ツイ廃「(こいつ直接脳内に……!)」
「うわーっ! 成功したーっ!?」
急に目の前が暗くなったと思ったら、聞こえてきたのは驚きと喜びの混じった甲高いかすれ声で。
「……成功したからなんだっていうのでありますか自分~!?」
次の瞬間には手のひらを返した台詞になっていた。しかも若干涙声。
「いや何なんだよ」
「ヒェ!? 喋ったァァァ!?」
ぼやけば、悲鳴を上げられる。
「そりゃ喋るだろ。人間だぞ」
声の感じからして子供だと思うんだが……暗いな。少し遠くにオレンジ色の明かりがあって、小さな人影があるのがようやく見えてきた。
「……あれ? ここ、どこだ?」
違和感がある。ついさっきまで別の場所にいたはずだ。……別の場所とは?
「ていうか、暗っ」
スマホのライト使うか。スマホ……あれ? スマホどこだ? うん?
「あ、そ、そうですね。ひとりでしたのでつい。今明かりを増やすのでお待ちを」
「あぁ……」
人影がごそごそと動き、電球? のスイッチ? を入れ……たのか? ランプ型の照明?
とにかく、光源が増えて周囲の様子が明らかになってきた。ここは……木製家具の多い寝室?
「んふっ」
そして目の前に立って胸を張っているのは、背が低くて髪がもさもさしている、目つきが悪くてちょっと太めの……子供か?
「誰だ?」
「やや? 分からないでありますか?」
「……初対面だよな?」
いや、たぶん寝間着だよな着てるの。てことは親しい間柄? でもやっぱ知らんな。
「むぅ~? それではご自分の名前は分かりますか?」
「そりゃ当然……」
……え? あれ? 誰、俺? やっば、記憶喪失……? マジかよ、つぶやかなきゃ。スマホどこ?
「うーん、混乱しておられますね。そうだ、コレは見れますか?」
子供は、ずいっと手を差し出してくる。その上にあるのは……えっと。
「……タブレットか?」
「板? まあ板のような形状ではありますね。何か映し出されてはおりませんか?」
「映像が流れてるな」
暗い映像だ。白い線が降るのが見える──雨、いや滝か?
「あ、スマホ!」
その地面に落ちて光っているのはスマホだ。あれは俺のだと分かる。何千時間と顔を突き合わせてきたのだから。
──では、その近くに座っている男は?
くたびれたジャケットの下にダサいプリントTシャツを着て、壊れかけの鞄を肩にかけて、目を閉じて座っている男は……。
「……俺?」
ドッ、と。
堰を切るように記憶が蘇ってくる。
「思い出したでありますか?」
「ああ……」
「おお! それでは、お名前をきかせていただけますか!?」
「俺は……ツツブキ、ヤスキチ」
27歳の一般男性。
「そんでもってお前は」
得意げな顔をしている子供。声に聞き覚えがある。
「……ファミチキくださいの人」
「何でありますかそれは!?」
しばらく記憶をたどろう。あれは今日の業務終了間際のことだった……──
◇ ◇ ◇
『はぁ~。ほんっと分かりづらい。オタク、よくこれで商売してるね? 前のところは電話したら家まで来てやってくれたけど?』
「恐れ入りますが、弊社は出張サポートを行っていないので……」
『ああそうですか。とにかくつながったんでもういいです』
電話を一方的に切られる。
……別に怒っちゃいない。よくあることだし、丁寧に終わりの挨拶をする手間が省けたと思えばいい。
だがそれはそれでやっぱりムカつく。
「ふぅ~」
システムに対応内容のレポートを書くフリをして、別ブラウザの方を大きくする。
青い画面。問いかけられる『いまどうしてる?』。
俺はサクッと書き込む。
ブッキー @ttbk-omt - 1秒
うんこうんこ
「よし」
ありがとうTwitter。君のおかげで俺は平静を保てるんだ。ついでにTLもちょいと眺める。うんうん、いい感じに流れているな。
そうしているうちに気分が落ち着いたので、Twitterを画面端に寄せて対応内容のレポートをまとめにかかる。そろそろ電話サポートも終了の時間だ。これを仕上げたら帰れる──
──と思った矢先に、電話が鳴る。
サポート終了1分前。1コール。誰も出ない。弱小インターネットプロバイダの電話サポート部隊はちょっと横を見れば全員の顔が見える。……どいつもこいつも忙しいオーラを出すことに必死だ。
2コール。
「大変お待たせしました。ツヅクインターネット、サポート窓口でございます」
サボッターの後ろめたさもあり、内心ため息を吐いて受話器を取る。2コール以上の呼び出し音に耐えられない、サポセンお兄さんの悲しき習性だ。
『あっ、すいません、終わり際に』
若い女性の声。こちらを気遣う様子だが、気は抜けない。サポートに電話をかけてくるような人間にまともなやつは少ないからな。
「大丈夫ですよ。お問い合わせの内容をお聞かせいただけますか?」
申し込みか? 料金の支払いか? 接続トラブルか? 自動音声による案内を導入していない弊社では、まずはカテゴリの切り分けから始まる。
トラブル系は今からじゃきつい。接続トラブルは嫌だ、接続トラブルは嫌だ──
『あの、つながらなくって──』
あぁ……──
『──Twitterに』
「それは大変ですね」
Twitterに繋がらない──それはこの世の一大事だ。
ありとあらゆる人間の「つぶやき」を集積する玉石混交の至高のサービス、Twitter。それに繋がらないということは、息をしていないも同義。
分かる。
1秒だってTwitterに繋がらないのは耐えられない。流れるTLを感じて、息を吐くようにつぶやかなくては生きていられない。
「分かりました。必ずつながるようにしましょう!」
『え。あ、はい』
手早く本人確認を終わらせ、ユーザー情報を調べる。数年前からサービスを利用しているな。支払い方法は銀行振り込みだが、毎月の支払いに問題はない。
「Twitterに繋がらないということですが、ご利用の機器はスマホでしょうか、パソコンでしょうか?」
『スマホです。あの、家の外では使えるんですけど、家に入ると使えなくなって』
家の中のWi-Fiに問題があるが、キャリア回線にはつながっているということか。
『しばらくそのままにしてたんですけど、もうギガがいっぱいで重くて』
データ通信量を使いつぶしたと。
「今スマホは操作できますか? 一緒に確認ができればと思うのですが」
『あ、はい』
スマホの機種確認。操作手順を案内してWi-Fiに繋がっていることを確認。以前はこれで問題なかったが最近はダメとのこと。よく確認すると、予想通りWi-Fiのインターネット側がつながっていない。
「ルーターの設定は分かりますか?」
『兄がやっていたんですが、少し前に兄は引っ越してしまって』
ルーターの機種を確認。ステップ・バイ・ステップで説明し、スマホのブラウザでルーターの管理画面へ遷移させる。初期パスワードでログイン。WANの設定を確認。問題なさそう。再接続。失敗。入力ミスを再確認……合っているはず。
「……そうなりますと……」
サポート部隊の権限では、難しい内容になってきた。ここから先は技術チームに原因究明と対策を仰ぐ必要がある。だが弊社の技術チームは、プロバイダー業務に非協力的だ。こういうトラブル対応に即応してくれないし……そもそも、定時を迎えてさっさと帰ってしまった。
本来なら、ここでサポートチームとしてはお手上げだ。これ以上の対応をする権限がない。
……だが。
──Twitterに繋がらないんだぞ?
そんな悲惨な環境にある人間を、放っておけるわけがないよなあ?
「少々お待ちください」
ちょっとズルするだけで迷えるTwitter民を救えるのなら安いものだ。
以前、プライドだけは高い技術チームのひとりからおだてて教えてもらった手順で、本来サポートチームが操作してはいけない認証サーバーにログイン。顧客のインターネット接続アカウントを検索。……変だな。接続状態になってるぞ?
……待てよ。似たようなことがあったな。
「他の機器や、他の場所でのご利用はされていますか?」
『分かりません。してないと思いますけど……』
割り当て中のIPアドレスの経路を探索する。最終到達IPは網終端装置──インターネットの入り口。今までのやり取りから、確実にこの人の家では接続されていないはずなのだが──状況としては、このアカウントは接続している可能性が高い。
おそらく。
今問い合わせている顧客以外の『誰か』が別の場所で同じアカウントを使って接続しているから、二重接続を拒否されてインターネットに繋がらない……それが答えだろう。
アカウント、パスワード双方が第三者に知られた可能性は少ない。身内の犯行だろう。つまり……ルーターを管理していた兄とやらだ。
普通ならここで、お兄さんに確認してください、と案内して終わるところだ。波風を立てないように。
だが──
『あの……?』
──Twitterに繋がらないんだぞ?
そんな大犯罪──許せるわけがないよなあ?
手早く契約を再確認。契約者は問い合わせ者本人。住所も正しい。兄の情報は一切ない。
「……お手数ですが、もう一度だけ接続を試していただけますか。今度は、パスワードを新しいものに変更してみますので」
顧客の入力ミスがあるかもしれないから、パスワードを変更する。
そのうえで、認証サーバー上で継続しているセッションを切断するコマンドを打ち込む。切断され、認証エラーのログが並ぶようになったのを確認してから、再接続を案内する。
『あっ、接続できました!』
「Twitterはどうでしょうか!?」
『繋がります!』
「よし!」
『え?』
「いえなんでもありません」
よし。解決した。世界は救われた。引っ越し先で勝手に妹のプロバイダー情報を使ってネットに接続していた兄(たぶん)のことなど知るものか。たぶん近日中に『繋がらない』とか電話してきそうだが、不正利用者のクレームなど痛くも痒くもない。
これは正しい対応ではなかったかもしれない。
しかし今すぐ解決するための、楽してズルした冴えたやり方ではある。
『あの、助かりました。すごいですね、まるで魔法みたいです』
「いえいえ」
こうして顧客を救ってTwitterにつないだのだ。多少の規定違反はお天道様も目をつぶってくれるさ。……しかし、魔法とは大げさだな。進んだ科学技術は魔法と区別がつかないってやつか。
「ご案内は以上となりますが、他にご不明な点はございますか?」
『いえ、大丈夫です! ありがとうございました!』
礼を言われ、俺はとても晴れやかな気持ちで対応を終了した。
「ふう」
受話器を置く。辺りを見回す。ほとんどの照明が落ちた職場に残っているのは俺一人。
ブッキー @ttbk-omt - 1秒
またひとり救ってしまった……
俺はTwitterにそう書き込んでから、対応内容のレポートをまとめる。意図的に兄の接続を切ったことはごまかして、あくまで「バグかなと思って」やりましたという体で。よし、これでいい。どうせ上司もそこまで詳しくレポートは見てない。
「帰るか」
外は大雨だった。
月は雨雲に隠れ、街灯の明かりも雨で細切れになる。
帰りの電車に乗り込むも、座席は空いていない。だが吊り革が空いていれば上々だ。左手で吊り革、そして右手でスマホ。もちろん起動するのはTwitter。
ブッキー @ttbk-omt - 1秒
今日も完璧なポジショニングで帰宅
つぶやく。誰にとっても価値のない、単なるつぶやきを。TLにはそんなゴミみたいなつぶやきも、お役立ち情報も、高尚な思想も、頭おかしい内容も、すべて平等に流れてくる。その一部となって過ごす、至高の時間。
そう、Twitterこそ我が人生。家族や友人とも疎遠な一人暮らしサラリーマンを世間に繋ぐ唯一のツール。唯一の楽しみ。人生の不安を忘れられるもの。これがなけりゃたちまち生きる気力を失うだろう。生命線と言ってもいいかもしれない。
ブッキー @ttbk-omt - 1分
今日も完璧なポジショニングで帰宅
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ハダカキンイロフグリ @hadaka-golden-ball - 6秒
寒いと縮こまって収まりやすいですよね
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ブッキー @ttbk-omt - 1秒
そういう意味じゃねーよ
クソリプに律儀に突っ込む。こんな優しいクソリプも、マジで頭おかしいクソリプも、すべてがTLを流れていく。つぶやきには平等に価値がなく愛おしい。リアルにはない交流を生み出すTwitterは素晴らしいものだ。
「……っと」
もちろんTwitterは完璧というわけではない。誹謗中傷もあれば、パクツイデマ野郎もいるし、炎上だってする。悪徳業者によるスパムアカウントなんて虚無もある。スパム報告してブロックを秒でこなすのには慣れたが、こういう時は少し虚しくなる。
だがそれもTwitterだ。ユーザー側に対処手段があるなら、住み分けをすればいいだけ。……いやでも、もうちょっとなんとかして欲しいよな……技術的に難しいのは分かるんだけど。
そんなことをTwitterしながら思い、電車を乗り継ぎ、家の最寄り駅で降りて、いつもの帰り道を行く。車が通らないような住宅街の狭い道。
「ワロタ。RTしとこ」
当然のように俺は歩きスマホ、いや歩きTwitterをしながら行く。片手に傘、片手にTwitter。TLは雨のように流れて止まらない。Twitterがある限り、俺に退屈の時などない。俺の生活は常にTwitterと共にあるのだ。
「しかし疲れたな。残業は勘弁してほしいわ。ダルい……ダルダルだ……ん?」
ふと、ひらめく。
バズりそうなつぶやきを。
「『ダッルー・ダルダル』。どうだこれは? いけるか? 宗教的でセンシティブか? いやでも最後の『ル』しか合ってないしいいよな?」
そんなくだらないことを熟慮する。クソツイには命をかけなければならないが、炎上してもならない。
リアルでつぶやきながら、スマホに書き込んでは修正する。
そんな時だった。
『聞こえますか……聞こえますか?』
「ん?」
その『声』が聞こえてきたのは。
『今、あなたの心に直接話しています』
それは幻聴かもしれなかった。声という感じではなかったから、周囲に人がいるのかも確認しなかった。
しかし、そんなことより。
「やべえ」
つぶやかねば! 今! 脳内に直接語りかけられてるって! たぶん疲れからの幻聴だと思うけどネタとしておいしすぎる!
『あ、あの、聞こえますか? 危険が迫っていて──』
ダッルー・ダルダルなんてもうどうでもいい。えーと、出だしはどうしよっかな!?
『危ない!』
次の瞬間、重力の感覚を失い、俺の視界は真っ暗になった。
こんにちは。ブーブママと申します。
「プニキとはじめるリーグ運営」「逆行転生したおじさん、性別も逆転したけどバーチャルYouTuberの親分をめざす!」などを書いていました。今回は異世界ものになります。
今日明日は3話ずつ更新です。よろしくお願いいたします。