カサンドラ・グランシア①~手紙~
「この手紙…誰からだろう?」
カサンドラ・グランシアという人間に、私は直接会ったことはないと思う。
以前、フォスターチの夜会の時に拉致られたときに見た夢‥あの夢で見た女性は、何か少し違う気がしたから。
私の身体の中に朧気に残る【カサンドラ】として記憶は、いつも一人だった。
幼少の頃に母親を亡くして、急にできた兄と母に戸惑いを隠せず、彼女は外の世界とのつながりを断った。
恐らく、傷つくばかりでそれを癒す術を知らない6歳の子供は、そうすることで身を守ったのだろう。
もう誰も見ないように、誰にも傷つけさせないように。
(ちょっとその気持ち、わかるなあ)
そんな彼女とやり取りをしていた手紙は、相当量ある。
少し癖のある字だけど、丁寧な筆記体だった。
「差出し人は…リオン・フォスターチ…って。え?フォスターチ?!」
フォスターチというのは、あのフォスターチだろうか?!ということは、ユリウスの身内ということになるけれど。
「確か、上の兄がリカルドで、次男がシグマ。…それと、亡くなったお兄さん…」
いや、そうはいってもどこかの傍系の身内かもしれないし、フォスターチって言っても色々いるだろうし‥残念ながら、今は確認する術がない。
「な、亡くなったお兄さんの名前‥聞いとくんだった。でもこれ、まさかラブレター‥とか?」
もし、万が一そうだというのなら、猶更見るのは抵抗がある。
本人に了承を得たいところだけど、その本人に確認できないのじゃあどうしようない。
「うああ‥ごめん、リオンさん…いつかどこかで会えたら心から謝ります!!」
意を決して、中身を確認することにした。
一番古くてくたびれている紙を破損させないようにそっと開くと、中に書かれていたのは愛の言葉でも恋の想いでもなかった。
『初めまして。カサンドラ…突然の申し出を受け入れてくれてありがとう。この手紙が、君の安らぎに少しでもなれればと、心から願う。‥リオン・フォスターチ』
続けて二枚目、三枚目とみていくと…それはまるで、距離の離れた友人を気遣う手紙のようで、日々の出来事や、気が付いたこと、とても些細なことが丁寧に書かれていた。
真面目な人物だったのだろう、キチンと日付も書いてあるので、時系列がわかりやすい。
(どれも優しい内容ばかり。…カサンドラは、きっとこの手紙に救われたのかもしれないな)
読み進んでいくうちに、このリオンという人物は身体があまり丈夫ではないこと、カサンドラと同じように母親を亡くしてしまったということが分かった。
(二人はどう言ういきさつで文通なんかしているんだろう?)
夏の季節には、夏の話題を。秋の頃には、赤く染まる葉や美味しいものの話題。冬は凍えるような空気の中で映える美しい景色や雪の話を。
情緒ある変化を的確にとらえたその文面はどれもとても美しい。
けれども、新しいものになるにつれて、リオンの身体はだんだんと弱っていくのが見て取れた。
‥もともとあまり身体が丈夫じゃないのかもしれない。
『君への手紙も、あと何通送れるかわからない。
少しでも元気な内に書きためておこうと思う。最近、良く夢を見ます。
僕は鳥の姿で、精いっぱい生き、翼をはためかせている。それはとても楽しくて、君がいつか見たいと思っていた海の向こうの大陸に向かって飛んでいく。
疲れた時には、海に浮かぶ流木で羽根を休めて、再び飛んでいく、そんな夢だった。今度は君の夢も教えてほしい。』
最初は力強い筆跡でも、徐々にかすれていくようで、見ているだけで切ない気持ちになる。
そして、カサンドラに対しての思慕が窺えるような内容が増えていく。
恐らくそれはカサンドラも同様だったのだろう。
「この日付は…ちょうど6年前?」
ちょうど今から6年前の今と同じ季節‥夏の終わりに差し掛かった頃の内容は、互いを想い合う恋文のようになっていた。
『今日見た夢は、まだ出会ったことのない僕たちだけど、確かにそこに君がいて、一緒に笑ったり肩を並べて歩いたりしていた。
時々ベンチに座って休んで、時間を忘れて談笑する。
なんとその世界では僕は魔法を使えて、身体も丈夫で‥本当に夢みたいな世界だった。』
そんな内容が続いていくのだが、文面の中はどこか寂しくて…でもなんだか幸せそうに見える。
きっと、カサンドラからの返事を楽しみにしていんだろうな。
「‥これが、最後の手紙…日付は…5年前の、10月20日」
一番上にあった最後の一枚‥今から五年前の秋頃に送られた内容は、ただ一文だけ。
『逢いたい。これから僕が受ける筈の幸福をすべて君に捧げる。首飾りに願いを込めて』
(首飾り‥って、やっぱりあれは、リオンからの贈り物だったんだ)
最後の手紙は、端の方がボロボロになっていて、ところどころインクが滲んでいるように見える。
きっと、二人の内どちらかの涙なのかもしれない。
かくいう私も、いつの間にか目から涙が零れて止まらない。
「…カサンドラ、哀しかっただろうな」
私が貴方になってから、内側にカサンドラはいなかった。
きっと、ここじゃない別の時間軸で‥あの公開裁判で本当に消えてしまったのだろうか?
それを確かめる方法を私は知らないから、想像するしかできない。
(大切な人に巡り逢えたのに、二人は多分、ただの一度も逢うことがなかったんだろう。)
逢えなかった原因は分からない。
リオンの身体の具合も良くなかったみたいだし、きっと、本当にタイミングを失ってしまったのかもしれない。
そして、最初で最後に渡されたのが、きっとあのネックレスだと思う。
(やっぱり…リオン・フォスターチという人は、亡くなったというユリウスのすぐ上のお兄さん?)
妙なところでつながりがあるものだ、と正直思う。
実はこれは全て仕組まれてしました、なんて、笑えない冗談だ。
どうしよう。…ユリウスに聞いてみる?それとも。
「お嬢様?よろしいでしょうか?」
「!アリー?入っていいわ」
「ど、どうかされましたか?‥前が真っ赤です」
「ご、ゴミが入ったのよ。‥それで?」
隠す必要もないのだけど、出していた木箱をベッドの下に隠した。
「はい、実はお客様がお見えになっているんですけれど…」
「お客様?」
友達もいない私に来客となると、訪ねる人など限られている。
首を傾げつつ、玄関ホールに向かうと…そこにいたのはイケメンと幼女、もとい、ノエルとフェイリーだった。
「サンドラね―様!」
「よ、カサンドラ」
わあ、ノエルに抱っこされているフェイリー…恋する乙女の顔して幸せそうだわ。
なんとなく微笑ましく思いながら、にやけそうになった頬を引き締めた。
「の、ノエル!フェイリー!どうして、あ…そっか、調査報告?」
「そうそう。さ、フェイリー、案内ありがとう」
「うん!こんどのおでかけのやくそく、忘れないでね!」
「もちろん、ちゃんとオシャレしてきてね、フェイリー」
「うわきしちゃだめなんだから!」
フェイリーの背に合わせて屈んだノエルの頬にフェイリーはチークキスをする。
少しくすぐったそうに笑うノエルに元気よく手を振ると、名残惜しそうに護衛兵たちと一緒に戻っていった。
「浮気…って、何を教えてるのよ、ノエル」
「オ、オレじゃないって。…今のだって意味が解ってるんだかわかっていないんだか」
と、なると、情報提供者はクレイン辺りかしら?全く、誰がそう言う教育をしているんだか。
「まあ、いいけど。…あ、フェイリーの書いた手紙を読んでくれたのね?」
「ああ。フェイリーだって立派なレディーだからね。レディーからの返事はすぐに返信が鉄則だろ?」
言いながら、軽くウィンクをするノエル。
こういうのは、ノエルやユリウスがやるから様になるんだろうなあ、などと感心してしまう。億が一、ヘルトがこんなことをしようものなら、きっと空から槍が降ってくるでしょうね。
(適材適所と言う奴だわ)
なんだか想像するだけ寒気がしてしまうけど、リオンとカサンドラの手紙を見て、少ししんみりしていたのでちょうどいいかもしれない。
「フェイリーも喜んだでしょう?すごく一生懸命頑張って書いていたんだから」
「ああ、全く人気者はつらいなあ」
「はいはい。…そう言えば、ラヴィは元気?」
「うーん、…まあ、ラヴィもラヴィなりに色々考えているって。…独り立ちも重要だろう?」
なんだか、私よりもノエルの方がラヴィについてわかっているみたい。
なんとなく、悔しい。
「‥アードラも帰ってこないし。どこで何しているんだろ?」
私がそう言うと、ノエルはくるりとこちらを向いた。
「…アードラが帰ってきてない?」
「ええ。…まあ、アードラはラヴィ以上に自由というか、なんというか。だから、あまり心配してないけど‥‥って、どうしたの?」
「‥‥いや、まあ。あいつなら大丈夫だろうな」
神妙な顔をして何かを考え込んだ様子のノエル。
なんだか、結局男同士ってだけでなにか連帯感というか、絆でもあるのかしらね。
(なんか‥あぁもう。やきもちみたいな、疎外感みたいな‥うぬぬ)
「なに、怖い顔して?」
ノエルが不思議そうに顔を覗いてくるけれど‥なんとなくそれをかわして、もやもやした気持ちを追い払い、軽く深呼吸をする。
「…何でもない。じゃあ、応接間に行きましょうか?」
言って、私が歩き出そうとすると、ノエルにやんわり手を掴まれた。
「?」
「せっかくだから、どこか行こう?」
ノエルは笑う。
「デート券、一枚!」




