閑話・その日の朝何があったのか
その日は、すごく天気がいいのにどこか落ち着かないような気持で、私は黙々とサンドイッチを作成していた。
私の横ではその様子をコック長やアリーが物珍しそうにみつめていた。コック長に至っては目を丸くして驚いてみている。
「ハムに、卵に、ジャム‥後はレタスにベーコン」
手際よく一枚一枚に具材をはさんでは二枚目のパンで閉じるを繰り返し、あっという間にバスケットいっぱいのサンドイッチ弁当が出来上がった。すると、思わず拍手と歓声が上がった。
うん、いい出来。
貧乏だから毎日弁当を作っていた過去がここで役に立つとはね。
「お嬢様‥いつの間にこんな技を…!」
「まあ、本で見たのを実践しただけよ」
うん、嘘は言っていない。
つい、久しぶりだったもので、無になって多めに作りすぎてしまっただろうか。何枚か余ったサンドイッチを使い切ると、朝食一人分くらいの量ができた。周りを見渡すと、メイド長のアデイラが元気よく手をあげた。
「あ。良かったらみんなで‥」
「ヘルト様に食べていただくのはいかがでしょう!!!」
「‥ヘルト」
なぜかみんな力強く頷いている‥けど。食べるかなあ?これ…
「何の騒ぎだ?」
「!!」
すると、当の本人がわざわざ厨房までやってきた。
休日にも関らず、相変わらず糊がきいたシャツが眩しい。
「‥今日出かけることになっておりまして。‥ち、ちょっとヘルトこっちへ」
「?」
私は皿を持ってヘルトを廊下に連れ出した。そう。私は彼に言わなければならないことがあるのだ。
「昨日はありがとうございました‥その、チェスに勝ってくださいまして」
「…ああ。そのことか。大したことじゃない」
「すみません、昨日はきちんと礼も言えずに眠ってしまって‥」
「こちらとしてもあの家とのいざこざはこれ以上面倒だったしな。それに、あの重要な場面で俺が負けるはずもないだろう」
うーん、すごい自信。
今までの人生で、それ以上の困難なことを対処してきたのだろうから、彼にとっては本当に大したことがないことだったのかもしれない。
それはそれで、なんだかカシルが可哀そうに思えてしまう。
(絶対に怒らせちゃいけない人を怒らせたってことよね)
「そ、その。これは、お礼とお詫びの印です、あり合わせで申し訳ありませんが…」
「お詫び?」
「えっと、迷惑をかけてしまったし‥あ、手渡したリボンはどうぞそのまま捨ててくださって」
「そのサンドイッチ」
そう言って差し出した皿をじっと見つめる。
「‥お前が作ったのか」
「え?あ、はい。私がやったのは具材を挟めるのと、ベーコンを焼いたくらいですけど」
「一つ、貰っていいか?」
そういうと、ヘルトはベーコンと野菜のサンドイッチを指さした。
え?私に取れということ??というか一枚でいいの??
「これ一枚と言わず全部‥」
しょうがないので一枚手に取ると、ヘルトは少し屈んでその一枚を、私の手から直接ぱくりとかぶりついた。
硬直する私と一瞬目が合う。
「…美味い」
そのまま皿ごと取ると、一言「貰っておく」とそう言って、執務室に戻っていった。
「お、お、お嬢様‥そのお時間が」
「あ?!時間!!!」
私は慌ててバスケットを持つと、急いで身支度を整えるために自室に戻った。
戻りながら、心臓が煩い位鳴り響いて落ち着かなかった。
ヘルトと目が合った瞬間、まるで狼に睨まれるような、そんな獲物の気分になった。
(な、何だろう、なんか‥って。あああ!!逆戻しについて聞くの忘れてた!!)
部屋に戻ると、落ち着く間もなく、アリーと一緒にアクセサリを選ぶ。
すると、ピンクゴールドのネックレスが目に入った。
(‥これ)
リオンがカサンドラに贈ったものだった。なんとなくそれをじっと見ていると、突如、眠るように意識は遠のいていった。
――お願い、少しの間だけ。
そう呟いたのはきっと彼女だろう。
実はそれから後の記憶は、雨が止むまでほとんど覚えていない。
**
そして現在。
(うーん。わたしとしては良く寝たーって感じなんだけど)
ユリウスもアードラも妙な表情でこちらを見ている。
(どうやって説明しよう‥)
「ええと、あの。‥後で質問に答えます」
ごめん、それしか言えない。すると、ユリウスは心配そうにこちらを見た。
「‥本当に、もう大丈夫ですか?」
「もちろんです!」
「‥わかりました。貴方がそう言うなら」
それにしても、と。くるりと後ろを振り返る。ここはきっとフォスターチ家の墓地なのだろう。
メインとなる場所にあるのは煌びやかな墓石ばかりだった。
それとは真逆にある、小高い場所にひっそりと並ぶ質素な墓石を見た。
二人の墓石は太陽が昇る東側で、広大な海を眼下に見据えている。
「‥やっぱり、フォスターチ公爵は、ご家族を大切に思っていらっしゃるんですね」
「…え?それはどうしてでしょう?」
ふいに、ユリウスが柳眉を顰めた。
(私の見る限り、ユリウスは特に自分の家を嫌っているみたい。‥気持は少し、わかるけど)
階段の下に広がる数多くの墓は、どれも派手派手しく、どこか虚しい。どれくらいの人が墓を参りに来るのか分からないけれど、いつ来るかもわからない人々をただひたすら待っているのだろうか。
「私だったら、華美な装飾の墓石よりも、あんな素敵な場所で眠れるなら‥その方が嬉しいです」
「…‥カサンドラ様。」
「きっと、お母様も喜んでいらっしゃいますよ」
「…ありがとうございます。こんなことを言うのもなんですが、今日はこの場所に来ることが出来て良かったと思っております」
そういうと彼は、わたしとアードラを交互に見て笑った。さっきまでどこか強張っていたユリウスの顔が少し綻んだので、なんだかこちらまでほっとしてしまう。
「‥本当は一度、あなたと一緒に来てみたかった。ついでにアードラとも、ね?」
「はいはい、ついでね、ついで。」
墓地をあとにして、鍵をしっかりと施錠する。
ユリウスは私を軽軽と馬に乗せると、自分も馬にまたがる。一瞬私との距離が近くなった時に、そっと呟いた。
「‥貴女の姿を、母上に見てもらいたかったんです」
「?!」
ぎょっとして振り向くと、にっと笑った。
「私の将来の妻になる方かもしれませんから」
「…それは、さ、三年後というお話でした」
「ええ、故人に励まされもしましたし、頑張らないと。さあ、せっかくお弁当を作ってきていただいたので、食べましょう?」
(だからもう心臓が持たないって!)
私は誤魔化すように咳き込んで、バスケットをぐい、と前に出してユリウスと距離を取った。
「‥はい!ご要望通りサンドイッチと紅茶を作ってきましたよ」
「それは楽しみだ」
するとアードラが人型から猫の姿になると、持っていたバスケットと私の膝の間に滑り込んだ。
「ねえ、ご主人様、僕の分もあるよね?」
「はいはい。‥猫姿で食べるのはやめてね。お腹壊しちゃう」
「うんうん。こういう冷たいやり取り、なんだか安心するなあ‥」
うーん‥何があったか察しはつくのだけど、彼女に直接会えなかったのは、少しだけ寂しいかな。
(カサンドラ、無事思いを遂げることが出来た?)
なんだか少し、ざわざわする。
最近の私は、自分が落ち着かない。こちらの生活に慣れ過ぎてしまったのだろうか?
これから秋が来て、冬が来て‥また春になる。
それをこれからも繰り返すことが出来ればいいのに。
柄にもなく、そんなことを想ってしまった。
お盆だし、その2。
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