赤い光がもたらしたもの
ギルド・シュヴァル。
机の上に山のよう積み重なった紙切れの束を一つ一つ目を通しながら、ノエルは判を押していた。
「頭領!こっちの決算報告も見といてください!」
「とーりょー、この間の依頼の結果報告を」
「頭領頭領!こー言う依頼があるんですけどどうしますか?」
わらわらと群がる部下たちを見ながらため息をついた。
(あー。クソ、最近サンドラと散々遊んでいたからなあ‥仕事が)
ひとりひとりに指示を出しては任せれる部分を任せて、再び机に向かう。すると、入り口の方から遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あのー、頭領」
「今度は何」
「下のカフェにグランシア令嬢様が…」
部下が言い終えるより先に、ノエルはバッと立つとさっと身だしなみを整えてジャケットを羽織る。
…その間、30秒もかからない。
「じゃあ、後はよろしく」
「え?!よろしくって何を!!」
「大丈夫、お前ならできる!机の上の右側の束はあとは判を押すだけだから任せた!」
「ちょっとぉ?!…あー、まじかよ」
ノエル・シュヴァルは、ハルベルンでも有数のギルトの統領であるから、訪ねてくる人物は多い。
その中でも特に女性が多く、うち、三分の一は大した理由もないものが多い。
本当に面倒な客なら「待たせておけ」とか何とか言って部下に任せることも少なくない。
その彼が、あんなに素早く、うっきうきで飛び出していくとは。
「あの人がうわさの統領の姫君だったのか‥」
ノエルはいい意味でも悪い意味でも男女平等に応対し、また、あの容姿であの性格だから、女性にはすこぶる評判が良いのだ。
そんな統領を夢中にさせる令嬢が現れたともっぱらの噂だった。…それがきっと。
部下としては喜ばしいことかもしれないのだが、今はそういう気分じゃない。
「はあ‥仕事、ため過ぎですわ。とーりょお‥」
**
「ノエル、ごめんね、忙しいのに」
「いやいやー。姫君のお呼出しともあればどんな状況下でもはせ参じるもの。仕事なんていーのいーの!」
そう言って、彼は王子様張りに私の手を取った。
ざわっと全身が赤くなりそうなのをこらえて、空いている手でべし、と叩く。
「もう、相変わらずだね、ノエル」
すると、ノエルはニコォっと満面の笑みを浮かべた。
しまった、そうだった、こいつはM気質だった。私は無意識に最も彼が喜ぶ対応をしてしまったんじゃないだろうか?
今頃気が付いても時、すでに遅し。
ノエルはめげることなく、私に顔を近づけてくる。
「君からオレの所に来てくれるなんて嬉しいな!ね?‥マ・リ・カさん?」
「ば!ばか!」
ノエルめ、わざとか!!だから本当にこういうのが困るんだってば!!
ああ、気のせいじゃなければ視線がめっちゃ痛い。
今はカフェタイムだからだろう、女性の客も多いというのに。
中でもいくつか射殺されるないかってくらい冷たく鋭い物も混じっているように感じるのは気のせいじゃないだろう。
耐えきれず、私はノエルの目の前に赤い石をグイッと押し付けた。
「あのね!‥ちょっとこれを見て!!!」
「ん?‥なにこれ?」
「こ、これを見て‥何か、感じたり、しない?」
「んー―‥そうだな」
私はつい、ごくりと、生唾を飲む。
「ど、どお?」
「…石が喋ってる」
「へ?」
私は驚いて、石とノエルの顔を交互に見た。
「…何も、聞こえないけど」
しばし黙っていたノエルだったが、突如すっと空気が冷え込むのを感じた。
石を見るノエルの視線は冷たく鋭い。
「これ、どうしたの」
「それは僕が説明するよ」
鞄からひょこっとネズミ姿のアードラが顔を出し、ノエルの着ているブラウスの胸ポケットに入り込んだ。
「ここじゃ何だし、場所を変えられない?」
「‥じゃ、オレの部屋に来いよ二人とも。ちょうど見せたいものもあるし」
「見せたいもの?」
ホールを抜けて、階段を上がると4階建ての一番上の階がノエルが使っている私室のようだった。
壁に取り付けてある本棚にはありとあらゆる本がびっしりと置いており、二人掛けのゆったりとしたソファーとテーブル、それに大きなベッドが置かれていた。
「何か飲む?‥まあ、今の時間は酒ってわけにはいかないかな」
「あ、いえお構いなく」
テーブルの上には白い薔薇が一凛飾ってあり、私はなんとなくそれをじっと見つめてしまう。
「‥白い薔薇」
「ラヴィがいなくなった後、代わりに置いてあったんだ」
「…‥」
周りに誰もないのを確認して、アードラは人型に姿を変えた。
私の隣に腰かけると、頬杖を突きながらその名前を呟いた。
「ヒューベルト・ハルベルンって、知ってる?」
「‥なるほどね。二人はもしかして、ラヴィの奴が今、どういう状況なのか知っているのか?」
「知っている‥というか」
私が言いあぐねていると、アードラが代わりに説明した。
「僕とラヴィは、もともとこの世界では既にいない存在‥まあ、言ってしまえば肉体を得た幽霊のようなものなんだ。」
「‥へえ。それはまた」
「その石は、ラヴィの顔した幽霊に渡されたんだって」
ノエルはそれだけ言うと、特に驚く様子もなく聞いていた。
「あまり驚かないのね?」
「んー、サンドラの話も聞いていたし‥まあ、君を基準に考えるとあり得ないことじゃないかな、と思う。‥この世に存在し得るのは、目に見えるものばかりじゃない、それを知ってるか知らないかの違いだろう」
な、なんて柔軟な思考何だろう。
思わず私はノエルを二度見してしまう。
すると、ノエルは机の引き出しから一部ずつクリップで止めた書類の束をどさっとテーブルに並べた。
「これは?」
「ラヴィの元となったのが、もしかして、ヒューベルト王子なんだろう?」
「知ってたの?!」
「知ってたというか。‥まあ、実は一度うちの店にレアルド王子とその付き人が来たことがあるんだけど‥その時、ラヴィがあまりにも亡き兄に酷似しているって言ってたから。色々と調べてみたんだ」
「調べた?」
「ラヴィ本人の依頼だ。ヒューベルトについて調べてほしい、と」
思わず私とアードラは顔を見合わせた。
レアルドとラヴィがすでに接点があったのにも驚いたのだが、ラヴィがそんな依頼をしていたなんて。
「この世に顔のそっくりな人間は複数いるというけれど‥、彼は既に故人だったし、葬式も行われていたが‥彼に関する記録はあまり公式には残っていなかった」
「え?でも。第一王子様でしょう?‥どうして?」
「…亡くなった理由が不明瞭だから」
「不明瞭?」私が尋ねると、アードラが代わりに答えてくれた。
「全うな理由じゃないんだろ。‥暗殺でもされた?」
「暗殺かどうかは知らないけれど、ま、それに近いグレーな亡くなり方のようだね。弟王子いわく、弓の誤射‥とのことだけど、その時の関係者は皆何かしらの理由でもうこのハルベルンにはいない。‥真実を語る者は存在していないんだ」
少し、ゾッとした。
(‥こういう話って、本当にあるんだ)
ノエルの話はこうだった。
第一王子については表沙汰には事故死となっており、その詳細を調べるのは情報屋の間でも禁忌とされていたらしく、関連する書物や記録は一切残されていない。
ただ、本来なら国葬とするのにそれをしなかったこと、第一王子の死後、王室内で大体的に人員の総入れ替えがあったこと‥確かなことはないにしても、都合の良い亡くなり方ではなかったのだろう、とささやかれていた。
「ただ、今からちょうど一年前…第一王子の墓が何者かによって荒らされたみたいだな」
ふと、昨日聞いたばかりの錬金術の話を思い出す。
つい、アードラの顔を見てしまうのだが、彼は眉間に深く皺を寄せただけだった。
「墓荒らしの犯人は?」
「すぐに見つかったらしいが‥その場で自害したらしい」
「え?!」
「目的も不明‥状況証拠だけで、何の為なのか、何をしたかったのか‥真実は闇の中、というわけだ。と、ここまでしか調べることは出来なかったんだけど」
(‥誰も、理由を知らない第一王子の死‥)
まるで、内側から寒気がするような、なんとも言えない気分だった。
アードラいわく、この世界は一度壊れた世界の【夢】だという。本当なんだろうか。
(夢って言うと‥もっとこう、希望があるもののように思えるけど)
(フラグを壊して滅亡を停める‥そうじゃなくて、新しい世界を構築するためにフラグを壊す?)
「誰が壊した世界‥なんだろう」
私がつい、言葉に出してしまうのだが‥ノエルが私を見て二ッと笑った。
「それについては、この赤い石の中にいる人に聞けばいいんじゃない?」
「石の、中??」
私とアードラは思わず石をじっと見た。
それに応えるように石はまたきらりと光った。
「‥ちょっと待って。この中に誰がいるの?‥もしかして」
「…ラヴィではないな」
アードラもノエルも、二人ともこの石の正体が何かわかっているかのように話しているのだが、私には皆目見当がつかない。
「ちょ、ちょっと。それってどういう‥?」
「‥君の名前は?‥ …ふうん」
「え?その石喋るの?!」
「サンドラ、ユイナって子、知ってるかい?」
「ゆいな…ま、まさか」
ユイナ、なんて名前は私の知る限り一人しかいない。
会ったことはない‥いいや、これから会おうとしている人物なわけなのだが。
「崎本結奈?!」
私がその名前を叫ぶと、赤い石はさらに輝きだした。
そして。
バリンッ!
と派手な音を立てて粉々に砕け散る。
砕け散った赤い石の残骸の上に立っていたのは‥あちらの世界でよく見た黒髪に、今のカサンドラと似たような年齢の一人の女の子だった。が、その姿は
「こ、こっち見ないで!!」
女の子が悲痛な叫び声が聞こえる。
その声を受けて、私は今までの人生で一番俊敏に動いたんじゃないだろうか。
「男共は全員向こうを向きなさい!!!」
「ぅえ?!ちょ‥ッ?!」
「お これは…ぅぐ!」
…言わせてもらうが、私は悪くない。悪くないわよ。
油断していた男性二人の‥それぞれ頭と腹に。私の回し蹴りが見事に決まる。
うん、自画自賛。華麗に決まったわ。
そのままベッドまで駆け出すと、敷いてあった布団を剥ぎ取り、彼女を覆った。
小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、覆われたシーツを彼女自身で体に巻き付けた。
「大丈夫!多分あの二人は見ていない!!」
「…っ」
白いシーツにくるまれ、その子は黒い瞳に涙をいっぱいにためながらこちらを見た。
「あなた、崎本結奈さんよね?」
こくん、と頷くと‥彼女は泣いてしまった。




