夏の終わりに
「は―‥なんだろ、夏疲れかな」
私は、パタパタと扇子で扇ぎながら窓の外を見ていた。
今日は久しぶりに外気温が高くて、残暑が残るこの時期は、着ている服が暑苦しく嫌になる。
今、私は着ているドレスの裾を太腿近くまでめくっている。
こんな風に気の抜けた格好をするためにも、アードラには申し訳ないが出かけてもらった。
だって、人に見られたくないし。
(うー、ミニスカートはきたーい。‥あの子も、そうなのかな)
今日はヴィヴィアンこと「崎本結奈」さんに招待された約束の日。
まだ、約束の時間には余裕もある。
彼女は何を話すつもりだろう?
私の予想では、彼女は私と同じような場所、もしくは似たような世界からやってきた『来訪者』なんじゃないかと思っているのだが。
(いざ、向き合うとなると何を話せばいいんだろう‥)
彼女とは、今までいろいろあったものの‥、それよりも、会ってみたいという好奇心の方が勝っていた。と、言うか…私は今悩んでいる。
ここ最近はノエルをはじめユリウス、アードラと、更にはヘルトまで‥なんやかんやで色々あった。
最近の彼らは、なんというか日に日に色気が増している。
何を隠そう、私はそろそろ容量オーバーを迎えそうなのだ。
はっきり言って、私の今までの人生‥と言ってもたかが20年くらいだけど、の間に男性というものは存在していない。
父もいないし兄弟がいるわけでもなし。
そりゃ、人並みに恋したようなこともあったし?
仕事の合間でかっこいい人がいるとそれだけでなんだか得した気分になるような、そんなことくらいはある。
が、最近のように至近距離で耳元で囁かれたり?押し倒されてみたり?それに… ‥だめだ、思い出すだけで顔から火が出そう。‥などと、起こりえないことが続いているのだ。
とにかく、そんなものは二次元と三次元の遠い世界の出来事だった。
(どうしよう。どう応えたらいいのかさっぱり分からない!!)
誰でもいいから相談したい。女性の友人が欲しい!!‥これは私の切なる心からの叫びだ。
よくある乙女ゲームのヒロインたちはこの状況をどうやって対処してるわけ?!
誰か助けてッ!!贅沢な悩みだってのは承知してるから!!!
あんな人外のイケメンたちと、どうやってキャッキャウフフと楽しく過ごしてエンディングを迎えるの?!男を誑かす悪女なんて私には無理!!
怖っ。ヒロインスペック怖っ!!
はあ、とため息をつくと、ふと机に鎮座している、アードラの持ってきた赤い宝石が目に入る。
「‥結奈ちゃん、でいいのかな」
ぽつりと呟いただけの言葉に、赤い宝石がきらりと光った。
「‥ん?気のせい?」
首を傾げ、365度全方向からその石を確認する。
大きさは手のひらに乗るくらいで、重さは感じない。気のせいだろうか?
更にまじまじと見つめていると、ふと窓の外のテラスで微かに物音がした。
「?」
アードラだろうか、と顔を覗かせると、そこにいたのは一羽の小さなうさぎ。‥ラヴィだ。
「ラヴィ!」
私はウサギに駆け寄り、抱き上げようとするが、その直前ラヴィは人型に姿を変えた。
すらりと高い身長に、真っ白な燕尾服。けれども、どこか違う。
「久しぶり、というのかな。‥それとも」
私は今、目の前に立つこの人物を改めてみて、不可思議な感覚に戸惑っている。
(ラヴィだけど、ラヴィじゃない)
私の視線を受けて、彼は悲し気に目を伏せた。
「あなたとは初めまして、だと思うよ。だって、瞳の色が違う」
私が知っているラヴィは、ウサギのような赤い瞳だ。
でも私が見ているのは、黄昏時のような金色の瞳。
すると、彼はどこか残念そうに‥少し影のある瞳で私を見返すが、私はどうすることもできない。
だって、今の彼は私にとっては紛れもない赤の他人なのだ。
「何をしに来たの?」
自分が思っている以上に冷たい声が出たかもしれない。彼はびくり、と肩を震わせた。
「‥アードラを剣で襲ったと聞いた。私も攻撃するつもり?」
「ち、違う!私は」
「貴方は私が知っているウサギのラヴィじゃない。‥私はあなたに用はないよ」
「‥あなたはそうかもしれないが、どうしても私は‥君に伝えたいことがあるんだ」
初対面で、しかも私の友人を剣で攻撃するような人物と何を話せというのだろう。
「‥私の名前はヒューベルト。君たちが予想している通り、ラヴィという存在の原型だ。」
「それで?」
「カサンドラ。‥私はあなたを攻撃するつもりはない。それは、【ラヴィ】との約束だから」
私は耳を疑った。
(どういうこと?ラヴィはこの人に乗っ取られたわけじゃないの?)
「私の中にいる【ラヴィ】という意識は、同じ場所にある。だから、君の味方であるという証明として、ひとつ情報を教えておく」
「‥情報?」
この人は痛いくらいに真っすぐに私を見てくる。
目の色こそちがうけど、ラヴィもそうだった。‥だからだろうか。つい、信じたくなってしまう。
「夜空の瞳のヴィヴィアンに気を付けて。必ず、彼女と会うときはひとりで会わないように」
夜空の瞳のヴィヴィアン。…まさか、夢であったあの子のこと?
それなら、きっと彼は。
「じゃあ、あなたが‥崩壊したもう一つの世界で巫女と恋に落ちた、白い王子様?」
「‥…」
私がそう尋ねた瞬間、ヒューベルトはとても苦しそうな表情をした。
痛みをこらえるような、そんな顔。
「‥そこまで知っているなら、話は早い。とにかく、気を付けて。‥それとその赤い石」
「赤い石って‥アードラの持ってきた?」
「それを持って、ノエル君の所に行くといい。‥私を信じてくれるなら、だけど」
「‥…」
「今はそれだけ。‥忘れないで、私は君を傷つけるようなことは、絶対にしない。‥信じてほしい」
それだけ言うと、ヒューベルトは白い鳥に姿を変えて飛び立っていった。
「‥言いたいことだけ言って‥まるで言い逃げじゃない。情報とか、一つじゃないし」
ヒューベルトが飛び立った後、一枚の風切り羽が行き場をなくしたよう空をさ迷い、やがて私の手元に舞いおりてきた。
手に取って陽に透かしてみると、それは白金に光っていて、彼の髪の色に似ている。
(信じてほしい…か)
ラヴィは私の前であまり魔法を使わなかったのに、彼はそうでもないらしい。
(‥ヒューベルトを信じてみようか?)
机の上に置いてある赤い宝石は、私の答えを肯定するように、またきらりと輝いた。
そして部屋に戻った瞬間、なにもない場所から人型アードラが降ってきた。そのままスタッと着地すると、私を見た。
「ちょっとご主人様!!」
え 何コイツ、どこにいたの?
「ちょっと、アードラ!どこから出てくるのよ!」
「んなことどうでもいいよ!今あいついなかった?」
あいつというのはきっとラヴィ‥もといヒューベルトのことだろう。
「見てたの?」
「ああ、白い足が眩しくて、つい‥ってそうじゃなくて!」
最初からいたのかこいつは。
ぎっと私が睨むと、ばつが悪そうに猫になった。
「‥それで誤魔化そうなんていい度胸じゃないの。まあ、いいわ。それより出かけるよ」
「え?出かけるってどこに」
私に殴られるとでも思ったのだろうか、臨戦態勢だったアードラはすっと防御を解いた。
「アードラの言うあいつが、あの赤い石を持ってノエルの所に行けって」
「‥ノエル?なんでまた。ていうか、あいつのこと、信じるの?」
「そうよ。だから、アードラを信用して、同行をお願いしているんじゃない。‥猫は目立つから、もう少し小さいサイズの生き物になれる?」
「わ、わかった」
そういうとアードラは、手のひらサイズのげっ歯類の生き物に姿を変えた。
そのままちょこちょこと動くと、私が持って行こうとした鞄の中に滑りこむ。
「…本当に何でもできるのねえ」
「もっと褒めて褒めて!」
「じゃ、さっさと行きましょうか」
今までの経験上、こいつは褒めると調子に乗るからほどほどにしよう。
アリーに一言言って、屋敷を出ようとすると、玄関ホールで思わぬ人物に遭遇した。遠目から見ても眩しい白生地に金糸の刺繍が入ったベストを着た斜め立ちの長身の人物。
それは、制服姿の兄だった。
「あれ?…ヘルト」
「今から出かけるのか?」
あれ?今日は平日よね??
勤務中のヘルトがどうしてここにいるんだろう。
「え、えっと。はい」
「‥‥‥そうか」
「??」
それだけ短く言うと、ヘルトは私をじーっと凝視する。
ひととおり見た後視線をずらすと、今度は何故か持っている鞄をにらみつけ、ふっと短く息を吐いた。
「今回は、… ‥じゃなさそうだな。気を付けて行ってくるといい」
「‥‥?わ、わかりました」
ヘルトが何気なく呟いた言葉だったのだけど、最初の方はなんて言ったのだろう?
それに。『今回は』って、どういうこと??
「あの、ヘルト」
「‥サンドラ、今日は俺も早く帰ってくるから、夕食を一緒に食べよう」
「へ?!あ、はい‥わ、かり‥ました」
「分かった。なら、約束だ。…忘れるな」
それだけ言うと、ヘルトは踵を返して玄関から出ていった。
私が呆然とするのと同様に、執事のトーマスさんも同じように硬直していた。
(な‥何がどうしたの??)
なんなく、トーマスさんと目が合うのだが‥彼はなぜか、嬉しそうな表情をしていた。




