ヴァリア家の直轄領になっているそうだ。今はタタ家ってところがヴァリア家の代わりに仕事をしているってことらしい。


「……トワイラ姫においては、復調されたようで何より」

「ご心配をおかけしました」


 むすっとして言うトールに、トワが頭を下げる。


 ……ダイモクジラを調伏した姫、ということで騒がれて、各方面から面会の要請がたくさん来ていたんだが、そのどれも「調伏に体力を使い果たして休息中」という体で断っていたんだよな。絶対ややこしいことになるから、と。まあ、実際は大学でのびのびしていたわけで……これはバレてたかもしれないなあ。


「いやあ、ダイモクジラを調伏されたとか。ゼンカでも姫様の話題でもちきりですぞ」


 そんなあまり機嫌のよくなさそうなトールが何か言う前に、太った騎士のホートンがもみ手しながら褒めてきた。


 どうやら俺たちがハイジェンスの港について即日、速達の郵便が各地に走ったらしい。手紙の配送は徒歩なので、文字通り走って。で、ゼンカ領タタ家から指示を受けて、ちょうどここに滞在していたホートンが確かめることになったようだ。


「私も当日の騒ぎは見聞きしておりましたが……いったいどのような魔法をお使いになられたので?」


 この場合、魔法って魔法なんだよな。魔法のある世界ってすごいわ。


 魔法といえば──この場の貴族、トワもトールもホートンも、黒い手袋をしている。例の封魔液でコーティングされたものだ。不意打ちを防ぐため、公的な場ではこれをすることがマナーらしい。おしゃれ要素にもなっていて、トールのは無骨な感じだがホートンのは……なんか金色の刺繍で成金っぽい。


「情報魔法を用いて、契約を結びました。ダイモクジラが欲する知識をこのヤスキチ様が与える代わりに、ダイモクジラは人間に危害を及ぼさないと」

「ほお~」


 じろじろ、とホートンの目が向けられる。うん……身分も定かでない男だもんなあ、疑わしいよな。しかも黒手袋をしてないってことは、大した魔法も使えない……貴族じゃないってことだもんな。


「オホン。そういうことであればこれからナイアットの内海も安心して航海できるというもの。ですが……」


 ホートンは肩をすくめて、やれやれと首を振る。


「姫様の偉業を理解できない者もまた、多いようです」

「どういうことでしょうか」

「あちらをご覧ください」


 ホートンが手を向けた先は、港。海。その先に。


「ダイモクジラです」


 ダイモクジラがいた。緑の藻につつまれた巨体を、港のちょっと沖合に浮かべている。


「話を聞いたところによると、姫様が到着以来ずっとああして居座っているようで……ですよね、トール様?」

「ああ」


 あいつ……一週間後にって言ったのに、あそこでずっと出待ちしてんのかよ。


「そのために、船乗りが怯えて船が出せないのですよ」


 ダイモクジラは調伏した。もう二度と人間は襲わないと契約した。そう、同船してきた漁師たちが話して回ったが……証拠はそれだけ。実際にあの巨体を見て、横を通ろうという度胸のあるものもいないだろう。


「ですので是非、姫様にはもう一度、ダイモクジラを従えるところを見せていただきたく」


 本当に調伏したのかどうか証明しろ、ということか。


『トワの功績になったら兄貴とこじれるんだよな? 否定するチャンスかもしれないぞ……どうする?』

『いえ、ここで否定すれば打ち首もありえます。正直に行くしかありません』


 マジ? ……いや、否定したら世界を救ったぞ、ってデマを流したことになるのか。そりゃマズいか。


「わかりました。それでは」


 トワは港の方を向き──


「船を一隻、お借りしたいと……あれ?」


 首を傾げた。


『どうした。止まる場面じゃないぞ?』

『いえその……大きくなってませんか?』


 トワの視線の先を見る。港。海。ダイモクジラ……ん? あれ? ダイモクジラ、大きくなってね? っていうか、泳いでね? 近づいてね? 近づいてるな!?


『あの馬鹿! あのスピードで港に押し寄せたら津波になるだろが!』

「だっ、だめだめだめだめ!」


 トワは服の裾を持って全速力で港に向かって駆け出す。


「止まって! 減速! ゆっくりで!」

「止まれ馬鹿!」


 思念が伝わる距離じゃない。俺とトワの必死の身振り手振りが、ダイモクジラに見えるかどうか。


 もし津波が起きたら……いやそのレベルでなくてもざっぱーんと波が地面をさらったら。ダイモクジラを制御できていないと言われてトワは打ち首になるだろう。だからマジでやめろ、止まれ!


「止まれーッ!」


 ざざざざざ……たぷん。


 ──果たして、津波は起きなかった。ちょろっと波が岸に押し寄せた程度。減速したダイモクジラは、港内に止まる。


「はぁ……」


 トワがヘナヘナと座り込む。俺も実体こそないが疲れた気がする。やれやれ、と膝に手をついて息を吐き──


「ヤスキチーッ!」

「うごっ!?」


 ドンッ、と。


 甲高い声と共に頭から突っ込んできた小柄な人間が、()()()()()()()()()()()のだった。



 ◇ ◇ ◇



「ヤスキチヤスキチヤスキチ! 会いたかったのじゃ~!」

「え、は?」


 尻もちをついた俺の腹の上で、俺の胸にごりごりと頭をこすりつけてくる、ダミ声系のじゃロリ少女。


 驚きが渋滞してる。


 いかん、こういう時はとにかくひとつずつだ。混乱している顧客にはヒアリングから入らないと。


「お前は、誰だ?」

「わしかぁ?」


 少女はニパッっと笑って……アニメ的なギザギザの歯を見せてくる。藍色のツインテールの髪、黄色い瞳、緑色のもこもこニットワンピースから伸びる、小さな細い手足。


「誰じゃろな~!?」


 ニヤニヤと笑う……黄色の瞳。


「……ダイモクジラ?」

「おお、正解じゃ! さすがヤスキチじゃな!」


 少女はワンピースの裾から、ひょこっと……クジラっぽい尾を出す。マジかよ。


「どうして……人間? ……の体に?」

「ふふん。ヤスキチのマネをしたのじゃ」


 少女──ダイモクジラはドヤ顔をする。


「わしとヤスキチの魂を結びつけ、魂を覆う殻を固定したのじゃ! これで一生一緒じゃぞ、ヤスキチ~!」


 オーウ。ワーオ。明かされる真実(トルゥース)ゥ……。


 だめだヒアリング項目が増えたが、今聞くことじゃない。


「お前、ぜんっぜんクジラって恰好してないけど」

「尻尾があるじゃろ?」


 ぶんぶんとワンピースの下でクジラ尾が振られる。


「いや、っていうかなんで、そんな、こんなさぁ……」

「ヤスキチの好みの姿をしておるか?」


 ニマァー、とダイモクジラはギザ歯で笑う。


「この間見た、ヤスキチの推しアニメで、ヤスキチが一番好きそうなキャラを参考にしたのじゃ」


 死。否定できねぇー! だってこれ黙ってたらかわいいもん。黙ってなくても生意気かわいいじゃん。


「これならヤスキチも一緒にいたくなるじゃろ~?」


 ……一番重要なことを確かめておこう。


「……お前、メスだったの?」

「そうじゃが?」


 よかった。オスだったら気分が悪くなるところだった。


「わかった。それじゃよく聞けよ。お前がトワの言うことをちゃんと聞くところを、あそこの領主様に見せないといけない。できるか?」

「ちゃんとさっきも言うこときいて止まったじゃろ? しかし……娘っ子のか? わしと契約したのはヤスキチじゃぞ?」

「そうなんだが、頼む」

「仕方ないの~! ヤスキチが頼むんなら~!」


 チョロい。


『よし、トワ、話はまとまった』


 ダイモクジラが動き出さないのを見て、トールが堂々と、ホートンが恐る恐る近づいてくる。


『コレはダイモクジラが人と話すための映像、ってことにしよう。威厳はないが……』

『わ、わかったのであります』


 トワは立ち上がると、裾を払って咳払いし、二人を迎える。


「お騒がせしました。ダイモクジラを調伏したこと、本人より話を聞いた方がよいと思いまして、こちらに呼び寄せました。彼女は、人間と話すためにダイモクジラが情報魔法で作っている映像です」

『調伏じゃと? ヤスキチ、どういうことじゃ?』

『話を合わせてくれ……お前が人間から危害を加えられないためにも必要なことなんだ』

『ふーむっ。しかたないの~。まあ、ヤスキチにだったら調伏されてもよいぞ?』


 流し目でこちらを見てくるのはやめてくれ。


「ほう……ダイモクジラの。一見情報魔法には見えない凄まじい精度の映像だが……さすが魔獣ということか」


 トールはじろじろとダイモクジラを見る。フフン、とダイモクジラは腰に手を当ててポーズを取った。やめなさい。


「ダイモクジラよ。人間に危害を加えない、という契約をしたというのはまことか」

「まことじゃ。わしはもうただの人間に興味はない。人間に危害を加える理由はなくなった」


 びったんびったん、とダイモクジラは尻尾を上下する。


「だいたいその気であれば、こんなところでのんびりせず、さっさと港を破壊しておるじゃろ?」

「……ふむ。確かにな」


 トールは頷く。……よくこんな口調で対応されて切れないな。それどころか畏敬の念、みたいなのを感じる。


「いや、お待ちください」


 と、ここで口を挟んだのは、騎士のホートン。


「本当にダイモクジラの意志なのかどうか分かりません」

「わしを疑うのか? なんじゃ、どうしたらいい?」


 面倒そうにダイモクジラはトワを見る。


「そうですね……本体の方を動かしていただけますか?」

「潮でも吹けばよいか?」


 ブシューッ、と。ダイモクジラ本体の頭の上から噴水が上がった。いや、噴水というかもはや逆上する滝だ。ドドドド、と空から大粒の水が落ちてきて、あっという間にこの場の全員を濡らす。


「なッ……」

「それとも、こう、体をこっちに寄せて」


 ゆっくりとダイモクジラ本体は旋回し、側面を見せる。


「目と目で語らった方がよいかの?」


 グワッと、体を覆う緑色の藻が左右にカーテンのように開き、現れる巨大な黄色い瞳。それに射すくめられて、ホートンは腰を抜かした。


「どうじゃ?」

「ハッ、ヒッ……じゅ、十分です。ですから、目を閉じて……!」

「ふんっ」


 ダイモクジラ本体はゆっくりと目を閉じると、元の体勢に戻った。


『これでよいか、ヤスキチ!?』

『やりすぎた気がしないでもないが、オッケーだ』


 しっかり納得したようだからな。


「トール様。これで船を出しても問題ないこと、領民にわかっていただけたかと思います」

「ああ。我が名で通達しておこう。確かめるような真似をして悪かった」

「とんでもございません」


 謝罪されて、トワは頭を下げる。やれやれ、これでようやく終わりか。さあ幻惑石の研究に戻ろう。


「お、お待ちください」


 と思ったら、まだだった。騎士ホートンは、立ち上がって姿勢を正す。


「マツニオン領主の娘、トワイラ・エスリッジ様がダイモクジラを調伏したこと、確かにこのホートン・ポートが、ゼンカ領名代に代わって確認いたしました。そのうえで、ゼンカ領名代からの指示をお伝えします」


 ホートンは咳払いし、懐から書状を取り出す。


「マツニオン領主の娘、トワイラ・エスリッジは調伏したダイモクジラと共に、可能な限り急いでトゥドのダンガー港へ向かい、その功績を世に知らしめ、ヴァリア家より報奨を受け取るべし」

「え……」


 ホートンはトワに書状を渡す。


「……確かに、ゼンカ領名代様直筆の書状。拝見いたしました」


 マジか。


 いや、いずれそうする必要はあるって分かってたけどさあ。今なの?


『ワンチャン、偽造された書類とかじゃない?』

『情報魔法で誰が書いたのかはわかるのであります。ゼンカ領名代のタタ家当主の文字は知っていますので、間違いありません』

『でもほら、本文とサインじゃ書いてる人間が違うじゃん?』

『字のうまい文官に書かせるのが普通ですから。サインが本人なら大丈夫であります』


 そっかあ、ワンチャンないかあ。


『どうしたのじゃ?』

『これからトゥド領に行って、お前が危険じゃないってお披露目しないといけないんだとさ。はあ、せっかくいいところだったのに、これじゃ次の段階に進むのに何日かかることか……』

『ふーむっ。なんじゃ、急ぎか?』


 ダイモクジラは、ニッとギザ歯で笑う。


『可能な限り急ぐんじゃろ? ──そういうことなら、わしにお任せじゃ!』

明日も更新します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 情報魔法によって社会の発展も成り立ちもあり方も、社会としてのあらゆる細やかな部分が異なっていることがおもしろいです。
[良い点] あざとかわいい 悔しいけど好き
[一言] クジラターボ師匠? クジラジェット先生じゃないか!! ツインクジラ師父乙っす!!
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