譲れないもの
登場人物整理
ギネリー→ユイナの専属の年配の女性。ユイナヴィヴィアンを実の娘のように世話していた。
グランシア公爵→今まであまりカサンドラと関わろうとしなかった。フェイリーとクレインは五歳との間にできた子供。ヘルトとは血のつながりはなく、カサンドラの実父(前妻は他界)
タリア→ヘルトの実母で、夫(ヘルトの実父)を早くに亡くし大恋愛の末、公爵と結婚した。カサンドラが前妻アレクシスに似ているため、うまく接することが出来ずにこじれている。
クレイン→グランシアの次男。(血統上では長男)少しませている生意気盛り
フェイリー→グランシア次女。やや食いしん坊で、最初はカサンドラと仲が良くなかったが、のちに仲良くなった。
「ヴィヴィアン様、お茶がはいりましたよ」
「有難う、ギネリーさんの淹れるお茶はいつも美味しいわ」
そう言って微笑むヴィヴィアンを見て、ギネリーは不思議な違和感のようなものを感じていた。しずしずと下がった後、ふっと短く息を吐く。
(うーん…何が違うってわけではないのだけど)
いつもと同じような微笑に、いつもと同じ仕草。
その姿はまるで変っていない。けれども、どこかちぐはぐでどこか底知れない何か恐ろしいものが沸き起こってくるのはなぜだろう?
その違和感の正体を感じてからというもの、ギネリーは心の奥がざわざわしているのだ。
(それに‥何かしら)
違和感を感じはじめた数日前からというもの、この辺りは四季咲きの薔薇が咲いている場所のはずなのに、どの花も元気がなく、すっかりしおれているように見える。
「季節柄‥秋だもの仕方のないことではあるけれど、植物たちの活気のなさはどうしたことかしら?‥もうすぐ建国記念日だというのに」
窓の外を見ながら、ギネリーは再びため息をついた。
その様子を柱の影から窺いながら、ヴィヴィアンは目を薄く細め、その場をあとにした。
自分の部屋に戻ると、飾ってあった薔薇の花瓶に手を伸ばす。
ヴィヴィアンの手に触れた薔薇は瞬く間にしおれてしまい、花びらさえ残らなくなった。
(‥消耗が激しい。この辺りの植物程度では、この身体を維持できない)
寝台に横になりながら、ファルケンに言われた言葉を思い出す。
「あなた方は、不完全な人間です。まあ、元は人の骨を基本に生まれた魔力を持った生命体ですから、どうあがいても普通の人間とは異なる。
人間は、無数の血管と細胞で出来ていますが、あなた方はそれが極端に少ない。その代わりを魔力で補っているのです。…もっとも」
チラリと、ヒューベルトを見てファルケンはニッと笑った。
「貴方は別格のようですが。」
「‥私の話はしなくていい」
やれやれ、と肩をすくめる仕草をしたのち、ヴィヴィアンを見た。
「巫女姫様はそうはいきません」
「…では、どうすればいいの?」
「簡単なことです。神に造られた生命体か‥つまり生きている者達から生気を奪えばいいのですよ」
「…生気を奪う?!…そんな」
「何故です?人間達は生きる為に動物を殺す。植物を食す。‥それと何が違うのです」
ファルケンの言葉は間違ってはいない。ヴィヴィアンにとっては一つの答えでも、ヒューベルトにとってはそうじゃないようで、彼は激高していた。
(生と恵を司る女神に仕える巫女が‥これじゃ、まるで化け物ね)
ふっと自虐的な笑みが零れる。
本当なら、もう一人の私であるユイナを剥がすべきじゃなかったのかもしれない。
でも、自分以外の人間が彼に触れるのはとても許せなかった。
「…どうしてこうなってしまったのかしら」
もし、何も奪わずにいたら、そのうち朽ち果てて骨と皮になるんだろうか。
本当にその姿になった時でも、彼は私を愛してくれるだろうか。
最近、ヴィヴィアンはそんなことばかり考えてしまう。
そういえば、と。ヒューベルトがいないときにファルケンがこっそりと教えてくれたことがある。
「もし、生気を吸い取るのが嫌とおっしゃるのなら…生きながらえる方法がもう一つありますよ」
「…どういうこと?」
「ヒューベルト殿と同じように、一つに体に複数の魂を共有する、女性がいるでしょう」
言うまでもない、それはカサンドラのことだろう。
彼女は中にマリカとカサンドラ、二つの魂が共有しあっている。
「…彼女がどうかした?」
「いまだ一つに混ざり切っていない彼女の身体から、魂を引きはがせばいいのです」
ファルケンの言葉にぞくり、とした。
「魂を引きはがす…?そんなことでき…」
「貴方は既に実践済みでしょう?あの剣を使えば、不可能ではありません」
「‥…二つの魂を消滅させれば…器が空く?」
「カサンドラはもともと【そういう役割の器】でしたから、そこに貴方が宿ればいい」
「‥‥‥考えておくわ」
この世界は、とても緻密で、計算されている。不可能なことは可能にする方法を考えればいい。
ファルケンの中では、それが当然のことのようだった。
…けれども、その枠にはまらない力の存在がもう一つあるのをヴィヴィアンは知っていた。どうしたって抗えない、大きくて強大な意志の力。
(もし、その力があの子に働いているとしたら…私は)
どこまで抗えるのだろうか。既に、私は見捨てられているのではないだろうか。錬金術師の言う通り、あの子を身体を手に入れて‥それは果たして【私】と言えるのだろうか。
そうまでして得たものに、価値などあるのだろうか?
**
「えぇ~‥‥建国祭ですかぁ…」
「…何だ、その返事は。今回ばかりはいつものように仮病など許さんからな」
グランシア邸にて。
その日、グランシア公爵は、珍しく家族全員で晩餐を取っていた。
不満をおくびにも隠そうとしないカサンドラ同様、ヘルトもまた深いため息をついているのを公爵は見逃さなかった。
「ほぉお…!家族で夜会に参加ですかぁあ…!!!」
「わあ!ママとおそろいのどれすきれるの?!」
反対に、クレインとフェイリーは嬉しそうにはしゃいでいる。
建国祭とは、その名前の通りハルベルン帝国という名前に変わった祝いの日である。
毎年、王宮ではハルベルンの全ての貴族を招待した大規模な祝賀会が開かれるのが慣例である。
しかし、その宴に参加できるのは、爵位を持つ貴族でかつ三等身までの直系家族の者達のみとある程度の条件があるのだ。
グランシア公爵家としては、家族全員が出席する夜会など、実は初めてのことだった。特にヘルトは仕事を理由に、カサンドラは病を理由に今まで一度だってこの建国祭には参加したことがない。
「ほら、食事中は静かになさいな。二人とも」
「「はーい、まま」」
嬉しそうにこちらを見て微笑む弟と妹を見ながら、カサンドラとヘルトは顔を見合わせた。
「…あの二人を見ていると」
「…全く、仕方がないな…」
その様子を見て、公爵は内心ほくそ笑んでいた。
「‥カサンドラ、お前には、ユリウス公子からドレスコードが一式届いている」
「い、一式?!‥‥そんなことまでしなくてもいいのに…」
案の定、ヘルトは表情を崩さないが、その反応で十分だった。
その様子を見ながら、妻のタリアはこちらに向けて咎めるような視線をちらちら送っている。
(あ・な・た。余計なことをおっしゃいませんように)
(そう怒るな、タリア)
「ごほん、カサンドラ。ユリウス公子とは仮とはいえ、婚約者だろう。まあ、勿論?私は全面的に公認はしていないがな!!」
「…何が言いたいんですか、お父様」
「お前もグランシア家の直系である以上、私が全ての決定権を持っているということ、忘れるな。ヘルトも、だ」
「へえ。それはそれは‥ごちそうさまでした。その箱は私が自分で持っていきますわ」
公爵がそういうと、カサンドラはこれでもかというほど怜悧な視線を公爵に向けた。
思わず、背中に冷や汗をかくほどだった。
(お、怒り方は本当にアレクシスにそっくりだな)
同様に、ヘルトもまた静かな怒りの視線を公爵に送ってくる。
何とか虚勢を保ちつつ、振る舞いだけは余裕を崩さぬように見えたに違いない。
「俺もこれで失礼いたします。フェイリー、クレイン、残さず食べるんだぞ」
「はあいお兄様!」
「ん。…では」
ふたりが完全に部屋から出ていったのを見送ると、公爵は長いため息をついた。
それを見ながら、タリアは呆れたように短く息を吐く。
「あなた‥ふたりのことは二人に任せると言っていたのではありませんか?」
「‥それはそうだが。私としては、大事な娘の婿についてやきもきするのは当然のことだろう」
今までだって気にかけていなかったわけではない。
手塩にかけて後継として育てた養子の幸せと大事な妻の忘れ形見の二人の幸せを願うのは、親として当然のことではないのだろうか。
「全く、‥カサンドラに関して言うのなら、わたくしにも責任の一端はあります。…いまだに、何を考えて居るのか。わからなくて…」
タリアが苦し気にそう言うと、クレインはきょとんとその姿を見返した。
「‥サンドラ姉さまは、基本的にあまり何も考えてないと思いますけど…」
「クレイン。…そういう言い方は良くないわ。まるで…」
その先は流石に言いにくく、慌てて続きの言葉を飲み込んだ。
「だって、サンドラ姉さまは、打算とかそういうもので行動するとは思えませんし。まあ、ちょっと口より先に手が出る傾向はありますけど」
クレインの評価は的確だった。
それは普段からあまりカサンドラと接さないタリアも納得してしまった。
「‥そ、そう言うこともいえるかもしれないわね…」
「だからみんな助けてあげたくなるんでしょうねえ。人気者ですよ!‥僕も大好きです」
「フェイリーも!サンドラね―さま、とっても優しくて強くてかっこいい!ヘルト兄さまもっかこよくてステキだよ!」
きゃっきゃと騒ぐふたりをみて、タリアと公爵もつられて笑ってしまった。
「‥子供たちの方がよくわかっているのかもしれないな」
「ええ。全くですわ‥わたくしも、もう少し…あの子と」
「どちらにせよ、明日が楽しみだな」
「ええ。…あなた」
寄り添いあう両親二人を見て、クレインはサッと席を立つ。
「よし、これ以上はおじゃまだから、向こうに行ってあそぶよ、フェイリー」
「うん!」




