ルークの仕事
「これは‥思わぬ援軍ですね」
ユリウスがにこやかにそう告げると、リンジー嬢は私の方を見てさらにつづけた。
「お二人はとてもお似合いですわ!!ああ‥やはり美しい殿方には美女が付くもの‥私そう心得ております!!」
「お、お似合い」
この子…場をひっかきまわすだけ弄って…どうするつもり?
いや、それは良いんだけど。見れば、カシルは立ち上がり、ぎっとユリウスを見つめている。
その視線を受け、動じることなくユリウスは微笑む。
「私に何か言いたいことでも?」
「‥勝負しませんか?」
「勝負?君は本当に、あきらめの悪い。私に一体何を挑み、何のために勝負をするつもりですか?」
ちらりと、カシルは私の方を見た。
(え、ヤな予感)
「ユリウス卿。僕が勝負に勝てば、彼女との婚約を破棄していただきたい。…カサンドラ様、この婚約は貴女にとって本意ではないのでしょう?」
本意じゃないって‥いやいや、誰のせいでこんなことになっていると思ってるのよ。
ああ、だんだんイライラしてきた。
なんでこいつ一人にこんなに振り回されなきゃならないわけ?
惚れたの媚薬だの…なんだっていうのよ。一体。
私のイライラは頂点に達し、我慢できなくて…つい、私は左手の手袋を外し、彼の顔に向かって叩きつけた。
「!!」
「‥おい、カサンドラ?」
「どうぞ、お拾いあそばせ」
案の定、カシルは目をまん丸くしてこちらを見ている。
ユリウスもヘルトも同様だ。…まあ、リンジー嬢だけはなんかキラキラしているけど、どうだっていいわ。この際。
「‥そんなに勝負なさりたいなら、何故直接私に申し込まれないのですか?」
「じ、女性はこのような勝負に関わることは‥」
「勝負、ねえ」
はあ、とわざとらしくため息をつくと、カシルの前に立つ。
彼にとっては不本意かもしれないが、私の身長では、どうしてもカシルを見下ろす感じになってしまう。
「先ほどからカシル様はユリウス様にばかりご執心のようで‥まるで私のことをアクセサリや装飾品か何かと勘違いされているのでしょうか?」
「そ、そのようなことは」
「本当に?」
「…!」
ぐっと距離を詰めると、目が合うようにわざと少しを背をかがめて見る。
「勝ち、と負け。貴方がこだわっているのはそれだけではありませんか?公爵家に勝つ、ユリウス様に勝つ。まるで私は戦利品みたい…本当は私になど興味がないのでしょう?」
「ち、違う!僕は、貴女にっ」
以前、アードラがこっそり教えてくれた。
『多分、あいつが欲しいのは、ご主人様本人ではなくて、ご主人様を自分の隣に立たせることで得る報酬が目的だよ。きっと』
家の事情だったり、政略的な理由だったり…この世界でのそういう類のものは夢がないことは理解しているつもりだ。
(けど、なんで私がこいつの為にそんな目に合わなきゃならないのよ。)
「あなたはご自分が思い通りならないことが嫌なのでしょう?‥まるで敗北したみたいで。だって、この求婚だって、私が公爵家の力を使って絶対に拒否することだってできるのに、一度でも正式にお申し入れをなさいましたか?…ヘルト兄さま、いかがです?」
ちらりとヘルトの方に顔を向けると、力強く頷いてくれた。
「俺も以前そう言ったはずだが。来たのはこのパーティーの招待状だけだったな」
「…そ、それは。順序の前に一度非礼をお詫びしようと‥」
「その非礼を詫びると言って、これは何だ?」
「…っ」
ヘルトの言葉に頷くと、私はカシルを見て告げた。
「‥確か、カシル様はチェスがお得意だとか…。ならば、私と勝負しませんか?」
「…!」
私がそう言うと、カシルの目がきらりと光った。
「‥本気で仰っているのですか?僕はこれでも‥」
「若干12歳で並みいる大人たちを負かしたそうですわね」
「よく、御存じで」
「もちろんですわ。…ですが私、恥ずかしながらチェスというのはルールも良く存じません。…なので、私の代わりになる騎士を立てます」
「あなたの騎士‥?」
くるりとユリウスの方を見るが、ユリウスが静かに首を振る。
「‥カサンドラ様、貴方の騎士となるのは、私よりも相応しい方がいらっしゃるでしょう?ね、ヘルト殿」
(え?ヘルト??)
私は驚いてユリウスとはヘルトを交互に見てしまう。
「!…どういうつもりだ」
「カシル殿が私を指名している以上、私が受ければただの私的な闘いになります。」
「それはそうだが」
「それとも、自信がありませんか?」
「…なんだと」
「私は、ヘルト殿、貴殿の本気がみてみたい。」
二人はなにやら話しているのだけど、私には聞こえない。
『俺は馬鹿正直な手ばかり使うからな』
(…ヘルトはああ言っていたけど…)
あの時も‥自分が勝てないとは一言も言っていない。
私が思うに、ヘルトは色々なしがらみが持っている。けれどもそれを補う位何倍何倍も努力しているのを、私は見ている。
「お願いできますか?私の騎士様。」
すっと手を差し出すと、ヘルトは一瞬驚いたような表情をするけれど‥私の前に立ち、跪いて手の甲にキスをする。
「…仰せのままに、マイ・レディ」
「‥ヘルト」
私は、彼に立つように促すと、少しつま先をあげて頬にキスをする。そして、耳元で囁いた。
「!」
「…私の運命を貴方に託します」
そのまま髪に括り付けていたリボンを外して、彼の手首に巻き付けた。
「‥ご武運を」
「…貴女のお望みの通り、ゆるぎない勝利を約束しましょう」
そんな二人を見て、ユリウスは悔しそうに唇を噛んだ。
だがそれは、その場にいる誰も気が付かなかった。
**
「戻ってこないですね、皆さん」
「‥うん、そうだな。今頃戦っているんだろう」
「たたかう?…けんか?」
フェイリーが心配そうにつぶやくと、ノエルの服の袖をそっと引っ張る。
「フェイリー、男には、どうして譲れないものがあるとき、戦わないとならない時が来るんだよ」
「ゆずれないもの…??」
「フェイリーは子供だからわかんないかなあ」
クレインが茶化すように言うと、フェイリーはむっと頬を膨らませた。
「フェイリーこどもじゃないもん!きっと、きっとおねーさまやおかーさまみたいなかっこいいレディになるんだから!」
「はいはい‥。でも、兄様たちなら、負けませんよ」
どこか事情を知っているかのように言うクレインにノエルはふっと笑みがこぼれる。
(どこまでわかっているんだか)
「‥クレインはチェスが好きかい?」
「うーん、まだまだお父様やヘルト兄さまには敵いませんけど‥」
「ヘルトともその内一戦交えたいところだけどな」
とはいえ、あの性格なら小狡い手を使うのは嫌そうだからなあ。そんなことを考えると、クレインは得意げに笑った。
「それなら、きっとヘルト兄さまには敵いませんよ!」
「ほう、そうか?」
「はい、おとう様も強いけど、ヘルト兄さまはもっと強いんです!‥兄さまの使う手は、最初は防戦一方ですが、攻めに転じると容赦がありません。」
「‥へえ」
「一度本気でお相手いただきましたが‥ルークの駒でキャスリングを使った後はポーンの駒をうまく使って、場を完全に支配されてちゃうんです。ほんと、3手先も4手先も‥どこまで読まれているのやら。…お父様も一度も勝ったことがないみたいですよ」
「グランシア公爵も?!それ、本当か?」
「はい、すごいんですよ、ヘルト兄さま!」
クレインの話は、ノエルにとって少し意外だった。
まさか、公爵まで勝てないとは。
(‥そういえば。あいつと、一度も本気で戦ったことはないな)
やれやれ、どこまで実力を隠してるんだか、とため息をついてしまう。
ノエルにとって、ヘルトは自分のないものを持っている人間だ。
反対に、ヘルトにないものを自分は持っているんだろう。だからこそ、一緒にいてとても楽だと思う。
「兄さまは‥まさにキングって感じです。と、なると…サンドラ姉さまはクイーンとして。お師匠様はルークかなぁ‥」
「オレがルーク?‥それは意外だな」
「ルークは【城】の駒でしょう?クイーンの次に強い駒です!…だって今も、僕たちを大人達から守ってくれているじゃないですか」
「はは、そう言うことも言えるかあ!」
ノエルは自分では役不足なのは承知しているつもりだ。それでも、カサンドラにとってのナイトが自分ではないのが少し悔しくも感じた。
「じゃ、ユリウス卿は?」
「ユリウス様は斜め上の攻撃をしてくるあたり、ビショップですね!!うーん、ナイトでもいいけど‥」
「じゃあ、ナイトはクレインがなればいいじゃないか」
「え~、僕は名だたる駒よりも、ポーンが好きです。」
「ポーン?なんでまた」
「そりゃあ、敵陣に乗り込んだ時、キング以外だったら何にでもなれますから!可能性の駒です!!‥僕は、もっと大きくなって…兄さまのお役に立ちたいんです」
「‥頼もしいことだ」
(でも、クレインの小さな願いは、きっと‥)
ノエルはそれ以上何も言わず、ここにいないヘルト達を想った。
**
「はぁ、はぁ‥」
何度も息を繰り返し吐くと、その場に座り込んでしまう。
結奈は人のいない場所を探して、薔薇園にたどり着いたのだ。
(あたしが、自分で、切った‥)
この世界においての自分の存在意義。
彼女を想ってくれる登場人物達との関りを自ら断ったのだ。
一番最悪な形で。
(まともじゃなかったとしても、あんなにあたしを想ってくれたのに…)
「本当にそう思っているのなら、おめでたいことだわ」
「?!」
結奈はぎょっとして振り返る、
そこは、いつものあの悪夢の場所。崎本結奈の部屋で、大きなテレビがあって‥そして、目の前には。
(なんで…あれは夢、でしょ?)
「言ったじゃない。彼らを動かしているのは私、貴女を愛しているように見せていたのも私。彼らも貴方も、所詮私が動かす登場人物に過ぎないの」
「‥ど して」
「分からない?この世界を作ったのは私。‥まあ、基礎を作ったのが私で、仕上げはカサンドラの仕事。あなたは、ただのわ・き・や・く」
「…‥!!ち、違う あ あたしは!!!」
結奈はその場所から逃げ出そうと後ずさるが、それは見えない壁によって阻まれた。
「ざぁんねん。ねえ、それより見て!今から面白いものがみれるわよ?」
「おも しろい ‥?」
グイ、と手を引っ張ると、夜空の瞳のヴィヴィアンは大きなソファーに一緒に座る用に促した。
大きなテレビ画面に映っているのは。
「ヘルト‥と、カシル・フラムベルグ?」
「そう!‥まさにこの私に対する挑戦‥NPC対私のキャラクターの一騎打ち!」
「‥‥なにそれ」
「見てて」
彼女はそう言うと、コントローラをカチカチと動かし、カシルのステイタスの数値をすべて限界まで引き上げた。
「本当は、ユリウスを指名して敗北してもらって、カシルに本懐を遂げさせてあげようかな、と思ったけど‥さすがNPCよね。全く思う通りに動いてくれない。
‥ほんと、カサンドラってば、素晴らしい演出家よね。物語をどんどん進化させてくれている」
「あなたは‥何がしたいの?!」
結奈が問うと、ヴィヴィアンは華やかな笑顔で笑った。
「私を、やり直して‥全部壊すの。‥さあ、始まるわ」
**
「では、勝負と行きましょうか。後攻が僕でよろしいですか?」
「ああでは俺は白を」
二人が白い駒と黒い駒を並べていく。
「僕は絶対に勝つ」
「…」
カシルはどこか狂気じみて微笑む。
その瞳には、赤い光が宿っていた。
補足です。参考までに(ウィキペディア参照)
※キャスリングとは、条件が整えればキング→ルークの順番に動かして、キングを安全な場所に退避させる技名です。ゲーム中一度しか使えないもので、使用の際には条件や制約があります。
※ちなみにポーンは「歩兵」で、前に進めるけど戻れない駒ですが、相手側の最終列に達したとき、キング以外の全ての駒に昇格できます。




