未来への担い手
「‥ラヴィの部屋、か」
カサンドラとユイナが去った後、アードラはラヴィが使っていたという部屋に佇んでた。
と、コンコンと壁を叩く音が聞こえ、はっと我に返る。
入り口の方を振り返ると、そこにはノエルが立っていた。
「無事、サンドラとユイナはグランシアに行けたみたいだ。‥バルクも帰ったよ。あいつ、既にゆいなちゃんに骨抜きにされてないか?」
「‥そっか」
「アードラはどうする?」
思わぬ問に、アードラは即答できなかった。
「‥ラヴィは、ここで楽しそうに働いていたね」
「社会勉強だって、無理やり俺がシフトに組み込んだんだけどな」
言いながら、ノエルは壁のボードに飾ってあるグラスを二つ、取り出した。
「‥話なら、聞いてやるよ」
「なんか、ノエルには僕もラヴィも随分世話になってしまってるね」
苦笑いを浮かべるアードラにグラスを差し出すと、ノエルもまた、笑った。
「いいよ別に。世界の謎に迫るみたいでロマンがあるぜ?」
「ロマンねえ…。じゃあ、少しだけ僕の話につきあってくれる?」
「‥どうぞ」
ノエルがとくとくと目の前のグラスに茶色の液体を流し込むと、ツンとアルコールの甘い香りが漂う。
ゆらゆら揺れる液体を見ながら、言葉を紡いだ。
「僕には‥お察しの通り、元の原型っていうのがいる。‥もう既にこの世にいない人間だけど」
「…そうか」
「あまり、驚かないね」
ノエルは一度頷くと、持っていたグラスを手でくるくる回した。
「まあ、ラヴィの話も聞いていたし‥ふたりともどこか似てるな、って思っているからな」
「似てる?」
「顔とかじゃない、‥なんというか、雰囲気とか取り巻く空気というか」
アードラが驚いたように目を見開く。
「そんなこと、初めていわれた」
立場的には同じかもしれないが、アードラにとってラヴィは他人であり、たまたま同じような場所にたまたま居合わせただけのものだと思っていた。
「口ではラヴィに散々兄弟だ何だと言っていたくせに、僕は…あいつをむしろ警戒すらしていたんだ。‥僕と違う、とそう思っていた」
「二人の状況を顧みれば、それも仕方のないことじゃないか?」
ノエルが言うと、肩の力が抜けるような気がするから不思議だ。
「‥僕はずっと名前を持っていたラヴィが羨ましかった」
「今は、お前もあるだろう」
「そうなんだけど。カサンドラに名前をもらう前は、僕はあまりにも不確定で不安定な存在だったんだ。だからこそ、名前を持つというだけで妬ましく思えた。‥どうして僕にはないんだろうって」
「名前、ね。‥昔から、人から授けられた真名には魔力が宿るというな」
「僕に与えられたのは記録というだけの役割と、見えない存在に植え付けられた固定概念のみ。‥それが消えたら、抵抗しなければと思うのに、うまく動けなくて、怖かった」
いつ消えても構わない、まるで大きな流れの駒の一つのよう。
それがアードラの不安をさらに煽っていたのだ。
「‥そういや、ラヴィも悩んでいたな。…自分は何者か、と」
「答えは出たのかな?」
「……どうだろう。それを掴んだからこそ‥あいつは今ここにいないのかもしれないな」
「‥‥」
「言ったろ?世界の謎に迫る‥って。アードラもラヴィも、この世界にとっては何者にも代えがたい重要な存在ってことで、いいじゃないか」
どこかおどけて笑うノエルに、アードラもまた笑ってしまった。
「そんなの、やだなあ。」
「酒は飲める?」
「ま、飲めないわけじゃあないかな」
ふたりのグラスがぶつかり、涼やかな音が鳴り響いた。
**
その日の晩餐は、はっきり言って、稀に見るほど豪華な物だった。
私がヘルトと同じ馬車で帰るなり、執事のトーマスはにこにこと満面の笑顔で迎えてくれたわけだけど、一緒にいたもう一人の‥結奈をみて目をまん丸くして驚いていた。
最初は想定外の出来事に戸惑っていたみたいだけど、ユイナが私の友達だと告げると、もっと笑顔になった。つられるようにして、メイドちゃんズも、みんなすごく嬉しそうにしていて。
私が同性の友人を連れてくるのを、我がことにように喜んで…って、こちらが驚くというか呆れるというか。心配かけていたなあ、とか、色々複雑な心境だった。
そうして、ヘルトと私と結奈で食べた晩餐というのが、楽しかったんだけど、なんだかふわふわしていて…ユイナなんて途中で泣き出してしまった。
‥そ、そんなに泣くほど美味しかったのだろうか?
最初は少し警戒気味だったヘルトも、害はなさそう、と判断したのか。
デザートの頃には随分とリラックスしていた様子だった。
そしてその夜。
「はあ‥おいしかったー!」
「ごちそうさまでした。‥その、本当にありがとう、カサンドラ」
せっかくだからと、アリーは私の部屋にユイナの寝間着を用意してくれた。
「…いいのよ。私ができることなんてこれくらいだもの」
部屋を見ると、アードラの姿は見当たらない。
どうやら今夜はノエルの所に泊るらしい。‥もしかしたら、気を遣ってくれたのかもしれないけれど。
「‥実を言うと、あっちで私って友達いなかったのよね。‥こうして、女子同士泊まるとか‥初めてで。こういう時、何を話すもんなのかしら」
「え?…普通の話じゃない?」
「その普通がわからないのよ‥」
辟易したようにうなだれると、ユイナは途端にころころと笑い出した。
「なんか、意外ね。‥前にレアルドから助けてもらった時なんて、向かうところ敵なし―みたいな感じで、すごいなあと思ったのに」
確かに、あの時は私もレアルドに一泡吹かせてやり返してやろうと思ったので、可能な限り虚勢を張っていたのは本当だ。
「ねえ、ユイナさん。貴方のこと‥聞いていもいい?」
「ユイナでいいよ。二人の時は、あたしもマリカって呼んでいい?」
「もちろん」
すると、ユイナ突然居住まいを正してこちらを向くと、コホン、と咳払いをした。
「じゃあ、ひとまず‥仲直りっていうか。…今までごめんなさい。マリカさん」
「…え?」
「‥あたし、あなたに色々ひどいことをしたと思う」
「ひどいこと…」
ああ、と思い出す。
この子には確かに色々な目にあわされた。影を使って攻撃されたり、あらぬ罪を着せられそうになったり、他にも直接的ではないにしても、色々あったかもしれない。
「うーん、なんというか。それは全部100%あなたの意思ではないことばかりじゃない」
「あたしの意志?」
「そう。わかんないけど、アードラが帽子屋だった時、言っていた事がある。与えらえた役割以外のこと、全部、何も疑問に思わなかったって」
「‥何も疑問に思わなかった?」
私は力強く頷いた。
「他の‥レアルドや、レイヴン、バルクもきっとそう。ヴィヴィアンというヒロインのことを、愛さずにはいられない‥想いが深くなればなるほど、心は支配されていくみたいで。まるで呪いみたい、って思ってた」
「‥呪い、確かにそうかも。…あたしも、浮かれていたのはホントだけど、当然のように彼らを夢中にさせて‥それになんの抵抗も感じなかったわ。…最初の方は特に」
「でも、途中で気が付いたみたいだったよね」
「うん、…マリカさんに会ってから、気付かされたことが多かった」
ユイナは少し考えるようなそぶりを見せるが、やがて口を開いた。
「‥なんか、やっぱりマリカさんは違うのかもしれない」
「違う?」
「‥あたしの場合は、多分本物のヴィヴィアンがプレイヤーで、私をキャラクターとして動かしていたんだと思ってる。」
ユイナの言葉に、私自身思い当たるところがある。
それは、以前見たあの夢でみた、コントローラを持っていたヴィヴィアンの姿だ。
「今は?」
「分かんないけど、今はあたしはあたしだって言える。‥ヴィヴィアンがあたしのことを剣で断ち切ったからかもしれなけど」
「剣で‥」
「確かあの時、ヴィヴィアンはこれから先は自分の物語、とか何とか言っていた気がする」
うーん、と私は少し悩んだ。
恋人も復活させて、巫女に返り咲いて‥これ以上あの子は何を望むんだろう。
なんて、恐らく考えてもわからない。それぞれ抱えているものは違うのだから。
「そういえばユイナ、いつからここに?」
「今年の三月くらい‥かな。ここに来る前に色々あったから、嬉しかった。よくある漫画や小説みたいに、ゲームの世界に入り込めたーって」
「やっぱり、ヘヴンス・ゲート?」
うん、とユイナは笑って頷いた。
「そう。あたし、すごいハマってて…。でも、こんなことになるなんて。」
「うん…」
私は言葉に詰まる。
「‥マリカさんは?多分、あたしよりも遅く来たよね?…初めて会った時のカサンドラは、今のあなたみたいな子じゃなかった。とても大人しくて…彼女にも悪いこと、したわ。」
「‥‥ユイナ」
この子はきっと、ここに来るまでの間に色々と考えてくれたのだろう。
それだけでも、本当のカサンドラに少しだけ報いることが出来たような気がした。
「私は‥そうね。公開裁判の時かな」
「‥‥ごめん、あの時は」
途端に落ち込む結奈をみて、ふるふると首を横に振る。
「いいよ、もう。あの出来事があったから、今の私はあるんだし。でも、訳も分からず死亡宣告されて、ゲームウィンドウみたいのが現れて。‥最初は本当にもう嫌になってずっと引きこもっていた」
「ゲームウィンドウ?」
「?ユイナも見れたでしょう?」
「‥あたしは、全員のパラメータ画面と選択肢は出ていたけど、ゲームウィンドウに直接何かを言われたことはなかった」
「そうなの??」
それは、どういうことだろうか。
もしかして…ユイナをこの世界に招き入れた奴と、私を招き入れた奴は別物なのだろうか。
「‥私は、大いなる意志とかいう奴に色々ああしろこうしろ言われたよ。フラグを壊せ、とか世界の滅亡がどうのとか」
「フラグ‥って。あの?」
「そう。…イベントを起こすためにキャラクターごとにあるじゃない。主人公がヴィヴィアンの時に起きるイベントに、ゲームに登場しない私が介入することで、シークレットフラグ、っていうのが壊れてて…あ そういえば、フラグって全部壊したんだっけか?」
私の話を聞いて、ユイナはどこか驚くようにこちらを見た。
「ヴィヴィアン言ってた。基礎を作ったのは自分で、仕上げはカサンドラだって。‥自分は自分をやり直したいって」
自分で自分をやり直したい?
それは、どこか不気味で、それでいて内側に切実な何かが隠れている様な気がして、言葉を失ってしまった。




