招待状
「はぁあ…」
次の日の朝、重たく空を覆う曇り空を見ながら、私は本日何度目のため息をついた。結局、朝目が覚めた時にも、アードラもラヴィも、二人とも戻らなかったのだ。
(まあ?アードラなんかは特に自由な奴だし、ラヴィだってまだ心の整理がついてないかもしれない。そんな二人にいいから、戻ってこい!なんて言えるほど寂しいわけじゃないもの。)
そんなことを考えてはみるのだが‥再びため息をついた。
「どうしたの?サンドラね―様。元気ない」
「ん?大丈夫よ。…ちょっと日差しがきついかな、なんて思ってたの」
今ではすっかり心を開いてくれるようになった、義妹のフェイリーが心配そうにこちらを見ている。
その状況を察知してか、クレインが向こうからすっとんできた。
「サンドラ姉さま!!大丈夫ですか?!」
「大丈夫よ、クレイン。ほら、さっさと訓練に戻る!ったく、すぐさぼろうとするんだから」
本日、ヘルトは不在だ。
と言っても、最近は忙しいらしく、一週間のメニュー表を置いての不在が多い。
‥それでも三人分それぞれの訓練メニューをきっちり用意しているんだから、律儀というかなんというか。
私はといえば、訓練がてら妹弟二人と一緒に過ごすのが今ではすっかり習慣になっていた。
「ねえねえ、サンドラ姉さま。‥‥次、ノエルはいつ来るの?」
「ん?‥ノエル?」
私が尋ねると、フェイリーの顔がポッと赤くなる。
(…っっかっわいぃぃい~)
にやつく口元をなるべく抑えながら笑顔で答えると、フェイリーはツン、とそっぽを向いてしまった。
「ノエルに会いたい?」
「う、うん」
「じゃあ、フェイリーから誘ってみたら?」
「えっ?!だ、だめだよ!!フェイリー、まだ子供だもん!」
「年齢なんて関係ないよ。気持ちよ、気持ち!きっとノエルも喜んでくれるよ」
ノエルならきっと大丈夫だろう。
クレインのお師匠様だし、彼はああ見えてとても優しい人だから。
「そ…そうかなっ。」
「そうそう、なら、手紙を書かなきゃね」
「うんっ!」
そんな和やかな時間を過ごしていると、空からぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。
「!雨だ。濡れちゃうよ、こっちきて、フェイリー」
あわててフェイリーを抱きかかえると、邸内に向かって走っていく。クレインも訓練を中断してこちらに向かって走ってきた。
「お嬢様方!濡れておりませんか?!」
「大丈夫よ、トーマス。それよりこの子たちにも朝食を用意してくれるかしら?…今日は一緒に食べよ、クレイン、フェイリー」
私が尋ねると、二人は笑顔で応じてくれた。
「うん!あとね、ノエルの手紙の書き方も教えて!」
「なんだよ、子供が色気づいて~」
「クレインは黙ってよ!」
なんだか、こんな瞬間が当たり前になったことが本当に嬉しい。
(そうよね、‥動けば状況だって変わるものよね)
三人そろって慌てて中へ駆け込むと、ちょうどヘルトが着替えて出てきたところだった。
「あ、おはようございます。」
「おはよう、サンドラ、クレイン、フェイリー。訓練ははかどっているか?」
穏やかにヘルトが微笑むと、クレインとフェイリーは元気よく返事をした。
「「おはようございます、兄さま!」」
この人は‥朝から執務をこなしていたんだろうか。
筋金入りの仕事人間というのは、こんな朝の時間さえも仕事に充てるものなのだろうか‥。既に癒えぬ病のようなものかしら?
「ヘルトに―様、今日もおしごと?」
「ああ。…それにしても珍しいな、フェイリーがこちらにいるとは」
もう恒例というか、フェイリーはいつもヘルトに抱っこをせがみに行く。
まあ、身体もがっちりしているし、抱き着き甲斐があるのかもしれない。確かに、ヘルトってばすごくいい身体をしてるものね。
「えへへ」
しっかりとフェイリーを抱き上げると、フェイリーもまた、満足そうに微笑む。
そんなフェイリーを覗き込みながら、私は隣に並んでヘルトに報告をした。
「フェイリーがノエルに会いたいそうよ」
「‥‥なんで、あいつに。もの好きだな、フェイリー。」
「なんで?!ノエルはかっこいいもん!!王子様みたいなんだから!」
「王子様ねえ…。それより、サンドラ、これを」
「?」
そう言ってヘルトから手渡されたのは、フラムベルグ家の紋章印が押された手紙だった。
なんとなく、度重なる最近の出来事に顔をしかめてしまう。
「今朝、正式にグランシア家宛てに届いた。‥‥開くも捨てるも好きにするといい」
「‥‥まあ、一応確認の為」
ペーパーナイフで開いてみると、それはカシルからのガーデンパーティーの招待状だった。
「パーティーと名のつく行事‥あまり行きたくないんですけど」
「嫌なら断ればいい。…グランシアの方が序列は上だし、お前に決定権はある。‥どうする?」
「うーーん…」
そういえば、と。
現代でゲームをプレイしているとき、確か9月のはじめに何かのイベントがあったような…。
(なんだっけ?‥確か昼間にやるパーティーだった気がする)
今ではすっかり白紙となってしまったあの攻略本を当てにできないので、もう自分の記憶が頼りだ。まあ、本当にそれが必要なのかどうかわからないけど。
「そうですね‥なんだか、中途半端な感じは嫌なので…これで終わりにした方がいいかしら」
「そうか、なら俺もいく」
「え?」
また思いもよらぬことを言い出したわ、この人。
私はうっかりまじまじとヘルトを見つめてしまった。…冗談を言っているような雰囲気ではないようだけど。
「ついでにユリウス卿も護衛として連れて行くとしようか」
「あ、あの―‥ヘルト、兄さま?」
「…どうした」
いつも通りに呼んだはずなのだが、なぜか少し不満そうな表情を‥したような??
「グランシア公爵家宛てということなら、ヘルト兄さまも堂々と参加すればいいのでは?」
「…あまり大ごとにしたくはないからな」
うーん?
まあ、確かにグランシア家を通してきたなら、次の後継であるヘルトが行くということは、フラムベルグ伯爵家にとっても大きな意味を持つこと‥になるのかしら??
ただでさえ、社交に顔を出さないので有名なヘルトだもの。大ごとといえば大ごとかもしれない。
(それなら無理しない方がいいのでは‥まあ、いきたいって言うならしょうがないけど)
「あー!ヘルトに―様、怒っちゃダメよ!」
「む…そ、そうか?怒ってはいないが。…まあとにかく、だ。お前をひとり放ってはおけない」
とりあえず、彼なりに私の心配をしてくれているのは理解できるので、ありがたく申し出を受けることにした。
「そうですか。‥それなら構いませんけど」
「ねえ、それなあに?フェイリーも行きたい!」
ヘルトの腕から興味津々に顔を覗かせるフェイリー。
「だめよ、クレインならまだしも」
「…いいんじゃないか?」
「え。」
「なになに?!僕の話ですか、サンドラ姉さま、ヘルト兄さま!」
傍で聞き耳を立てていたクレインがやってきた。
「‥いや、悪くないだろう。クレインも一緒に行かないか?そしたら俺も堂々と護衛の一人として行けるし、そろそろ貴族間の空気とやらを味わってみるのも悪くない。俺も12歳になる頃には父上に無理やり付き合わされたものだからな」
「!これは僕一人ではなくて、姉さまと敬愛すべき兄上も行く感じですねッ?!行きたいです!!」
「フェイリーだって行くもん!」
ちょっと、正気?
と言いそうになるのを飲み込んで、ヘルトを見た。
「‥大丈夫ですか?お父様とお母様が許可するとはとても思えな…」
「それは俺から話すとしよう。‥むしろ、サンドラ、お前よりもクレインの方がマナーはしっかりしているかもしれないぞ?」
少しからかうような口ぶりで言われてしまう。ひ、否定できないから腹が立つわ。
「…う。そ、そう言われると‥っていうか、大ごとにしないつもりって言ったばかりじゃないですか!本当に何かあったら‥」
「そのために俺と一応お前の婚約者(仮)も連れて行くんだから。‥そうだ、なんならギルドを通してノエルにも護衛を依頼しようか?」
「え?!ノエル?」
ヘルトが言うと、明らかにフェイリーが反応した。目をキラキラさせてこちらを見てくる。
うーむ、そんなに期待をされると困ってしまう。
「…それに、何かあろうものなら、二度と表を出歩かないようにさせるまでのこと」
あ…目が本気だ。
こ、この兄上様なら本気でやってのけそうだわ。と、言うかむしろそれが狙いかと疑ってしまうほど。
「‥だ、そうだけど。行く?フラムベルグっていう伯爵家からのガーデンパーティーの招待状よ」
「ノエルもくるなら、ぜったいいく!おとーさまにおねがいするっ」
「フラムベルグって公爵家には及ばずとも力の強い家紋ですよね?後学のために僕もぜひ行きたいです!」
すっかり恋する乙女モードのフェイリーはともかく、クレインは私が思っている以上に賢いのかもしれない‥。
「その、でも‥招待状がないのに勝手に行くのはどうかと…」
「未成年はノーカウントだろう」
「え‥そ、そうなんですか??」
ヘルトが言うと妙に説得力があるような気がするから、困る。
まあ確かに・・私としては、味方が多ければ多い程ありがたい。前回のことといい、どうもカシル・フラムベルグという人間は気を付けた方がいいように思える。
力押しの得意な私には、頭脳でごり押ししてくるタイプは恐らく天敵になるだろう。
「分かりました。では、参加の意思を手紙に書くことにします」
「護衛のことは伏せておくように」
「‥は、は~い」
私がそんな話をしていた時と同じ頃…ヴィヴィアンもまた、カシルからの招待状を受け取っていた。
「…ガーデンパーティー。…カシル・フラムベルグ?」
「もし、良かったらヴィーもどうだ?」
顔色の良くないレイヴンの姿を見ながら、ヴィヴィアンは少しだけ恐怖を覚えた。
‥‥以前、街で声をかけてきたレアルドの様子に似ているのだ。
「わ、わかりました」
「そうか!よ、良かった。…当日は迎えに来るよ!」
「…はい‥」
今のヴィヴィアンに選択肢はあまりない。
もし、この物語の中で既に自分は誰かに動かされているのだとしたら、物語を進行させない限り終わりはないのだから。
(その先に‥終わりはあるの?)
ヴィヴィアンの心の深淵に、気が付いてるものは誰もいなかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
ブックマーク、評価等ありがとうございます!少しでも面白いと思っていただけるように頑張ります!




