ツイ廃は「」と言われた
速報。俺氏、トワに維持されてる魔法じゃなくて、なんか独立した存在だった。
……というのが分かったのだが、だからといって俺を消す方法が見つかるわけでもなかった。
俺自身が維持してるなら、俺が維持を切ればいいんじゃね? ということで試してみたが、そもそも『俺を維持する』という魔法を使っている自覚もない。
それならばとトワも試した魔力切れをやってみようとしたのだが、情報魔法を使ってもさっぱり魔力が減らない……というか、何をしても何らかのリソースが減った気がしない。
では他の魔法はというと、実は肉体がなければ使えないのだという。念のため試してみたが、人間なら誰しも使えるらしい水魔法でさえ出なかった。
というわけで、問題を持ち越して翌日。
「ようし、それじゃあ、私の最近の研究の成果を見てもらおうかな」
「楽しみであります!」
目先を変えて、ミューの研究結果を聞くことになった。一昨日徹夜したトワも、昨日はしっかり寝かせて元気いっぱい。久々の師匠との会話を楽しんでいる。
「ヤスキチ君は異世界から来たということで、情報魔法になじみがないと思うから、基礎から講義しよう」
「そうしてくれると助かる」
虚無の夜を過ごした俺は、何でもいいから新規情報が欲しい。ダイモクジラの気持ちが分かるわ……Twitterがあったら空リプ送ってるところだわ。
「情報魔法は、情報の取得、情報の伝達を行う……これが基礎的な技術だ。文字を読み取ったり、心の声で伝えたり、映像を出したりするわけだね」
そのレベルなら人間は誰しも使えるらしい。
「そして情報魔法の中でも最も高度な技術が、情報保存。文章や映像を鮮明に記憶する魔法だ」
「眠ると忘れるんだっけか。というか、魔法の維持が眠ると切れる」
「そうそう。魔法ってのは維持の方が魔力を使うんだよ。だから、普通の人は情報魔法で記憶を長時間保存できない。その点、ヤスキチ君とダイモクジラは特別だねえ」
ふーむ。
「……バケツリレーすれば維持できるんじゃないか? 寝る前に別の人に情報を渡して、その人も寝る前に次の人に情報を渡す」
「いい発想でありますが、維持できる時間的に現実的じゃないのであります」
「そうだね。だから、情報の保存のために文字が生まれた……と、言われているよ」
なるほど、文字の発明にしっくりくる説明だ。
「映像の保存はどうするんだ?」
「映像を浮かべて筆でなぞって絵にするのであります」
そうか、実体がない映像だからなぞっていいのか。トレス台要らずじゃん。
「ですが写すのもなかなか技術が要りまして。上手ならそれ専門の職人として生きていけますよ。貴族の間では、家族の肖像を残したりするのはかなり需要がありますので」
写真屋みたいな感じか。なんか写実的な絵が多そうだな、この世界。
「話の腰を折って悪かった。続けてくれ」
ミューは「ンフフ」と笑いながら説明を再開した。
「取得、伝達、保存。そして中程度に高度なのが、情報処理」
なんだろう、IT用語に聞こえてきたぞ。TechじゃなくてMagicだけど。
「情報を補正、加工したり、条件付けに応じて何かしたりする技術さ」
トワが見せてくれた、触ると割れる林檎みたいなやつかな?
「この情報処理の魔法が使えると、そうだねえ、例えば、計算が楽になる」
「計算が?」
「ンフフフ。ヤスキチ君。何か、桁の大きな掛け算を出題してくれないか?」
「じゃあ、4,649かける、239」
「1,111,111」
ミューは答えて、髪の隙間から目をぱちくりさせる。
「え、すごい。なんでだい?」
「偶然でありますか?」
「俺は計算が一瞬で終わったほうがびっくりしたけど」
Twitterに流れてきた数学の雑学ツイートを思い出して出題しただけだ。
「その様子だと暗算マスターってわけでもないみたいだな。どういう仕組みなんだ?」
「ああ、うん。きちんと算術の仕組みを分かっていれば、計算は情報魔法で自動的にできるようになるんだよ」
なるほど。さっきの計算、俺も時間はかかるけど筆算すれば答えは出せる。そういうのを自動処理できるというわけか。
「便利だな。税金の計算とかそういうのに生かせるんじゃないか?」
「商会の帳簿をつける人には、情報魔法が得意な人が多いのであります。……逆に言うと、それぐらいしか情報魔法で得られるいい職はないのですが」
誰でも使える魔法だけあって、『情報魔法なんかで生計を立ててるやつ』という目を向けられるらしい。まあ魔法使わなくたって計算はできるわけだもんな。世知辛いわあ。
「そして、ここからが新しい研究の成果。情報処理の新しい方法を披露しよう。えーっと」
ミューは紙を取り出す。何か表が書いてあるな。
「まずはこれを、記憶する。あ、君たちにも見えないとだよね」
映像が宙に浮かんだ。どうやら生徒たちのテストの点数の表らしい。名前と点数が並んでいる。
「この表は、今並びかたがバラバラだね? ではご覧あれ。──得点の高い順」
「おおっ!」
表が──得点の高い順にソートされ、トワが喝采を上げる。
「これはすごい! こんなに早く並び替えができるのでありますか!」
「まだまだ。行を追加して追記しよう……合計値。平均値」
「おお~!」
点数の合計や平均が表示される。うん。SUMとAVERAGEだな。
「ンフフ。そしてこれが最新の成果だ。2枚目に、寮の部屋割り表を記憶して」
もう一枚の映像が出てくる。部屋番号と生徒の名前が並んだ表。
「この部屋割り表に、その子の取った点数を、紐づける!」
「おお! これなら赤点を取った生徒を呼び出しに行くのに便利ですな~!」
なるほど、VLOOKUPね。
「すごいでありますな! ね、ヤス殿!」
「エクセルじゃねーか!?」
「何だって?」
「あー……いや、便利だと思うぞ?」
パソコンが普及した一因には、表計算ソフトの存在もある。この技術を欲している人間は多いだろう。
「正直、これができるなら情報魔法の使い手はもっと地位があっていいと思うんだが……なんでそうなってないんだ?」
「ああ、それは、情報の保存ができないからだね。これらは数字をはっきり覚えてないと処理できないんだよ」
「ああ……一番難しいんだったか、情報保存が」
一時記憶でさえ使い手は少ない、と。
「そうなんだよ。魔力も必要だし、式も覚えてないといけないし。だからこれを伝授できる人もいなくてねえ。でもトワ君なら使えると思うから、お披露目したってわけさ」
「すばらしい研究成果であります!」
すばらしいが、使い手が少ないんじゃ意味がないな。やっぱりこの世界の情報魔法の扱いが悪いのは、情報保存の難しさにあるんだろう。話を聞くに、魔力量──才能も関係しているようだし。
「広く普及しない技術、というのが残念だな」
「それはそうでありますね~……」
トワはしょんぼりと眉を下げる。
「情報魔法が得意な人にも、もっといい仕事があれば……と思うのですが」
「いやあ、難しいね。私だって干されてるし。はっはっは」
予算がない研究室じゃなあ。
「いや、暗くなってはいけませんね! 師匠、他には何かありますか!?」
◇ ◇ ◇
「そうだねえ、他には……ああ、そうだ」
ミューはいそいそと部屋の隅に移動すると、ごちゃごちゃと物が積まれている所から、黒い箱を取り出した。
「この間、近くの鉱山で面白いものが見つかったんで、買い取ったんだ。見せてあげるから、ちょっと外に出ようか」
そう言って返事も待たずに席を立つ。トワも慣れたもので何も言わずに後を付いて行った。俺はそれにひっぱられて自動移動である。
「お、ちょうど誰もいないね。じゃあ……」
やってきたのは大学の運動場だった。貴族の子女が通うこの学校では、剣の訓練やら行軍の訓練もここで行われるらしい。踏み固められた土の上を歩き、運動場の中心まで来ると、ミューはニヤニヤと笑いながら黒い箱を開けた。出てきたのは──変な形をした紫の半透明の石。
「きれいであります。師匠、それは?」
「これは幻惑石さ」
「えっ。これがでありますか?」
幻惑石。この間トワの叔父様が俺に粉をぶっかけたやつか。情報魔法を阻害するとかいう石。元の形はこんななのか? なんていうか……透き通った丸い球に深い皿が二枚、向かい合わせに挟んでる感じ?
「珍しい形をしてるだろう? ンフフ……」
「確かに。透明度といい、レアモノでありますね!」
あ、やっぱり珍しいんだ。そりゃ石とか結晶がこんな形してたらおかしいよな。うん、見ようによっては両耳のついてる丸い石、みたいな? 奇石マニアに高く売れそう。
「今、近くの鉱山が幻惑石の層に行きあたっちゃっててねえ。一生懸命、みんなで掘りだしてるそうなんだけど、その最中に珍しい形の石を見つけたって、子供が大学に売り込みに来てくれたんだ。で、私が買い取ったってわけ。だってこんな形の石、面白いだろう?」
幻惑石って、情報魔法を阻害するから、鉱山の邪魔者なんだったな。産業廃棄物扱いらしいし、それで小遣い稼ぎできたなら子供も助かっただろう。ミューの金銭感覚は心配になるが。
「で、ね。これ、インテリアぐらいにしか考えてなかったんだけど、偶然あることに気づいてね。ちょっと、トワ君はそこに立ってて」
「わかったのであります」
俺たちを立たせると、ミューはいそいそと歩き、30歩ぐらい離れたところで黒い箱を置き、その上に変な形の幻惑石を置いた。ちょうど、こちら側に一方の皿の底が見えるように。……間が球体だからコロコロ転がって、安定するのに手間取ってる。
なんとか石を安定させると、ミューはそこからさらに30歩離れた。ミューとトワが、幻惑石を間にして60歩の距離で立つ。
──そして。
『さて……聞こえるかい?』
ミューからの、心の声。
「ふぇ!?」
トワが跳ねて驚く。
「どどどど、どういうことでありますか!?」
「何をそんなに驚いてるんだ?」
「師匠の声が聞こえるわけがないのであります! ここからじゃ、遠すぎる!」
そういえば情報魔法って、普通の大きさの話し声が聞こえる程度の距離しか伝わらないんだっけ。目測……40メートルぐらいか? 確かに、聞こえないだろうな。
『し、師匠? 聞こえるでありますか?』
『うん、聞こえるよ』
なのに、やり取りできている。情報魔法で。
『こ、これはいったいどういうことでありますか? 普通の魔力しか消費してないのに……』
『ンフフ……これを部屋に飾ってた時に、偶然気づいたんだけどね』
ミューは、ふたりの間に置かれた石を指す。紫色の、奇妙な形をした結晶。
『この幻惑石は普通のと違って、心の声を届く距離を伸ばす効果があるみたいなんだ』
距離を──伸ばす。
『検証を手伝ってもらった教授には、だから何だって言われたけど……トワ君なら驚いてくれると思ったよ』
遠くまで、届くように。
『ンフフ。どうだい?』
『いや、驚いたでありますよ。幻惑石といえば情報魔法を阻害するだけのものと思っていましたから』
『だろう? 珍しいだろう?』
『でありますねえ……ヤス殿?』
いや。
いやいや。
いやいやいや!
『珍しいね~、で終わる話じゃないだろ!? 大発見じゃねーか!』
『え、えっ……』
『これと同じ形の石、もっとないのか!?』
『え、いや。あの子も初めて見たって……』
『探させよう! ゴミと思って気にしてなかっただけかもしれん!』
検証が必要だ。
もしかしたら、この特性を持つのはアレひとつだけなのかもしれない。だけど、そうじゃなかったら?
「や、ヤス殿? 急にどうしたでありますか?」
「作れるかもしれないんだよ」
聞いてくれフォロワー。拡散してくれ。
この世界には、可能性があった。
さあ虚無の夜に、別れを告げようじゃないか!
「──Twitterあれ!」
明日も更新します。




