ダイエットも弱点克服もはじめてからが大変
「克服?…いやだから別に弱点というわけでは」
「よーし、グラン。このお兄さんが遊んでくれるって!」
「待て!待て待て分かった!!認める!認めるから」
ずずい、と兄の身体ごとグランに押しのけようとしたが、そこは激しく抵抗された。‥私の怪力スキルが発動してるにもかかわらず、抵抗できるんだから、相当嫌なのね。
「‥あの~、どうして苦手なんでしょう?こんなに可愛いのに」
「…それは、別にいいだろう。近づいたり、とびかかってこなければ問題はない!」
偉そうに、どうしてそれで威張れるんだこの人。
とはいえ、大型犬に属するグランに飛び掛かれたら確かに少し怖いかもしれない。
と、言うことはこのわんこのしつけをすればいいのかな?
きゅるん、と謎の効果音をつけたくなるくらい、つぶらな瞳をこちらに向けるグラン。‥黙っていれば本当に可愛いんだけどなあ。
「ショック療法ということで一時間位狭い個室に犬で二人きりになるとかどうですか?」
「…トラウマになったらどう責任を取ってくれるつもりだ…」
「責任はとれませんね‥うーん、とりあえず散歩でもしてみますか?一緒に歩く分には平気でしょうし。‥そういえば、まだ午後になったばかりですけど、用事とかないんですか?」
この世界の暦というのは、元のベース(?)がゲームだからか、日本の暦とほぼ同じだった。と、言うわけで今日は日曜日に当たる。
「いや、本当は出かけようと思ったが、この首ではな」
「あー…もう治りましたけど」
「まあ今更構わない。…お前とこうして話すのも久しぶりだし」
そう言って穏やかにほほ笑む笑顔は、さすが乙女ゲームの主人公の一人。という程、目の毒だった。そういえば、この人隠しキャラでもあるのよね。
「…べ、別に話したからといっていいこともないでしょう!!とりあえずほら、リード持って!ひとまず邸内一周からです!」
「‥邸内一周って相当だが?!」
そういえば、恥ずかしながら異性と二人きりで(二人と一匹)散歩とか、初めてかもしれない。
(まあ、兄妹だけど‥あ、血はつながっていないのか)
「わんわん!!」
「うわ!き、急に動くな‥っ」
とりあえず、どちらかというと犬の散歩というより、ヘルトの散歩という方が正しいんじゃないのってくらいグランに引きずられているけど…大丈夫よね?
**
その日を境に、私は少しずつ外に出ることが多くなった。
とりあえずほぼ二週間寝たきりだったので、弱っていた体力を戻すことに重点を置くことにした。
そして、ついでだし‥と思い立って。ダイエットを決行することにしたのだ。
「いい?!アリー。今日から私に運んでくれる三食は、野菜とパンとスープだけにして!!何があってもデザートケーキワンホールだの、鳥の丸焼き一羽分とか、ずえったいに!!やめるよう料理長にお願いして頂戴!!」
「ついに!!ついに決行されるんですね!!わかりました!!私やります!!」
「…いや、アリーが頑張ってどうするのよ‥」
メイドのアリーは、昔からカサンドラに仕えていただけあって、とても距離が近い。
しかも意外とノリがいいので、私の無茶な要求にも付き合ってくれる。‥まあ少しがんばりすぎるきらいがあるけれど。
幸い身長やら体重はシステムの個人パラメータに数値化されているので、現在の状態が一目でわかるから、成果がすぐわかる。
「最近、何やら企んでいるみたいだな?」
「企んでるなんて失礼な!未来への布石を打っている最中なだけです!」
ヘルトという人は、律儀なのか真面目なのか…毎朝五時起きにも拘らず、飽きもせず私のマラソンとグランの散歩に付き合ってくれている。
ほぼ走りながら二人と一匹での散歩するわけだが、このカサンドラの身体の体力はまだそこまでなく、どう足掻いてもヘルトとグランのペースには追いつけない。
「さ、先に行ってくれてもいいですよ…?」
「別に、俺も休憩する」
グランシア家というのは、相当大きな家のようで、邸内をまるっと一周すると、小一時間以上かかる。庭園と呼べる場所だけでも3か所もあり、それぞれテーブルセットや椅子が設置されており、休憩するには事欠かない。
最近のお気に入りは、温室になっているグラスハウスだ。その名の通り全面ガラス張りになっており、中に入るのもいいが、外から全体を見渡すベンチのようなものがあるので、そこで一休みをする。
(うーん‥少し贅肉も落ちて来た、かな。手っ取り早く体重を半分くらい落とせる方法とかあればいいのに‥)
一応期限のようなものが設定されているので、おちおちしてもいられないのだ。
「‥少しか体力は戻ったのか?」
「?あ、そうですね‥、まあ王宮直属の騎士様でいらっしゃるお兄様にはかないませんけれど」
「俺もお前に付き合ってるお陰で訓練になる。‥お前はどこまで痩せたいんだ?」
「そうですねえ…この質量を半分位にしたいな―とは思いますけど‥」
「‥努力している人間はそれだけで、成果が付いてくるものだ」
まるでダイエットの専属トレーナ―と生徒のようなやりとりである。こういう時のそういう言葉は意外と嬉しいものだよね。
「お前を見てると、風船がしぼんでいくのを見ているようで面白いよな」
「‥‥それ、喧嘩売ってます?」
(喧嘩なら買うわよ‥失礼な)などと内心思うあたり、気が強くなったものだと遠い目をしてしまう。だが、そんな私をよそに、ヘルトはなんだか楽しそうだった。
すると、向こうの方からグランが何やらものすごく嬉しそうにしながらこちらに向かって走ってきた。口には何か赤い木の実が付いた枝を加えているようだ。
「何くわえてるの?」
「わんわん!!」
さも楽しそうにちぎれんばかり尻尾を振っている。相変わらずグランが近づくと身構えるヘルトだが、以前ほどではない。散歩の成果かも?
「…グランの行動パターンと、タイミング、距離を誤らなければ大分ましになった」
「それはいい兆候ですね。‥で、グラン、それはなあに?」
ひょい、木の枝を取り上げると、赤い木の実がコロンと落ちた、
豆粒位の大きさで、まるで宝石のような外見だ。
「何の実?」
「‥それは、多分アグレイドの実だな」
「アグレイド?」
「葉っぱの部分をうまく煎じれば薬にもなるが‥実の方は食べると食中毒になる」
「へえ…食中毒…」
食中毒っていうと、あの食中毒だろう。
一度食したら、上と下で相当苦しむだろう。苦しむだろうけど。
私はつい、じっと凝視してしまう。
「おい、ちょっと待て。何考えてる?…やめとけよ?!」
「え。い、いやだなあ、変なこと考えてませ…」
「ぅわん!!」
「?!」
何故かグランが突然吠えた。というより楽しすぎて何かがはじけたのかもしれないけど。
とにかく、感極まったような雄たけびを上げると、よりによって私に飛び掛かってきた。
「え?!ちょ、な に… …」
ごくん。
「あ?!」
「ん?」
ヘルトの叫び声が聞こえた瞬間、世界がぐるりと回転する。ぐらぐらと、まるで船に揺られているような感覚に襲われる。
(あ‥やば、飲んじゃ…)
バター―ン。
「サンドラ―――?!!」
私はどうやら、倒れてしまったようだ。
**
「ヴィヴィアン様、おはようございます」
「おはよう、ギネリーさん!」
年配の世話係のギネリーが朝食を運んできてくれた。同じ年頃の娘がいるらしく、いつも実の娘のように世話をしてくれている。
ヴィヴィアンは、一応このハルベルン帝国においては「神官巫女」の位にあるので、王宮内に別棟の小さい家屋を借りて住んでいた。
「本日はお手紙が二通届いていらっしゃいましたよ」
「ありがとう。誰からかしら」
そう言って受け取った手紙の封を開けてみる。
(うー‥ん。バルクは親密度をあげすぎると、ほかのキャラクターと対立しちゃうし…断ろうかな、もう一通は…)
見ると、青いバラの紋章の判が押されたもの…攻略対象である、ノエルからだった。
「まあ、ノエル…!」
ノエル・シュヴァル
攻略対象内で唯一、貴族ではない平民の商家の息子だった。
6人の攻略対象にはそれぞれ、通り名というか、煽りテーマが存在する。
『情熱の赤をまとう若き獅子の王子、レアルド!』
『太陽みたいな橙色の甘えん坊な彼‥☆ユリウス!』
『明るい黄色の花束みたいなはにかみ笑顔☆みんなの王子様…カシル!!』
『クールな青の一匹狼‥騎士道を重んじる聖騎士、レイヴン』
『爽やか実力主義☆新進気鋭のファッションデザイナーバルク!』
『商売上手で狙った獲物は外さない☆紫の風、ノエル』
といった具合だ。
その中で、隠しキャラであるヘルトの次に攻略の難易度が高いと言われているのがノエルで、選択肢によって変動する好感度のふり幅が大きいのが特徴だ。
取り返しのつかない失敗をすると、取り戻すのに相当な努力が必要となるが、いわゆる結奈の『最推しキャラ』だった。
(やば…テンション上がるわ!!実物に逢えるなんて、超楽しみ!!)
「あら、嬉しそうですね、ヴィヴィアン様。‥どなたか想い人かしら?」
「やだあ、そんなんじゃないですー!でも、嬉しいお知らせなんです」
ヘルトは攻略対象から消えてしまってからというもの、何かしらの『邪魔』を警戒していた結奈だったが、あれ以来何事もなく物語も好感度も滞りなく進んでいる。
(恐らく、なにか失敗しただけよね。まあ、そこまで推しじゃないし…、まだ6人もオとせるわけだし‥)
今の結奈にとって重要なのは、リアルなこの逆ハーレムの世界を隅々まで体感することである。シナリオが決まっているのだから、そう状況が変動することもないだろう、と楽観視していた。
後にそれを後悔することになるわけなのだが…この時はまだ、絶望など欠片も感じていなかったのである。