クイーンの先制攻撃
(あれが、レイヴン・クロムかあ)
彼とは、「公開裁判」の時に一度見たくらいだろうか。
彼もレアルド同様、目はうつろで頬もこけ、名ばかりの攻略対象者となっているようだ。
けれども、恐らくその原因は赤い瞳のヴィヴィアンは知らないのだろう。
以前、レアルドとの一件の時、彼女は本気で怯えていた。‥となると。
「カサンドラ、緊張していますか?」
「!大丈夫です、ユリウス様」
「様は、やめませんか?ヘルト兄さまも名前で呼んでおられるでしょう?」
(ん?そこを気にするの?!)
思わずユリウスの顔を見ると、彼は私の腰に手を回しながら緑色の瞳で覗き込んだ。
「ユリウス、と呼び捨てでどうぞ。‥一応仮とはいえ婚約者ですし」
「あ、は‥はあ」
こ、この馴れ馴れしさというか‥アードラもだけど、遠慮なく密着してくるはフォスターチ家特有のスキルだろうか?!最近こんなのばっかりだわ?!
(人型アードラとユリウスを一緒に並べてみたら…やめておこう。なんか、怖い)
所でアードラは、多分どこぞで何かに変身してサポートに回ってくれているのだろう。
私は気を取り直して、改めてフラムベルグの庭園を見る。
「わあ‥ユリの花がたくさん‥!」
「お気に召してくださいましたか?」
振返ると、にこにことカシルが声をかけてきた。
「‥確か僕が出した招待状は、ロッシ公爵と、あなた宛ての二通だと思いましたが。」
ちらりと後方に視線をやると、ちょうどクレインとフェイリーたちがやってきたところだった。
カシルの視線を受けるが、ヘルトは素知らぬ顔でクレインになにやら耳打ちをする。
途端にシャキン!と背筋を伸ばしてクレインは咳払いをした。
「‥こ、この度はこのような場にお呼びいただき、ありがとうございます。今日は、グランシア公爵ロッシ・グランシアの名代としてお招きにお預かりました。」
「!!!」
ついヘルトの方を見ると、彼は意地の悪そうな顔でにやりと笑った。
ああ、なるほど。こうすれば、クレインはフェイリーをパートナーにしているので二人を無下には出来ないし、ヘルトも堂々と護衛として乗り込める。
「えっと。フ、フェイリー・グランシアです…」
フェイリーもまた、おすまし顔で恭しく淑女の礼をする。
カチコチに緊張しているようだけど、終わった途端のやり切った!!みたいな生き生きとした表情がなんとも可愛らしい。
ああ、現代ならこの瞬間を写真に収めるのに!!
「で、あなたが」
「ああ、どうも。何でも屋は護衛もするので」
「…‥」
はあ、と短く息を吐くものの、すぐに気を取り直したようで、カシルは微笑んだ。
「これは‥一本取られましたか。…いいえ、歓迎いたします」
このパーティーは思ったよりも招待客が多い。さすがはフラムベルグ家ということだろう。公爵家を除くと、フラムベルグ伯爵家の知名度はかなり高い。
昼間だし、オープンなパーティーなので夜会程ギスギスしたような感じは見受けられないのだが…。ふと、ねっとりとした‥というか獲物を狙うというか、そんな気配を感じて周りを見渡した。
「‥ああ、なるほど。ヘルト殿、今回貴殿が裏方に徹しようとする理由がわかりました」
「…どういうことですか?」
私が尋ねると、ヘルトはあからさまに明後日の方向を見ている。
そして、やってきたのは。
「まあ、これはこれは!思わぬ方がいらっしゃるではありませんか」
カシルと同じハニーブロンドが向こうからやってきた。‥恐らく年齢は私より上だろうか。
私と同じ詰襟のドレスなのに、上から下までぱっつんぱっつんに張り切ったボディが、むんむんと漂う色気を隠し切れていない。‥もしかして、わざとサイズが小さいの着ているのかもしれない‥。
そして彼女は人目も憚らずに、するりとノエルの肩にしなだれかかった。なんとなく、フェイリーの目を隠してしまうが、クレインはガン見してる…こ、こっちはほっとこう。
「…やあ、美しい人。月の出ていないときに君にお目にかかれるとは、光栄だな。レジエンナ」
「あら、貴方との素敵な一夜も最近は随分とご無沙汰じゃない?‥こんなおめかししちゃって、らしくないわよ?」
(ノエル‥あらゆる意味で顔が広いのね)
今日のノエルはフェイリーの護衛らしく、グランシアの紋章が付いた詰襟の制服を着用している。これは、グランシアの私兵が使う礼装で、今回の為にあつらえたものらしい。
レジエンナ嬢は、詰襟の第一ボタンをはずそうとするが、そこはやんわりとノエルが止めた。
「仕事中だよ、‥それに、君のお目当てはオレじゃないでしょ」
「あらやだ。バレちゃった?初めまして、ヘルト・グランシア様。フラムベルグの次女、レジエンナ・フラムベルグと申します。」
こういう女性というのは、さりげないボディ・タッチを忘れないのがお決まりだ。彼女も例外ではなく、そっとヘルトの腕にお触りをする。
「…‥」
ヘルトは無言で触れられた手を払い除けた。その後、視線だけずらし、軽く会釈をする。
なるほど、狙いはそっちか。
「さしずめ、あちら側のクイーンといったところでしょうね」そっとユリウスが私に耳打ちをする。
「‥クイーン、へええ」
「ねえねえ、サンドラね―様。まえがみえないよ」
「あ。ごめんごめん、フェイリー」
ヘルトの塩対応にご不満げな表情のレジエンナは突如ぐるりとこちらを向いた。
カシルが言うよりも早く、彼女はわざとらしくパタパタと扇子で扇ぎながら私に歩み寄る。
「姉上、こちらが」
「まあ、気付くのが遅くなってごめんなさいね?あなたが引きこもりで有名な臆病令嬢カサンドラ様?‥初めまして、かしら?あまりにも夜会に顔を出さないものだから、分からなかったわぁ」
おおっと!これは!
もしかして、私にマウントかけて来てる?!すごいわ、定番すぎてちょっと感動しそうだ。
(これよこれ‥まさに二次元の中でしかなかった世界が今ここに!)
「とんでもございませんわ。日陰者で怯懦な私に‥‥令嬢のような、太陽のように輝かんばかりの女性に声をかけてもらうなんて光栄ですわ‥!」
「‥ひ ひかげ?き、きょう‥?」
面食らったレジエンナを見て、私はわざとらしく片手で目を隠してよろけたふりをする。‥あ、隣でユリウスが笑いをこらえてる。
「ああ‥眩しくて目がくらみそう。もっと令嬢のようにどのような場所でも、殿方に対して下品で卑猥な行動をあえて積極的にできる度胸を見習わないと!」
「な、んですって‥?」
実際どうなのかは分からないけど、常識っていうものがあるなら、こんな真昼間のパーティーに夜の話を持ち込むものじゃないでしょうに。
目的がヘルトの気を引くためだっていうのなら、とばっちりを受けたのはノエルだろう。
わなわなと震える彼女を見て、持っていた扇子をぱっと開いた。
「ですが…仮にも帝国の双肩と謳われる我がグランシア公爵家の名をもつ身として、家の名前を貶めるような真似、私にはとてもできません。本当、ご自由なご身分で、羨ましい限りですわ」
「しっ‥しっつれいだこと‥!カシル、もう少し人を選んだ方が現実的じゃないの?!」
「あ、姉上‥すみません、後程また」
あちらのクイーンて割に、随分と頭が悪そうだこと。
くるりと振り返ると、ユリウスをはじめ、ノエルなんて爆笑している。‥ヘルトまで、随分楽しそうじゃない。
「くっくっ…オレの名誉まで守ってくれて‥ありがと、サンドラ」
「名誉っていうほどのものじゃないでしょう。ほどほどにしなさいな、ノエル」
「いやいや、彼女と会ったの数えるくらいだから!名前も忘れてたから!」
私の見解では、ノエルは言い寄る女性の名前と顔を覚えていないみたいだ。
大抵、「綺麗な」とか「美しい」とか、女性の上に適当な装飾語をつけて呼んでいるだけだもの。
「‥やるな、サンドラ」
「お兄様のご指導のたまものですわ。‥でも、大丈夫かしら」
「まあ、大丈夫でしょう。‥この国において、階級や爵位は絶対ですから。」
ユリウスが言うなら間違いないのだろう。
ざっと見る限り、このパーティーで出される飲食物は、全てテーブルスタイル。
不特定多数の人間が料理やお菓子を取るわけだから、毒を盛るには無差別には適しているけど、特定の人物を狙うのは難しい。
(本当に媚薬なんて訳の分からないもの、使うのかなあ)
「外のパーティーというのは、人の出入りが多い割に隠れる場所も豊富です。十分気を付けて‥」
ユリウスが言うと、向こうからヴィヴィアンがおずおずと話しかけてきた。
「‥カサンドラ」
「ヴィヴィアン。あなたも招待されたの?」
ちらりと後方を見ると、以前のレアルドと同じような表情でこちらをにらむレイヴンが目に入る。
(末期症状ってやつ?そういえば、レアルドってあれからどうしたんだろう)
「‥クロム卿もこちらに来ればいいのに」
「彼は‥その、あまりこちらに来たくないようだから。‥その、ねえ。どこかで二人きりで話すわけには‥」
「カサンドラ様」
すっと前に出たユリウスが私を背にかばう。
「神の声を聴く巫女と言えど、身分のない者が軽々しく話しかけていい人物ではありませんよ」
「ユリウス」
元々ユリウスはヴィヴィアンに対してあまり良いイメージを持っていないみたい。
(わたしとしては一度ゆっくり腹を割って話をしてみたいところだし‥)
「‥少しあちらで話しませんか?」
「!」
わたしがそう言うと、ヴィヴィアンの表情がパッと明るくなる。
対照的に、眉間にしわを寄せながらユリウスは私を見る。
「!カサンドラ様。」
「‥今の彼女ならきっと大丈夫よ、‥向こうに応接室があるみたい。ユリウスはちゃんと入り口に立っててくださいね」
「‥‥わかりました」
「ありがとう‥カサンドラ」
(私はヴィヴィアンに一つ確かめてみたいことがある)
もしかしたらの話だけど。シークレットフラグっていうのは、攻略対象者以外にもあるんじゃないだろうか?
私は先日あった赤い瞳のピエロを思い出していた。




