白い薔薇
その日は朝から雨が降っていた。
私は手短に服を着替えると、準備をする。
昨日着ていたドレスは、水をたっぷり含んでいたので、ただいま乾燥中だ。
今は急遽おかみさんが若い頃に来ていたという服をお借りしている。
(村娘が着るようなコットン生地の質素なドレスで、着心地最高!かなうならこの格好で帰りたいくらいだわ…。)
「まだ雨は降っているので、午後からの出発になりそうだね」
「帰るのね…」
ああ、帰ってもどうか何事も起こりませんように。
一応、無断外泊だったので、正直後が怖いのは言うまでもない。
天気の回復を待つ間、昨日買いそびれたフェイリーのリボンを買いに行くことになった。宿屋から傘を借りて、ノエルと二人並んで歩き出す。
「君は何色が好き?」
「え、うーん‥瑠璃色とか、薄緑とかかなあ」
目の前の棚には、ピアスやイヤリングがずらりと並んでいた。中でも昨日落ちた池と同じ色の雫型のイヤリングを発見すると、手に取ってみる。
(昨日の水鏡池、綺麗だったなあ。まあ、ノエルには迷惑をかけちゃったけど)
「じゃあ、これ。」
「‥え?」
ノエルはそういうと、私の手からひょいとそのイヤリングを手に取った。
「イヤリング。‥きっとマリカさんに似合うよ。そろそろ誕生日でしょ?」
「…ありがとう、でも」
「いいのいいの、男には貢ぐ喜びというものがあるんだから」
冗談めかした言い方に少しだけ苦笑する。
だけど、私の話を真剣に聞いてくれて、理解してくれたのは、本当に嬉しかった。
(ノエルは優しいな、‥なんだかほっとする。)
くすぐったいような、心地よい感覚は、悪くない。そんなことを考えた。
「本当に何から何までお世話になってしまったみたい‥ありがとうございます。」
「いいんだよ、お嬢さん。あんたみたいな綺麗な女性は、綺麗な服を着ているのが一番輝くものだ」
私が着ていたドレスは、なんと宿屋のおかみさんがクリーニングしてくれたらしい。皺も汚れもなく、十分に着ることが出来きるので、本当に感謝してもしきれない。
このおかみさんはからっとしていて、明るくて、本当にいい人だ。
(お母さん、ってこういう感じなのかな)そんなことを考えて居ると、おかみさんが手でちょいちょいと手招きをしてきた。
「そこのお兄さんともうまくやるんだよ?お似合いじゃないか!イヤリングも、良く似合う。」
こそっと呟くおかみさんの瞳がきらりと光る。
「プレゼントだろ?」
「‥あははは」
(うーん、なんと言ったらいいものか。そういう風に考えたこと、なかったから‥)
申し訳ないけど、真梨香時代は恋とか愛とかそういう次元の世界に住んでなかったので、非リア充勢には書物の中の絵空事に等しい。
そういう方面に関してはとんとさっぱりだ。
考えたら意識してしまうから‥思考放棄しよう、うん、そうしよう。
「そろそろ行くよ?」と、突然聞こえたノエルの声にどきりと心臓が飛び跳ねる。
「は、はい!!おかみさん、みなさん、また来ますね!」
ノエルに手を貸してもらいながら馬に乗るのだが、自分の背中を支えるぬくもりに、昨日と違ってなんだか妙に落ち着かない。
(う‥こんな距離だっけ?)
馬上でもたもたしていると、ぐっと身体を引き寄せられた。
「?!ひゃあ!!」
「あれ、なんか緊張してる?マリカさん」
「だ、だから耳元で囁くのはやめてってば!ていうか、その名前で呼ばないで!」
「えー?ヤダよ。せっかくの二人だけの秘密なんだから」
「私の心臓が持たない!」
「それは良いなぁ。じゃあもっと呼ばないと」
コイツ‥もしかしなくても面白がってるわね?!
こうして、行きがかり上とは言え、私の初めてのお泊りデートは終了したのだった。
帰り際行きとは少し違う道を馬で走っていると、ある牧場町の一角に、旅のサーカス一座のショーに遭遇した。
「さあ、紙芝居だよ紙芝居!!お嬢さんたちもいかがかな?!」
休憩がてら馬を休ませていると、ピエロのような様相の男性にチラシを一枚手渡された。
「紙芝居…!うわああ、初めて見る!」
「へえ。珍しいな、こんなところにまできているなんて。見ていく?」
「うん、そうね。…内容は、白王子と巫女姫の恋…?」
白王子と巫女姫って言うことは、もしかして、モデルはヴィヴィアンとレアルドのことだろうか?
様々な街や村を練り歩く旅一座は、首都・アンリで実際に起きた出来事を元に、面白おかしく脚色した劇や人形劇、紙芝居などで、情報の少ない人たちに最新の情報を届けている。
その内容は様々で、恋の話から、ゴシップ、たまには風刺をこめた社会的内容だったり、決して子供向けだけでは終わらないのが特徴だ。
勿論、子供に分かるように作られた童話もあるにはあるので、これはどんな内容だろう?
小さな子供たちに前の席を譲り、私とノエルは少し離れたベンチに腰かけて劇を見ることにした。
(…ん?)
細かい装飾が彫られた木造の台に置かれた影絵のような絵には見覚えがあった。
絵を収める木枠には色とりどりの配色の模様が彫られているのに、紙芝居の絵自体は不気味さと美しさが同居していて、特徴的だ。
(どこかで見たような)
それは、茶色の髪の女の子がプラチナの髪の王子様と一緒に抱き合うシーンから始まる。
「皆さん、首都におわす女神の声が聞こえるという聖女様の伝聞は聞いているかい?そして彼女とレアルド王子の恋の物語‥‥」
その絵は、やはり見覚えがある。
(‥どこだっけ?知ってるわ‥この絵。でも、あれはもっと恐ろしくて‥哀しい話だった気がする)
私は、紙芝居の内容そっちのけで、必死に記憶の糸を辿る。
突如、バチ、と電気が走るような不可思議な感覚にとらわれると、急にある記憶がよみがえった。
元の私‥真梨香の部屋の中。大きなテレビ画面で彼女と話した。
そう、確かあれは‥仮面舞踏会の時に見た夢だ。
(夜空の瞳のヴィヴィアンと‥話した時、直前に見たあの映像…何だっけ?)
どうして忘れてしまったんだろう。
何を話したのか、それすらも記憶から抜け落ちてしまっていた。
(固く結ばれた二人の手は、徐々に離れていき、やがて白い王子様はばらばらになって消えてしまう…)
『巫女の願いは最後まで女神様に届くことはなかった。彼女が誰か一人を愛することを特に嫌ったの。だから許されなかった‥それは、かつてあった物語の一つ』
そして、最後に巫女は黒い影に飲み込まれて、消えていく。
あれは…誰の話だったんだろう?
「さて、この二人はどうなったのか…また次回お楽しみに!」
わああっと始めるような歓声に我に返る。紙芝居はいつの間にか終了していた。
ぼうっとしているのもおかしいので、私も慌ててその場に響きわたる拍手喝采に便乗してみる。
帽子を持ってお駄賃をねだるピエロに、銀のコインを一枚渡してきた。
「楽しんでいただけましたか?」
すると、ピエロは化粧なのか本当に笑っているのか判別できないような笑顔でこちらに声をかけてきた。まさか声をかけてくるとは思ってもみないので、本当に驚いてしまう。
「あ、ええ、そうね。とても綺麗な絵だったわ」
「それはようございました。‥‥もう少しですね」
「‥は?」
『もう少し』とはどういう意味だろう?
もっとお駄賃を欲しいとか、そういうことだろうか。
訳も分からず首を傾げていると、ピエロは手品張りに滑らかな動きで懐から一輪の白い薔薇を差し出した。一瞬、目が合うのだが、その瞳は朱色が混じったような赤い光を帯びていた。
(…こういう色の瞳、なのかしら?ラヴィとヴィヴィアンと同じ色)
「すべての分岐点が壊れるまで、残り僅か…楽しみにしているから」
「!!!」
ゾッとしてピエロから距離をとると、ピエロの瞳から赤い光がさっと消えた。
そのままお駄賃を出したがる子供たちから押し出される形で、その場をあとにする。
(…赤い瞳、何か意味があるの?)
「お待たせ、マリカさ…どうした?」
呆然と立ち尽くしていると、席を外していたノエルが戻ってきた。
「え?あ、ごめん。ちょっと考え事をしてたの」
「ふうん?‥その薔薇、貰ったの?」
「あ、う‥うん。あのピエロに」
「白薔薇ねえ。センスがあるんだかないんだか。」
珍しくどこか含みのある言い方で、ノエルは薔薇を見つめた。
「な、なに?どういうこと?」
「白薔薇は故人を現す花だ。まあ、人にあげるようなものではないかな」
「‥‥」
私に声をかけて、わざわざ故人を意味する花を渡すって‥どういうこと?
なんだか得体が知れなくて気持ちが悪い。
「本当に大丈夫か?‥なんだったら途中で破棄してもいいかもしれない」
「そこまで?…いいよ、そろそろ行こう?私は平気だから」
ノエルに相談しようかとも考えたのだが、うまく説明できる自信もないので、私は黙りこんでしまう。
そんな私の様子を見て、彼は少しだけため息をついた。
「まとまったら、話してよ?」
「うん‥頑張る」
**
カサンドラとノエルが帰路についていた頃、早朝、アードラはユリウスの館から飛び立った。
なんとなく居心地が落ち着かない為、ユリウスにもアランにも黙って出立することにした。
(これ以上あそこにいたら、本気でユリウスの飼い猫になりそうだ)
それは正直ごめんだ、と思う。
まだ左の羽根は少しだけ痛むものの、大分回復はした。だからこそ、誰にも見つからずにこうして隠れて行動することにしたのだ。
グランシアの邸に戻ると、カサンドラの部屋には誰もいなかった。
「‥?あれ?どこ行ったんだ?ご主人様ー?」
不用心ではあるが、鍵はいつもカサンドラが空けてくれている。
そっと窓を開いてみるが、どこにも彼女の姿は見えなかった。ドアの外にも人の気配を感じないのを確認してから、人型になりベッドの上にごろりと寝転ぶ。
「ラヴィがいないのはまあ予想通りとして、一体…ん?」
見ると、ベッドの下の所に慌ててしまったであろう小さな箱が目に入る。
鍵もかかっていないようだし、中身を空けてみると‥そこには大量の手紙が入っていた。
(宛名は‥リオン・フォスターチ?まさか‥)
詳しく聞いたわけでもないが、ユリウスからはそんな話は一言も聞いていない。
もしかして、ユリウスも知らない事実なのだろうか?
「…この場合、見るのが正しいのか、見て見ぬふりをするべきなのか‥いや、でも」
ここにこうしてあるということは、彼女も知っているのだろう。なら、それを直接聞けばいいだけの事だろう。下手に勝手に調べたところでいいことなど何もなさそうだ、と思った。
「なんだか‥長い夜だったな。‥早く帰ってきてよ、ご主人様」
紙芝居って、日本特有の伝統芸術らしいです。知らなかったー。ファンタジーなので悪しからずです。




