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建国記念日1・夜陰の再会

建国記念日の前日のこと。

欠けた月は天頂に昇るほど夜も深まり、既に日付は変わっていた。


ほとんどの灯りが消えている王宮内で、唯一レアルドの執務室は未だに明かりがついていた。

目の前の書類の束をある程度片づけた後、大きく伸びをする。


「うーーーん…っと、少しやりすぎてしまったか」


しばらく謎の体調不良と、精神疲弊に悩まされていたレアルドだったが、今は体調も回復し、以前の調子を取り戻していた。

溜まりに溜まっていた執務を片付けているうちに、時間を忘れて没頭してしまうことも多く、今日のように夜もすっかり更けてしまうことも少なくはない。


「お疲れ様です。‥本当にそろそろお休みにならないと、明日の建国式典に差し支えます」

「ああ。そうだな、ルイスも付き合わせて悪かったよ」


侍従のルイスは、ご機嫌だった。

以前の公務に実直に取り組む主君の姿が戻ってきたのだから、当然と言えば当然だろう。


「レアルド様、お休みになる前に何か温かいものでも持ってきましょうか?」

「いや、いい。今日はお前も休むといい。…しばらく私に付き合ってばかりで、ろくに休んでいないだろう?」

「いいえ、そんなこと。…でも、私が休まないと殿下も休めませんね。…それでは失礼します」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」


ぺこりと礼をして去っていくルイスを見送ると、レアルドは長椅子に寝転んだ。


(‥ずっと、頭の中に霧がかかっていたようだったのに)


ここしばらくはヴィヴィアンにも会っていない。

以前は一日でも逢わないと何か恐ろしいことがあるような、妙な強迫観念に駆られていたのに、今ではあの時の感情が嘘のようにすっきりしているのだ。


「…まるで、悪夢を見ていたようだ。彼女に何か原因があるというのか‥?」


すると、少しだけ開いていた窓から心地よい風が流れてくる。うとうとしかけた頃、ふと、何かの気配を感じて跳び起きた。


「!」慌てて壁にかけていた剣を取り、物音のした方向をにらみつける。

「‥こんばんは」


揺れるレースのカーテンの波間にできた黒く伸びた影。

その姿を見て、レアルドは言葉を失った。


「‥‥あなたは」


影の主は、レアルドの傍までやってくると、ふっと微笑んだ。


「久しぶり、というのも少し違うが。‥大きくなったな」


目の前に立つ人間は、とある人物にあまりに酷似していて、懐かしさと同時に焦燥感のようなものが押し寄せてきて、レアルドは思わず後ずさりしてしまった。


「貴方は‥ラヴィ、さん…ではないのか」


その姿はまぎれもなく、あの日の夜街の酒場で会った兄そっくりの人間、…ラヴィのはずだった。

それなのに、何故瞳の色が違うのだろう。

まるで、亡き兄と同じ金色の瞳に見える。この国は広いが、黄金の瞳を持つ者など限られているというのに。青年はどこか力なく微笑み、頷いた。


「似ているけれど、少し違う。私は君の知るラヴィという存在でもあり、同時に、ヒューベルトという存在でもある」


ざわ、と風が舞い上がる。

月光に照らし出された目の前の人物は、どこか幻想的で儚い。剣を握る手に汗が滲み、心臓が早鐘を打つ。混乱し、取り乱しそうな心を静めるように、一度大きく息を吐いた。


「…意味が解りません。だって兄は…」


それ以上は言葉にできず、ぐっとこらえる。

レアルドは、この兄に酷似した人間を無下には出来ず、かといって突き放すことが出来ない。

意を決して、青年に向き直った。


「人は呼びません。…あなたは、私に会いに来たのでしょう?‥それも内密に」

「ああ。理解が早くて助かるよ」


ふっと微笑むその姿は、どうしてもかつての兄を彷彿とさせてしまう。

レアルドはつい目を伏せてしまった。


「レアルド、私は君の兄、ヒューベルトとしての意識と、君が酒場で出会った心優しいラヴィという青年と一つの身体に二つの魂…というのか、二つの意識が混ざり合っている。」

「‥‥?どういうことですか。‥ヒューベルトは亡くなって…」


言い掛けて、ふとレアルドは奇妙な違和感を覚えた。


(亡くなっている‥はずなのに。兄の葬儀も、なにも思い出せないのはなぜだ…?)


思い出そうとすると、正体のわからない頭痛のようなものが襲ってきた。

波のように訪れるノイズのような音に意識を持っていかれそうになる。必死に抗うが、痛みは増すばかり。


「あの晴れた日、私の放った矢が誤って兄に…」

「…本当に、そうだったのか?」


水の様に静かな声が聞こえると、突如、レアルドの意識は急激に戻った。


「今はまだ。…いずれ思い出すだろうから」

「‥‥あなたは、生きているのか?」


ラヴィは静かに首を左右に振った。


「なら、夢や幻なのか?」


その問いにも静かに首を振る。


「私は、すでにこの世の人間ではないよ」

「‥‥‥」

「ただ、君たちと同じような姿をして、君たちと同じような存在のふりをしているだけだ」


そう告げたラヴィの表情はあまりにも辛そうで、レアルドは何も言えなかった。


「お前に、今どうしても言わなければならないことがあるんだ」

「‥私に?」

「ヴィヴィアンに気をつけろ。…心を決して許さないように」


その言葉を聞いた瞬間、さっと血の気が引くような感覚にとらわれる。


(巫女姫‥ヴィヴィアンのことか?)


つい先日まで彼女を想い煩いおかしくなっていた自身の姿を思い出した。

あの時は誰の言葉も耳に貸さず、彼女の夢のような言動が全てだった。‥ただ一人、真っ向から真実を告げてくれる人物がいなければ、どうなっていたことだろう。


(もう、あんな風には決してならない)

「‥肝に、銘じておきます。」

「それと、もう一つ。‥…どんなに困難な局面でも、決して投げ出さず、諦めないように」


その言葉は、嘘や偽りもない、強い言葉だった。


「困難な局面…」

「お前は目の前にある真実だけを見て、前を見ろ。誰かの甘言にも惑わされず、それを信じて挑めば、必ず道は開ける筈だ」

「目の前にある真実…」


レアルドがそう言うと、ラヴィは静かに頷いた。


「恐らく、明日の建国記念日には、この国は新たなる王を迎えることになる。」

「…?!‥父上はそんなこと一言も」


ラヴィの思わぬ言葉に、目を見開く。

レアルドは自分が第一後継者と思っていた。そうなるように、努力してきたつもりだった。‥しかし、形はどうあれ、それよりももっと相応しい人間が今、目の前にいるのだ。


「…どういうことですか?あなたは、先ほど、既に自分はこの世のものではないおっしゃった」

「ああ、その通りだ」

「では、あなたは」

「‥力など望んでいない。‥けれど、」


尚も続けようとした言葉は、ラヴィによって遮られてしまった。


「歪んだ力‥錬金術によって造られた、まがい物の王は、そうしなければならない理由がある」


そう語る彼の瞳はとても悲し気な色をしていた。


「錬金術‥?そんなものはとうの昔に…!」


ふと、過去に一度呼んだ錬金術の知識について思い出した。


錬金術とは、破壊を是とし、再生をもたらす魔術的研究のこと。

大昔に滅んだはずの研究だと、学んでいる。


「破壊と、再生…それは」


あり得ない点とあり得ない事実が一つの線となって形を成す。

その線が最終的に(かたど)ったものが、彼だとしたら。

思わず彼を見て、口元を覆う。


「言っただろう、目の前にある真実だけを信じぬく強さを持て、と」

「!!」

「まがい物の王は、傀儡に過ぎない。‥自身では止められないから、誰かが終わらせてくれるのを待ち焦がれているんだ」

「終わらせる…?」

「その方法を、私の代わりにお前が見つけてくれ。‥待っているから」


(ああ、この人は)

あまりにも切なる言葉に、胸が苦しくなる。

彼は間違いなく、かつてヒューベルトという名前の存在だったのだろう。


「…何が起きてもそれに屈することなく、この国と世界を良い方向へと導く光にお前がなってくれればと、願ってやまない」

「…わかりました。…今の言葉、決して忘れません」


レアルドがそう言うと、ラヴィはどこか安堵のような表情を浮かべた。


「本当に困ったとき、グランシア家を訪ねると良い。‥‥必ずお前の力になってくれる」

「グランシア家‥ですか」


ふと、思い浮かべた二人とは、決していい関係とは言えなかったような。

だが、同時に、レアルド自身も気づかなかったことを的確に指摘してくれた人たちでもある。


「‥‥む、胸に留めておきます」


どこかばつが悪そうな表情を見やり、ラヴィはふっと笑った。


「…カサンドラなら、今の君の力になってくれるだろう。…もちろん、ヘルトも」

「待って‥!ヒュー兄さま!!!」


ラヴィが背を向けた途端、強い風が部屋全体を吹き抜ける。

思わず目を閉じると、もうそこには誰もいなかった。


**


同じ頃、王の寝室では、ある異変が起こっていた。


ハルベルンという大きな国を治め、自らを皇帝と名乗ったバロル・ルベリアムは、眼前で悠然と微笑むファルケンに恐れをなし、膝をついて震えていた。


「い‥一体どういうことだ‥」


その死に姿は、かつて自身も葬儀に参加し、この目で確認した。

そう、彼は生きている筈のない人間だった。


「‥ファルケン公爵‥何故生きている‥!?」


当時、わずか30代でこのハルベルンという王国を帝国まで押し上げた皇帝は、目の前に立つ亡霊をにらみつけた。


「‥陛下には感謝しております。私の研究を陰で支えていただいたからこそ、私は死を超越できた」

「研究‥だと?!死をも超越した?…化け物が!!」


50を過ぎたと言えど、皇帝の覇気は決して衰えていない。

一にらみで大抵のものは身をすくんで驚くものなのに、ファルケンはそんな素振りは微塵も見せなかった。


「私は貴殿の一族に王冠を、貴殿は私に神殿の権威という栄光を与えてくれました。これは立派な取引、等価交換を行った…つまり同志でしょう」

「戯言を…!」


バロルが王に就く頃、ハルベルン王家は真っ二つに勢力が分かれていた。

それが、先代の王のエイリアス王家と、今代のルベリアム王家の二つである。


今でこそ、王家と神殿は密着した関係のように見えるが、当時は、女神神殿はエイリアス家がそのほとんどの権力を保有していた。


しかし、ファルケンがルベリアム王家と手を組み、毒を用いて目に見えぬ場所で暗躍し続け、エイリアス派だった神殿の権威は地に落ちた。

結果、ファルケンはルベリアム家の即位を後押する結果となり、秘密裏での錬金術の研究がなされたのだった。


「誰か…!」


バロル皇帝が立ち上がり、大きな声をあげる。すると途端に、王宮の護衛をしている筈の騎士達が寝室になだれ込み、皇帝に剣を突き付ける。


「な、貴様ら…どういうことだ?!」

「私が無策であなたの前に現れたと本気で思っておりますか?」


ファルケンはそう言うと、持っていた杖をかざした。

杖から発せられた赤い光はバロル皇帝にまとわりつき、皇帝の自由を奪う。意識は遠のき、月が写した皇帝の影から無数の糸が出現し、皇帝の中に入り込んだ。


「ア‥っが‥っ」


全ての影が吸収されると、そこには、虚ろな目をした皇帝の姿と、同じような姿の騎士達がファルケンに跪く。その様子を満足げに見ながら、ファルケンは嗤った。


「さあ、始めるとしよう‥新たなる世界の歴史を…!」

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