ツイ廃、可能性を見出す
運動場で可能性を見出した俺は、幻惑石について詳しく知るためミューの研究室に戻ってきた。
「えーと、ちょっと待ってねえ」
待つ待つ。5分ぐらいは待てるよ。いやあ、テンション上がってきた。
「はい。これが、普通の幻惑石だよ」
ミューはまたゴミ山でごそごそとやると、黒い箱を取り出し、机の上において開けた。
中に入っているのは……トゲトゲしている幻惑石。水晶の結晶っていったらこんな感じだよなあ、って感じの形だ。
「さっきのと形も違うけど、透明度も違うな。なんか曇ってる?」
「ああ、細かいひびがたくさん入ってるんだよ。だからちょっと力を入れて叩けば砕けるんだ」
なるほど。奇石の幻惑石は透き通っていかにも水晶玉って感じだったんだが、そういう違いもあるのか。
「あとさ、さっきも黒い箱を使ってたけど、それはなんなの?」
「あれは封魔液を塗った箱であります」
封魔液。魔法が使えなくなる黒い液体か。
「封魔液で遮断しておかないと、情報魔法が幻惑石の影響を受けるからね。ほら」
ミューはトゲトゲの幻惑石を手に取ると、目の前にかざす。
「こうすると心の声が通じなくなるよ」
「どれどれ」
言った瞬間だった。「どれどれ」と自分の声が一瞬遅れて跳ね返ってくる。さらに何か耳障りな雑音。
「師匠に心で呼びかけていますが、どうですか、ヤス殿」
「変な……雑音みたいなのが伝わってくる」
そして俺の声は途切れ途切れに跳ね返ったりする。気持ち悪い。
「なるほど、こりゃ確かに邪魔者だな」
「鉱山ではいろんな音が響いています。なので心の声での会話が基本です。鉱脈の状態も、映像として伝えて山師に判断してもらうそうなのですが……どちらも幻惑石があっては阻害されてしまうのです」
ゴミ扱いする気持ちもわかるわ。
「幻惑石の研究は、あまりされてなくてねえ」
ミューが箱の中にトゲトゲ幻惑石を戻しながら言う。
「だから資料と言っても、大したものはなくて……昔話がいくつか語り継がれているぐらい、かな」
「『迷いの森の美女』と、『オクー山脈の怪奇』ですな!」
「なにそれ」
トワが「んふっ」、と胸を張って解説する。
「『迷いの森の美女』は、お姫様が幻惑石の森に入りこんで迷ってしまう。『オクー山脈の怪奇』は、山越えをしようとした旅人が、幻惑石の生え並ぶ稜線で様々な怪奇に遭うという話です。どちらも幻惑石で情報魔法が正常に働かないということを教訓として残したものでしょうね」
「森とか山の上にもあるのか、幻惑石」
「山では結構見つかるそうですね。なので山で迷うと大変なのであります。迷いの森は、クーフ山のふもとにある大森林がモデルだと言われていますよ。実際、地元の人間でもめったなことでは踏み入らないそうです」
なるほど。昔話で警告するほど厄介がられているんだな。だが俺は今その幻惑石が欲しい。
「さっきも言ったが、それ」
もう一つの黒い箱に入った、球体を2つの皿で挟んだような形の幻惑石を指す。
「最低でももう1個。できれば2個同じのが欲しいんだけど……本当にないのか?」
「うーん。直接採石しているところを見たわけじゃないから分からないけど、話を聞く限りはものすごく珍しいそうだよ」
……まあ自然に球体になる岩石は少ないし、ましてやこんな形はな。普通はゴミとしか扱われない石を、「これなら」と大学に持ち込んできたぐらいのレアさなのだろう。
「それでも、見逃してるだけかもしれないだろ?」
「うーん。探してもらってもいいけど、お恥ずかしいことに予算がね」
「そういうことなら自分がお金を出すのであります」
「姫様」
トワが胸を張って名乗り出て──すぐさまメイドのロレッタに静止される。
「そのようなゴミを探すために資金を使うわけには……」
「ですがロレッタ。これはヤス殿が初めて、明確に『欲しい』と言ったものであります」
トワははっきりと、威厳をもって言う。
「ヤス殿は自分が勝手に生み出してしまった存在。それでも自分の不利益にならないよう、自らの存在を消すということに協力してくれています。それどころかダイモクジラの件に至っては、実際はヤス殿が調伏を成したもの。この程度の願い、叶えなければエスリッジ家の名が泣くのであります」
「……失礼いたしました」
ロレッタが頭を下げる。
「……なんか悪いな」
「いえいえ。ヤス殿が欲しいというのなら」
欲しい。もし予想した通りなら、俺に別の選択肢が生まれる。
「経費を差し引きまして……お使いいただけるのはこの程度かと」
ロレッタが小袋から硬貨を取り出して机の上に並べる。色合いは……地味だな。銅とその合金か?
「こっちの世界のお金か。金貨とかじゃないんだな」
「ヤス殿の世界では、通貨に使えるほど黄金が出るのでありますか?」
「あー……昔はな。価値の高い金属じゃないと信用されなかった時代があったんだよ」
「信用。ああ、贋金対策のためですか」
トワは小刻みに頷く。
「ナイアットでは贋金は作れないのであります。ほら、見てください。通貨には数字が書かれているでしょう?」
「いくらなのか書いてあるな」
少しへこんだ線に沿って黒いインクで数字が書かれている。
「これと、これの硬貨の数字の書き手が違うことは分かりますか?」
「……分かる」
くぼみに沿ってインクを引いているのだから同じ字体にしか見えないのに、情報魔法の効果か『別人の書いた数字だ』と分かる。逆に、他の硬貨に同一人物の書いたものだと分かるものも。
「造幣局では硬貨に数字を書く専門の労働者がいまして、それが一覧にまとめられたものがあるのです。硬貨が本物かどうかは、その一覧を照らし合わせれば分かる仕組みになっております。商人であれば、有名な書き手はだいたい覚えているそうです」
「へえ。稼ぎの良さそうな仕事だな」
「いえ……一番価値の高い通貨に書く人は、ある程度の給金を貰っているようですが……その他はそうでもないのです。名誉はあっても生活は苦しいと聞いています」
万一贋金を作られてもダメージが低い硬貨は、そんなもんか。情報魔法、この文明に根付いているのに、その便利さも使い手も正当に評価されていないよなあ。
「印刷や金型じゃ情報魔法が効かないけど、金型で目印をつけて数字を書けば適用されるのか」
「であります。ちなみに数字が薄くなったら回収して書き直しなのであります。こうしてナイアットの通貨は守られているのであります!」
「少額の硬貨では、かすれて識別できなくなっても庶民はそのまま使用していますが」
「え、そうなのでありますか。それは初耳であります……」
ロレッタの補足に、トワは目を丸くする。……まあ、面倒そうだもんな。俺も10円硬貨が死ぬほど汚くなってても、銀行に持っていかずにそのまま使うし、通用するし。
「話を戻すけど、数字は読めるけど価値が分からない。これでどれだけ、同じ形の幻惑石が探せる?」
「うーん。鉱山の近くに幻惑石を廃棄している場所があるから……そこを探してもらう分には、子供を雇うぐらいの日当で済むんじゃないかなあ?」
「幻惑石だらけの場所ですから、あまり近づきたがらないでしょうし、少し割増したほうがよいでしょうね」
昔話で危険性を伝えているぐらいだ、普通の人間は忌避する代物なんだろう。
「あと、見つからなかった場合に備えて、別の手を打っておきたいんだが」
「お、なんでしょうか?」
正直、検証には2つあればいいが、実行に移すとなると莫大な数が要る。あの形が実はポピュラーだった、とかでもない限り、天然物だけで行くのは無理だ。
「幻惑石って粉々に砕いてもその性質が残るんだよな? それさ──溶かして固めることってできない?」
「お、おお……? なるほど、型を取って同じ形にするのですな?」
「そういうこと」
「確かに、幻惑石といえど石の一種でありますから、鉄のように溶かして別の形にすることはできるかもしれません!」
水晶は溶かすと構造が失われて、固めても元に戻らないらしいんだが、幻惑石は分からない。
「へえ、面白い発想だね。じゃあやってみようか」
急にミューが立ち上がり、部屋の隅から黒い壺を発掘してくる。蓋を開けると、中身は幻惑石の粉だった。そして。
「それ」
「うおっ!?」
壺の中へ、躊躇なく指先から火線を放つ。あぶなっ、怖っ。
「うう~~ん……うん!」
10秒に満たないぐらいだろうか。ミューが火を放つのをやめる。
『すげ。……ミューって貴族なんだ?』
『貴族の通う大学ですから、教師も貴族であります』
なるほど、平民に教わる貴族はいないってわけね。
「いや疲れた疲れた。本日の魔力は終了です。さてさて、どうかな? ンフフ」
ミューはスプーンで壺の中をほじくると、噛んでる途中のガムみたいな塊を取り出す。透き通って透明だから、上手く結晶になったのかな?
「さあどうかな、トワ君、聞こえる?」
「……聞こえないのであります!」
おそらくトワとミューとの間の心の声が通じていないのだろう。
「……ってことは、幻惑石としての性質は失われてない。よし、いけるな!」
「いけるでありますね!」
「そういうことなら話は別だ! 天然物は探さなくていい! まずは1個……できれば2個、同じ形のものを作ってくれ!」
「型取りからでありますね。師匠、手配してくれる商人に心当たりはありますか?」
「いやいや二人とも。ここはさ、ハイジェンス大学だよ?」
魔力を吐き出してぐったりしていたミューは、それでも髪の奥から目を輝かせて笑う。
「モノ作りをやってる研究室もあるから、そこに頼もうじゃないか。なーに、同僚には割り引いてくれるはずさ!」
◇ ◇ ◇
「意外と早くできましたね」
翌日。ハイジェンスに来てから3日目。
俺たちの目の前には、あのへんな形の幻惑石が3つあった。砂で型を取って、溶かした幻惑石を注ぎ込んだらしい。テレビで見たことあるな、そういうやり方。
「よしよし。それじゃさっそく実験しようぜ。3人必要だから……ロレッタも手伝ってくれ」
「なぜ私が……」
呼びかけると、ロレッタは嫌そうな顔をする。
「これはどう見ても、あなたを消すための実験ではなさそうですが?」
「まあまあ、ちょっと付き合ってくれよ。そしたら、言えることもあるからさ」
今はまだ言えない。期待させておいてできませんでした、じゃトワに悪いからな。
「ロレッタ。ヤス殿には何か考えがある様子。自分も情報魔法の研究家としてとても興味があるのであります。ここはひとつ、手伝って欲しいのであります!」
「……姫様がそうおっしゃるなら」
ロレッタはしぶしぶと一歩前に踏み出した。
「よし。まずは幻惑石を複数使って距離が伸ばせるか実験しよう」
「いいともいいとも。じゃ、設置していくよ」
ミューが心なしかウキウキしながら、幻惑石を設置しつつ離れていく。昨日は1個使って60歩の距離。今日は3個使って120歩の距離。運動場をほぼ横断した形だ。
『どうだい? 聞こえるかな?』
『おお! 聞こえるのであります!』
「よっしゃ!」
第一関門クリアだ。どうやら幻惑石には、きちんと情報をリレーする機能があるらしい。
「ロレッタ、あの幻惑石の間に板を持って立ってくれないか?」
「はあ……」
しぶしぶ、といった様子でロレッタが幻惑石同士の間に板を持って立つ。
「これでも通じるか? どうだ?」
『うん、大丈夫。問題なく聞こえるよ』
よしよし、どうやら情報魔法には透過性もあるようだ。いや、前からそれは知ってたんだが、幻惑石を通した場合も同じかは分からなかったからな。
「ロレッタ。トワとミューの会話は聞こえたか? 幻惑石による雑音なんかは?」
「いいえ、何も」
「なるほど……念のため、ちょっとその途中の幻惑石を横に向けてもらっていいか? ……ああ、ダメだな。よし、戻してくれ」
幻惑石の向き──皿の部分の向きをきちんとお互いに向けないと会話できなかったので、情報魔法には指向性がある。そして、盗聴もできない。
「次だな。これが上手くいくかどうかで、事情が変わるんだが……3つの幻惑石を、三角形に近づけてくれるか? 皿の部分が残り二つの皿を見るように」
「こう、ですか?」
ロレッタが動き回って幻惑石を回収し、設置。その様子を情報魔法で映像を伝えてくる。うん、中心に三角形の隙間ができているな。
「オッケーだ。じゃあ、それぞれの幻惑石の先、30歩の距離に3人で立とう」
トワと俺、ロレッタ、ミューが幻惑石を中心にして三角形に立つ。
「よし。じゃあまずミューにだけ問いかけよう。その次にロレッタだ」
「わかったのであります」
さて……幻惑石がどこまでの機能を持っているのか。
『師匠。聞こえるでありますか?』
『聞こえるよー』
『ロレッタ、聞こえるでありますか?』
『はい、聞こえます』
『この声の前に、幻惑石による雑音は聞こえなかったでありますか?』
『はい。姫様の声が聞こえるまでは、何も』
……マジか。どういう仕組みか分からないが、マジか。
「よし、じゃあトワと俺は後ろを向く。100数えたらそれぞれに後ろ向きのまま呼びかけるから、ミューとロレッタはジャンケンして勝った方が左側に、負けたほうが右側に行ってくれ」
これでトワは二人がどちらに立っているか分からなくなる。それでも幻惑石を通して会話ができるのかの実験だが──これも問題なく成功した。
「魔法ってすげえ」
「幻惑石に向かって呼びかけるだけで、居場所が分からない相手とも会話できる──これはすごいでありますよ! ヤス殿はこれを見越して?」
「いや、できるか分からなかったけど……でもできちまったな。ここまで完璧だよ」
可能性にはかなり近づいてきた。
おそらく……小規模なものなら、確実に実現可能だろう。
「あとは距離をもっと伸ばしたときとか……もっと人数を集めて実験をしたいな。あとは幻惑石の形状も、アレじゃないとダメってことはない気がするから、いくつか試してみたい。まだまだ検証することはたくさんあるぞ!」
「お付き合いするであります!」
俺とトワは盛り上がる。
「──お話し中の所、申し訳ありません、姫様」
しかし、そこへ──護衛の騎士、フリードが困った顔で駆け寄ってきた。少し離れた所には、見慣れないメイドの姿もある。
何があったのか? オレとトワが顔を見合わせる中──フリードはゆっくりと言った。
「ササ領の領主、トール・マウロ様。およびゼンカ領名代タタ家に仕える騎士、ホートン・ポート殿よりお呼び出しです」




