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一問一答

「雨か‥」


首都・アンリの五番街。

ユリウスは帰宅途中、石畳で舗装された道を歩いていると、雨が降り始めた。

この時期、ハルベルンの地方に降る雨は糸のように細く、傘をさすのをためらうほど。


(‥リオン兄さまが亡くなった時もこんな雨が降っていた)


邸に駆け込むと、執事のアランは慌ててやってきてタオルを渡してくれた。


「おかえりなさいませ、ユリウス様、傘をお持ちでなかったので心配しておりました」

「ああ、大丈夫。すぐ着替えるから」


濡れたジャケットを手渡すとメイドたちにそれを渡して幾つか指示を出した。


「猫は大人しくしてたか?」

「はい!半分以上は眠っていたようですが‥食事はしっかりと摂ったみたいです」


アランはなんとも嬉しそうな顔をして微笑んだ。‥要するに猫にほっこり癒されていたらしい。

若くして執事となると、苦労が絶えないのだろう、きっと。


「‥わかった、ありがとう。私の食事は何か適当に軽いものを…部屋に持ってきてくれないか?」

「分かりました」


部屋に戻ると、そこにいたのは、猫ではなく人間だった。

ユリウスはとりあえず驚いて半歩下がる。


「やあ。お疲れ」


黒い髪の青年は、まるでこの部屋の主のように足を組みながら長椅子に腰かけていた。

手を組んでこちらを見ているのだが、その表情があまりに堂々としていて、苦笑してしまう。


「‥‥‥誰かに見られたら面倒だ、できれば人間以外の姿で君と話したいんだが」

「亡くなったお兄様に似ているから?」


たっぷりと皮肉を込めてアードラが言い放つと、ユリウスは顔を顰めた。


「そう睨むなよ。似ているのは本当に外見だけで、中身はまるで違う人間だから。同じように見られたら、それこそ不愉快極まりないな。一応僕は生きているんだし」


ユリウスはつい、アードラをじっと凝視してしまう。海の底のような青い瞳はこちらを見据え、真正面からその視線を受け止めた。

そっと視線を外すと、静かに目を閉じた。


(リオンの瞳は私と同じ緑色。嫌が応にも亡き兄じゃないことを認識させるものだ…)


何とか気持ちを切り替え、平静を装うように努めた。


「雨で少し濡れてしまった。話しは着替えてからでもいいかい?」

「ああ、どうぞ。‥それこそ風邪でも引かれたら、こっちが迷惑」


ぞんざいにそう言うと、再び長椅子にふんぞり返る。


「ちなみに、使用人には食事をこちらに運ばせるように指示しておいたけど、君も食べる?」

「‥僕はいい。若い執事さんがそりゃあもう手厚くもてなしてくれたからね」

「いっそ、ここのペットになるのはどうだい?」

「冗談」


ほどなくしてアランが食事を運んでくる気配を察知すると、アードラは慌てて物陰に身をひそめた。

アランは余程この猫がお気に召したらしい。そわそわとあたりを見渡すものの、猫の姿が見えないのでがっくりと肩を落として退室していった。


(すまない、アラン…悪くない提案かとも考えたが、彼にはどうやら別に主がいるらしい。)


使用人たちが用意してくれたのは、サンドイッチとスープと、ローストチキンのサラダだった。

ローストチキンの量が多いのは、ご丁寧に別に小さな皿も用意している所を見る限り、猫の分だろう。


「それ、もしかして僕の分?」

「そのようだ。お茶も淹れてあるようだし、一緒にどうだ?」

「‥‥まあ、せっかく用意してくれたんだ。猫にしてはだいぶ贅沢な気もするけど、遠慮なくいただくよ」


手近な椅子を引き寄せると、二人向かい合って深夜に食事をとることとなったわけだが‥。


(なんとも妙な気分だ)


リオンは晩年の頃にはほとんど寝たきりの生活になっていたから、今のように一緒に食事をとる、などという記憶はほぼない。


(兄が亡くなったのは18になったばかりの頃だから‥彼は、それよりも少し下位の年齢か?)


「そういえば、君の名前を聞いていない」

「…アードラ。年齢まで聞かないでよ?僕も知らないから」

「‥‥‥」


何だかんだとぺろりと食事を平らげると、アードラは優雅にお茶を飲む。

どうしてもリオンと重なってみてしまい、複雑だった。


「‥今の君のような姿が」

「ん?」

「もしかしたら、リオンが理想としていた姿かもしれないな…」


はっとなり、思わず口に出してしまった言葉を後悔してまう。

しかしアードラは、嫌がるわけでもなくじっとこちらを見つめている。


「理想の姿…ねえ。それかも」

「何が?」


どこか含みを込めた良い方に引っかかりを覚えるが、それ以上は追及しなかった。


「何でもない。…それよりも、聞きたいことが色々あるんじゃない?」

「‥‥」


ユリウスからしてみれば、得体の知れない人物を全面的に信用するわけにもいかず押し黙る。

アードラはそれを理解している様子で更につづけた。


「ちなみに、僕のご主人様は…君が運よく婚約者の地位を勝ち取った、カサンドラ・グランシアだ」

「!!‥‥へえ」

「つまりは、僕と君は協力関係を築くべき、と思うんだけど。‥どう?」


ティーカップを手のひらで弄びながら、アードラは微笑んだ。


「利害は一致している、ということか…」


半ば呆れながら、カサンドラの顔を思い浮かべる。


「我が婚約者殿というのは、本当に一筋縄でいかないな‥」

「全くだよね。そこは君に同情するよ」


つい長いため息が出てしまうのだが、そこはアードラにしても同じ意見だったらしく、何度も首を縦に頷いている。


(秘密が多い上に、方々からあらゆる意味で狙われているのだから、全く放っておけない女性(ひと)だ。‥そこが魅力でもあり、欠点かもしれない)


せっかくの優位性を持ったとしても、すぐに覆されるのだから、油断ならない。


「分かった。じゃあ遠慮なく聞かせてもらうけど、君は人間?それともあのファルケンと同じような存在なのか?」

「まあ、結果的に同じかな。君が彼を【ファルケン】と認識してしまったもんだから、あいつは名実ともに【ファルケン・ビショップ】に成り代わってしまった」

「…?それはどういう‥」

「そうだな‥名前なんて言うものは、自分が名乗り出た所で、その名前を誰かが呼んでくれない限り認識されないわけだろう?名もなき存在と、誰か一人でも自分を認知する人間がいるのでは、大違いだ」

「…つまり、私が彼の存在証明を提示したせいで、力を得たということか?」


ユリウスの言葉にアードラは無言で頷いた。


「体にわずかに残るファルケンの記憶の欠片をかき集めた結果、名もなき道具に過ぎなかったものが、力を得ることが出来たんだろう。‥僕もそうだったし」

「‥君も?」

「‥僕はお察しの通り、君の兄を元にして作られた道具みたいなものだった」


道具、という無機質な言葉にユリウスの胸が少しだけ痛んだ。

ファルケンにしても、ただ単純に化け物だの悪魔だのの類と決めつけていたことに反省してしまう。


「僕は、彼女に名前をもらった。…そうして、初めて【僕】という【個】はやっとその存在証明を得ることが出来たんだ」

「つまりは‥最初から最後まで、ファルケンの型が私を標的に仕掛けた出来事、ということか。」


一連の出来事はすべて無意味に見えて、実はたった一つの目的があった、ということなのだろう。

まんまと踊らされてしまったというわけだ。


「‥君たちを造ったのは何者なんだ?」

「大いなる意志…つまりは【神】、と言う奴だろう」


アードラの言葉に、ぞくりとした。

元聖職者のユリウスは、その存在をいつも疑問に思っていた。

目に見えない者が作り上げた存在が目の前にいる。その事実に戦慄した。


(女神ではなく、【神】‥か)


「‥じゃあ、君たちを造った存在は、どうして彼女を狙うんだ?」

「それは僕も知らない。…僕だって世界の全てを知っているわけではないし、だからこそユリウス、君と情報を共有したい」


なるほどな、と納得するものの、ユリウスは少しだけ間をおいて頷いた。


「分かった…互いの目的はどうカサンドラ様を守るか、ということか」

「君ならそう言ってくれると思った。」


どこか安心したようにアードラは笑った。


「僕としては、フラムベルグの坊ちゃんの件も、何かしらファルケンが一枚かんでる気がしてならない。…それに関してはどう?」

「…恐らく、今度のガーデンパーティーで、フラムベルグ公子は媚薬…見たいなものを何かしらの形で使うつもりだろう」


その言葉を聞いたアードラは、あんぐり口を開いたまま固まった。


「はぁ…?なんだそれ‥あの坊ちゃん、そんっっな、くっだらないこと考えてたのか…?」


なんだか頭が痛くなったような気がして、互いに首を振る。


「…それに関しては、激しく同感だ。植物園で使われた植物の種類を考えると、ファルケンが媚薬を造ったのは確実だ。正確に言うと意識操作の一種の薬だけど、彼が渡すとしたらフラムベルグ公子しかいないと思う」


「‥‥じゃあ、万が一があっても、解毒薬は作れるということか?」と、アードラ。


「ああ。‥‥しかしまさか残存のレシピ通りに作るとは思えない。薬自体は継続的に使う必要があるから、即効性があっても、ほんの少しの間だけだろう」

「…その、少しの間っていうのが問題じゃない?」


少しの間というのは、いったいどれくらいなのかは予想は出来ても確実ではない。

ユリウスは言いながら、目を伏せた。


「ただの一瞬でもあちらに主導権を渡したら、問題はこじれる可能性があるということ‥貴族というのは、約束事が好きだから」

「約束事ね‥それはヘルトも知っているのか?」

「もちろん。…ヘルト卿もそこは万全を期すつもりだ」


ヘルト卿が本気になるのならば、ユリウスはそれに乗じるつもりだった。

ただ、魔法の力だの、人外の力も関係しているのならあらゆる可能性は考えておく必要があるだろう。


「だから、ここは毒を持って毒を制しようと思う」

「毒?」

「そう、毒。飛び切りの…彼が二度と手を出そうと思えないほどの、強力な毒を、ね…」


人の悪そうな笑みを浮かべるユリウスに、アードラは少しだけ引いてしまう。


(いやあ、ユリウス。…君を敵に回さないでよかった)


自分は不意打ちをするのは好きだが、その逆は嫌だもんな。アードラはそんなことを一人考えた。



読んでいただき、ありがとうございます。評価、ブクマいただいた皆様、ありがとうございます。精進します!

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