カサンドラと円卓の騎士達
数日続いた雨は嘘のようになくなり、からっと晴れた日の朝。グランシア邸にて、小規模なお茶会が開かれた。
円卓のような大きなテーブルには、色とりどりのお菓子や何種類かのお茶、それにサンドイッチなど、軽い食事も用意されている。
その一つを摘まんで口に運ぶと、ふんわりとしたバターの風味が口いっぱいに広がり、私は満足げに瞳を閉じた。
(おいひぃ…)
その他にも、シェフが腕によりをかけて作った自慢のスコーンもくるみ入り、紅茶の茶葉入り、チョコレート入り‥といくつものフレーバーがずらりと並んでいる。
「う―――ん‥スコーン美味しい!もう一個食べて良い?」
満足そうに頬を膨らませてフェイリーがそう言うと、隣に座るノエルが皿にさっと盛り付けてくれた。
「ほら、フェイリーお嬢様。オレのもどうぞ」
あーんと口を開けたフェイリーは嬉しそうにスコーンを頬張った。それを見て、隣に座っていたクレインは口を出した。
「フェイリー。食べ過ぎると昔のサンドラ姉さまみたいになっちゃうよ~?」
「ちょっと、クレイン、余計なこと言わないの。…でも、フェイリー。油断すると本当に危ないから、本っ当に気をつけなさいね」
和やかなグランシア一家を横目に、主催者の一人、ヘルトがため息交じりに呟く。
「クレインもフェイリーも‥向こうで遊んでろ」
さっと片手を上げると、どこからか我が家のレトリバー系わんこ、グランがすっ飛んできた。
そしてそのままフェイリーとクレインを巻き込んで遊び始めると、ついには大運動会が始まり、芝生の方へ駆け出していった。
「…本当に、グランを飼い馴らしたんですね…」
私が手を振りながらそう言うと、ヘルトはなんだかんだでまんざらでもなさそうに答えた。
「まあな」
「‥平和な光景ですね。グランはとても賢い。訓練のたまものですか?」ユリウスが小首をかしげて尋ねると、ヘルトは淡々と言う。
「‥…行動パターンと、思考回路を先読みさせた結果だろう」
素知らぬ顔で言うヘルトに私は笑いをこらえてしまう。
(最初の頃は近づくだけでも腰を抜かしていたくせに‥)
それを察してか、ノエルの目がきらりと光る。
「そういや、昔はそこまでグランと仲は良くなかったよな、ヘルト」
「…うるさい」
(この人たちって‥みんな元は一応男主人公と言う奴よね)
今日の茶会のメンバーは、私、ユリウス、ヘルト、ノエル‥そしてアードラ。
キラキラと眩いオーラにうちの使用人の女の子たちはすっかりとやられてしまっている‥。さっきからやけにお茶を変える頻度が高いのはそのせいだろう。
あまりに頻繁に取り換えに来るので、ヘルトが立ち入り禁止を命じてしまうほどだ。
そりゃそうよね、私だってちょっと気合を入れないとぼーっとしてしまいそうだ。
鳥形態のアードラはというと、その辺で羽繕いをしているようだ。
(ラヴィはやっぱりいないのかぁ)
ウサギのくせに、とほんの少しため息をついてしまう。‥このまま二度と私に会わないつもりだろうか、ラヴィのやつ。
さて、本日行われている円卓茶会は、ユリウスが持ってきた薬から始まる。
どうやら、片眼鏡の紳士の正体がファルケン・ビショップというユリウスのお祖父さんにあたる人物だということだ。
私はアードラから事の顛末を聞いていたので、大体の内容は事前に把握している。驚きはしたものの、なんだかもう感覚がマヒしているのだろうか?へえ、そうなんだ。としか思えないのが難点か。
「既に死んだはずの毒公爵様のご復活、ねえ。それがカシルの持つ薬の秘密ということか?」
ノエルはそういうと、ちらりとアードラの方に目を向ける。
言葉の代わりに、ピィ、と鳴いた。
「レシピ通りならば、相手の意識と判断力を奪い、興奮作用を起こして意のままに操る‥という効用です」
そう言って、持ってきたのが、目の前に置いてある小さな小瓶の液体だった。
「本当は、同じ毒をお見舞いしてやろうとも考えましたが…」
「‥ユリウス様も作れるんですか‥?」
「まあ、フォスターチ家の出自の者の嗜みです。」
嗜みで…毒って作るものなわけ?
私の表情を読み取ってか、ユリウスはこちらを見た。
「‥まさか自分で使おうとは考えませんけど‥使いたいときがあればいつでもお貸ししますよ」
と、にっこり微笑む。
その見返りに何を要求されることか。‥考えるだけで寒気がする。
(それにしても‥)
ちらりと横に座るヘルトを見やる。
この不可思議な事象を、ヘルトは現実主義っぽいのにすんなり受け止めているように見える。
正直に言うと、こういう時ヘルトも少し謎よね、と思うのだ。
(最初から知ってた、なんてことはないよね?)
それとも単に合理的で割と柔軟に対応できる思考の持ち主、ということかもしれない。
「‥ひとつ、気になったことがあるのですが」
「なんだ?ユリウス」
「前回のプロポーズといい、彼がつかう手段は少々…子供じみているというかなんというか、背伸びしがちな言動というか。実益よりも派手さを追求しているというか」
ユリウスは、何か考え込みながら言うのだが、私は彼みたいな症状を一言で表す言葉を知っている。
(中二病…もしくは背伸び型厨二病…)
彼らに教えてあげられないのが残念だ。
「‥まあ、背伸びしたいお年頃ってやつだろう?」
うん、ノエルほぼほぼ正解ね。
「ええ、確かにその通りなんですが‥。フラムベルグ公子は、社交界でチェスの名人と聞いております‥それにしては、お粗末というか」
「チェスの名人?」私が尋ねると、ユリウスは頷き、ヘルトがその後を引き継いだ。
「‥聞いたことはあるな。若干12歳で数人の大人達を完璧に負かしたとか」
「チェスねえ‥もしかして、物事全て駒を動かすように見ているのかな?」
と、ノエル。
チェス。‥というと、あのチェスか。
あちらでもお決まりのテーブルゲームはこちらにも存在しているのね。
「‥チェスって、私はルールをよく知らないのですが」
お決まりの「チェックメイト」とか、ナイトとか駒のデザインがかっこいいとか…その程度の知識である。
「んー‥そうだな。実際にやってみる?」
「皆さん得意なのでしょう?‥私は見ています。」
せっかくのお誘いだけど、この人たちと戦うなんて恐れ多い。
傍観者の方がよほど楽だわ、というのが本音である。
「じゃあオレ。…対戦相手はユリウス卿、いかがかな?」
「…そうですね、ノエル君ですか。いい機会かもしれませんね」
瞬間、ぴりっとした緊張した空気が張り詰める。
そういえば、この二人はあまり一緒に行動している所を見たことがない。
「いいんですか?ヘルトも得意そうですけど‥」
「やらせておけ。俺はまっすぐで馬鹿正直な手しか使わんからな。」
「…ちょっと納得してしまいます」
策略とか、そう言うのは嫌いそうだものな、と思う。
なんだかんだで、二人の戦いが始まった。
「チェスの駒は全部で7種類。弱い方からポーン(兵士)、ルーク(城)、ナイト(騎士)、ビショップ(司祭)、クイーン(王妃)、そしてキング(王)。白と黒の四角い基盤でマスは縦横8マス×8マス。それぞれ駒を動かして相手の駒を取る、というわけだ」
「チェックメイトというのは‥どういう状況ですか?」
「それぞれの駒が動かせるマスの数が決まっている。‥大まかなルールで言うと、キングの駒の身動きを封じれば勝ち、というところか。実際にはもっと複雑な定跡もあれば、駒を生かすのか殺すか、まさに本人の裁量次第、だな。」
結局、7戦中2引き分け、ノエル2勝ユリウス3勝でユリウスの勝ちだった。
ユリウスの横ではアードラが楽しそうに対戦の様子を見ていて、私は少しハラハラした。
「くっそ~…ほんっと、ユリウスは嫌な手を使うなぁ」
「ノエル君は駒を生かそうとしますからね」
ずっと見ていたおかげか、おおよそのルールは理解したものの‥やはり難しい。
「ただ、駒を取ればいいってものじゃないんですね」
「今の状況を基盤にすると、ホワイトクイーンはカサンドラで、ホワイトキングがヘルトになるのかな」
「く、クイーンだなんて。とんでもない!」
改めて、ノエルの言葉にちょっと構えてしまった。
ハルベルンの公爵家は二つ‥ヘルトに至っては、嫡男ということだし‥ホワイトキングという名称もあながち的外れではないかもしれない。
「俺はそんな大層なものじゃない。カシルにとってのホワイトキングはユリウスだろう。」
「では、ヘルト義兄さまはナイトと?‥またご謙遜を」
「どうだか」
まただ。
ヘルトは公爵家の話になると途端に空気が冷める。どうしてだろう?
「とにかく、この薬はカサンドラ、あなたに渡しておきます。」
「私に?」
ことん、とピンク色の液体の小瓶が置かれる。
「それは熱を通すと透明に変わるので‥当日の食べ物は十分注意するようにしてください。一応、解毒薬もありますが‥ファルケンの薬に効くかどうかは別問題なので」
「わ、わかりました」
うーん、途端に今から緊張してしまう。
とりあえず、みんなに迷惑にならないように頑張ろう、と。心に決めたのだ。
***
カチカチ…
誰もいない部屋で、コントローラの音だけが鳴り響く。
大きなテレビ画面をずっと見つめるその影は、【カシル・フラムベルグ】の名前にカーソルを合わせた。
表示された数値がぐんぐん上昇し、影は微笑んだ。
「こういうのって、フェアじゃないとカサンドラは怒りそうだけど‥仕方ない。もう時間がないんだもの」
続いて、【レイヴン・クロム】にもカーソルを合わせて、限界まで数値を引き上げる。
その他の名前は皆【NPC】と表示され、カーソルを合わせてもエラーが表示された。
「…ああ、ホント あの子ってすごい。いいなあ、あの前向きな力‥羨ましい。でも、これなら期待できそう」
そして、最後に影は腕を伸ばして画面に手を合わせる。
「‥ヒュー、もう少しで、あなたに逢えるわ‥待ってて」




