崎本結奈②~ユイナの新しい一日~
「メイドとして働きたい?…ええ、構いませんよ」
その日、私、崎本結奈はダメもとで、執事のトーマスさんに直談判をした。そして、思わぬ返事をいただいた。
「本当にいいんですか?!」
「はい。うちは旦那様もカサンドラ様もご立派な方だし、巷で超人気の就職先ではございますが‥、募集をかけて来てもらったり、いきなり外部の人間を大量投入するというのは難しいのです。いちいち家庭環境等色々チェックしなければなりません。…そこまで時間がないのです」
だから、口コミでメイドを雇っているらしい‥というのを、アリーさんがこっそり教えてくれたのだ。
いつまでもカサンドラの友人としてグランシアのおうちに厄介になるわけにはいかない。どうにかして、自分で働いて、自分のお金を持つ方法を考えた結果である。
「で、でも、あたしは教養とか、その…良いお家柄の出身なわけでもないし」
「いいえ、カサンドラ様のご友人ということなら、問題ありません」
「あ、ありがとうございます。一生懸命覚えます!!」
(やった!!自分で稼げる!!住むところも何とかなりそうかも!!)
こうして、この世界でのあたしはただのユイナと名乗り、何とか就職先も見つけることが出来た。
とりあえず、カサンドラとはたまたま知り合った文通仲間で、ユイナは遠方の名もなき村から、就職先を探すためにやってきた‥という設定をした。
元々あちらの世界でもバイトしていたので、働くのは苦じゃない。むしろ、色々マナーとか勉強できるし、意味不明な数学やら役に立つかもわからない現代国語を学ぶのより、よっぽどためになると思う。
早速カサンドラに報告に行くと、彼女はまるで自分の事みたいに喜んでくれた。
「無事の就職おめでとうユイナ!」
「うん!マリカさんのお陰だよ!ありがとう!」
今日は友人として最後の日。
ついに明日から、メイドとしての初日となる。今までやったことのない仕事への不安と期待で胸がいっぱいになる。
「これで、バルクにも少しかお金を渡せるわ‥」
「そんな事気にしてたの?バルクなら、きっといらないって言うよ?」
「…あたしが気になるの。たくさん服も貰っちゃったし」
結局、あの後、バルクはあたしに3つもドレスを譲ってくれた。
しかも、本人曰く「色々なアイデアは思い浮かんだ!!」らしく、これからもさらに増える予定なのだ。
感想さえくれればいいっていうけど、そんなのは無理。何とか別の形で返せればいいのに。
「‥ここの人たちは皆いい人たちだよね」
カサンドラの友人として滞在したのはたかだか3~4日程度のことだが、それでも、ここで働いている人たちは皆生き生きとしていて、楽しそうで‥本当に自分たちの仕事に誇りを持っているんだなあと思った。
勿論、それはあたしがゲストだから、大切にもてなしてくれていたんだろうけど‥、ずっと偽の神巫女なんて仕事をやっていたあたしを、一人の人間として見てくれているのが嬉しかった。
「そりゃあ、うちの使用人はみんな、優秀だから!」
誇らしげにマリカさんが微笑む。
…本当は、助けてもらったあなたの力になりたい。
そして、私に関わり、たくさん迷惑をかけてしまった人たちに、何かで返したい。
あたしは気持ちを新たにしたのだった。
「初めまして…ではないかしら。メイド長のアデイラよ、よろしく。ユイナ」
「はい!」
あたしはメイド長のアデイラさんに連れられて、このグランシア家の主である、公爵様と公爵夫人様にご挨拶をしに行くことになった。
「‥なるほど、カサンドラの友人か」
「は‥はい。ユイナと申します。よろしくお願いします、公爵様!」
チラリと公爵夫妻の顔を見る。
奥様のタリア様はとても美人で、元舞台女優ということもあってか、カリスマオーラ?が半端ない。
あ,ヤバ目が合ってしまった。
「‥…」
「奥様、ユイナはまだこちらに来たばかりで、マナーと礼儀が形になっておりません。どうか、ご容赦くださいませ」
「しっかりと教育なさい、アデイラ」
「はい」
くるりと去っていく姿も華々しく、とても美しい。
そして、嵐のようにバタバタとやって来たクレインお坊ちゃまとフェイリーお嬢様も、また、可愛らしかった。
「あたらしいメイドさん?」
「サンドラ姉さまのご友人ですかぁ!お見知りおきを!!」
ぐいぐいと来るご兄妹に、思わずしり込みしてしまう。
一使用人としては、どう接したらいいんだろう??困り果ててアデイラさんを見るが、くすくすと笑っているだけだった。
「え、ええと。初めまして。クレイン坊ちゃま、フェイリーお嬢様。ユイナと申します」
「おおユイナさん!僕はクレイン・グランシアでございます!」
「フェイリー・グランシアです!」
クレインはわざとらしく気取った挨拶を、フェイリーは覚えた手であろう貴族風お辞儀で得意げな表情を見せる。どちらもまるで天使の壁画から抜け出してきたかのような容貌なので、見ているだけでなんだか幸せな気持ちになってしまう。
(が、顔面偏差値が高いわ、この家族)
あのご夫妻とこのお子様に、ヘルトとカサンドラが並ぶわけで‥わあ、圧巻。
マリカさんは良くこの環境になじめたなあ。
「こちらこそ、よろしくお願いしま…すぅ?!」
「ユイナちゃん!!あそぼーー!!」
フェイリーが突如あたしの腕を取り、いきなり走り出した。
先導はクレインで、こちらも同じく走り出す。
「え?えっ?」
「この邸は広いから、追いかけっこにはもってこいな場所で‥」
「きゃぁ!」
着慣れないメイドの服装に(実は憧れていたけど)、履きなれない靴で急に走り出したものだから、あたしは足がもつれてしまう。
「危ない!」
「!!」
倒れる!と思った瞬間。私は力強い腕に支えられた。
恐る恐る目を開けると、そこには、朝稽古の後だろうか、長い髪をひとくくりにまとめ上げた、ブラウスにパンツスタイルのマリカさんがいた。
「ふう、大丈夫?ユイナ」
元々カサンドラは身長がそこそこ高い。
あまり大きくはないあたしとはちょうどよい身長差で、不覚にもちょっとときめいてしまった。
「あ ありがとうございます…」
「おちつけ、お前たち」
ごん。
すると、隣で低くて冷静な声と、何かの衝撃音が聞こえてきた。‥ヘルトだった。
「…いったいなぁ!どーして僕だけ叩くんですかヘルト兄さま!!
「それはお前が先頭切って走っていたからだろう」
「ぐっ‥それは」
「力が有り余っているなら、中庭に行ってグランと散歩でもして来い」
「えー――そんなあ」
そんな二人の微笑ましいやり取りを見ていると、あたしまで笑ってしまった。
「‥大分身体も締まってきたな。クレイン」
「ヘルトの指導のたまものですね!さ、フェイリー、朝食に行こう」
「うん!」
ふと、二人をとても優しい表情で見送るヘルトの姿が目に入る。
なんとなく、アデイラさんの方を向くと、アデイラさんはあらぬ方向を見ていた。
(ああ…なるほど―‥)
私も、それにならって別のあらぬ方向を見ることにした。‥ヘルトも大変ね。
このグランシア邸というのは、本ッ当ーに広くて、一度歩いた程度では、迷子になりそうだった。
一部屋一部屋のほこりや汚れを掃い、いつだれが来ても見苦しくないように綺麗にする。その後は全部屋のシーツを取り換え、洗濯に回す。
この世界は自動洗濯機なんてものはないので、全て洗濯板を使った手動式だ。
全ての布を洗い、シーツを天日干しすると、やっと昼休憩となるのだ。
「午後は、乾いたシーツの張替えと、アイロンがけね、ユイナ、大丈夫?」
「はっはい!働くのって楽しいです!」
あちらの世界に居た時とは比べ物にならない位身体を動かして、汗を流して働く。
それって実はすごいことなのかもしれない。
(あっちじゃほとんど動かないから…、大変だけど、やっぱり楽しい)
すると、隣で同じく賄いを食べていた赤毛の姉妹メイドが声をかけてきた。
「ねえねえ!」髪を二つ分けにしているのが、妹のニナ。
「ユイナ!あなたはお嬢様のご友人なのよね?」
赤いストレートの髪を後ろで束ねているのが姉のミアン。二人は通いのメイドで年頃も近いわけだけど‥実はアデイラさんに気を付けるようにと言われていたた。その理由は…
「「ズバリ!!カサンドラ様の本命はだーれ?!」」
「‥…」
つまりは【おしゃべり】ということらしい。
前のめりになって聞いてくるこの姉妹は、自覚があるのかないのか‥、根掘り葉掘り聞いてくるので、あたしはぐっとこらえて貝のように口を閉ざした。
「えぇっと。わかりません!!!」
「えぇ――!!そんなわけないじゃん、友達でしょー?」
「ちょっとだけ、ほんのちょおっと、ヒントでもくれない?」
アデイラさんには下手なことを言わないように、と釘を刺されているので、勿論喋るわけにはいかない。…先ほどから突き刺さるような視線を感じるのは気のせいじゃないと思う。
ダメだ見ざる聞かざる。心を無にしよう。うん!せっかくの仕事を失わけにはいかない。
「ミアン、ニナ。あんたたち喋ってばかりいないできちんと片付け手伝いなさいな」
すると、返答に困るあたしを見かねてか、先輩メイドのリンディが間に入る。
「え~リンちゃんも気になるでしょ?」
「そういう問題じゃない。あんたたち、おしゃべりが過ぎると自分たちの首まで飛んじゃうわよ?」
「そ、それは困るけど」
しっしっと手振りで二人を追い出すと、リンディがこちらを見て軽くウィンクしてくれた。
「メイドの心得その1、どんな情報も、自身の主に関することは絶対に口を滑らせない!…それができない子はいつまでっても重宝されないから」
「そうなんですか?」
「ええ。いつまでも末永くお仕えしたいのなら、信頼していただくことが、最も重要だもの」
「…確かに。」
どんな人間でも、べらべらと喋る人といつまでも一緒に行動したいとは思わない。
‥すごく当然な事なのに、なんだか初めて聞かされたような、不思議な感じ。
ふと、神殿にいた頃、あたしを実の娘のようにお世話をしてくれたメイドのギネリーさんを思い出す。
(色々気にかけてくれたのに、ちゃんとお礼を言えなかった‥もう一人のあの子は、彼女を大切にしてくれているだろうか)
どこかで、別の形で返せたらいいな。
そんなことをあたしは思いながら、真っ白いシーツを広げた。




