交錯する瞳
人物整理2
アードラ → カサンドラの使い魔(従者)魔法が使える。ファルケンのある実験の経過により生まれた
ノエル →カサンドラの友人で協力者。カサンドラが別の世界から来たことを知っている。目を見れば人の心の声が聞こえる力を持つ。色んな意味でフェミニスト。
バルク→結奈ヴィヴィアンの友人。ファッションデザイナーの卵で、カサンドラとは犬猿の仲
レイヴン→結奈ヴィヴィアンの友人。過去、ユイナは彼を振った経緯がある。
レアルド→結奈ヴィヴィアンの友人。以前はヴィヴィアンを想いすぎておかしくなりかけたが、カサンドラにこっぴどくしてやられ、正気に戻った。ヒューベルトの弟。
ファルケン→錬金術師。自らの生涯をかけて大いなる意志と取引し、実験を完成、見事蘇る。アードラの製作者
8月の終わりともなると、午後4時を過ぎたあたりから日は傾き始める。
ヴィヴィアンは、夕闇に染まる噴水を見ながらため息をついた。
「もう五時になるわ」
「…もう帰ろう?風邪をひいてしまうよ」
自身のジャケットを脱いで、ヒューベルトはヴィヴィアンの肩にかけた。
「…ねえ、どうして来なかったのかしら?どう思う?ヒュー」
「さあ?君が思っているほど、向こうは君を意識していないのかもしれないよ」
(…素知らぬ顔をしているけれど)
あまりにも様子が変わらないヒューベルトをねめつけながら、ヴィヴィアンは立ち上がった。
「貴方は会いたくなかった?カサンドラに」
「…私がなぜ、彼女に会いたいと?」
「だって、ずっと一緒にいたじゃない」
「それはもう一人のまがい物であって私ではない。‥一体何を心配しているんだ?」
「……ふうん。そう?」
肩にかかっていたジャケットをばさりと地面に落とすと、そのまま踵を返した。
「‥…帰りましょう。そろそろ帰らないと、ギネリーさんが心配するわ」
「‥…」
ヴィヴィアンはさっさと歩き出していってしまった。
その後ろ姿をなんとなく見送ると、落ちたジャケットを拾いながらひっそりと安堵のため息をついた。
(サンドラは、私の忠告を覚えていてくれたみたいだ。ふたりがこのまま会わなければそれでいい)
「‥…演者も大変ですね」
「?!」
突如聞こえた声に驚いて振り替えると、先ほどまで二人で並んでいたベンチには、ファルケンが足を組んで座っていた。
「‥ファルケン・ビショップ」
「貴方の心はここにはないのに。どうしてそうまでして巫女に尽くすのですか?」
「余計なお世話だ」
「おや、そんなつれない」
冷たく言い放つヒューベルトをせせら笑うと、ファルケンは持っていた杖をカツ、と鳴らした。
「どんなに凄んでも、私がいなければあなた方は何もできない」
「それはお互い様だろう。‥お前は実験と結果を、私は自らの目的を果たすための経過を観察させてやっている」
「‥‥ふ、身体の調子がいかがですか?」
「問題ない。」
「ならば、本日はこれにて退くとしましょうか」
「‥‥間違えるな。私とお前は協力関係ではあるが、お前に手を貸しているわけではない」
「ふふ、相応の対価を戴ければ、私はそれでよいのです」
ざあっと風が吹くと、次の瞬間にはもうファルケンの姿はなかった。
「‥…錬金術師め…!」
忌々し気に呟くと、ふと、前方を立ちふさがる人影と目が合った。
黒曜石のような澄んだ瞳がこちらを探るように見つめてくる。夕日の赤い光を受け、胸元の勲章がキラキラと輝く。
ヒューベルトは思わず目をそらしてしまった。
「…あなたが、なぜ‥生きている?」
「‥‥っ君は」
嘗て、ヒューベルトがまだこの国の次期王位を預かる第一王子でいた頃、ハルベルンの騎士となる若き者たちの叙任式を任されていた。
その中でもひときわ強い眼差しを持ち、将来を渇望されていた青年がいた。
彼は養子であるが故の周囲の反発や妬みや嫉みをものともせず、ただ一振りの剣のように静かに佇んでいたその姿がひどく印象に残っている。
「ヘルト・グランシア‥‥」
「見間違えるわけがない。…俺は一度あなたに忠誠を誓った騎士の一人だった。」
「‥‥8年、か」
あまりにも長い時を、人以外の身で過ごしたものだ。
喪失にも、虚無にも似た言いようのない感情が押し寄せ、自分自身をあざけ嗤った。
(間違えるな。…私は、私の決めたことを必ずやり遂げるためにここにいる)
「ヘルト、君は変わらない。…その心が、今の私にはとても眩しい」
「貴方は死んだはず。…一体何者だ」
ヘルトは腰に帯びた剣を取ろうとするが、どこか迷いがあるように見える。
「…‥まだ、だ」
「何?」
「君がその剣を抜くときは今じゃない。」
「‥…」
「カサンドラを必ず、守ってくれ」
「!!!なぜあなたが!」
彼女の名前を出した瞬間、ヘルトの迷いは強烈な殺気に変わる。
しかし、剣を抜くことは最後までなかった。
「…この剣は、あなたから戴いたものだ」
「…いいのかい?」
「必要ならば切る。……ここから早く立ち去るといい」
「…‥‥ありがとう」
そう言って歩き出したヒューベルトがヘルトの横をすれ違うとき視線が交錯した。
「もしもの時は‥‥君に頼むよ」
「…!…」
苦し気な声に一度振り返るのだが、もうそこには誰もいなかった。
**
「ヘルトたいちょーお!!」
「‥すまないな。ルヴァン、勝手に個人行動をし…」
息を切らしながらこちらに向かってくる部下のルヴァンを見ると、そこにはなぜかカサンドラも一緒にやってきた。どこかうんざりしている様な表情は気のせいではないだろう。
その証拠に、隣に並ぶ部下は、なんとも言えない笑みをこちらに向けてきている。
「も―う!!!水臭いじゃないですかーーあ!!こんな素敵な彼女さんがいるなんてぇ!」
「‥‥は?」
「だから、違うって言ってるじゃないですか!」
ルヴァンはにやにやと笑いながら、ヘルトの肩を「つん」とつついた。
カサンドラの抗議など聞く耳も持たない、と言った風情だ。
「そんな隠さなくてもいいじゃないですか!!いやー、ヘルト隊長のあの噂はやっぱりデマだったんだぁ」
「う、噂だと?!」
(このような状況には以前も陥ったような気がする!)
あの時、聞いた噂というのは「同性しか好まない」のような噂だったと思うのだが、恐らくそれだろうか。ヘルトは無言でルヴァンの手を払った。
「そうですよぅ!みんな言ってるじゃないですか、実はゲ‥」
「黙れ、ルヴァン」
「むぐ!むぐぐ!し、しぬ!」
腕に渾身の力を込めてルヴァンの喉元を押えつけながら、頭に拳でぎりぎりねじ込む。
たまらず、右手を挙げて降伏のサインをするが、それは却下された。
「こいつは妹だ。お前が口に出そうとした噂とやらも、ただのデマだ!それを全身に刻み付けろ!馬鹿者が!!」
「す、すいません!!隊長!ちょっと調子に乗りましたぁ!!」
「全く!!!お前もなぜこんなところをうろついて‥」
ふと、カサンドラの背後に小動物のように震えている人影が目に入った。
そうっと顔を出すのが見えたが、この地には珍しい黒髪で小柄の娘だった。
「……?」訝し気に顔を見ると、娘はびくりと怯え、再びカサンドラの背後に隠れてしまった。
「こら!ヘルト、そうにらみつけないでよ!怯えてるじゃない」
「…誰だ?サンドラ、お前に友人なんていたのか」
むしろ感心するように告げた言葉に、カサンドラは真っ赤になってヘルトをにらみつける。
「ひ、否定はしませんけども!!‥‥私の友人のユイナです」
「…は、はじめ、まして」
おずおずとカサンドラの背中越しに顔を覗かせる。
あきらかに怯えている様子で、ついヘルトも構えてしまった。
「田舎の方からこちらに来たみたいなんだけど、泊るところがないっていうんです」
「…それで?」
「そ。それで、そのう」
何かを考えを巡らすように視線を動かすと、カサンドラは意を決したように顔の前に両手を組むと、上目遣いでヘルトを見上げた。
「お、お願い!!!ヘルト兄さまぁ‥っこの子をグランシアに連れてっちゃ、ダメ?」
「…!!」
追い打ちをかけるように首を傾げながらカサンドラが言うと、一瞬、ヘルトの顔に何かが走った。
しかし、はっと正気に戻ると、ごほん、と咳払いをした。
「な、なぜ」
「まさか野宿ってわけにもいかないでしょう?わ、私も随分と久しぶりの‥えーと、再会だから…っ、ね?おねがい!」
「‥…っ!」
じりじりと上目遣いで迫るカサンドラに、ついにヘルトが何かをこらえるように拳を振り上げる。そして行き場を求めるように、その一撃はルヴァンの腹にめり込んだ。
「ぐは!ちょ 何するんですか!急に人を殴るなんて!」
「うるさい!黙っていろ!」
「えー?!なんも言ってませんけど僕?!」
急な不意打ちにのたうち回る様子を横目で見ながら、ヘルトはあらぬ方向を見た。
「か…勝手にしろ!」
「!!ありがと、ヘルト!」
ぱっと笑顔になるカサンドラを見て、ヘルトはほっと息を吐く。
(…あの悪夢が、現実にならないで良かった)
ここ最近、ヘルトは悪夢にうなされていた。
それは、今日の午後、時計台の鐘が三つ鳴り終わる頃に、カサンドラが何者かによって殺されてしまうという夢だった。
全てが現実的で、あまりにもリアルで‥ここ数日、ろくに眠ることもできなかった。
ヘルトがわざわざ今日という日を選んで、この場所にいたのは偶然ではないのだ。
(お前が、無事でよかった)
「‥今日は俺もすぐに帰る、約束通り一緒に食事を取ろう」
「はい!‥よかったね、ユイナ」
「う、うん。ありがとうございます」
ちら、とユイナという少女を見る。
どこかで似たような人物と会ったことがあるような気がするのに、ヘルトは最後まで思い出すことは出来なかった。




